56 DAY3アームドビースト
時間は過ぎ、一四時を少し回った時間。
一度ログアウトし、昼食を済ませたアスカは再度ログイン。
ファルクからのメールにあった、バゼル港のポータルに来ていた。
ゲーム内では一四時ジャストから日の出が始まるため、まだ薄暗いが周囲には溢れんばかりのランナーで埋め尽くされている。
アスカはそんな人込みを避け、空いたスペースに移動。
ファルクにログインしたと連絡を入れた。すると、すぐさま見慣れた一団が人だかりをかき分けながら姿を現し、アスカの元へ駈け寄ってきた。
もはや顔なじみとなった、ファルクを筆頭としたアルバ、ホーク、キスカの小隊だ。
「アスカ、よく来てくれました」
「私、ちゃんと来るって言ったよ?」
「アスカが居ないと攻略できない可能性があるから、ファルクはずっとそわそわしてたのよ」
どういう事? と首を傾げるアスカ。
やや落ち着きのないファルクに変わり、キスカが今作戦の概要を伝えてきた。
が、話を聞くうちにアスカの顔がみるみる強張って行く。
「……なんで私がそんな重大な決定をしなきゃいけないの?」
「そこは、ほら。空飛べるの、アスカだけだし?」
作戦の成否を決める重要なタイミングを任せるといわれ、大はしゃぎする程アスカの意欲は高くない。
本来であればポイントもそこそこで、出来る事なら何も考えずイベントマップの空を自由に飛んでいたいのだ。
「ファルク、なんでそんな大事な事、私が居ないのに勝手に決めちゃうの?」
勝手に重要なポストに割り振られたことに対する不満の矛先は、当然会議に参加していたファルクへと向かう。
だが、ファルクもアスカの文句を黙って聞いているわけではない。
彼も、会議に参加しなかったアスカへ言いたいことの一つや二つはあるのだ。
「会議に参加しなかったからです。任された仕事を辞退したいなら、その場に居て拒否してください」
まるで学校で委員長の仕事が休んでいた子に押し付けられるがごとく重責を背負わされたアスカ。
そのあまりの理不尽っぷりについむぅ、とふくれっ面になる。
空を飛びたいだけなのに、一体どうしてこうなってしまうのか?
「と、とりあえず段取りを決めようぜ」
「段取りと言ってもそんなに大層なものもないでしょう? 先行する部隊に続いて、私たちも交戦。アスカはいつも通り空からの支援と観測」
場の雰囲気を何とか変えようと、ホークが切り出す。
今回、アスカとファルク達は正面戦闘組だ。
奇襲部隊に先んじて重要拠点ゴルフ要塞に攻勢をかけ、敵戦力を正面に引き付ける。
敵の背後が手薄になった所を東にある拠点、ジュリエットから出た部隊が突く。
最も重要な奇襲のタイミングはアスカに委ねられている。
「奇襲部隊突撃のタイミングはどうしたらいいの?」
「出来れば要塞のモンスターの半数以上がこちらの正面部隊と戦闘に入ったら、だ」
「突入の合図は?」
「符丁を決めてある。『海の中道に渡りの巣を』」
「……どういう意味?」
「そこまで深い意味はない。元になってる福岡で、フォックストロットとゴルフがある場所の地名を掛け合わせただけだそうだ」
「ふぅん?」
「そろそろ時間だし、イベントマップに行きましょう。こちらの先鋒、機動部隊はもう準備を整えてるはずよ」
そう言ってポータルを指さすキスカ。
見れば、先ほどまであれほど居たランナー達は姿を消し、広場に残っているのはごくわずか。
「そうだな。よし、行くか」
「今日は昨日みたいにはやられないぜ!」
それを見たアルバ、ホークらはメニューを開き、イベントマップへ転移してゆく。
アスカもそれに続いてメニュー画面を操作。
転移先をイベントマップに設定すると同時に視界が明転し、今日の戦場の拠点となるフォックストロットへ向け移動した。
―――――――――――――――――――――――
上陸地点ブラボーと本土を結ぶ陸繋砂州の中間に造られた拠点、フォックストロット。
昨日はここから船でマップ中央に浮かぶ島、ロミオへ向け船で移動したが、今日目指すのは陸続きの本土。
その根元に造られた重要拠点ゴルフだ。
作戦開始時間が近いこともあり、辺りはランナーで埋め尽くされていた。
皆エグゾアーマーを装備し、手持ちアイテムや武器を確認したり連携の段取りをしたりなど準備に余念がなく、士気も高い。
そんな覇気迫るフォックストロットへ移動してきたアスカ。
今日もエグゾアーマーは装備しておらず、周囲を見渡し、知り合いを探す。
「あ、きたきた。おーい、アスカー!」
そんなアスカを見つけ、手をあげながら声をかけてきたのはフランだった。
彼女のそばにはマジックアーマー装備のランナーが数名。
昨日同様、マジックアーマー装備の小隊を組み魔法攻撃メインで攻略に挑むようだ。
「フラン! 今日も来てたんだ!」
「もちろん! 大型レイドだからね。皆と一緒に動いた方がポイント稼げるのさぁ」
そうしてしばしフランの小隊メンバーたちと談笑していると、どこからか現れたアルバ達がアスカに声をかけてきた。
「アスカ、今日の作戦を考えた奴が直接会いたいそうだ。一緒に来てもらえるか?」
「えぇ~……」
「……何故露骨に嫌そうな顔をする?」
アスカからすれば、本人の了承も得ず重要なポストにアスカを配置した張本人。
当然アスカの印象は悪く、積極的に会おうとは思わない人物だ。
「アスカ、お願い。ちょっとだけでも良いからさ」
「キスカの言う通り、行ってくると良いよぉ。ちょっと変な奴だけど、悪い奴じゃないからさぁ」
「二人がそう言うなら……」
フランとキスカに促され、渋々ながらアルバについて行く。
今作戦の立案者、ある意味では総司令官とも言えるその人物は、ポータルから少し離れ、テントや木箱などで簡易的に作られた陣地に居た。
まるで騎士のようなエグゾアーマーに身を包んだそのランナーは、背丈こそアスカより多少背が高い程度だが、白髪白髭、年季を重ね、皺だらけになった顔からは老兵らしい重厚な威圧感を漂わせていた。
「アルバか。何の用じゃ?」
「アスカを連れてきた。まだ面識はなかっただろう?」
「む? キスカの後ろで震えているその娘がアスカか?」
老兵の鋭い眼差しがアスカを見る。
対するアスカはと言えば、クロムの威圧感たっぷりの風貌に完全に気圧され、一緒について来ていたキスカの後ろでぷるぷると震えていた。
「……ワシ、何かしたかのぅ?」
「クロム、前から言っているがその風貌は威厳がありすぎる。面識のない人間は大抵こうなるぞ」
「そんなつもりはないんじゃがな……」
はぁ、と息を吐いたクロムは、アスカの前まで歩み寄ると表情を崩し、幼子をあやすかのように話し始めた。
「すまんの。威圧するつもりはこれっぽっちもないんじゃ。アバターメイク時にいかにもな老兵をつくったのじゃが、少々やりすぎてしまったようでな。ほっほっほ」
「い、いえ……貴方が今回の作戦の立案者なのですか?」
「その通りじゃ。おっといかん。名乗っておらんかったな。ワシの名はクロム。よろしく頼む、リコリス1」
表情を崩し、フレンドリーに話しかけるクロムに先ほどまでの重厚な威圧感はなく、飄々と話すその姿は気さくなおじいちゃんといった様子。
そんなクロムにアスカも多少は緊張がほぐれ、キスカの背中から出ると改めて挨拶をした。
「リコリス1こと、アスカです。よろしくお願いします」
「うむ。今回の作戦では其方を重要なポストに当てざるを得なんだ。プレッシャーもあるとは思うが、よろしく頼む」
そう話しながら頭を下げるクロム。
彼もアスカの了承を得ないまま作戦の成否を分ける重要ポストに置くことは気にしていた。
だからこそ、作戦会議の場でアスカに直接説明し依頼したかったのだが、来ていると聞いていたはずのアスカが欠席しているのではどうしようもなかったのだ。
そうはいっても、見た目は相当年上に見えるクロムに頭を下げられ、平然としていられるほどアスカの神経は図太くはない。
「あ、頭を上げてください! 大丈夫です。私にできる事なら、精一杯やるだけです」
「そう言ってもらえると助かる。では、こっちへ。今作戦の戦端を担う機動部隊とも顔合わせをしておいた方が良いじゃろう」
クロムに促され、付いて行った先。
そこはクロムが居た簡易陣地よりも開けた場所。
木や茂みもほとんどないその場所にいたのは、大勢のランナー達と、多種多様な動物達だった。
「え、これって……」
「ほっほっほ。これだけの動物達が居るのはまこと壮観。さしずめBlue Planet Online動物園と言ったところかのう」
ランナー達が身に付けているエグゾアーマーはソルジャー、アサルトなどの違いはあれど、アスカも見覚えのあるエグゾアーマーツリーに掲載されているオーソドックスなアーマーだ。
それに対し、共にいる動物達は馬や狼、虎や鹿、果ては牛、猪など多種多様。
しかも、違いは種別だけに収まらない。
ある動物はリアル世界と同じように毛皮に覆われた生身の動物。
またある動物は全身が金属でできたサイボーグアニマルだったのだ。
ベースも馬ならサラブレッドのようなほっそりした馬から、重戦車のような農耕馬。
小柄なポニーのような馬までいる。
狼や虎もサイズはウォーウルフのように大きく毛の長さや模様なども違っており、種類は極めて多い。
そんな中、全ての動物達に共通しているのがエグゾアーマーを装備したアームドビーストである事だろう。
「すごいですね……」
「エグゾアーマー装備ビーストの強さは皮肉にも昨日、敵によって証明されておる。今度はこちらが有効活用させてもらう」
そう話すクロムは馬をブラッシングしている一人のランナーに声をかけ、アスカに紹介してくれた。
「彼がこの機動部隊指揮官、マルゼスじゃ」
「初めまして。君がリコリス1?」
「はい、リコリス1こと、アスカです。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく。俺はマルゼス。こっちが相棒のタービュランスだよ」
マルゼスはハーフリングらしい、小柄なランナーだった。
その小さな体をソルジャーアーマーで包んだ一見すれば普通、悪い言い方をすればどこにでもいるようなランナーだ。
そんなマルゼスと他のランナー達とを分ける最大の特徴は、彼のそばに寄り添う馬、タービュランスだろう。
タービュランスは艶やかな栗色の毛皮を持ち、細い四肢にすらっとした体を持った馬だ。
体格はリアル世界のサラブレッドとほぼ同じだが、全身にはエグゾアーマーを装備、背中には人が乗るための鞍が取り付けられていた。
「わぁ、可愛い馬ですね」
「そうでしょう? いやぁ、ゲームの世界で馬に乗れるなんて最高だよ」
聞けば、ここにいる馬等の動物達はあるチェーンクエストを消化していくことで確定入手することが可能だという。
種別や生体、サイボーグかはそのクエストの過程で選択できるようになっており、難易度もそこまで高くない。
唯一の難点と言えば、チェーンクエストが多岐に渡るため非常にめんどくさい事。
「そんなクエストもあるんですね。タービュランスもそこで手に入れたんですか?」
「そうだよ。俺がやったのは倉庫で荷の積み下ろし作業さ。ゲームの世界なのにアルバイトしてるみたいだったよ」
タービュランスに触らせてもらったアスカに、笑いながら話すマルゼス。
荷の積み下ろしと聞いて思い出すのは、初めて港町バゼルに訪れたとき目にした船着き場で荷物運びをしているランナー達。
あの時アイビスが言っていた『良い事』というのが、この動物の入手だったのだろう。
そうして苦労して入手したビースト達だが、このイベントではここまで活躍の機会がなかった。
船から乗りこむ強襲上陸でものを言うのは火力と防御力。
機動力を売りにするアームドビースト達は活躍の機会がなく、アームドビーストを相棒に持つランナーたちは涙で枕を濡らしていた。
だが、ここにきて事態は急転。
最重要拠点に対する攻撃が失敗に終わり、機動力を必要とする陸上戦が行われる算段となったのだ。
クロムたちが行った作戦参加の要望に対し、主達はようやく出番が回ってきた、大事な相棒の活躍の機会が巡ってきたと大いに沸き立った。
このイベントで大事な相棒と共に一花咲かせてやろうと、機動部隊の士気は極めて高い。
「そういう訳だから、思う存分暴れさせてもらうよ」
「ほっほっほ。構う事はない。手柄を全部持ってゆくつもりで戦うがよい」
「航空支援は任せてください!」
お互いの顔合わせが終了したところで、簡易陣地に戻ったところで各攻撃部隊の指揮官クラスが集合。
最終確認を行った。
時間は一四時三〇分。
辺りはすっかり明るくなり、皆が作戦開始を今や遅しと待っていた。
たくさんの感想、評価、ブックマーク、誤字脱字報告本当にありがとうございます!
嬉しさのあまり大島空港から飛び立ってしまいそうです!




