54 DAY3提案
「そうか……昨日そんなことがあったのか……」
アルディドに事情を説明し、ブービーとの空戦まで話したところで、彼は深く考え込んだ。
自分の代わりに偵察を行ってほしいと言われた時、アルディドは一瞬何を言われたのか理解できなかった。
それはそうだろう。
アスカが言った事は今、唯一イベントマップの空を飛行できる状況から得られる、莫大なアシストポイントを譲ると言っている事と同義なのだ。
だが、それを説いてもアスカは「私ひとりじゃあの空は広すぎて手におえないです」と返すのみ。
アスカのようにイベントマップの空を飛び、地上支援を行えればそれは相当なポイントが稼げるのは間違いない。
やるか否かと問われれば、間違いなくやる、と答えるだろう。
しかし、それには解決しなければならない問題がある。
「……俺のMP総量だと、満足に支援が出来そうもない」
フライトアーマーでの飛行には自信があるが、イベントマップで長時間飛行できるまでとはいかない。
戦闘機動さえとらなければ、滑空で飛行時間は大幅に拡張できる。
が、フライトアーマーが毎秒MPを消費する仕様となっている以上、どうしてもMPの消費問題が払拭できないのだ。
「アルディドさんでも厳しいですか?」
「俺はMP増加のスキルも、MP自動回復のスキルも持ってないんだ」
アルディドのプレイスタイルはソルジャーやスナイパーを使っての銃撃戦がメインだ。
当然、スキルもそれに応じた物を用意しており、アスカのような飛行特化型の構成にはなっていない。
「増槽をガン積みしても、MPは500がやっとだな」
「MPポーションは?」
「そんな高級品、湯水のように使えるほどの在庫はないよ。今はイベント期間中でさらに入手し辛くなってるし」
諦めにも似た表情で話すアルディド。
だが、アスカの目は何も諦めていなかった。
「アルディドさん、今お金どのくらいあります?」
「今? まぁ、俺もβテスターの端くれ、貯蓄分も合わせればそこそこの持ち合わせにはなるけど……それが何か?」
「MPポーション、買いませんか?」
「……は?」
アスカのアイテムBOXには相当量のMPポーションが眠っている。
虎の子の品質Aの魔力草を増やし、今や100株以上となったそれは1㏊の広さを持つ畑の半分を埋め尽くしている。
そしてそこから作り出される品質AのMPポーション。
これを薄めれば下位品質のポーションが倍々算式で入手できるのだ。
それこそ、無秩序に量産、売却すれば価格破壊を起こすほど。
これをアルディドに売れば、彼の言う飛行時間の短さはある程度解消出来る。
「私、MPポーションは結構在庫があるので、いくつか譲ります」
「は? ……え、えぇっ!?」
アルディドはアスカの言っている意味が分からず、アスカとアルバを交互に見る。
すると譲渡の提案をしてくるアスカはもとより、横にいるアルバも落ち着いているではないか。
これはつまり……。
「アルバ、お前何か知ってるな?」
「……アスカの個人情報だ。俺からは何も言えん」
そこでアルディドは察した。
掲示板で散々疑問に上がっていた、アスカの長時間飛行の秘密。
さすがにアルディドも滑空だけではそんなことが無理なことは理解していたし、フランに魔力草を卸していたことからある程度のMPポーションを保有しているだろうことも推測はしていた。
だが、他人に譲ることが出来るほどの大量のMPポーションを持っていようとは。
「……分かった、買わせてもらうよ」
「はい。品質はCで、一つ1000ジルで良いですか?」
「安!!!」
「え?」
これでも相当吹っ掛けたつもりだったのだが、アルディドの反応は椅子から飛び上がるほど激しい物だった。
同時に発した大声で周囲にいたランナーが皆何事かとこちらを見ている。
「……アスカ、それは安すぎだ」
「そ、そうなの?」
『今はイベント特需で各消耗品が値上がりしています。特に、元々品薄だったMPポーションの値上がり率はすさまじく、品質Cなら一つ3000でも売れるでしょう』
「そんなに!?」
フランに魔力草を卸す時はそこまでとんでもない値段だとは思っていなかった。
これはフランに一杯食わされたのだろうか? 次あった時ちょっと『OHANASHI』しなければいけないか?
アスカが首を傾げて考え込む中、アルディドは騒いだことを周囲に謝りながら椅子に座りなおす。
「すまん、あまりに突拍子もない値段だったもので……」
「それは仕方ない。あの金額を提示されたら誰だって驚く」
「えぇ~」
アスカとしてはまったくもって心外である。
アイビスの言う金額でもいいが、それだとアルディドの財政が破綻しかねない。
それはアスカにとっても意図しないところであり、イベント攻略のために他人を破産させる気などさらさらないのだ。
それこそ、たかだか品質CのMPポーションで。
当初、譲渡するのは品質Bでもいいとは考えたのだが、品質Bは今だ市場に出回っていない。
まだ完全に信用できる相手ではないアルディドにそれを譲渡するのはさすがにまずいとアイビスに止められているのだ。
「私はお金が欲しいわけでもないので、とりあえずはこの金額で」
「そ、そうか。それは助かる」
その言葉に安堵するアルディド。
さすがの彼も一つ3000ジルで大量に購入できるほどの蓄えはないようだ。
「……すまないアスカ。俺からも一つ提案があるのだが」
話が纏まろうとしたところでアルバから声が上がる。
仲介人として同席しているだけだった彼から声が上がった事に驚いた二人は、何事かとアルバの言葉を待つ。
「もしアスカが譲渡できるMPポーションに余裕があり、イベントマップで偵察、支援するのを許すのであれば、フライトアーマーをもう数人増やせないだろうか?」
「アルバ、お前、それは……」
「どういう事?」
アルバ曰く、やはりアスカ一人ではイベントマップ全域を偵察するのは難しく、ギンヤンマなどの航空戦力も出てきてしまった以上、制空権も確保しきれないのが実状だ。
そこで、信頼のおけるフライトアーマーの有志を募り、飛行隊を結成。
アスカが支援できない拠点や、ログインしていない時間帯に変わって航空支援を行うと同時に、制空権を確保する事を目的とする。
これは他のランナー達にとってはイベント攻略の大きな助けとなるが、アスカにとっては貴重なMPポーションの数を減らし、長時間飛行のキモである滑空の知識を広げるという、得るものが何もない提案だ。
アルバもそのことは重々承知。
それ故、先ほどから申し訳なさそうに詳細をアスカへ説明しているのだ。
アルディドに至ってはあり得ない、という態度を前面に出し、今にもアルバへ食って掛かりそうなほど。
だが、アスカはこの提案を……。
「うん。いいよ」
あっさり承諾した。
「……すまん、自分で言っておいて何だが、本当にいいのか?」
「うん。どれだけ頑張ってもイベントマップ全ての戦場の支援は私ひとりじゃ無理だし。その代わり……」
「その代わり?」
「ブービーだけは、私に倒させて」
一見、何のメリットもなさそうな提案だが、アスカにとっては願ったりかなったりなのだ。
そもそも、アルディドへコンタクトを取ったのも、一人では空中観測、弾着観測、地上支援、制空戦闘のすべてを賄えず、それを担ってくれる僚機を得る為なのだ。
そこからさらに人数が増え、地上支援と赤とんぼの対処を任せられるなら、自分はブービー達との戦闘に専念できる。
アスカには打倒ブービーへの道が、しっかりと見えてきていたのだった。
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アルディドとの話し合いが終わったのち、アスカは準備があるからとその場を離れたが、アルバとアルディドはその場に残り、飛行隊結成へのすり合わせを続けていた。
だが、騒がしいランナー協会の喫茶店にあって、二人がいる一角の雰囲気は異様といえるほどに重々しいものになっている。
偵察飛行隊の打診をしたのはアルバだが、そういった計画があったわけではない。
話の流れから思いついただけであり、もしできるのであれば、と、拒否される前提で提案したのだ。
だが、アスカの答えは予想に反しイエスだった。
思わず聞き返してしまうほど驚いたが、それ以上に困ったのは思い付きだったため飛行隊結成のプランが何もなかった事だ。
「アルディド、候補はいるか?」
「思い当たる奴は何人かいるが、数時間飛行出来て、信用出来る奴となると限られるな」
イベントマップでアスカと共に偵察、地上支援ができるのはアルディドとしても願ったりかなったりだが、観測飛行隊となると話は別。
アスカほどとはいかずとも、自分と同程度の飛行スキル、最悪でも離着陸は必ず成功させられるような人物でないと勧誘出来ない上、MPポーションの事を黙っていられる信頼性も必要となる。
それ以上に厄介なのが……。
「……時間がないよ」
「……うむ」
今はイベント真っ最中。
すでに七日間の開催期間三日目であり、よほどのことが無いとここから使用エグゾアーマーを変更し、滑空の飛行訓練まで行って観測することを承諾してくれる人物は少ないだろう。
アスカから長時間飛行のコツとMPポーションの提供をしてもらう以上、彼女に候補者の飛行訓練を頼むわけにもいかない。
「まぁ、飛行訓練は俺がある程度できるけど……うーん」
「人選はファルクにも頼むが、フライトアーマー絡みとなるとお前に頼んだ方が良さそうなのだが」
眉間にしわを寄せながら、アルバはファルクに連絡を取りる傍らで、アルディドはフレンドリストを開く。
βテスターである彼には、同じくフライトアーマーに空を夢見た同士がたくさん居る。
しかし、その仲間たちも製品版になるにあたりフライトアーマーをメインで使用することを諦めている。
アルディドはその中で往生際が悪く、未だ空に夢を持ち続けているひねくれ者を探す。
それこそ、イベントよりも大空を優先するような変人を。
「何人かにはコンタクトを取ってみるよ。あまり期待はしないでくれ」
「あぁ。アスカのMPポーションも無限ではない。少数精鋭で行くしかないだろう」
二人は急ぎ候補者をリストアップ。
信頼のおけるものから順次コンタクトを取って行く。
当然、今はログインしていない者もいるが、そこは先着順とすることにした。
「訓練にどのくらいかかる?」
「一日。それもイベントを無視して、だ。索敵用のセンサーユニットも用意しなきゃいけないから、どうやっても今日は間に合わない」
候補者は全員フライトアーマー経験者だが、滑空飛行となると話は別。
ある程度の訓練は必要となる。
そして観測する以上必要なのがセンサーユニット。
これはもはや製造している時間も素材もない。店売りの物を使うしかないだろう。
「俺は今日もイベントマップには入れそうにないな。……それで、今日はどこを攻めるんだ?」
フレンドリストとメールボックスを開きながら、ため息交じりにアルディドがアルバへ問いかける。
先日、大敗を期した上陸作戦からの巻き返し。
ここで躓くとイベント攻略自体が失敗になりかねない、重要な攻撃目標。
アルディドのその問いかけに、同じようにフレンドリストとメールボックスを操作していたアルバは手を止め、不敵にニヤリと笑う。
「それは決まっている。東の重要拠点、ゴルフだ」
そう話すアルバの目は、獲物を見据えた獣のように鋭かった。
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嬉しさのあまり佐渡空港から飛び立ってしまいそうです!




