53 DAY3打倒へ向けて
DAY3スタートです。
ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ……。
「ん……もう朝か」
外では相変わらず蝉がけたたましく騒ぐ中。
蒼空は薄手の布団の中でもぞもぞと動くと気だるげに腕を伸ばし、起床時間を告げるスマートフォンのアラームを停止させた。
「昨日は……疲れた……」
昨日は結局ブービーに撃墜されると同時にホームまで強制的に戻されてしまった。
二回もの限界戦闘を行った蒼空は疲労困憊。
撃墜された事と、このままログアウトする旨を皆にメールで伝えるとそのままゲームを終了していた。
リアルに戻ってきた蒼空が最初に感じた感覚は不快感。
これでもかというほど全身に汗をかいており、ゲームの世界とはリンクしていないはずの疲労感も体に覚え、風呂と簡単な夕食を手早く済ませると睡眠を求める体の催促に促されるまま布団の中に入ったのだ。
「……とりあえず、朝ご飯の用意しなきゃ」
今日は母親の奈々も父親の翔馬も泊まりの仕事で家にはおらず、食事は自分達で用意しなくてはならない。
蒼空は寝起きで重い体を引きずりながら、朝の支度を始めたのだった。
「姉ちゃん、何見てるの?」
「ん? 航空ショーの動画だよ」
朝の支度と朝食の用意を済ませリビングのソファーで休憩していると、これも寝起きであろう翼が蒼空の居るリビングに姿を現した。
ゴソゴソと冷蔵庫を漁っているところから察するに、寝起きの飲み物を取りに来たのだろう。
蒼空がリビングのソファーでタブレット端末を操作しているのを見つけると、すぐに声をかけてきた。
「航空ショー? なんでまた?」
「イベントで撃墜されちゃって。悔しいから空戦の勉強中」
「え、姉ちゃん撃墜されたの!?」
翼は昨晩は塾があったため、Blue Planet Onlineの公式掲示板は見ていなかったのだ。
姉が撃墜されたと聞いて、驚きの表情を浮かべた翼は取りに来たはずの飲み物も取らないまま、蒼空に詳細を求める。
自分が撃墜された時の状況など詳しく話すのは嫌だが、前のめりになって目を輝かせて問い詰めてくる翼。
あまりの押しの強さに蔑ろにすることも出来ず、根負けした蒼空はギンヤンマ達との空戦とその後のブービーとの空戦の内容を説明した。
「あードッグファイト中にいきなりコブラされたら、そりゃやられちゃうよな」
「突然すぎて衝突を躱すだけで精いっぱいだったよ」
「それで、航空ショーのコブラ機動の動画見てたんだ」
「うん。目の前でコブラされた時の対策考えようと思って」
「でもさ、敵が四匹で来られたらどうしようもなくない?」
「それはそうだけど……」
分が悪いのは重々承知。だが、このままやられっぱなしで黙ってはいられない。
思い入れのある飛雲と翡翠を破壊してくれたお礼は、きっちり返してやらないと、蒼空の気が済まないのだ。
「姉ちゃん、空戦の動画、撮ってない?」
「動画?」
「航空ショーの動画見てもあまり参考にならないし、やっぱり実際の動画があった方が分かりやすいじゃん」
確かに、口頭で説明するよりはリプレイ動画があった方が分かりやすいだろう。
しかし、そんな事空戦中は全く考えていなかった為、撮影などしていない。
「姉ちゃんの支援AI……なんて言ったっけ?」
「アイビス?」
「そうそう、アイビス。彼女が撮ってくれてるんじゃない?」
いや、いくら優秀な支援AIと言えども、指示されていないリプレイ動画の撮影などしていないだろう。
そう思うのだが、翼の「聞いてみるだけ聞いてみたらいいじゃん」との声に押され、確認だけはしてみる事にする。
さっそくゲームにログインしようとする蒼空。その動きを翼が止める。
なんでもゲーム内のアカウントには外から電話でコンタクトが取れるようになっているらしいのだ。
緊急時の連絡や、ログイン時の待ち合わせなどに活用するためとの事だが、今蒼空はログインしていない。
この場合蒼空のアカウント、アスカに電話連絡をしても誰も出ないが支援AIがONになっている場合、留守番として代わりに対応してくれるらしい。
なるほど、と感心しつつ、早速自分のアカウントをコールする。
『こちらはBlue Planet Onlineランナー、アスカのアカウントです。彼女はただいまログインしておりません。お急ぎの方は、私、ランナー支援AIアイビスが承ります』
「あ、本当にでた! アイビス、私だよ、私!」
『アスカですか?』
「そうそう、アスカ!」
蒼空はログインしていないのにアイビスにつながったと大はしゃぎ。
その横で翼は「確か、昔こんな感じの詐欺事件が横行してたっけ」と、なんとも冷めた目で姉を見ていた。
『電話は初めてですね。どうされました? アスカ』
「んっとね、昨日の空戦なんだけど、アイビス、録画とかしてないよね?」
『録画してあります』
「そうだよね、ないよねぇ……って、あるの!?」
壮大なノリツッコミ。
横で翼が盛大に腹を抱えて笑っている。
翼も蒼空に負けず劣らず表情豊かである。
「な、なんであるの? 私、録画はお願いしてなかったよね?」
『こんなこともあろうかと、録画してました。ここ数日の飛行中のものはすべて記録してあります』
「アイビス……恐ろしい子!」
優秀過ぎるAIであった。
アイビスに頼み、ギンヤンマ達との空戦、ブービーとの空戦の動画を蒼空が持つタブレット端末に転送してもらう。
自分がプレイしている様を見るのは気恥ずかしい部分もあるが、ここはブービー攻略のため、我慢。
その動画を終始食い入るように視聴する翼。一通り見終わると、何かしら考え込むようにソファーにもたれかかった。
「う~ん、初見じゃ何ともだね」
「今日も出てくるんだろうなぁ……はぁ、憂鬱」
「空からエリア一帯を索敵してるのって、姉ちゃんだけなんだよね?」
「そうだね。私以外で飛んでる人はまだ見たことないなぁ」
「やっぱり、味方を増やすところからじゃない? さすがに四対一は無謀だよ」
「う~ん……私以外で空を飛べる人かぁ……」
そんな人に心当たりがないが考えるが、Blue Planet Onlineをプレイ中に自分以外で空を飛んでいる人はついぞ見たことがない。
唯一見かけたのはサービス開始初期の頃、魔力草を探しにガイルド山岳に赴いた時だが、その後さっぱり見かけなくなっている。
あんなに綺麗な空、一度飛んだら病みつきになるのに。皆空に夢を持ってないのかな?
そう考えたとき、ふと頭に引っ掛かりを覚えた。
『空に夢』そんな言葉を、つい最近聞いた覚えがある。
『――俺にとって空は夢だ。どこまでも高く、どこまでも青く、でも、見上げる事しかできない、俺の夢だ』
「あっ」
思い出したのは空に対してまっすぐな眼で大空に対するあこがれを熱く語ってくれた、ランナーの姿だった。
―――――――――――――――――――――――
「アルディドと連絡が取りたい?」
「うん。アルバなら知ってるよね?」
午前中の家事を終わらせゲームにログインしたアスカは畑の手入れもそこそこに、ランナー協会の喫茶店でアルバと面会していた。
目的は昨日長時間飛行のコツを教えたランナー、アルディドへの仲介だ。
「知ってはいるが、どうしてだ?」
「私の代わりにイベントエリアで偵察してもらおうと思って」
「……何?」
アスカの代わりにと聞いて、アルバの表情が険しいものになってゆく。
まさかアルディドに偵察を頼み、イベントから降りてしまうのか? 昨日撃墜されたことでゲームが嫌いになってしまったのか?
アルバのそんな心配をよそに、アスカは話をつづけた。
「ブービー達が来ると、私はそっちの迎撃に行かないといけないから、地上の支援が出来ないでしょ? だから、その時私の代わりに支援してほしいんだ」
本来ならアスカの僚機として随伴。
戦闘に参加してほしいが、そこまで高望みは出来ないだろう。
ならば、偵察と地上支援に徹してもらい、アスカが付きまとわれている間に地上が壊滅する事態を避ける。
「なるほど……そういう事なら」
アスカの意図を理解したアルバは、メニュー画面を開いてタップ操作。
アルディドへと連絡を取ってくれる。
「アルディドちょっと良いか? ……あぁ、そうだ。アスカがお前に頼みたいことがあるそうだ。……うん、うん。……今すぐ来れるか? 場所は……」
アルバがアルディドへ連絡を取ってくれている間、アスカは周りを見渡す。
ランナー協会の中は昨日同様盛況。
あちらこちらでイベント攻略の作戦会議や、小隊員募集の宣伝をしていた。
『トランポートアーマー募集』『スカウトアーマー優先』など、よく見れば前線よりサポートの募集が多いようだ。
ランナー達も攻撃一辺倒の編成ではイベントクリアは難しいと判断したのだろう。
「……すぐ来るそうだ」
「あ、うん」
「それで……大丈夫なのか?」
「何が?」
視線をアルバに戻すと、その動きを待っていたかのように話しかけられた。
だが、突拍子もなく「大丈夫か?」と問われ、アスカは何のことなのかが分からない。
「昨日二回も撃墜されているだろう? 背後から襲われ、高高度から墜落する恐怖は相当なはずだ。……その、精神的な面で、な」
昨今ますます人気を博しているVRゲームだが、当然普及に伴って様々な問題も出てくる。
その中の一つにストレス障害があるのだ。
現実のそれに極めて忠実に再現されたグラフィックはリアルとの区別がつかないほど。
頭の中でいくらゲームだと理解していても、一度抱いてしまった恐怖を払拭することは並大抵ではない。
代表例で行くとロボットの狭いコクピットの中で押しつぶされて死亡した事による閉所恐怖症、猛獣に襲われた事による動物恐怖症、高高度からの落下死による高所恐怖症などだ。
有名プロゲーマーでもこのような事例からPTSDになったり、極度の緊張からイップスになった事例が報告されている。
無論、このような事態に陥らないよう、設定で表現を和らげるセーフティ機能があるが、いつの世も極限のリアリティを求める住人は多い。
ストレス障害に陥るのはそう言った現実思考の者が、あまりのリアリティ故精神がつぶされてしまうのだ。
なお、そのような完全再現クオリティに設定変更してプレイする際は、必ず注意メッセージと共に長い法律の説明文が出る他、ストレス障害に陥ってもゲーム会社を訴えないという承諾ボタンを押す必要がある。
「あぁ、それなら大丈夫だよ。私、それくらいで空を嫌いになったりしないから」
「そうか? なら、良いのだが……」
その後は昨日の戦闘から得た情報を教えてもらい、対応策や拠点攻略の順番の話を進める。
そうしていると、一人の特徴のないランナーが協会の門を開け、アスカ達のところまで駆け足で近寄ってきた。
彼こそ昨日アスカに空への憧れを熱く語り、滑空を伝授してもらったランナー、アルディドだ。
「すまない、待ったか?」
「いや、大丈夫だ」
「こんにちは。アルディドさん。いきなりお呼びしてごめんなさい」
「いや、気にしないでくれ。こっちは君に返しきれないほどの恩があるんだ」
そう話すアルディドの顔は晴れ晴れとしていた。
それこそ、長年の夢が漸く叶った少年のような健やかさだ。
「アルディドさん、空は満喫出来たんですね?」
「あぁ、ようやく思う存分飛べたよ」
アルディドが語る、昨日の出来事。
彼はアスカから滑空の事を聞いた後、いてもたってもいられずイベントそっちのけで滑空を試したのだ。
最初の数回こそバランスを失い墜落したが、そこはβテスターの中で一番フライトアーマーを使い続けたアルディド。
トライアンドエラーを繰り返し、滑空による安定飛行を身に付けたのだった。
「じゃあ、滑空はもうばっちりなんですね?」
「あぁ。あんなに長く空を飛べたのは初めてだよ。ありがとう」
「アルディド、β時代に滑空は試さなかったのか? お前なら出来ること全て試してるはずだが?」
確かに、アスカもそこは気になっていたのだ。
β時代一番フライトアーマーに拘り続けたアルディドが、滑空を思い浮かべない筈はない。
思い至らなかったとしても、飛行中、水平状態でMPが切れれば、勝手に滑空になるはずなのだが……。
「いや、β時代にフライトアーマーは滑空が出来なかったんだよ。MPが切れると同時にどんな姿勢であっても揚力を失って墜落してたんだ」
「そうだったんですか?」
「うん。どうやら製品版になるときに修正されているらしい。パッチノートにも書かれていない、完全な盲点だった」
βテスタ―達はその時の実験から滑空は不可能との結論に至っていた。
その為、製品版でも不可能と思い込み、MPが切れる前に着陸するようにしていたという。
好き好んでMPが枯渇するまで空を飛び続け、墜落で死に戻るという行為をするものはいなかったのだ。
「それで、俺に頼みたいことって何だい?」
「あ、そうでした。あのですね……」
飛行談義もそこそこ。
今日の作戦開始まであまり時間がないアスカは、本題を切り出した。
たくさんの感想、評価、ブックマーク、誤字脱字報告ありがとうございます!
皆様のご声援のおかげで再度日間一位をいただけました!
嬉しさのあまり信州まつもと空港から飛び立ってしまいそうです!




