50 DAY2玉砕
静かながらも猛々しい曲を流しながらお楽しみください。
ロミオの拠点ポータルを飛び立ったアスカ。
すでに辺りは日が落ち始め、西の空に沈む太陽は空を黄金色に染め、昼間あれだけ白かった雲はまるで燃えているかのような色をしていた。
「……こんな時じゃなかったら、もっと楽しめたのにな」
『アスカ、イベントマップ滞在可能時間が残り一時間です。注意してください』
ユニフォーム上陸作戦を開始してすでに数時間。
視界の隅に表示されていた制限時間カウンターは残り六〇分を切っている。
「時間切れになったらどうなるの?」
『その場で強制的に通常マップに戻されます』
「そっか……」
ピエリスを持つ手に力が入る。
状況は絶望的。例えアスカが救援に行ったとしても、揚陸艦がない以上、ユニフォームに残っているランナー達は助からない。
「――それでも」
出来ることをしよう。
アスカはフライトユニットを推力をあげ、夕日により真っ赤に染まった煙がいくつも立ち昇るユニフォームの海岸線へ向け加速。
レーダーはすでに敵の反応で埋め尽くされているのに対し、ランナー達の反応はアスカが撃墜されるときよりもさらにその数を減らし、所々にその反応をわずかに残すのみ。
《第一、第二、第三上陸部隊全滅! 第五、第六部隊も被害甚大! 戦闘継続困難!》
《だめだ、これ以上は……ぎゃああぁぁぁぁ!》
《敵の増援を確認!》
《くそ、あいつら際限なく湧いてきやがる!》
《メディック! メディックは生き残っていないのか!?》
《小隊長がやられた!》
《後退支援を! 戦線を維持できない!》
ユニフォームに残存するランナー達から聞こえる、悲痛な叫び。
すぐに救援したいが、すでに指揮系統、情報伝達網はズタズタに寸断されており、もともと軽薄だった各小隊間の連携体勢は完全に崩壊。ただの群衆に成り下がり、スタンドプレーを余儀なくされている。
この広大な海岸線にポツポツと点在する味方の反応全てに対して支援を行う事はどう考えても不可能だ。
《くそ、撤退だ、撤退しろ!》
《無理だ! 揚陸艦は全て破壊されてる! 湾から逃げられない!》
《ちょくしょおおぉぉぉぉぉ!》
《私は良いから早く逃げ……きゃああぁぁぁぁ!》
《上から狙われてる!? がああぁぁぁ!》
混乱する通信から聞こえてくるのは孤立した小隊たちの絶望と断末魔の声。
彼らがこの場から逃げるための船は一隻もなく、ただただ死を待つのみ。
レーダーと目視で確認できるのは赤とんぼ、アームドウルフ、ホブゴブリン、シメオンが率いていた獣人、シーマンズが率いていた鬼人など。
ネームドの姿こそ見えないが、死に体のランナー達には上位種相手でももはや勝ち目はない。
『友軍残存戦力二〇%以下。戦闘継続は困難です』
「それでも助けないと……みんなやられちゃうよ!」
アスカは味方が全てやられ、たった一人残ったスカウトアーマーに飛び掛かろうとするアームドウルフへ向け銃撃を行う。
この攻撃により、アームドウルフは攻撃を中止。
回避行動を取りスカウトアーマーから離れる。
しかし、次の瞬間には別のアームドウルフがスカウトアーマーへ襲い掛かり、アスカの支援虚しく光の粒子になって消滅してしまった。
「また……」
『現状での陸上部隊の生存は絶望的です』
「なんで……」
どうして、ここまで追い詰められてしまったのか。
作戦に無理があった? ネームドの存在が想定外過ぎた?
敵が思った以上に強かった?
……私が、うまく動けなかったから?
再び自分を責めてしまいそうになる思考を首を振って振り払い、地上の支援を続ける。
すると、目の前の海岸線にフレンドマークの表示されたランナーを見つけた。
それは迫りくるモンスター達から後衛装備のランナー達を守りながら孤軍奮闘する、ホロの姿だった。
「ホロ、聞こえる!?」
《アスカさん!? なんで戻ってきたと!?》
「助けに来たんだよ!」
《そんな……もう揚陸艦も残っとらんし、残ったもんは死ぬだけなんよ!?》
「見捨てる事なんてできないよ!」
《アスカさん……》
アスカはホロたちへ襲い掛かろうとするモンスター達へ向け銃撃。
これによりモンスター達の意識がアスカへ向き、ホロ達へのプレッシャーが弱まる。
《見えなかった敵が表示されたぞ!?》
《フライトアーマー?》
《リコリス1? た、助けに来てくれたのか?》
《何言ってんだ、どうせ俺たちは全滅だよ》
《くそっ、敵はこんなにいるのか……レーダー真っ赤じゃねぇか》
ユニフォーム上空を飛び、航空支援と索敵を行うアスカの姿は夕日の中であってもすぐに見つけることが出来た。
アスカが戦線に復帰したことで通信網が復活。
地上からは救援が来たと安堵する声も聞こえるが、それも絶望的な状況では意味のない事だとすぐに士気が低下してしまう。
やはり、何もできないのか……。
アスカからも戦意が消失しそうになりそうになったその時、ホロから声がかけられた。
《アスカさん、やなかった、リコリス1。残った皆を集結させることって、可能やろか?》
「え、うーん……」
『スモーク弾とナビゲートアイコンを使えば可能と思われます』
《可能なん!?》
「うん、アイビスが言うなら大丈夫!」
《よっしゃ!》
ホロはそう言ってフレンド用の通信を切ると、守っていたスカウトアーマーに頼み、今度は全体通信で残存するランナー達に呼びかけを始める。
《え、えっと、残存するランナーの皆さんは、リコリス1が出すナビゲートアイコンを頼りに集結してください!》
《何?》
《敵の攻撃が激しすぎて身動きとれねぇっての!》
《こんな状況で何やろうってんだよ!》
周りから聞こえてくるのは否定的な意見。
切羽詰まった状況も相まって、すでに彼らは自暴自棄になっている。
そんなランナー達を、全体通信で話す女性ランナーは必死になって説得する。
《リコリス1がスモークで集結を支援してくれます! こ、このままただやられるより、皆集まって最後の一人まで抵抗しましょう! その方がポイントも稼げます!》
《結局やられるんじゃねぇかよ!》
《んなもん無駄だ、無駄!》
《……いいねぇ、乗った!》
《マジかよ!?》
《どのみち助けなんかこねぇんだ。なら、戦って、戦って、戦い抜いて死んだほうが、一方的にやられる憂さも晴れるってもんだ》
《結局は死ぬんだろう?》
《生きるか死ぬかじゃないわ。やるかやらないかよ》
《はは……違いない。リコリス1、ナビゲートを頼む! 俺たちを集結場所まで導いてくれ!》
《よし、一丁華々しく散ってやろうじゃねぇか!》
こうして戦意を取り戻したランナー達はホロの居る地点へ向け集結を開始。
まずはアスカがホロの居る場所にアイコンを表示させ、赤とんぼを落としつつ海岸沿い一帯にスモークグレネードを投下。
これによりモンスター達はランナー達の位置をロスト。
撤退するチャンスが生まれる。
ランナー達が撤退する間、アスカは最大の脅威となる赤とんぼを落としつつ、地上を牽制。
囮となることで、撤退を支援する。
「スモークグレネード残弾なし! あと数分しかもたないよ!」
《集結はどげん!?》
《おおよそ八割! 残ってる奴も、もうすぐ着く!》
《土嚢も積めるだけ積んだ! ストックはもう一個もない!》
《トランスポート! 残弾全部よこせ! 死ぬ前に使い切ってやる!》
《ある程度は分散しろ! まだ生きてるトーチカもいるぞ!》
《スモークが切れる!》
《間に合わなかった奴は仕方ねぇ! 撃ちまくれ!》
《マジックはモンスター共が射程に入り次第撃て!》
集結し、ありったけの資材で陣地構築を行ったランナー達が、最後のあがきに入る。
スモークが薄くなり、こちらが集結したことをモンスター達が悟ると、ユニフォームでの戦闘は最終局面を迎えた。
勝敗はすでに確定している。残ったのはどのような最後で終わるのか、ただその一点のみ。
《撃て撃て! あいつら馬鹿正直に突っ込んできやがる! 狙いなんざいらねぇ!》
《メディック! MP残量度外視でシールドを張れ! ありったけ重ねりゃあ弾丸なんか通さねぇだろ!》
《可愛くない犬が突っ込んでくるわ!》
《可愛くないのには同感だ! あれならうちのブルドックの方が数百倍可愛げがあるぜ!》
《前衛、アームドウルフを受け止めろ! 空はリコリス1に任せときゃあいい!》
《おらああぁぁぁぁ!》
《くったばれええぇぇぇぇ!》
《ypaaaaaaaaaaaa!》
生き残ったメディックアーマー達が何重にも重ねて形成したシールドはトーチカから放たれる八八㎜の砲弾も、空から投下される三〇㎏爆弾も防いでみせた。
その様子を見ていたモンスタ―達は遠距離での攻撃を止め、接近戦で仕留めようと突撃を開始。
こちらは土嚢にマウントした重機関銃とマジックアーマーの魔法攻撃で対処するが、敵の数が多く突破され始める。
まず機動力のあるアームドウルフ達に突破され、銃撃が止まったところにホブゴブリンや獣人、鬼人らが突撃する。
これほどの乱戦になった後はもうHPが尽きるまで戦うだけだ。
《ぐはっ、後は……任せた!》
《ヒャッハー! 捕まえたぁ! 俺と一緒に、あの世へ行こうぜぇ!!!》
《空いたスロットに入れておいた自爆魔法、まさか使うときが来るなんてね! 食らいなさい!》
《西側、全滅! 鬼人どもが来るぞ!》
《左腕がやられた……だが、右はまだ、動く!》
《獣人連中はもう継続回復もバリアもついてない! 攻撃が通るぞ!》
《ごきげんよう、獣共。私と一緒に、死になさい!》
《全員、奮戦しろ! 最後の一人まで……足掻け!!!》
《がっ、やられた……! 構わない、僕ごとやれ!》
《皆、一緒に戦えて嬉しかったぜ……あばよ!》
地上のランナー達が自爆攻撃をも駆使し、盛大に散って行く中、アスカもその上空で必死になって味方を支援する。
赤とんぼを叩き落し、スラスターアームドウルフの足を止め、敵後方のスペルキャスターを叩き、囮になる。
『敵機接近。方位二九五、一〇時方向』
「赤とんぼの増援!?」
アイビスの言う一〇時方向、マップで言えば南東に当たるその夕空に、黒い影が一つ。
最初は赤とんぼの増援かとも思ったが、どうやらそうではないらしい。
翡翠には対空レーダーが無い為、かなり接近しないと敵アイコンは表示されない。
だが、アスカはその影を見ただけで、何が来たのか把握出来た。
「……ブービー」
忘れもしない。それはアスカを撃墜したネームドエネミー、ブービー。
アスカを撃墜後、一度は戦域を離脱したブービーがギンヤンマを連れず、たった一匹だけ戻ってきたのだ。
「ネームドエネミー、ブービー接近!」
顔をしかめながら、地上へブービー出現の報告を入れる。
ただでさえ地上の数が減っている状況。
支援しながらブービーとの空戦は非常に厳しいものになることは間違いない。
アスカがどうしようか考えていると、地上から声が聞こえてきた。
《リコリス1、行って!》
「ホロ?」
《地上はここまでだ。支援感謝する、リコリス1。あとは自分の決着を付けてくれ》
《私たちを見捨てず、救援に来てくれた事、すっごく嬉しかったです》
《あぁ。おかげで最後にいい稼ぎになった》
《そう言う事やけん、思う存分ブービーと戦ってくるとよかよ!》
「で、でも!」
《グッドラック、リコリス1》
《リコリス1、ロミオで会いましょう!》
《ありがとね、リコリス1。おかげで最後まで戦う事が出来たばい。空の敵は……任せたけんね!》
まるで遺言のようにそう言い残したランナー達は、圧倒的な数の敵へ向け突貫。盛大に散り果てる。
その光景を見ていることしかできなかったアスカ。
ゲームなのに、ゲームのはずなのに、目頭が熱くなるのを感じる。
「みんな……」
『ブービー、さらに接近』
「……よし、行くよ、アイビス!」
流れていないはずの涙をぬぐい、アスカはピエリスとエルジアエを構えると、迫りくるブービーへ向け加速した。
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嬉しさのあまり徳島空港から飛び立ってしまいそうです!




