48 DAY2ドッグファイト
迫りくるギンヤンマ三匹にオニヤンマのネームドエネミー、ブービー。
その姿にアスカは顔を引きつらせるが、構うことなく赤とんぼ達を撃墜してゆく。優先すべきは身の安全よりも地上を灰燼と化す赤とんぼ達の迎撃だ。
だが、赤とんぼよりも圧倒的に早いギンヤンマ達にすぐに追いつかれてしまう。
アスカを捉えたギンヤンマ達は編隊を崩し、二匹のギンヤンマが先行、残る一匹とオニヤンマがその後ろにつくと、赤とんぼを攻撃していたことで速度が下がっていたアスカへ向け、射撃を開始した。
「っ!」
降り注ぐ銃弾に、アスカはやむを得ず赤とんぼへの攻撃を中止、回避行動を取る。
聞こえてきた発砲音と通過してゆく弾丸の大きさはピエリスのそれをはるかに上回るものだった。
連射速度こそピエリスやエルジアエには及ばないが、大口径であろう機関銃の弾丸を受けてはひとたまりもないだろう。
「こうなったら、相手するしかっ!」
アスカへ先制攻撃を行い離脱していく二匹を目で追いながら、続けて仕掛けてくる後衛のギンヤンマとブービーへ狙いを定め、ピエリスを射撃する。
この射撃に対し、ギンヤンマとブービーは無理をせず、左右に分かれてブレイク。
だが、その速さと機動からギンヤンマとオニヤンマは赤とんぼとは違い、空戦が出来る敵であると理解した。
「アイビス、こいつら……」
『ギンヤンマ、オニヤンマともに制空戦闘機です。ギンヤンマは軽戦闘機、オニヤンマは最高速、火力を上昇させた重戦闘機です』
「くそったれ!」
こちらがアスカたった一人、戦闘偵察用なのに対し、相手は四匹。
それも空戦のみに主眼を置いた制空戦闘機。理不尽も甚だしい。
それでも、ただやられるわけにはいかないと、アスカは巡行形態から高速飛行形態へと姿勢を変化させ、空戦を開始する。
シザーズ、ループ、ダイブアンドズーム、バレルロール。
今まで散々練習してきたマニューバを使い、ギンヤンマ達の攻撃をかわし、隙を見て反撃していく。
アスカの全力機動飛行。急旋回を行うたびに飛雲の主翼は雲を引き、ホクトベイの空に軌跡を作る。
そんなアスカをギンヤンマ達が追う。
空戦において、敵機の後方につくのが圧倒的に優位とされている。
それは一度背後に付いてしまえば、そこはすべての生物において絶対的死角となる場所であり、一方的に攻撃できることを意味するためだ。
空を飛ぶものはその翼に風を受け、揚力を生み出す必要がある。
鳥、虫など多少の違いはあるが、翼が生み出す揚力なくして、生物は空を飛ぶことは不可能。
そして鳥、虫ならば自ら翼を動かし、風を受ければ良い。
だが、金属で造られ固定されている翼をもつアスカはエンジンの推力で前に進む事で翼に風を当て、揚力を生み出さなければならない。
高速で進んでいる以上、その場で急停止することも、急反転することも不可能。
一度背後に付かれるとその相手を巻き、逆に相手の背後に付くのは困難を極める。
故に、空戦では如何に敵の背後に付き、敵に背後を取られないようにするかが重要とされ、お互いに敵の背後を取ろうとするその様子は犬が尻尾を追いかけあう姿に似ていることから『ドッグファイト』と呼ばれる。
アスカもギンヤンマの背後に付こうと動くが、一匹を追うと残りの三匹に狙われる形となり、逆に背後に付かれないよう必死になって動く羽目になる。
次第に防戦一方になり、攻撃する間もなく回避機動を取り続ける。
見える景色は焦点も合わないほど目まぐるしい速度で過ぎ去り、上か下かもわからず、自分が今どこにいるのかすらも分からない。
それでも分かるのは今自分が四匹の蜻蜓に囲まれ、攻撃されていること。
後方から機関銃が放たれる音と耳元で弾丸が通過する音が絶え間なく聞こえ、アスカの精神をすり減らす。
《…………、……!!》
《……!》
《………………》
《……! ……!》
通信も聞こえては来るが、頭の中には一切入ってこない。
予想以上に蜻蜓達の腕が良く、全神経を集中し動き続けなければ一瞬でやられてしまう。
アスカは全神経を集中させていた。
だが……。
『揚陸艦、大破。全滅しました』
「えっ!?」
アイビスが伝える、敗戦と同意の悲報。
アスカがギンヤンマ達とドッグファイトをしている間に赤とんぼ達は散開、それぞれが各戦域において航空爆撃を行った。
特に、海上を低速でただ進むだけの揚陸艦は格好の的だったのだ。
対空火器を何一つ持たない揚陸艦は、赤とんぼの急降下爆撃だけで致命傷を負い大破着底。
揚陸艦からスラスターで強襲上陸しようと飛び出したランナー達も機銃掃射で掃討され、上陸できたのもわずかな数。
レーダーを見れば西で包囲されていたランナー達の姿はもはやなく、僅かに生き残ったランナー達が波打ち際まで攻め返されていた。
中央、東も同じような状況であり、一目で上陸作戦が失敗したことが見て取れる。
「そんな……そんな……」
ここにきて張りつめていた緊張の糸が切れてしまった。
そして、動きが緩慢になったアスカをギンヤンマ達は逃さない。
背後のギンヤンマ達が重く低い銃声と共に放った銃弾がアスカを捉えたのだ。
「っ! しまった!」
『フライトユニット被弾、推力低下。左腰増槽被弾、魔力漏洩。左主翼被弾、機動力低下。左翼端センサーポッド被弾、大破、作動停止。ダメージ231』
複数のギンヤンマ達が放った弾丸がアスカに命中。
被弾したフライトユニットからは異音と共に黒煙が上がり、左の腰に付けた筒状の増槽からはキラキラと魔力が漏洩していた。
「――っ、それ、でもっ!」
ギンヤンマ三匹がΔ型の隊列を組み、アスカの背後から襲い掛かる。
フライトユニットと主翼にダメージを負ったアスカに、それを躱すだけの機動力はもはや無い。
難なくアスカの背後に付いたギンヤンマ達が、トドメの一撃を刺そうとした、その瞬間。
「これでぇっ、どおだぁぁぁ!!!」
アスカは全てのセンサーユニットと増槽を切り離し、急上昇。
重量物を全て切り離したことで機動力を回復し、ギンヤンマ達の射線から離脱する。
このアスカの動きにギンヤンマ達は対応できなかった。
想定外の動きであり、上昇したアスカの下をそのまま通過する。
アスカは後ろから迫りくる相手を急上昇による機動と制動でオーバーシュートさせ、攻守を逆転させたのだ。
ギンヤンマ達が通過したその先は、銃を構えるアスカの真正面。
もはや虫の息となったアスカの、最後のあがき。
「一匹だけでも仕留め……きゃあああぁぁぁぁぁ!!!」
構えたピエリスとエルジアエの引き金にかけた指を引こうとした、その時。
アスカに上空から大量の銃弾が降り注いだ。
三匹から離れていたオニヤンマ、黒い悪魔ブービーが、生物におけるもう一つの絶対的死角、頭上からアスカに襲い掛かったのだ。
ガガガガガガガガガガ
アスカが必死になって集めた希少鉱石で作られた主翼が、
ガガガガガガガガガガ
ロビンが丹精込めて作ってくれたフライトユニットが、
ガガガガガガガガガガ
一番好きな花と大切な相棒アイビスを描いたパーソナルマークを持つ垂直尾翼が、
ガガガガガガガガガガ
アスカに夢を、空を与えてくれたフライトアーマーが、
ガガガガガガガガガガ
ブービーの連結重機関銃が放つ凶弾によって、完膚なきまでに破壊されてゆく。
主翼は吹き飛び。
プロペラは脱落し。
フライトユニットは火をあげ。
垂直尾翼は折れ。
フライトアーマーはバラバラになり。
空を飛ぶための揚力も速度も失ったアスカは、火と煙に包まれたまま………………墜落した。
用語解説
ドッグファイト
本文通り、相手の背後を奪おうとする二機の動きを表した言葉。
航空機において正面を12時、後方を6時方向とした場合。
5時から7時まで方向を"致命的円錐"『リーサルコーン』と言い、敵機がこの範囲に入ると致命的な一撃を受ける可能性が極めて高い。
つまるところ『ドッグファイト』とはこの『リーサルコーン』の奪い合いである。
シザーズ
左右に機体を振ってジグザグに飛行する回避機動。
ループ
空中に縦の円を描く宙返り機動。
ダイブアンドズーム
背後に付かれた敵機を振り切る為急降下。
ロール機動などで敵の攻撃を躱し、相手が上昇するのと合わせてこちらも高度を上げ、敵機を背後から引きはがす回避機動。
言わば急降下で行うバレルロール。
急降下するという関係上一定以上の高度が必要、かつ機体も強烈なGに耐えきれないといけないなど制約が多い。
バレルロール
樽の内側をなぞるように飛行する螺旋機動。
オーバーシュート
前方にいた機体を追い越してしまう事。
航空戦において相手の背後が絶対的優位ポジションであるが、追い越してしまうと一瞬にして攻守が入れ替わるため非常に危険。
逆に、背後に付かれた時に相手をオーバーシュートさせればピンチが一転。敵機撃墜のチャンスとなる。




