45 DAY2軍神
アスカが高度を上げ、やや東に移動したことでイグの言っていた東の後方がしっかりと見えていた。
だが、上空から見る限りではこれと言った変化はなく、味方地上部隊は順調に進攻しているように見える。
「イグ、上空に着いたよ。敵はどこ?」
《わからん。だが、こちらが落とす敵の数が明確に減っている》
「どういう事?」
聞けば、敵に与えるダメージが目に見えて減っているのだという。
さらに、一定量のダメージを負った敵は撤退し、しばらくするとHPを回復させて戻ってくるという。
「つまり、後方に敵を支援している部隊がある、と?」
《推測だが。何かいないか?》
「ちょっと待ってね」
通信を終えるとアスカはそのままイグ達の上空を通過し、東側を偵察する。
すると、一気にレーダーが赤く染まり、視界に大量の敵を示すアイコンが表示されたではないか。
「イ、イグ、敵の増援!」
《何……数は?》
「おおよそでも数万単位だよ! 中央の時と同じくらい!」
大群は駆け足でユニフォームへ向け進行していた。
陣形も見事に整えられたそれは、有象無象の物ではなく、しっかりと統率された軍隊だ。
敵名を確認できるアイコンではほとんどが『獣人』と表示されている。
だが、それはオーソドックスな耳が生えただけの人ではなく、全身が茶色や黒の剛毛に覆われ、尻尾を生やした獣率の高いものであり、外見は猿に酷似している。
そしてその中央からやや後方。
総大将がいるであろうその場所に表示されたモンスターを見たとき、アスカは顔から血の気が引いたような錯覚を覚えた。
「ネ、ネームドエネミーを確認!」
《何だと!?》
《リコリス1、本当か!?》
《名前だ! ネームドなら名前があるはずだ!》
ネームドと聞いた瞬間、通信の向こうからの焦りの声が聞こえてくる。
このイベントで姿を現したネームドは昨日討伐した『狙撃手ランバート』のみだが、脅威度は皆が知っている。
「ネームドは『軍神シメオン』!」
《シメオン?》
《軍神? なんだ?》
遠目からではよく見えないが、シメオンはエグゾアーマーを身に付けた馬に乗り、自身も鎧にも似た黒いエクゾアーマーを装備しているのは確認できた。
その風貌から武者かとも思うが、シメオンという名前には聞き覚えがない。
だが……。
《は、はは……》
どこからか乾いた笑いが聞こえてきた。
おそらく地上のランナーの一人だと思われるが、シメオンという名に覚えがあるのだろうか?
《なんてことだ……官兵衛だ……》
《官兵衛?》
《黒田だよ。黒田官兵衛。またの名を黒田如水》
《は、はぁ!?》
黒田官兵衛。
その名前にはアスカも聞き覚えがある。豊臣秀吉に仕え、秀吉が天下人となるための架け橋を担った天才軍師。
かの人物の名前だ。
《な、なんで黒田官兵衛が居るんだよ!》
《江戸時代、福岡一帯は黒田家の領地で、福岡城は黒田家の城だったんだ! 運営め、官兵衛をネームドにするなんて、何考えてるんだ!》
《まてまて、そもそもなんで黒田官兵衛がシメオンなんだよ。日本人だろ?》
《官兵衛はキリシタンだ。イエス・キリストの洗礼を受けた時に付けられた名がシメオンなんだよ》
《運営の能無しめ!》
相変わらず運営の名づけセンスは最低極まるが、現にこうして存在している以上どうしようもない。
そして逃げることも出来ない以上、このままシメオン、黒田官兵衛が率いる軍勢と衝突することになる。
航空爆撃を仕掛けるか? そう考えながらシメオンを見る。
すると、シメオンの方もアスカの事を見上げており、両者の視線が交差する。
距離があるはずなのに、獣じみた鋭い眼でこちらを見透かすように睨みつけられ、思わず身震いをしてしまうアスカ。
ぶんぶんと首を振り再び視線をシメオンに向けると、彼は視線を下に戻して何やら声を上げおり、その号令に答えるようにシメオンの率いる軍勢が突撃を開始した。
「ま、まずいっ、イグ、緊急通達! シメオン軍、突撃を開始!」
《なんだと!?》
《くそっ、攻勢中止! シメオン軍の突撃に備えろ!》
先に動いたのはシメオンの率いる騎兵だった。
アームドウルフやシメオンと同様エグゾアーマーを装備した馬に乗り、自らもエグゾアーマーを身にまとった獣人達がランナー達に襲い掛かる。
《騎兵連中、槍を装備してやがる!》
《馬だ、馬を狙え!》
《何だあの馬! 硬ぇ!》
《だからエグゾアーマーはランナー側の装備だっつってんだろ!》
騎乗した獣人もさることながら、エグゾアーマーを装備した馬たちもまたかなりの耐久力を誇っていた。
本来なら重武装をした馬は重量から機動力が削がれてしまうのだが、パワーアシストが効くエグゾアーマーでは機動力が落ちるどころか大きく向上しており厄介なことこの上ない。
さらに、馬たちが装備しているエグゾアーマーは攻撃力を持たず耐久性に特化させているため、まるで戦車のように硬い。
体当たりされるだけでもかなりのHPを削られるのだ。
騎兵が踏み散らかし、ズタズタになった陣形に獣人足軽兵が二陣として突っ込んでくる。
足軽兵は騎兵ほどの機動力や装甲はないが、いかんせん数が多く、前衛のランナー達がみるみる消耗してゆく。
《ド畜生、数が多い!》
《まずい、騎兵に抜かれた!》
《後衛、逃げろ!》
もはや状況は中央と同じ。
前線を突破した騎兵が後方支援に当たっていたランナー達に突っ込み、蹂躙を始める。
《護身用のハンドガンやサブマシンガンじゃ駄目だ!》
《救援を請う! 救援を……うわああぁぁぁぁ!》
《誰か、誰か助け……きゃああぁぁぁ!》
通信から流れてくる悲痛な叫び。
アスカも何とか助けようと攻撃をするが、両軍入り乱れた状況でグレネードは使えない。
ピエリスとエルジアエを使った機銃掃射で対処するしかないのだが、与えられるダメージが恐ろしく低いのだ。
それは先ほどのアームドウルフに与えていたダメージよりもさらに低く、ノックバックも起こしていない。
火力が低すぎるのかとも思ったが、エルジアエを単発にしても通りが悪い上、上空から見る限り他のランナー達の攻撃も近接、遠距離、魔法攻撃、レイ装備、実弾装備と種別に関係なく全て効きが悪い。
先ほどイグが言っていたのがこれか、と実感するが、たしかにこれはあまりにもおかしい。
一旦攻撃を中止し、様子を探っていると、こちらの攻撃が敵に当たるとき、まるで何かに弾かれるようなエフェクトが発生していた。
「こっちの攻撃が弾かれてる?」
『敵、メディックアーマーの支援魔法と推定』
「支援魔法!?」
思い浮かぶのはメラーナの使っていた【フィジックスバリア】味方に物理攻撃を軽減するバリアを張る防御魔法だ。
それが敵にかけられているというのなら、この攻撃の通りの悪さも頷ける。
ならば、どこかに術者がいるはず。
そう考え辺りを見渡すと敵の本陣、軍神シメオンがいるであろう陣地が淡い光を放っていた。
「あ、あの光は……」
地上への支援を打ち切り、淡い光を放つポイントへと飛ぶ。
見えてきたのはやはり魔法陣だったのだが、その規模がすさまじく大きいのだ。
「こ、これは、何?」
『軍神シメオンを基幹とした、大規模支援魔法と思われます』
「だ、大規模支援魔法?」
『大人数で発動させる大掛かりな支援魔法です。この魔法の詳細は不明ですが、状況から継続回復、対物理、対魔法バリアの付与と推測』
「そんな! 今すぐ止めさせなきゃ!」
つまり、この術を止めさせなければここにいる敵数万のすべてが継続回復とバリアを持ち続けるという事。
アスカが慌ててピエリスとエルジアエの照準を術の中心にいる軍神シメオンにあわせ、トリガーを引こうとした、その時。
《ねーちゃん! じゃなかった、リコリス1!》
「カルブ!?」
通信から聞こえてきたのはカルブの声。
彼らは上陸後この場所とは反対、西側の海岸線にいたはずだが、その声はかなり焦っている。
「どうしたの?」
《敵の増援で味方が囲まれた! 助けてくれ!》
「えぇっ!」
運営「稀代の参謀に支援魔法、重騎兵と織りなすハーモニー」
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うれしさのあまり広島空港から飛び立ってしまいそうです。




