37 DAY2出撃
本日二話更新。
一話目です。
会議はそのまま今日中にロミオとユニフォームを攻略するという方向で決着。
開始時間はゲーム内で夜が明け始める一五時から。
作戦に参加する者は所定の時間にフォックストロットに集合。
アスカは昨日と同じように上空での観測を頼まれ、二つ返事で了承した。
作戦参加者は掲示板などで募るとのことなので、結構な人数での進攻作戦となるだろう。
そこから得られるアシストポイントはアスカでなくともよだれが出るレベルだ。
台風など来ない事、ユニフォーム攻略は罠ではないのかという事もアルバ達には伝えた。
伝えたのだが三人ともやや渋い顔をし、「留意する」という言葉が帰ってくるだけだった。
この場合の「留意する」は「聞きはするがそこまでだ」という意味であり、三人がそこから議題に上げることはなかった。
ほぼ意見が一致している会議において、全員を敵に回して反対意見を述べるだけの度胸をアスカは持ち合わせてはいない。
「では、以上を持って会議を終了する。皆、あとはよろしく頼む」
司会を務めていたランナーの一言で、全員が席を立ち、退室し始める。
アスカ達は終了直後の混雑を避け、ある程度人が居なくなってから席を立とうとその場に残る。
「リコリス1、ちょっといいかな?」
声をかけられたのは、そんな風に椅子に座りながら部屋から出ていく他のランナーを見送っている時だった。
「あなたは?」
「俺はアルディド。リコリス1、君に聞きたいこと……いや、教えてほしいことがあるんだ」
「教えてほしい事?」
「あぁ。フライトアーマーの飛び方だよ」
アルディドと名乗ったのは黒いズボンにジャケットを着た、茶髪黒髪の男性ランナーだった。
オーソドックスに人間でキャラメイクしたその姿は特徴がないのが特徴だ。
彼が聞きたいというフライトアーマーの飛び方。
アスカも吝かではないその問いかけに答えるべく場所を移し、今はここランナー協会にあるカフェに来ていた。
とりあえず空いていた手ごろなテーブルに腰掛けるが、何故かアルバ達もついて来た。
「なんで皆ついてきたの?」
「監視だ。アルディドが変なことを聞かないかのな」
「それぐらいはわきまえてるさ、アルバ」
その反応からアルバとアルディドは顔見知りだと判断できた。
聞けばアルディドもβテスターであり、β時代最後までフライトアーマーを使おうとしていたランナーだそうだ。
だが、結局は燃費の悪さから来る継戦能力の低さとTierⅢレイバードの劣悪な操作性を解決することが出来ず、メインとしての使用を諦めたという。
「そんな人がどうして私に?」
「そりゃあもちろん、君が俺よりはるかにフライトアーマーをうまく扱ってるからだよ」
ふむ? と首を傾げるアスカだが、アルディドの表情は至って真面目。
真剣そのものだった。
「単刀直入に聞こう。どうやってあのマップを踏破したんだ? こう言うのもなんだが、俺はこのゲームで誰よりもフライトアーマーを試したと自負してるんだ。だからこそ、あの長時間飛行が分からない」
アスカが長時間飛行を可能にしている方法は二つ。
一つはMPポーションを湯水のごとく使用して飛行する強引かつ単純なもの。
そしてもう一つは機動飛行を行わない、ただ飛ぶ時だけに行う滑空だ。
MPポーションを湯水のごとく使う方法はそもそもポーションがなければどうにもならないが、滑空の方はプレイヤースキルで補える。
この場でアルディドに教えても問題ないとは思うが、以前アイビスから『情報は秘匿した方が良い』とも言われているため簡単に「ではお教えしましょう」とも言えない。
どうしようか考えていると、アスカの表情から何かを読み取ったアルディドが頭を下げてきた。
「たのむ、教えてくれ! 秘匿情報なのは重々承知だが、俺も君みたいに自由に空が飛びたいんだ! イベントでその方法を使うなというのなら、その通りにする! だからこの通りだ!」
あまりの必死さにあわてて顔を上げさせる。
悩むアスカだが、彼の言葉の中には共感できる言葉があった。
それだけはどうしても聞いておきたい。
「アルディドさん」
「なんだ?」
「アルディドさんにとって、空って何ですか?」
その問いは彼にとって予想外の物だったらしく、キョトンとした顔でアスカを見た後、少し考えてからまっすぐにアスカを見た。
「俺にとって空は夢だ。どこまでも高く、どこまでも青く。でも見上げる事しかできない、俺の夢だ」
――やっぱり、同じだ。
空について熱く語るアルディドの目は、このゲームを始める前、毎日毎日空を見上げて呆けていた自分と同じもの。
だからこそ分かる。どれだけ空を渇望してやまないのかを。
「アイビス。いいよね?」
『アスカが教えたいというのであれば』
「ありがとう」
アイビスの確認も取ったアスカは、アルディドの目をしっかりと見据えて、言った。
「アルディドさん。私が長時間飛行できる理由。それは――」
話を終えたアスカ達は、ランナー協会を後にする。
だが、そこにアルディドの姿はない。
アスカから滑空の話を聞いた瞬間、周りの椅子とテーブルをなぎ倒しながら出て行ってしまったのだ。
今頃、この星が輝く夜空の元、滑空による空中散歩を楽しんでいるに違いない。
「しかし、よかったのか、アスカ」
「なにが?」
アスカにそう問いかけてきたのはアルバだ。
「滑空の話だ。黙っていればこのイベント期間中、空はアスカ一人だけの物だったんだぞ?」
「あぁ……」
アルディドにはイベント中は使うな、他の人に教えるなと言った口止めはしていない。
彼がイベントでアスカと同じように滑空を使い空を飛び、周りにその事を教えればフライトアーマーを使う人が増えるだろう。
……だが。
「あれだけ空を望んでやまない人に、黙ってるなんて私にはできないよ」
――だって、私がそうだったんだもん。
アスカは続く言葉をぐっと噛み締める。
その様子を見て、アルバ達三人はふぅ、と息を吐いた。
「まぁ、教えてしまったものはどうしようもないな」
「アルディドは分別を弁えてます。むやみやたらに言い広めたりはしないでしょう」
「そう言う事だな。さて、じゃあこの後の作戦開始に向けて、俺は一度落ちて飯食べてくるよ」
「おう。じゃあ、アスカも。また後でな」
「うん。フォックストロットでね!」
こうして二日目のための会議は終了し、それぞれが開始時間に向けて準備を始めるのであった。
―――――――――――――――――――――――
現在時刻は一四時四五分。
ゲーム内は明け方だが、東の空には朝日がしっかりと昇っており、小鳥と蝉の合唱が聞こえてきている。
夏の設定らしく朝からの強い日差しの中。
数万人規模のランナーが集中している場所がここ、ナインステイツ・ホクトベイ、フォックストロットの拠点ポータルだ。
現実世界では水族館があるその場所は、陸繋島と本土を繋げる陸繋砂州の中間地点。
イベント初日、陸繋島にある拠点エコーを攻め落としたランナー達は勢いそのままにフォックストロットへの攻撃を行った。
この場所を守っていたのはゴブリンやホブゴブリン、オークにマーレオニスなどだが、数はそこまで多くはなく、戦力としてはエコーよりも弱かった。
エコーを攻略した先陣がイベントマップ六時間の制限により撤退したため、時間こそ掛かってしまったが、情報を収集した出遅れ組が攻撃を続行。
午前中の日が落ちる前になんとかポータルを確保していた。
そのポータルから次々と現れるランナー達。
彼らは皆昨日のイベントスタートと同時に攻略を開始した猛者達であり、ロミオ、ユニフォーム攻略の呼びかけに応じてこの場所に集まってきているのだ。
休養もしっかりとったランナー達の士気は高く、早く戦闘をさせろと言わんばかり。
そんなランナー達はフォックストロットの港湾部に接舷した揚陸艦に次々と乗りこんでゆく。
揚陸艦はイベント開始時にも使用された五〇〇〇人乗りの大型艦であり、満員になった艦から順次離岸してゆく。
フォックストロットから真っ先に離岸した揚陸艦の中には先ほどの会議に参加した面々がおり、それぞれの仲間と共に戦闘の最終確認をしていた。
皆がエグゾアーマーを装備する中。
一人エグゾアーマーを装備せず仲間と談笑するアスカの姿があった。
「ロミオまではどのくらいだっけ?」
「一五分くらいだろう」
「にゃ~、二日目もアスカと一緒に出来るなんてうれしい限りだよぉ」
共にいるのは昨日同様、アルバ達の小隊とフラン。
ただし、今回はアルバ達の仲間からマジックアーマー使いが合流しており、フランを加えた魔導特科小隊を編成していた。
アスカの弾着観測さえあれば有効射程ギリギリの位置から有効射を撃てるだろうという考えからだ。
「でもアスカ、船に乗っちゃってよかったの? フォックストロットからでも飛べたんじゃない?」
「ちょっと人が多すぎて。あと、船からちょっとやりたいことがあってさ」
「やりたいこと?」
話しかけてきたのは背中に大口径のライフルを担いだキスカ。
フォックストロットから離陸しなかった理由は分かるが、船でアスカが何をやりたいのかが分からず、首を傾げていた。
「……今日も、やるのか?」
「あれ、アルバ知ってるの?」
「アスカは知らないだろうが、昨日のアレはフライトアーマーの掲示板で話題になってたぞ」
「そうなんだ……ふふふ、みんなもやればいいのに」
小悪魔っぽくクスクスと笑うアスカ。
そこに艦内にいる小隊長の会合に参加していたファルクが戻ってきた。
「皆、お待たせしました。アスカ、さっそくで悪いのですが飛んでもらえますか?」
「いいけど、もう?」
「本隊上陸前に偵察と陽動をお願いしたいのです」
「なるほど、お任せあれ!」
そうと決まればさっそく発艦だと、フランに声をかけてから甲板に上り、そのまま船の後部へと移動する。
が、その後ろにはファルクやアルバなどの他、名前も顔も知らないランナー達が数名ぞろぞろと付いてきた。
「え、なに?」
戸惑うアスカだが、アルバの顔は笑っている。
「皆アスカがこれから何をするのか知っているのさ。そしてそれを見たいんだよ」
見ればファルクも頷いており、アルバの顔からは「実は俺も見たいんだ」という意志を感じる。
キスカやフランなど、アスカがこれから何をするのか知らない面々はとりあえずついてきたと言った感じだ。
そうして向かった先は艦尾にある射出機。
格子状に組まれた鉄骨とレール、射出台を見ればアスカが何をしたいのかは一目瞭然。
「アスカ、まさか、貴女……」
「さすがアスカ、とんでもない思いつきだねぇ」
「ふっふっふ~」
射出機で行う事などもちろん一つしかないわけで。
本当に可能なのか? とキスカ、フランらから疑いの目を向けられるが、アスカはそんなこと御構い無しに射出機をセット。
ボタン操作をフランに頼み、そのままよじ登って昨日同様台座に掴まろうとした時。
台座に見覚えのない器具が取り付けられているのに気が付いた。
「……あれ、こんなものあったかな?」
昨日使用した射出機は本来は水上機用で、フロートを固定する器具しか付いていなかった。
のだが、目の前にある同型の射出機にはしっかりつかまるためのグリップと、陸上競技で使用するスターティングブロックのような足置きが付いていたのだ。
どうしてこんなものが付いているのか? 疑問には思うが、あるのならば有効活用させてもらおう。
「よし、装着!」
アスカは射出機につかまる前にエグゾアーマーを装着。
手に持っていた銃を腰に据えると、身をかがめてグリップを掴みスターティングブロックに足を置いて射出体勢を取る。
「ねぇ、アスカ。発艦するとこ、動画にとってもいい?」
「え?」
「掲示板でもすごい話題になってるしさぁ、せっかくだから撮影して皆に見てもらおうよぉ」
フランは笑顔でアスカに問いかけた。
発艦はロマン。特に、今はまだアスカしか射出機から発進できないこともあり、皆興味津々だ。
皆の期待に満ちた顔を見ると断ることも出来ず、アスカは撮影と動画投稿を了承。
すると周りにいたほぼ全員が撮影を始めたではないか。
「じゃあ、行くよ!」
「まったくもう……うん、いつでも!」
私の離陸なんか撮っても面白くないでしょうに。どうせなら実際にやらないと!
若干の呆れを覚えるが、今はそんなことを気にしている時ではない。
フライトユニットを起動させ、回転を最大にする。
「発進!」
フランのその声と同時に爆発が起き、レールの上を射出台が疾走。
アスカの体は海へ撃ち出される。
が、すでに揚力を得ている翼はアスカを海面ではなく大空へと導いて行く。
加速しながら揚陸艦との距離を開け、インメルマンターンで高度と進路変更。
正面にロミオがある島を捉えると、アスカはその島へ向け一直線に飛んでいった。
そんなアスカを、揚陸艦の甲板上では皆が見えなくなるまで見送っていた。
ある者は手を振り、ある者は声をかけ、またある者は感傷に浸っている。
「いやぁー、お見事だねぇ」
「うむ、良いものが見れた」
「さぁ、私たちも準備しますよ。戦場はもう目の前です」
アスカが飛んでいったのはこの船の目的地。
目の前まで迫った島の姿にアルバ達は気を引き締めなおすと、船内に戻っていった。
なお、この発艦の動画はすぐさま掲示板に載せられ、大きな話題になる。
特にフライトアーマー専用掲示板ではお祭り騒ぎになった事は言うまでもないだろう。
たくさんの感想、評価、ブックマーク、誤字脱字報告ありがとうございます!
嬉しさのあまり富山空港から飛び立ってしまいそうです。




