36 DAY2BriefingⅡ
引き続きブリーフィング用BGMを流しながらお楽しみください。
アイビスの言葉に、アスカはすぐさま飛びついた。
高校生になりたての彼女には、この重圧感が漂う会議室での発言は荷が重すぎたのだ。
他のランナー達も、アスカのリアルが高校生になりたてだと知っていれば違う対応を取っただろう。
だが、これはVRゲーム。
リアルを聞くのは御法度中の御法度。
容姿も好きなように設定できる以上、見かけからリアルの年齢や性別を判断することもできないのだ。
実際、この場にいるランナー達のほとんどはアスカが大学生か社会人だと思っているのだから。
「あ、あの、私だと説明不足になりそうなので、アイビスにお願いしても良いですか?」
「アイビス?」
「私の支援AIです」
「支援AI? そんなもの使ってるのか?」
アイビスをそんなもの呼ばわりされ、若干苛立ちを覚えるアスカ。
それは顔にも出ていたようで、司会の男性ランナーは身動ぎをした後「よろしく頼む」とだけ掠れる声で言い放った。
「ではでは。アイビス、お願いね」
『はい。私はランナー支援AI、アイビスです。ランナーアスカに変わり、各重要拠点ポータルの説明を行います。どの拠点からがよろしいでしょうか?』
いきなりのアイビスの発言でざわつく会議室。
全ランナー中でもトップクラスの腕前を持つ彼らの中に【支援AI】のスキルを持つ者は一人も居ないのだ。
「じゃ、じゃあ、東のゴルフから頼む」
『かしこまりました』
どこからともなく発せられた声にアイビスは答え、ゴルフの説明を行う。
重要拠点ポータル、ゴルフ。
アルバ達が攻略した拠点エコー、そこから伸びる陸繋砂州が本土に繋がる場所に作られた要塞だ。
リアルではレクリエーションセンターがある場所に関所のように壁と防御陣地で固められたそれは、まさに難攻不落。
南北を海で挟まれ、陸繋砂州に蓋をするかのように作られた要塞には迂回する場所もない。
攻め落とすには正面から直接叩くか、東のホテルから上陸した部隊が南下してくるまで待ち挟撃にするしかないだろう。
「敵の規模は分かるのか?」
『指揮官クラスにオークキング。部隊長クラスに各上位種。数は推測になりますが、最大ポップ数で五万』
全員、開いた口が塞がらない。
元来、攻撃側が防御側を崩すには防御側の三倍の兵力が必要とされるため、そのまま考えればこちらは十五万の兵力を集めなくてはならないのだ。
無論、これはゲーム故そこまで正確に再現されている事はないだろうが、こんな手の込んだイベントマップを作成する運営がそうやすやすと攻め落とせるような要塞を置くとも思えない。
「ゴ、ゴルフについては分かった。西のシエラはどうだ?」
重要拠点ポータル、シエラは山間部である西部と平地である中央部の間に作られている。
問題はその地形。
内陸にあって、南北を山で挟まれた渓谷のような地形であり、重要拠点ゴルフと同じく進攻ルートを著しく制限される、天然の要塞だったのだ。
リアルでは高速道路の料金所があるその場所は、当然渓谷の東側。
対するランナー側の主力は西の拠点デルタから上陸した部隊。
つまり、ランナー側は山で挟まれた渓谷を西から攻め抜け、渓谷東側の重要拠点ポータルを落とさなければならない。
兵力はゴブリンロードを指揮官とした機動部隊。
ウォーウルフ、ゴブリンライダー、スペルキャスターなど、中距離火力と遊撃戦に特化した編成。
その兵力はゴルフと同じ五万。
アイビスの説明が終わり、会議室の雰囲気はまるで御通夜。
東も鬼門なら西も鬼門である。
「で、残りは中央にある三ヵ所か……」
残りの三地点。
リアルでは空港があるエックスレイ、江戸時代に城があった跡地に作られた公園にあるビクター。
そして『TGT』マークの付いた、電波塔があるユニフォームだ。
この三地点のうち、エックスレイとビクターに関しては前述のゴルフ、シエラほどの難しさは感じない。
両地点とも防御陣地によって強固に守られてはいるが、だだっ広い平地のど真ん中にあり、進攻ルートを制限されたりはしないからだ。
どちらも場所こそリアルと同じだが、城が建城されていたり、空港が存在し航空機が駐機しているわけでもない。
配置されている敵は五万ほどになるが、指揮官クラスが居ないのだ。
攻略の難易度で言えば明らかにゴルフとシエラの方が上だろう。
むしろこれで重要拠点ポータルなのかと首を傾げてしまうほど。
そんな緩めな中央の重要拠点の中にあって、異彩を放っているのが最終攻略地点とされるユニフォーム。
最大の特徴は電波塔の変わりに作られたのであろう大樹。
上空三〇〇mを飛行するアスカに遠くからでも存在感を示す大樹の全長は軽く見積もっても二〇〇m以上。
これはリアルで存在する電波塔に匹敵するほどの大きさだ。
攻略方法は大きく分けて二つ。海岸からの上陸か、東西の鬼門を突破しての挟撃。
アイビスがそこまで説明を終えると、どこからともなく声が上がった。
「その二択なら、上陸しかないだろう」
そう発言したのは、キャラメイクで弄ったらしい褐色の肌に尖った耳をしている爽やか系金髪のイケメンエルフ。
ファンタジー系によくあるダークエルフを模したのだと思われる外見だが、ぱっと見はチャラ男そのもの。
「皆も掲示板は読んだだろう? 時間をかければかけるだけ攻略には不利だ。ここは無駄に固い東西の重要拠点は無視して、戦力を集中、ユニフォームの一点突破だ」
上手い事ユニフォームを落とせれば、そこを起点に敵陣を一気に崩せる筈。
金髪のイケメンは強めの口調で話を続ける。
「今朝がた、フォックストロットを落としたことで湾内の島、ロミオへの航路も解放されてる。ロミオさえ落とせばユニフォームへの上陸航路が出るはずだ」
フォックストロットは陸繋島と本土をつなぐ陸繋砂州、その中間にある拠点でリアルでは水族館がある場所だ。
ゲームの中では港湾施設を備えた拠点であるが、敵の数は昨日激戦となったエコーほどの物ではなかった。
フォックストロットの先に待ち構えるのが重要拠点ゴルフであることからも、フォックストロットはあくまで中継地点という役割なのだろう。
そしてフォックストロットを攻略したことでアンロックされたのが、湾内にある島に渡る航路だ。
リアルでは能古島と呼ばれるこの島は博多湾、つまりホクトベイの真ん中に位置し、東西南北全てのエリアを見渡せる要所。
拠点ポータルはリアルでは島のレクリエーション施設がある場所に配置され、ロミオというコードが与えられていた。
「リコリス1、ロミオの敵戦力はどのくらいだ?」
「あ、えっと……」
『フォックストロットと同程度と推測されます。指揮官クラスは存在せず、兵力は推定で三万。半分はホブゴブリンと思われます』
「よし、それなら数時間で落とせる」
アイビスの解答に、会議室に安堵の声が漏れる。
激戦が予想される東西の重量拠点ポータルよりも落としやすいロミオを落としてから本丸を責め、守りの固い場所はその後でゆっくりと攻略すればいい。
防御陣地へ馬鹿正直に突っ込もうという考えを持つ者もおらず、金髪イケメンの言う通り時間がない、という焦りもあったのかこの場にいるランナー達の意見はまずロミオを攻略し、その後ユニフォームへ上陸するという流れで一致した。
ちなみに、アスカは会議の内容が拠点の説明から攻略ルート選定の話になった時点で目立たぬようこっそりと自分の席に撤収。
終始身をかがめ小さくなっていた。
そんなアスカをアルバは何か言いたげに見ていたが、それはあえて無視させてもらう。
その後は口論もなく順調に進んでゆく攻略会議だが、その中でアスカはふと疑問を抱く。
「……なんか、みんな『急がないと』とか『時間がない』とか言ってるけどどういうことなのかな?」
確かに、昨日だけでかなりの事柄があったが、それでもまだ初日なのだ。
今日を含めてもイベントはまだあと六日もある。何も二日目にして最終攻略地点を攻め落さなくてもよいのでは?
アスカのその疑問には、アルバが答えてくれた。
「……台風が来るのではないかという予測がある」
「……は?」
呆気にとられるアスカ。
台風? ゲームの中で? それも、イベントで?
その表情からアスカの言いたいことを悟ったアルバは、言葉をつづけた。
「モンゴル帝国が日本を攻めた元寇という物があるんだが、そのシチュエーションがこのイベントとほぼ同じなんだ。モンゴル帝国の侵攻は失敗に終わるが、その原因は神風と台風によるもの。特に、台風は時期も今と同じ。偶然にしてはあまりにも出来過ぎてる」
故に、掲示板などでは『イベント中に台風が来る』と大騒ぎになっているそうだ。
だが、アスカは納得できない。
「アルバはそれを信じてるの?」
「…………」
アルバは答えなかった。おそらく、彼の中でも答えが定まっていないのだろう。
ならばと、アスカは小声でアイビスに問いかける。
「どう、アイビス。台風、来ると思う?」
『台風に関してはあり得ません。天候不良は考えられますが、戦闘に支障をきたすような暴風雨が発生する可能性はゼロです』
「だよねぇ……」
記念すべき初イベントにそんな苦情が殺到するような物を持ち込むことなどありえない。
ゲーム初心者のアスカの考えはもっともだったが、ゲーム熟練者で彼らの考えは違っていた。
彼らがプレイしてきたゲームの中には、イベントクリアの正解が『速攻』だったものもあるのだ。
時間をかけず、開始と同時に全戦力を持って敵を叩き潰すのが最善策。
逆に時間をかけてしまえばそれだけ敵が体勢を整え、最終的にクリア不可レベルにまで敵戦力が膨れ上がる鬼畜イベント。
その経験が彼らを疑心暗鬼にさせていた。
見え見えのフェイクだが、実はそれが本当かもしれない、と。
東西に置かれたガチガチに固められた重要拠点に攻め込みたくないという心理も相まって、盲目的に突き進む。
「それにさ、最終攻略地点以外四つも重要拠点配置しておきながら、一つも攻略しないまま最終地点を落とせるのって、おかしくない?」
『……それについてはお答えできません』
「そっか……」
周りの議論を聞き流しながら、アスカはイベントマップを見る。
東西に置かれた強固な防御陣地をもつゴルフとシエラ。南部の内陸に置かれた二つの重要拠点、エックスレイとビクター。
そして海岸付近にあり、大きな大樹をもつ最終攻略地点ユニフォーム。
これらの位置関係はまるで『東西は固いからユニフォームを直接攻めてくださいね』と言っているかのようだった。
「……まさか、罠じゃないよね?」
アスカがぽつりと言い放った言葉。
その答えは数時間後、その身をもって知ることになる。
いつもたくさんの感想、評価、ブックマーク、誤字脱字報告本当にありがとうございます!
この度、当小説が月間ランキング一位を賜りました!あまりの出来事に福岡空港から飛び立ってしまいそうです!
これもひとえに皆様からの多大なるご支援、ご声援のおかげです。本当に、本当にありがとうございます!
月間ランキング一位を記念し、明日は複数更新を行います!
今後とも『空を夢見た少女はゲームの世界で空を飛ぶ』をどうぞよろしくお願い致します!




