35 DAY2BriefingⅠ
ブリーフィング用BGMを流しながらお楽しみください。
『Blue Planet Online』では太陽と月が現実世界と同じように動いている。
東の地平線から太陽が昇り、西の地平線へと沈み、夜の空にはたくさんの星と月が輝く。
現在時刻は九時五五分。
街の中にいては地平線に半分以上埋まっている太陽は建物に遮られて拝むことは叶わず、空に浮かぶ雲に夕焼けの赤みが浮かび、その奥にある空は黒く染まり星と月が輝きだすそんな時間。
そしてその時間はイベント攻略の作戦会議に参加してほしいと持ちかけたアルバとの待ち合わせ時間の五分前。
日本人らしくしっかりと五分前行動で待ち合わせ場所であるミッドガルのランナー協会の前まで来ると、そこにはすでにアルバの姿があった。
さらに、その後ろにもう二人。
「アルバ、待たせちゃった?」
「いや、時間通りだ。問題ない」
「やあ。よく来てくれました、アスカ」
「昨日ぶりだな。今日もよろしく頼む」
アルバに声をかけると後ろの二人もアスカに気付き、声をかけてきた。
その顔には覚えがある。
「ファルクさんとイグさんも参加されるんですか?」
「ええ。これから始まる作戦会議が結構重要なものなのです」
「イベントの進行やポイントの稼ぎにもかかわるからな。早く行かないと、皆もう待ってるぞ」
「え、会議って私たちだけでやるんじゃないんですか?」
アスカのその言葉で全員が目を見合わせる。
アスカはてっきり夜は喫茶店が閉まってるから、代わりにレンタルオフィスを借り、少人数で会議をするものだとばかり思っていた。
だが、アルバ達三人の顔は明らかにそのことを否定していた。
「アルバ、貴方アスカにちゃんと伝えたのですか?」
「む? そういえば、会議に参加してほしいとしか言ってないな」
「まぁ、会議には違いないが……」
「もう時間がないな。すまないアスカ、とりあえずこのままついて来てくれ」
「え、えぇ?」
動揺するアスカを、三人はそのままレンタルオフィスまで連れて行く。
ランナー協会の中にある階段を上り、三階へ。そこには長い廊下があり、たくさんのドアが並んでいた。
ドアには『3-A』『3-B』など札がかかっていて、先頭を歩くファルクはそのまま『3-D』と書かれたドアを開ける。
中はアスカが通う高校の教室とほぼ同じサイズの広さだろうか。
廊下の対面の壁には窓が付いており、すっかり夜のとばりが下りたミッドガルの街並みを映していた。
そんな教室のような会議室の中には机がなく、代わりに椅子が横並びに並べられ、前の方には何かを映し出す為のスクリーンが壁に掛けられている。
机がないのはおそらく書くことが無い為だろう。
ゲーム内でのメモはメニュー画面から行えるし、ボイスレコーダーや音声をテキスト化する機能も付いている。
机をなくして空いたスペース分、増設したと思われる椅子にはすでに四〇人ほどが着席しており、皆一斉に新しく入ってきたアスカ達四人を見ていた。
アスカは思っていたのと全く違う状況に完全に腰が引けていた。
てっきり喫茶店でお茶を飲む感じでまったり作戦会議だと思っていたのだが、この会議室から漂う雰囲気は完全にガチなもの。
いっそ逃げ出してしまおうという考えも頭をよぎるが、さすがにそれは失礼だとなんとか踏みとどまる。
しかし注がれる視線の圧力から耐えることは出来ず、アルバの背後に隠れると小鹿のようにプルプルと震えていた。
ほとんどが座っている中にあって、数名立ったままの人がおり、部屋に入ってきたアルバ達へ近寄ると声をかけてきた。
「おそいぞ、ファルク」
「すみません。我らが空神様をお迎えしてたものでして」
「なに、アルバの後ろで震えてるその娘がか?」
「あぁ、リコリス1だ」
「は、初めまして……」
体格も大きければ顔もなかなかに厳つい男性ランナーは、まるで珍獣でも見るかのような眼差しでアルバの背後に隠れるアスカを覗き込む。
すると、いきなり顔を崩して笑い始めたではないか。
「はははっ、こんなにちっこい子がフライトアーマーを? いや、すげぇな」
「あ、あの……」
あまりの急変っぷりに戸惑いを隠せいないアスカを他所に、男性ランナーは陽気に話し出した。
「あぁ、すまない。俺たちがどれだけやっても扱いきれなかったあのフライトアーマーを意のままに操ってるのが、こんなかわいいお嬢さんだとは思わなくってな。よく来てくれた、リコリス1。歓迎しよう。さぁ、入ってくれ」
男性ランナーの緩んだ顔つきにアスカもほっと胸をなでおろす。
周りを見渡せば、さっきまでは取って食われてしまうのではないかとまで思われた雰囲気は消え去り、皆表情を崩していた。
アスカ達四人は促されるまま会議室の後方、並んで空いていた椅子に腰を掛ける。
それを合図にするかのように、先ほどの男性ランナーが会議室の前に移動し、声を上げた。
「皆、今日はよく集まってくれた。早速攻略会議を始めよう」
会議室の照明が半分ほど落され、前にあったモニターが点灯する。
そこに映されたのはアスカが昨日マッピングを完了させたイベントマップだ。
「まずは確認事項から。今回のイベント、オペレーション・スキップショット、舞台はナインステイツ・ホクトベイ。これは見ての通り、九州の博多湾だ」
おぉ、確かに! とアスカは心の中で叫ぶ。
アスカもこのマップにはどこか見覚えがあったのだが、それがどこかまでは把握できてなかった。
陸繋砂州でつながった陸繋島がある地形はかなり珍しいものではあるが、それでも馴染みのある地元民でもない限り判別するのは難しいだろう。
さらに確認事項として聞かされたのはナインステイツとホクトベイの由来。
これは単純で九州をそのまま英語にしてnine states、ホクトベイはハカタの言葉遊びと湾の英語のベイだろうとのこと。
あまりのくだらなさに呆れ返る会議室。皆『もうちょっと何かいい付け方あっただろう』と思っているのは間違いない。
運営の命名センスの悪さが現れた瞬間だ。
「次にイベントマップ各地に点在する拠点ポイント。これは昨日リコリス1がマップ全域を偵察してくれたことで全て判明している」
再び視線がアスカに集中する。
悪いことは何もしていないし、皆の視線はどちらかというと羨望に近ものだ。
が、当の本人はそんな熱い視線を浴びるのはどうにも気恥ずかしく、肩をすぼめて縮こまってしまう。
今は椅子に座っているので、アルバの後ろに隠れることは出来ないのだ。
皆の視線がアスカから前に戻ったところで、檀上の男性ランナーは話を再開する。
「拠点ポイントの総数は全部で三二箇所。アルファから始まり、二七個目からはA'としてアメリカ、ボルティモアと続いて行く。ここからが新規情報になる。このマップ、測量の結果サイズは1/1。正真正銘リアルスケールで再現されている事が判明した」
リアルスケールと聞いてざわつく会議室内。
マップが博多湾だと知っていた者も、まさか1/1などというバカげたスケールで再現しているとは思わなかったのだ。
他のVRゲームでも実際にある街や地形を再現するゲームは多いが、それらはダウンサイジングされたり省略化されたものが多く、完全再現されていたとしてもサイズはそこまで広くはない。
だが、続く言葉で、会議室のざわめきは沈黙へと変わる。
「マップサイズは三〇㎞×三〇㎞。これは福岡市のほぼ全域に相当する」
三〇㎞×三〇㎞。面積は九〇〇㎢であり、haで表すなら九〇〇〇〇㏊にも上る。
空を飛行するアスカからしたら三〇㎞×三〇㎞など大したことはないが、陸上を侵攻しながら進む他のランナー達からしたら呆れ返るほどの大きさになる。
実際、昨日は上陸するだけでも困難を極め、ようやく拠点を落とした後もランナー達が侵攻できた距離はほんの数kmだ。
話はそのままマップと各地の拠点ポータルについて進められた。
各拠点ポータルの間隔はおおよそ五km。
山間部や敵が多数いると思われる中央部はその間隔が短い。
それらの拠点ポイントは現実世界とリンクしており、それぞれが鉄道の駅、神社、公園、アミューズメント施設などがある場所と同じなのだという。
昨日の上陸地点を例に挙げればデルタは神社、エコーは郵便局、ホテルは海浜公園と同じ場所に存在していたのだ。
「つまり、リアルの立地がそのまま再現されていて、地形に関してはおおよその見当がつく、と?」
どこからか上がった声に壇上のランナーは大きく頷いた。
ゲーム故に福岡在住、出身者の数は多い。
彼らの助力を得られれば地形が分からず攻略できないという事はないだろう。
しかし……。
「逆にいえばリアルの立地がそのまま牙をむくことになる。福岡は平地も多いが、場所によっては拠点ポータルが山の山頂だったり、地形が天然の要塞になっている場所もある」
マップを見れば素人目にも攻めにくそうな場所がいくつか点在している。
西にある南北を山で挟まれた渓谷のような場所や、陸繋島から伸びる狭い陸繋砂州が本土と繋がる場所などがそれだ。
「それを運営も分かっているらしく、そういった場所は重要拠点ポータルとしてマップに表示されている」
重要拠点ポータル。
通常の拠点ポータルよりも強固に要塞、陣地化され、敵の量、質ともに他を圧倒する、イベント攻略の難所。
拠点ポータルは一度観測されればマップにアイコンとして表示されるが、重要拠点ポータルは通常とは違う色で表示される。
そのアイコンの数は西と東に一つずつに中央に三つの合計五つ。
そしてそのうちの一つ、マップ中央南部の海岸付近にある重要拠点ポータルの表示は『TGT』マークが入っていた。
「おそらく、この『TGT』マーク付きの重要拠点ポータルがイベントの最終攻略地点だろう。ここを奪取した時点でこちらの勝利と判断される」
その場所はアスカも強く印象に残っている。
イベントマップの全域を飛行したが、この地点にはそれ以外の場所にはないあるものがあったのだ。
「では、その各重要拠点について、直接見てきたリコリス1に説明してもらいたいと思う」
「はえっ!?」
急に説明を求められ、完全に不意を突かれたアスカは素っ頓狂な声を上げてしまった。
この会議において、ただの飛行好きな自分は完全に場違いであり、後ろでただ話を聞いていればいいと思っていたのだ。
助けを求めるように横に座るアルバやファルクを見るも、彼らは視線で「説明よろしく」と訴えるのみ。
とても助けてくれるとは思えない。
なんで、どうして私が? と混乱するアスカ。
そこではっと、アルバからのメールを思い出す。
『各拠点を直接見た時の感想が聞きたい』という一文があったことを。
こ、このことかああぁぁぁぁぁ!!!!
と、苦虫を噛みつぶしたような顔でもだえるが、すでに逃げ場はない。
仕方なく立ち上がりその場で話そうとするが、檀上のランナーに手招きされモニターの前まで誘導されてしまった。
モニターの前で振り返れば、会議室にいる皆がアスカの発言を待っていた。
注がれる熱視線。
もはや何を話していいのかさっぱりわからない。
どうしたらいいのか分からず横にいる司会をしていた男性ランナーを見るも、アルバ達同様有益な情報を頼むと目で訴えられフォローを求める事も出来そうにない。
「ど、どうしよう……」
VRゲームならかかない筈の冷や汗を額に感じながら、アスカはじっとその場に佇む。
もう限界。
そう思った時、救いの手が差し伸べられた。
『私が代わりに説明しましょうか?』
アスカが絶対の信頼を置く救済の女神、アイビスである。
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