33 Blue Planet Online 放たれる刺客
本日ラスト、五話目更新。
本日五話更新です。読み飛ばしにご注意ください。
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時間はイベント初日の二三時。都内某所のゲーム会社スワローの『Blue Planet Online』開発・運営室。
その室内の一角、室長と札のかかった部屋のドアがギィ、と言う重々しい音とともにゆっくりと開く。
中から現れたのはぼさぼさの頭としわくちゃの服、そして深い隈を抱えた中年の男性だ。
「おはよう、池山君」
「野村室長、時計、見ました?」
「寝起きだからおはようであってるさ。アップデート組は……まだ死んでるな」
野村室長はあたりを見渡し、夜通しアップデートを行ったグループが今だ寝袋の中に居るのを確認した。
サービス開始から大掛かりなイベントの開催とあって、作業はかなり時間を要するものになった。
アップデート後すぐにイベントスタートとなる手筈になっていた為、今回運営室の面々は泊まり込みでアップデートを行う組と、その後のイベントを管理する組の二つに人員を分けたのだ。
アップデート組は昼過ぎに作業が終わった後は業務終了。
次の出勤は翌日となるため、久方ぶりの我が家へ帰るが、その気力すら残らなかった面々は終了と同時に寝袋へともぐりこんだ。
相当疲れがたまっていたらしく、寝袋で寝ている社員たちは皆いびき一つかかずに深い眠りについている。
だが、室長となるとそうもいかない。
つきっきりでアップデート組に付き合い、その後もイベント開始直後にトラブルが起きないかその動向を見守らなければならないのだ。
結局野村室長がモニターの前から離れられたのはイベント開始二時間後。
アップデート直後のログインラッシュ、イベントサーバーへのアクセスラッシュを乗り切り、通常、イベントの両サーバーが安定したのを見届けてからイベント管理組リーダーの池山にその場を任せ、ようやく仮眠に付けたのだ。
「状況はどうだ?」
「問題ないですよ。両サーバーとも異常なし。今はゲーム内も夜なので、静かなものです」
イベントサーバーはプレイ時間に六時間という制約はあるが、サーバー自体は二四時間休みなしで稼働している。
当然昼間にログインできなかったランナー達の中にはこの時間帯にイベントサーバーにアクセスする者も多く、今も上陸作戦を実行しているようだ。
なお、ポップするモンスターの数はランナーのログイン数と連動している。
よって夜間のランナーが少ない時間帯にモンスター側が数の暴力で拠点を襲撃するという事象は発生しない。
「ふむ、それなら一安心だな。イベントの進み具合はどうだ?」
「それは口頭より実際に見てもらった方が早いですね。ちょっとすごいことになってます」
どういうことだ? と訝しむ野村室長に池山はモニターを指さす。
モニターに映し出されていたのは『Blue Planet Online』のイベント管理画面。
イベントの進行状況が開始から今現在までの事象、ログが事細かく示されている。
最初は気の抜けた顔、力のない目でモニターを見た野村室長。
だが、すぐに表情が強張り、ログを漁りはじめる。
「なんだこれは……想定よりランナー達の侵攻速度が早すぎるぞ」
「えぇ。最初のアルファ、ブラボー、チャーリーは良いとしてもその先、デルタ、エコー、ホテルが早々に陥落。モンスター側の奪還部隊も撃退して、それぞれの次の拠点、フォックストロット、インディア、オスカーに攻撃開始、日が落ちる前にイベントマップの未踏破部分の全域が踏破されました」
当初の計画では初日でデルタ、エコー、ホテルの三拠点は攻略させる気はなかったのだ。
野村室長率いる運営チームはランナー達にじっくりと時間をかけさせ、イベント期間の七日で複数ある重要拠点ポータルの攻略を完了させるというタイムスケジュールを組んでいた。
特に初日は派手に戦闘を楽しんでもらおうと、ランナー側の想定戦力よりも色を付けた戦力をモンスター側に配置。
進行具合によってモンスター側の戦力を落としていく算段を立てていた。
それだけに、野村室長の驚愕ぶりも仕方のない話だった。
「あの戦力を突破した? デルタにはネームドも配置していたはずだが?」
「……撃破されました」
「馬鹿な……」
デルタに配置したネームドエネミーはスナイパータイプの強敵。
通常マップと違い高い索敵能力と緻密な連携を持ってしないとあっさり逃げられるだけの知能と火力を持たせた運営の虎の子。
当初の計算ではしぶとく最終日まで生き残るはずのそれが、まさか初日で撃破されようとは。
何事かと考え込む野村室長。その時、ふと池山の言葉に引っ掛かりを覚えた。
「……まて、マップが踏破されたと言ったか?」
「……はい。言いましたよ?」
その言葉を聞いて野村室長は再び管理画面からログを漁る。
このイベントマップ、リアルスケールで福岡の博多湾を再現したものであり、範囲は驚愕の三〇㎞×三〇㎞。
森も山も海も川もすべて忠実に再現し、要所要所に点在する拠点ポータルにはモンスター達が待ち構えている。
そんな中、イベント開始時では北部の海程度しか解放されていないマップを一日で埋めきるなどありえない話なのだ。
むしろ、イベント期間中に全域を踏破されることはないだろうと考えていたほど。
――それが、何故?
一日どころか、開始が一五時だったことを考えれば僅か六時間ほどで。
――そんな短時間でマップを網羅?
思考が混乱しかける野村室長だが、全アーマーの中で『唯一』それが可能なアーマーの存在を思い出す。
……というよりも、それしか考えられない。
解答にアタリを付けながらログを漁ると、思ったとおりの答えがそこにあった。
――予想のはるか上を超えて。
「……なんだ、こいつは?」
「ははは、そうなりますよね。俺たちなんかそれをリアルタイムで見てましたから、もう唖然茫然。開いた口が塞がりませんでしたよ」
ログに記されていたのはある一人のランナーの行動記録。
拠点デルタ、エコー、ホテル。
その全てでエリア一帯の索敵と航空支援を行い、拠点奪取後はそのとんでもない索敵範囲を武器にマップを踏破したフライトアーマー。
――アスカの記録。
「とんだダークホースですよ。俺たちも散々バランス調整とテストプレイを重ねましたけど、全部ひっくり返されました」
「…………」
池山の両手をあげながら「降参」とでも言いたげな動きに、野村室長は言葉を返す事が出来なかった。
『Blue Planet Online』初イベントにして超大型レイド『オペレーション・スキップショット』。
万に一つでも失敗がないように、テスト機で社員が様々なTierⅢアーマーと武器を装備し、AI相手に実際に戦闘を行い、それぞれの最適バランスをはじき出していた。
勿論、フライトアーマーも同様に開発室の社員とAIがフライトアーマーを使用してのテストプレイを行っている。
結果は『複数人いて装備を整え、しっかりと連携すれば一つの戦域で観測と航空支援が可能。ただしスナイパーに狙撃されやすく、火力も心もとない』というものだった。
そのはずだった。
「こいつ、どういう装備とスキル編成してるんだ?」
「見ます? 半端ないですよ」
野村室長は管理画面をさらに操作。
アスカのパーソナルデータを映し出す。
「……なんだ、このエグゾアーマーは?」
「自由度を持たせ過ぎたのが仇になりましたね。一体いつの間にこんなもの作ったのやら……この完成度、いっそイベント後にプレミアムアーマーとして売り出しましょうか」
野村室長が驚くのも無理はない。
そこには一〇〇〇近いMP総量と、三〇〇〇mの観測範囲を持つ、戦闘偵察仕様のフルカスタムフライトアーマー『飛雲』を身にまとったアスカが表示されていたのだ。
さらに、インベントリにはこれでもかと積み込まれたMPポーションとグレネード。
スキルに目を向ければスムーズに飛行と支援を行い、それでいて飛行時間を延ばすための重要スキルで埋め尽くされている。
それはフライトアーマー以外に興味はないという強力なメッセージだ。
「数名は予想以上の戦力を持つランナーが出ることは覚悟していたが、よりによってフライトアーマーで出たか」
「ログ見ればわかりますけど、プレイヤースキルもかなりの物ですよ。初日組で、フライトアーマーしか使用していないプロフェッショナル」
池山は再び両手を上げて降参のポーズ。
「古田はこの事を知っているのか?」
「えぇ、もちろん。リアルタイムで見て、その後ログを見て鼻歌を歌いながら笑ってました。俺、彼が鼻歌歌ってるところなんて初めて見ましたよ」
フライトアーマーの生みの親である古田は、このランナーを見て何を思ったのだろうか? 鼻歌を歌っているのなら喜んでいるのか? それとも自分の方針に間違いはなかったと優越感に浸っていた? いろんなことが脳裏をよぎるが、彼の思考は常人のそれとはかけ離れている。
考えるだけ無駄だろうと、野村室長はその疑問を投げ捨て脳内をリセットする。
「それで、これからどうします?」
「どう、とは?」
「他の奴が掲示板を見張ってますが、マップが露見したことで予定してた事が当然ですがバレました。まだ推測の域を出ませんが、ランナー達の中では確定事項として認識されてます。その為、その前に攻略してしまおうと例の場所に攻勢をかける動きを見せてます。あとはそのフライトアーマー、リコリス1をどうするか」
「リコリス1?」
腕を組んで考え込む中、ふと聞こえてきた『リコリス1』と言う単語。
その聞きなれない言葉に野村室長はほぼ無意識のうちに池山に聞き返していた。
「ランナー達が付けた、マップを埋めたフライトアーマーのコールサインですよ。垂直尾翼に付けたパーソナルマークを参考にしたみたいですね」
「リコリス……彼岸花、か」
またいわくの多い奇妙なコールサインを付けたものだと呆れ返るが、今はその事は置いておく。
「ふむ、例の件に関してはこのままでいいだろう。分かったからと言って回避できるものでもないしな。ランナー達の攻勢も放っておいて良い。そんなに簡単に落せないことは、お前もよく知ってるだろう?」
野村室長のその言葉に、池山は不気味な笑みで返す。
どうやらこの部署のメンバーは悪魔の笑みが必須スキルのようだ。
「まぁ、確かに。リコリス1も放置で?」
「だな。今さら使用禁止も制限もないだろう。ただ、やられっぱなしと言うのも面白くない」
「……では?」
「明日から『トンボ』を稼働させよう」
「『トンボ』を、ですか!? あれはイベント最終段階で稼働させるはずでは?」
「ランナー側にこれだけの航空戦力があるならもう良いだろう。……ホクトベイの空がランナー達の物だけでは無いと教えてやれ」
驚きの視線で野村室長を見た池山は続く野村室長の言葉に頷き、二人揃って運営の十八番、悪魔の笑みをこぼす。
「ついでに……そうだな。これとこれ……あとこいつも稼働だ」
「あ、あぁっ! 良いんですか!? 知りませんよ!?」
野村室長が行ったのはバランス調整段階で過剰戦力だと判断され、イベントから排除されたネームドエネミーの有効化。
データのみ存在し、眠りについていたそれらを管理者権限でアクティブ化し、イベントマップに放ったのだ。
「あとは……テスト機で『S』と『Ar』の稼働テストだ」
「『S』と『Ar』まで!?」
「なに、ちょっとした余興だよ」
ランナー達には最後の一分までイベントを楽しんでもらおう。
イベントを攻略する側からしたら余計な事この上ない話だが、今ここに彼を止められるものはいない。
唯一、止められたかもしれなかった池山は「いやー、俺はやりすぎだと思うんだけどねー。室長命令なら仕方ないよねー」と全責任を放棄。
思考をもすべて投げ捨て、ただただ楽しむことに邁進していた。
『Blue Planet Online』初イベント『オペレーション・スキップショット』は、まだ始まったばかりだ。
アスカ、あなた達やり過ぎたのよ……。
元々緩んでいた運営のネジが、ついに脱落しました。
本日は長時間の連続更新にお付き合いいただき、誠にありがとうございました。
明日からはDAY2。イベント攻略が再開です。
こちらは基本一日一話更新予定。
なお、この辺りで書き溜めの半分ほどになります。
アスカの観測TUEEEは継続できるのか?
放たれたネームドたちは? トンボとは? 『S』に『Ar』とは……?
初日以上の激戦となるDAY2。
是非今後とも当小説『空を夢見た少女はゲームの世界で空を飛ぶ』をよろしくお願いいたします。
たくさんの感想、評価、ブックマーク、誤字脱字報告ありがとうございます!
嬉しさのあまり中部国際空港から外国まで飛んでいってしまいそうでした。
イベントマップをツイッターで公開しています。
https://twitter.com/fio_alnado/status/1348191925170438145
出典:国土地理院ウェブサイト(https://www.gsi.go.jp/top.html)様
第20話 DAY1出撃 アスカ発艦シーンが漫画になりました!
https://mobile.twitter.com/fio_alnado/status/1346294548423610368
迫力満点のカタパルト発艦、ぜひご覧ください!
あわせてリツイート、いいね、フォローなど貰えますと作者が嬉しさのあまり種子島宇宙センターから打ち上げられます。




