7 動力結晶と増槽
本日一話目になります。
アスカが見つけたTierⅢの動力結晶。
NPCショップ販売で販売されている武装はTierⅡまでしか販売していない。
それ以上のものとなると自分で製作するか、ほかのプレイヤーが製作、販売している物を買うしかない上に今はまだ稼働して日が浅く、TierⅢの動力結晶など今はまだ出回るはずがないのだ。
だからこその疑問。
「TierⅢの動力結晶、すごいですけど、なぜ露店に?」
「うん、これ実は粗悪品なんだ。研磨に失敗しちゃって」
「どういう事?」
『動力結晶は一定の品質を持つ魔石をスキル【錬金】や【細工】で研磨することで製作します。その際、研磨の方法で品質が変わり、内包する魔力の数値が変わります』
「その通り! もともとは依頼品だったんだけど、品質が悪くて受け取り拒否されちゃって。このままだと赤字だから安く売っちゃおうって事なんだ。ところでその声は支援AI?」
「うん。支援AIのアイビス。私はVRゲーム初めてだから、頼りになるのよ」
「へぇ~。聞いてたのより頼りになるんだね。あ、それでこの動力結晶だけど、正規二〇〇の魔力値が一八〇まで落ちちゃってるんだ。で、二〇〇なら本来売値一〇〇〇〇の所を大特価五〇〇〇で放出! どう?」
もともとNPCショップで動力結晶を買う予定だっただけに、これは思ってもない掘り出し物だ。
アスカの答えは当然……。
「買います!」
即決であった。
「まいど!」
『購入を確定する場合、商品についている値札をタップし、購入アイコンから購入してください』
アイビスの言われた通り、品物についていた値札から購入をタップする。
するとメニュー画面の資金がマイナス五〇〇〇され、目の前の動力結晶がアスカのインベントリに収まった。
「いや~、こんなに早く買い取ってもらえるなんて助かったよ」
「TireⅢの動力結晶ならみんな欲しがったんじゃないですか?」
「攻略組には結構出回ってるし、それ以外も高品質で魔力値が同じくらいあるTierⅡの結晶使ってるからね。売れないってことはないけど、時間がね。あ、名前を教えてなかった、僕はスコップ。君は?」
「私はアスカです。動力結晶、ありがとうございました」
「僕も助かったから、おあいこってことで。そのうちここでまた露店開くから見に来てよ」
「はい、その時は必ず!」
不良在庫が早々に捌けてご機嫌なスコップはせっせと片付けを終え、そのまま人通りの多くなった街に消えていった。
「思わぬ形でいいものが手に入っちゃったね。これからどうしようか?」
『飛行時間の延長を考えるのでしたら、余った予算で増槽の購入をお勧めします』
TierⅢの動力結晶のおかげで元の魔力値は倍近くになったが、それでも長時間の飛行というのは難しい。
ならばアーマーの空きスポットに増槽、燃料タンクを取り付けられるというのがアイビスのアドバイスだ。
「なるほど、それはいい考えだね。ここの露店じゃ売ってないかな?」
『特殊兵装は需要があまりないので販売されていない可能性が高いです。ショップでは販売しています』
増槽はほかのアーマーでも装備できるが、その必要性があるのは魔法を多用するマジックアーマーとメディックアーマーくらいである。
他のアーマーでは装甲パーツやスラスター、火器の搭載を優先するのが現在の主流。
そのため、今は増槽の需要はほとんどなく、わざわざ作って販売するランナーなどいなかったのだ。
「うん、ならこのまま予定通りショップに向かおうか!」
NPCショップは同じ大通りの中にあり、看板にはアーマーのシルエットが書き込まれている。
二階建てくらいの大きさだが、奥の方が製造工場になっているので奥行きは結構あるようだ。
「いらっしゃい。なにをおさがしで?」
店の中に入り、カウンターから挨拶をしてくれたのは二mはあろうかという色黒で長身のおっさんだった。
ガテンらしい筋肉質な体に顎髭を生やし、頭は光り輝いている。
「えっと、増槽を探してるのですが……」
その風貌に気おされ、反応が若干しどろもどろになるアスカ。
一五五cmしかないアスカの身長では、おっさんの二mの長身と肩幅の広い筋肉質な体で見降ろされると威圧感たっぷりなのだ。
「増槽ぅ? 嬢ちゃんランナーだろ。いったい何のアーマー付けてんだ?」
「えっ、えっと、フライトアーマーですけど……」
「何!? フライトアーマー!?」
「ひっ!」
おっさんが驚いて体をカウンターから乗り出させ、アスカに覆いかぶさるように言い放つ。
これではアスカが怖がってしまうのも無理はない。
「あ、わりぃ嬢ちゃん。怖がらせるつもりはなかったんだ。フライトアーマー使いが珍しくてな」
「め、珍しいんですか?」
「おうよ。少なくとも、俺の店に来たフライトアーマー使いは嬢ちゃんだけだ」
「私一人ですか……」
フライトアーマーの不人気さがよくわかる状況だった。
「少し前にランナーが街に大量に入ってくるってんで色々集めておいたんだが、フライトアーマーの装備が不良在庫になってしょうがねぇんだよ。在庫処分で安くしてやるから、いろいろ見て行ってくれ」
「私が探してるのは増槽なんですが……ありますか?」
「おうよ。フライトアーマーは魔力不足からの飛行時間が最大のネックだからな。いろいろ用意してある」
おっさんはそう言って店の奥に消えて行き、いくつかの増槽を持って戻ってきた。
「これは肩に付ける奴で、こいつは腰だ。どちらも容量が少ない奴だがな」
「容量が大きいのはありますか?」
「ふむ、そうなると試しに付けてみないとな。嬢ちゃん、ちょっとこっちに来てくれ」
アスカは店の奥に案内された。奥では数人の作業員が炉を前に金属を流し込んだりプレス機でつぶして加工したりしている。
その作業員たちを横目に、組み立て用の作業スペースらしい一角に来たところでおっさんは足を止めた。
「ちょっとここでアーマーを展開してくれ」
「え? でも街中じゃ……」
『街中でもいくつかの例外ポイントではアーマーを展開できます。なお飛行や攻撃行動はできません』
「なるほど」
メニュー画面を確認すると確かにアーマー装着のアイコンが出ている。
アスカはアイコンをタップし、アーマーを装着した。
「ふむ。初期状態だな。これなら大量に増槽を積めるが……」
「手持ちが二〇〇〇ジルなので、その範囲で積めるだけお願いします。あと、この動力結晶も取り付けてもらえますか?」
アスカはインベントリから先ほど購入した動力結晶を取り出し、おっさんに手渡した。
「ふむ、造りは甘いが良い結晶だ。ちょっとまってろよ」
そうしてアスカは両足と両肩、そして背中の主翼下部に増槽を装着、動力結晶は先ほど買ったTierⅢの物に交換した。
「予算二〇〇〇ジルだとここまでだな。だがこれで魔力量はかなり増えただろう」
足と肩の増槽はそれぞれ+五〇、主翼下部のものは+一〇〇にもなった。動力結晶は九八から一七八。MP増加・大のスキルも合わさり、合計したMPは四七八。今までよりも三〇〇近く増え、飛行時間は倍以上の八分だ。
「うわぁ! すごい、すごい!」
飛行時間が倍以上になったとアスカは大喜び。あまりの喜びっぷりにおっさんも頬が緩んでいた。
「増槽くらいではしゃぎ過ぎだぜ、嬢ちゃん」
「これで二〇〇〇ジルでいいんですか?」
「あぁ、もともと不良在庫だ。そのまま持っていきな」
「ありがとうございます!」
アスカはカウンターまで戻り、おっさんに代金を支払った。
アーマーは組み立てスペースから戻ってくるときに解除したが、増槽はアーマーに装着したままだ。
「そうだ、このお店薬草の買取とかしてますか?」
「してないことはないが、品質次第だな」
「GとかFは……」
「厳しいな。Gだと値段がつかん。Fにしても一個一ジルがせいぜいだな」
「むむむ……」
採取スキルを得るために取りまくった低品質の薬草。これを買い取ってもらっていくらかの資金をと思ったが、どうやら低品質すぎて買い取ってもらえないようだ。雑草については売り買い以前の問題で、ただのごみである。
「嬢ちゃんもそのうち新しいアーマー造るんだろう? その時はまたウチに来な。安くしておいてやるよ」
「新しいアーマー?」
『開発経験値が一定量溜まると、上位Tierのアーマーを開発、設計書を入手することが出来ます。その設計書と素材、ジルをショップに持ち込むことで新しいアーマーを作ることが出来ます』
「そういうこった。嬢ちゃんか嬢ちゃんの知り合いが作るってんなら話は別だが、自分で作れないときはウチにきな」
「なるほど。では、その時はお願いします! ……えっと」
「ダイクだ」
「私はアスカです。ダイクさん、ありがとうございました!」
ダイクはサムズアップし、にっこりと笑って返してくれた。
ショップを出たアスカはそのまま街の外まで走っていき、増槽を取り付けたアーマーを展開した。
両肩と両足に取り付けた増槽は四角いタンクをそのまま取り付けたような形。
背中の増槽は左右主翼の下に一個ずつ取り付けられ、紡錘形をしていた。
「ちょっと不格好になっちゃったけど、これはこれでありだね」
『増槽は装備すると機動力が下がりますが、タンクを切り離すことで機動性を回復できます。また、MPは増槽分から消費しますので、タンクが空になってから切り離すことでMPの最大値は下がりますが残MP値は変化しません』
「え? 切り離した増槽はどうなるの?」
『街に帰り着けばその時点で復活します』
「……どうやって回収してるの?」
『……ゲームですので』
「あ、うん……」
そこはゲームゆえのご都合主義。
「よし、じゃあどのくらい機動性が変わったのか確認しないとね。あと滑空の練習!」
アスカはフライトユニットに火を入れると、大空へ飛び立っていった。
「ん、さすがにちょっと重いかな? 上昇するときの速度が落ちやすい……」
今まで通り地面スレスレで加速したのち急角度で上昇したアスカだったが、そこで重量増加分の重さを感じる。
増槽搭載前よりも明らかに速度の落ちが早いのだ。
しかし、失速するほどではないのでそのまま上昇を続ける。
今までの限界高度がおよそ五〇〇m。今はその時の倍近いMPを持つため、そのさらに上まで飛んでいける。
『主翼増槽、残量〇。切り離しますか?』
「うん。いろいろ試さないとね。ドロップ!」
背中からカキンという音が聞こえ、主翼に搭載されていた二つの増槽が切り離され落下していく。
それに伴い最大MP値は四七八から三七八に減ったが、現在のMP値は三五九から変化はない
「あれ、落ちた先にひとがいたら危ないよね?」
『切り離された増槽に当たってもダメージは出ませんので問題ありません』
落下していく増槽を見ながら不安になったアスカだったが、どうやらその心配はないようだ。
デッドウェイトとなった空の増槽を切り離したため、速度の減少が多少穏やかになった。
それでもまだあと四つの増槽を搭載しているが、それも順次切り離し、過去最高高度をたたき出した。
今日は雲一つない晴天だったため、上に上がれば上がるほど空はその青さを強めていく。
地上と空の境界線は白く、上へあがれば次第に青く。
地上は木々が生い茂る緑豊かな森で、街に近付くにつれ森から草原に変わって行く様がよく見えた。
「ん~何度見ても絶景!すごいよ、アイビス!」
『絶景を独り占めですね』
「MPはあとどのくらい?」
『残りMP六三です』
「全部使いきったら滑空して降りよう!」
『了解しました』
MP限界まで空を飛んだアスカ。
その後は滑空飛行に移行し、空中散歩を思う存分満喫するのだった。
増槽
別名ドロップタンク。
昔は使い切ったらポイの使い捨てタンクだったが、予算の関係か技術守秘の関係か現在では『持ち帰れ』とされている場合が多いと聞く。
紡錘状で主翼、機体下部に取り付けられたものは爆弾と違えられることに定評がある。
感想、評価、ブックマークなどいただけましたら作者が嬉しさのあまり大分空港から飛び立ちます。
『切り離された増槽に当たってもダメージは出ませんので問題ありません』
例外アリ