25 DAY1デルタ上陸戦
Your call sign is...
コールサイン。
日本語では呼出符号であり、通信などを行う際、個人を特定するために使われる識別子だ。
「コールサイン……アスカじゃダメなんですか?」
「ランナーネームですと他の者と聞き間違える恐れがあります。実際、うちの小隊にもキスカと言う名前のランナーが居ますが、緊迫した状況だとその二つの名前は聞き間違える可能性が極めて高い」
特に、アスカは空を飛んで地上部隊を支援をする重量な役割をもつ。
そんなアスカが無線の聞き違いで誤爆や誤報をされたのではたまったものではない。
「なるほど」
「と言ってもこちらもコールサインに用意があるわけじゃないんですけどね。なにか希望はありますか?」
「いえ……そんな急に言われても……」
腕を組んで考え込むが、あまりに急なことで何も出てこない。
周りを見ても、人のコールサインに口出ししようなどと思う人はこの場にはなく、皆黙ってアスカを見つめていた。
そんな時……。
「あれ? 貴女、パーソナルマーク付けてるのね」
「えっ?」
声を上げたのはキスカ。
珍しいフライトアーマーを見学しようといろんな角度からアスカを見ていたのだが、その目が垂直尾翼に描かれたパーソナルマークを捉えたのだ。
「へぇ、綺麗なマークね。花と……鳥?」
「はい。リコリスの花と朱鷺です」
「なるほど。でも、なんでその二つ?」
「リコリスは私の好きな花で、朱鷺は私の支援AIなんです」
『支援AI、アイビスです。よろしくお願いします』
「わぁ、支援AIまでつけてるのね。貴女レア物のオンパレードじゃない?」
そんな二人のやり取りを見ていたファルクがふと思い付いたように口を開いた。
「リコリス……」
「え?」
「好きな花なのでしょう? なら、リコリスをコールサインにしてはどうでしょう?」
「リコリス……リコリス……リコリス……うん、いいかも」
花の名前をコールサインにするとは思ってもみなかったが、そうと考えてみれば思った以上にしっくりくる。
アスカは満更でもない笑みを浮かべ、それを見たファルクも同じように笑みをこぼす。
「よし、決まりですね。貴女のコールサインは『リコリス1』です」
「リコリス1……えへへ……」
「デルタにいる僕のフレンドにはアスカのコールサインを伝えておきます。向こうについたら支援要請に従って地上の援護を」
「はいっ、お任せください!」
ファルクの指示に、アスカは背筋を伸ばして敬礼で答える。
コールサインの話は急ではあったが、思った以上に良い名がもらえた事でテンションが上がっていたのだ。
その後、アスカは近くにいたトランスポートアーマーから弾薬を、ポータル経由でホームのアイテムBOXから手榴弾を補充すると、フラン達と挨拶を交わし、再び大空へと飛び立っていった。
アスカのエンジン音は戦闘が終わったこの場所では遠くまでよく聞こえる。
その音に気付いた地上のランナー達が離陸して行くアスカへ向けて手を振り、アスカはそれに両翼を振って答える。
そうして大勢に見送られながら、アスカの体は大空へと溶けて行くのだった。
「いっちまったな」
「えぇ。あの飛行技術は本当に見事です。イベント攻略の大きな助けになるでしょう」
「にしてもよ、ファルク、よかったのか?」
「何がです?」
他のランナー達と同じく、飛び立つアスカを見送ったフランとファルクの小隊メンバー。
アスカが消えていった空を見上げるファルクに声をかけてきたのは、やや不満な表情をしたホークだった。
「品質AのMPポーション。あれの出所を聞いた方が航空支援より助かるだろ」
アスカが孤立しMPも枯渇したファルク達に投下したMPポーションだが、状況が切迫していたこともあり、品質Aを投下していた。
だが、それは他のランナー達からしたら今はまだ存在しないレベルの物であり、これを得られればイベントでの戦い方そのものが変わる戦術アイテムだ。
しかし……。
「アスカは僕たちを助けるために貴重なポーションを分けてくれたんです。なのに、こちらから根掘り葉掘り聞くのは失礼ですし、そもそもマナー違反でしょう」
「でもよお……」
「仮にホーク、君があれを持ってたとして、その事や入手経路を周囲に言って回りますか?」
「……」
ホークは答えることが出来ない。
誰だってゲームは他人より有利に進めたいもの。
例え偶然であったとしても、獲得したアドバンテージをわざわざ自分から暴露する事などまずありえず、秘匿し、独占するだろう。
「そう言う事です。……アスカとすでにフレンドになっているアルバとフランなら何か知っているかもしれませんが……」
そう言ってファルクは二人を横目で見る。
が。
「……知らんな」
「なんにもしらなーい」
二人はファルクを見ようともせずそっけない返事で答えるのみだった。
「……だ、そうです」
「……ちぇっ」
フランとアルバの言い方はどうにも思わせぶりな言い方だが、知らない、と口にしてる以上それ以上追及することもできない。
ホークは観念したように不貞腐れると、その場に座り込む。
「ファルク、準備できたよ……って、ホーク、何してるの?」
「……なんでもねぇよ」
「そう。それで、次の目的地はフォックストロットでいいのね?」
「えぇ。アスカが見つけてくれましたからね。ポータルを探して右往左往しなくて済みます」
「せっかく生き延びさせてもらったんだから、その分しっかりメインアーマーで稼がないと!」
ついさっき拠点ポータルを確保したばかりにもかかわらず、ランナー達の士気は高い。
準備を終えた者から我先にとこの拠点から出立してゆく。
目的地はもちろん次の拠点ポイント、フォックストロット。
本来ならこの島から本島までの陸繋砂州を探索しながら拠点ポイントを見つけるはずだったのだが、アスカの航空偵察により既に位置が割れている。
あとはそこまで一直線に進むだけ。
「フランはどうする? 一緒に来るか?」
「おう、お世話になるぜぃ!」
そうしてファルク達の小隊も周り同様、準備を終えた後フォックストロットへ向け動き出すのであった。
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エコーを離陸したアスカは海上を飛行していた。
目指すのは西の戦場、上陸地点デルタ。
一度アルファのポータルでMPを回復させてもよかったのだが、それでは大きく迂回する上、未踏破区域を偵察できない。
フラン達に投下した分も合わせMPポーションはアイテムBOXから補充し、まだまだ余裕もある。
そこでアスカは海上を突っ切る最短ルートを選択したのだ。
そうして見えてきたのはデルタがある半島の西側の低山。
平地が多かった東側とは違い、マップ西側は標高は低いながらも山が多く、進攻ルートが限られる難所だった。
上陸地点デルタは目の前にある低山の真裏であり、アスカからは視認できない。
さすがのセンサーブレードと言えど、山の影となるとレーダー波が届かないようで、マップが更新されず、デルタの様子は把握できなかった。
「さすがに山の陰じゃ無理か……」
『このままのルートならすぐに山を越えて観測できるかと』
「うん。標高の低い山で助かったよ。三〇〇m超えてたら上昇するか半島を回ってくる羽目になってたし。それに、デルタの反対側に拠点ポータルはないんだね。あってもよさそうなのに」
すでに半島の大部分が観測範囲には入っているが、拠点ポータルは発見できていない。
今までのポータル間隔からデルタからそう離れていない場所に次のポータルがあると踏んでいたのだが、当てが外れた形だ。
『アスカ、もうすぐ山の頂上を超えます。すぐに敵が見えるはずですので、注意を』
「うん、了解」
頂を超えるタイミングでアスカは高速飛行形態から巡行形態に切り替え、不測の事態に備えてエンジンを始動させる。
エルジアエとピエリスも構え、いつでも射撃できる体勢だ。
ピピピッ。
「よし、見えた!」
山を越えたことで視界が開け、それまで観測できなかったエリアが露わになる。
同時にセンサーブレードが敵の反応をキャッチし、マップに表示。
さらにデルタを攻略している地上のランナー達とも回線が開け、情報を共有する。
《マップが!?》
《なんだこれ、どういうことだ!?》
急に全体マップの三分の一と周囲の敵情報が表示され、ランナー達に動揺が走る。
だが、そこで別の方から声が上がった。
《来たな! 待っていたぞ、リコリス1!》
《リコリス1?》
《空を見てみろ、救世主様のご登場だ》
《空? な、フライトアーマー!?》
《この情報量、まさか、マップ東端から飛んできたのか!?》
《それだけじゃない。エコーとホテル攻略に貢献した我らの女神さまだ》
《なん……だと……》
戦況はファルクに聞いた通り膠着状態だった。
上陸地点デルタの海岸線はホテルほど広くなく、エコーのように挟み込める場所でもなく、拠点ポータルがあるであろうその場所は木々が生い茂る丘の上。
地上のランナー達は高台を抑えられている上に上陸地点を包囲されている状況であり、明らかに攻めあぐねていた。
「こちらリコリス1。デルタ攻略を支援します!」
《ファルクから聞いている、よろしく頼む。この通信を聞いている全員に告げる! 上空にいるフライトアーマーのコールサインはリコリス1! 上空からこちらを支援してくれる! 航空支援が欲しい時は彼女に頼め!》
《了解! これであの丘に居座っているクソ共にお返しが出来るってもんだ!》
《この敵表示、すべてリコリス1の観測か!?》
《リコリス1、早速だが支援を頼む! あの丘に居座るスナイパーどもを黙らせてくれ!》
《こっちも頼む! 敵の陣地が強固で突破できない!》
「了解!」
地上のランナー達から次々に支援要請が入り、アスカの視界に表示されてゆく。
『優先順位を付けますか?』
「うん、お願い」
『了解しました』
大量に表示された支援要請アイコンに、アイビスが優先順位を定め、TGTのマークが追加される。
『最優先はポータル近くにいるスナイパーです』
「なら、航空爆撃だね!」
アスカは速度を上げ、再び高速飛行形態にしてから急上昇。
限界まで高度を上げた後、ハンマーヘッドターンで急降下体勢に移行する。
その場所はポータルのある丘の直上。
フライトユニットを操作し、攻撃姿勢。
主翼を地面に向けて立て、揚力を維持しながら体をスカイダイビングの様に広げエアブレーキとして使い、速度を制御しつつ急降下してゆく。
「いっくよー!」
その掛け声と同時に、周囲に大量のハンドグレネードが出現した。
アスカは投下を完了するとピッチアップにより上昇。
姿勢を水平に戻す。
放たれたグレネードは重力に引かれてそのまま落下し、敵スナイパーが潜む丘に弾着した時点で爆発。
周囲を爆煙で包み込む。
《よし、今だ、撃ち込め!》
スナイパーを警戒し、土嚢を積み上げた陣地から顔も出せなかったランナー達がここぞとばかりに顔を出し、丘を銃撃する。
アスカが直上で観測を行ったため、木々に隠れていた敵スナイパーはすべて捕捉済み。
ランナー達はその表示に向け今までの鬱憤を晴らすかのように弾丸を撃ち込んだ。
スナイパーが軽装甲、低HPなのは敵も同様であるらしく、最初の急降下爆撃で四割近いHPを失い、続けざまの銃撃でほとんどの敵表示がレーダーから消滅した。
「よし!」
《敵のスナイパーを一掃できた! 支援感謝する!》
《よし、いけ! いけいけいけぇ!》
目下最大の障害であったポータル付近のスナイパーが沈黙したことで、上陸地点中央のランナー達が攻勢に打って出る。
土嚢で構築された味方陣地から次々と飛び出し、敵ホブゴブリン群と激突する。
幸い、デルタ周辺にはオークやオーガといった前線戦力はなく、機動力の高いウォーウルフやホブゴブリンで編成されていた。
後方からの狙撃さえなければそれらに遅れを取るランナー達ではなく、一つ、また一つと陣地を攻略してゆく。
同時にアスカは優先支援要請ポイントへ向け上空から攻撃を行う。
ピエリスとエルジアエによる弾幕攻撃、各種グレネードによる航空爆撃。
上空への警戒が薄いモンスター達にこの攻撃は極めて有効であり、攻撃を受けたとたんに陣形が乱れ、そこへ待ってましたとばかりにランナー達が突撃してゆく。
「うん、中央は大丈夫だね」
アスカはその様子を上空から確認。近接戦闘ではお互いが近すぎて航空支援は行えない。
ならば、と次の攻撃目標を見定め、その場で旋回飛行を行った。
サブタイトルを『君の名は』にしようとして思い止まった。
第20話 DAY1出撃 アスカ発艦シーンが漫画になりました!
https://mobile.twitter.com/fio_alnado/status/1346294548423610368
迫力満点のカタパルト発艦、ぜひご覧ください!
あわせてリツイート、いいね、フォローなど貰えますと作者が嬉しさのあまり種子島宇宙センターから打ち上げられます。
たくさんの感想、評価、ブックマーク、誤字脱字報告本当にありがとうございます!
そしてなんと昨日総合評価10000ptを越えることが出来ました!
わずか一ヶ月での達成、これも皆様の応援のおかげです、感謝の念に堪えません。
ですが、まだまだイベントは終わず、書き溜めの半分もいっていません。
このままどんどん更新していきますので、どうぞよろしくお願い致します。




