20 DAY1出撃
本日更新ラスト。
読み飛ばしにご注意を。
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後半は出撃用BGMを再生しながらお読みください。
イベントが開始されて二時間後。用事を終えたアスカはようやくゲームにログインしていた。
「おはようアイビス」
『おはようございます、アスカ。今日は遅かったですね』
「うん、お盆だから家族皆でお墓参りしてたんだ。イベントの方はどうなってる?」
『最初の三地点は確保していますが、その次の地点の攻略が難航しているようです』
「苦戦してるんだ」
『敵もエグゾアーマーと銃を装備しているので、ランナーの皆さんが戸惑っているようです』
「そっか。なら、この出遅れの分も取り戻せるかな」
イベントでトップを目指すわけではないが、それなりのポイントは稼いでおきたい。
最初の出遅れ分の損が大きくないかと気になっていたが、周りがスタートダッシュに失敗しているならまだまだ稼げるチャンスはありそうだ。
現在の状況を確認したところで、アスカはイベントの準備に取り掛かる。
フライトアーマーのインベントリ枠数は一〇しかない為、持っていくアイテムは厳選しなければならないのだ。
アスカは前もって用意しておいたアイテムを一つずつ確認しながらアイテムBOXからインベントリに詰めて行く。
「えっと、品質AのMPポーション、ピエリスの弾薬、グレネードランチャーの弾に、攻撃、スタン、スモークのハンドグレネード……」
MPポーションの製作はバゼル港に住む錬金術師NPCクリスのショップで購入した物で行った。
機材をどこで買ったらいいかとトティス村のマギ婆ちゃんに相談したところ、クリスのショップを紹介されたのだ。
薬を調合するキットがなぜ錬金術師のお店で? と首を傾げたが、調合に使うガラスやランプの製造が錬金術師の領分だという。
納得である。
その後時間を見つけては調合キットを使い製作したMPポーションの在庫は十二分。
一つのポーションにつき一〇個までと言う個数制限はあるが、これはあくまで一枠に限った話。
空き枠を複数使えば二〇個三〇個と同品質のMPポーションを持っていける。
他には魔力草の売却で稼いだ資金で買ったハンドグレネードが三種類。
上空からばらまく航空爆撃用である。
最後に持っていくエグゾアーマーを確認。
フライトアーマーTierⅡフルカスタム『飛雲』、フライトアーマーTierⅡ『翡翠』、フライトアーマーTierⅢ『レイバード』。
この二週間、採掘に精を出し獲得した貴重な戦力。
全ての確認を終えると、アスカはうん、と頷いた。
「これで良し」
『準備はよろしいですか?』
「バッチリ。一回畑によって、ハルに挨拶してから港に行こう」
移動のためにホームのドアの前まで行き、表示される移動先リストから畑を選択。
視界が明転して行く中、アスカは思い出したかのように部屋の中を振り返り、一言。
「行ってきます」
その声の先では、三輪の彼岸花が色鮮やかに咲き誇っていた。
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バゼル港。
数時間前はアップデートが終わると同時に押し寄せたランナー達でごった返していたが、今は大分落ち着いていた。
港湾部や海岸沿いに所狭しと並んでいた揚陸艦はほとんどが姿を消し、今は数隻のみが港に停泊しているのみ。
「場所はここで良いんだよね?」
『はい。案内に従って、希望の上陸地点に行く船に乗りこんでください』
アスカは畑でハルとあいさつを交わした後、ポータルの移動でバゼル港に移動していた。
イベントマップへの初上陸のみ、揚陸艦から行う必要がある為だ。
あくまでゲームの演出ではあるが、同時にイベントエリアへのアクセス集中によるトラブルを防ぐ狙いも考慮されてのことらしい。
「今選べるのはアルファ、ブラボー、チャーリー、デルタ、ホテルだね。どれがいいかな?」
『デルタとホテルは最前線です。上空から偵察をするのでしたら少し離れた位置から離陸するのが良いと思われます』
「うん、なら東のチャーリーからにしよっか。まずはマップを埋めちゃおう」
アスカの最初の目標は未だ三分の一程度しか把握できていないマップを埋める事。
まずは東上端から埋めて行き、そのまま南下。
あとは見えていないところ東から西、また西から東へとジグザグに飛行する。
マップの広さが分からない為どれだけ飛行するかは分からないが、豊富なMP量を持つ飛雲とMPポーションがあれば可能だろうとの考えだ。
ナビアイコンの示す通りに進み、チャーリー行の揚陸艦に乗りこむ。
<当艦は上陸地点チャーリー行きです。出航までもうしばらくお待ちください>
各上陸地点への船は一〇分毎に出ている。
移動するランナーの人数減少に伴い、船の大きさも最初の大型の物から小型の物に切り替わっており上陸地点への時間短縮がなされていた。
ほどなくしてアスカの乗船する船も出航し、イベントマップへ進入する。
ゲーム内は現在昼時間。
空も雲が少ない快晴。
絶好の飛行日和であると同時に偵察日和だ。
アスカは何度かイベントマップを見直してみるが、そこまで大きな変化はなかった。
依然西、中央、東の全エリアで攻略が難航しているらしく、奪取できたポータルの数も増えてはいない。
<エグゾアーマーの装着制限を解除いたします>
そんな時に聞こえてきたのがアーマー装着可能のアナウンス。
この船に乗っているのは全員イベント初上陸の面々であり、皆興奮気味にエグゾアーマーを装着して行くが、アスカはその場に佇むのみ。
カスタムし、重量がかさんだ飛雲で地上を歩く時の速度はエグゾアーマーを身に付けていないときよりも遅い上、レイバードに至っては飛雲よりもさらに遅いのだ。
加えて、自分の腕以上の長さをもつ主翼をこの場で実体化させては周りにも迷惑をかけてしまう。
その為エグゾアーマー装着は上陸してからと考えていたのだ。
「君はエグゾアーマーをつけないのかい?」
「えっ?」
周りがエグゾアーマーを装着して行く中、一人その場で立ち尽くすアスカは逆の意味で目立っていた。
その事が気になったのか、ストライカーアーマーを身に付けた男性ランナーがアスカに声をかけてきた。
「こういったイベントは初めて? よければ俺たちの小隊に入らないか?」
そう言った彼の後ろには二人の男性ランナーが笑いながらこちらを見ている。
MMOではよくある野良小隊の誘いであると同時に、ナンパされているようだ。
「ちょっと騒がしいね。甲板にいこっか」
「あ、ちょっと、君!」
小隊にもナンパにもこれっぽっちも興味のないアスカは男性ランナーを無視。
足早にその場を立ち去る。
皆が集まっていたのは上陸用艦首門扉に繋がる格納庫。
アスカはその脇にある階段を上り、甲板の上に出た。
揚陸艦の上空には夏らしい入道雲が浮かび、海は吸い込まれそうなほどに深い青。
視線を水平線に向ければ、目的地の上陸地点チャーリーがある島が浮かんでいる。
アスカは海風に乱される髪をおさえながら、その美しい風景を堪能した。
「うーん気持ちいい! やっぱり船内より外の方がいいや」
自由に空を飛ぶのもいいが、こうゆったりと船に乗るのも悪くない。
小型とは言え、結構な人数を運搬する揚陸艦はそこそこに大きく、アスカはそのまま甲板上を散歩する。
「こう見ると結構大きい船だよね」
『この艦の収容人数は二〇〇〇人ほどになります。揚陸艦は他に五〇〇〇人収容の大型艦と二〇〇〇人収容の小型艦、二〇〇人収容の上陸用舟艇があります』
「見た目以上に人が乗れるんだ」
『あまりにリアルにし過ぎるのも効率が悪いとのことです』
「納得」
アイビスから揚陸艦やイベントの事について聞きながら散歩を続け、そのまま艦尾のほうまで歩いてゆく。
そこで艦尾にあったある物に、アスカは目を奪われた。
「アイビス、あれは?」
『……雰囲気を出すために設置された、水上機射出用のカタパルトです』
アイビスの『しまった』と言う口調から発せられたのは水上機射出用のカタパルトと言う単語。
これは開発が遊び半分で搭載したオブジェクトで、鉄骨とレールでつくられた映画や昔の軍艦でよく見かけるものだ。
他のランナーには無用の長物、ただのオブジェクトでしかないカタパルト。
だがしかし、唯一アスカだけは話が違ってくる。
「アイビス!」
『……はい』
「これ、使える!?」
『……不本意ですが、使用可能です』
「よし!」
答えるアイビスは心底呆れているが、当のアスカは至って大真面目だ。
さっそくアイビスから使用方法を教えてもらい、カタパルトを射出位置まで持ってくる。
「あとは……射出ボタンを押してくれる人!」
このカタパルトは射出位置まで持ってきた射出機を魔力によって打ち出す方式。
作動は操作盤で行う為、アスカがこれで射出されるには誰かに操作盤にある射出ボタンを押してもらわなければならない。
アスカは急いで人がいる格納庫まで戻り、先ほど話しかけてきた小隊に声をかけた。
「あれ、やっぱり俺たちの小隊に?」
「ちょっと手伝ってください!」
「え?」
「あ、おい、ちょっと!」
戸惑う男性ランナーの腕をつかんで強引に連れて行く。
同時に他二名もアスカ達の後を追ってくるが、眼中にはない。
そのままカタパルトの位置まで連れてくると、アスカはようやく男性を解放した。
「ちょっと、何だって言うんだ!」
「これ! このボタン押してください!」
「なんだこれ。カタパルトか?」
「ただのオブジェクトじゃねぇの?」
今だ動揺を隠せない彼らを他所に、アスカはカタパルトによじ登り射出機につかまった。
「私が合図したらボタン押してください!」
「いや、そんなことしたら君が海に落っこちてしまうぞ?!」
「大丈夫です!」
疑問符が頭の上に浮かぶ男性ランナー達を他所に、アスカは息を吸い込んで力強く言い放つ。
「装着!」
その言葉に呼応し、足元に魔法陣が出現。
いつもなら体が浮き上がるが、今回は射出機に捕まったままエグゾアーマーが実体化されてゆく。
「フ、フライトアーマー……」
「マジか……」
アスカが装着したフライトアーマーを見て絶句するランナー達。
フライトアーマーは今だ一般的認識においてキワモノ扱い。
イベントで使用するなど考えられないのだ。
「このまま離陸するんで大丈夫です」
「ほ、本当に良いんだな?」
「はい!」
未だ動揺を隠せないランナー達だが、カタパルト利用がフライトアーマー発艦のためと言うのであれば否やはない。
最終確認のためにアスカに問いかけるも、答えは当然射出。
アスカは発艦のためエンジンをスタート。
二重反転プロペラが相互に逆回転を開始。
そのまま推力をあげるが、自身はその推力で動かないように射出機にしがみ付く。
「いくぞ!」
「行くよ、アイビス!」
『了解』
意を決したランナーがカタパルトの射出ボタンを押すと、射出機の後方に設置された発射装置が爆発を起こし射出機が打ち出される。
「っ!」
爆発と射出加速の衝撃をのけぞりながらも何とか耐え、同時にエンジンの回転数を最大まで上昇。
一〇m以上あったレールを射出機が一瞬で駆け抜けると、先端のストッパーにより強制的に停止する。
だが、射出機の上に乗っていただけのアスカはレールを駆け抜けた射出機の勢いそのままに大海原へ打ち出された。
射出と同時に一瞬体が沈み込むアスカと飛雲。
しかし、カタパルトの加速で十二分に揚力を得ていた主翼はアスカを海上へ墜落させる事なく空中へと引き上げ、そのまま大空へと舞い上げる。
「やった! やったよアイビス!」
『お見事です、アスカ』
「ようし、出遅れ分を取り戻すよ!」
イメージ通りのカタパルト発艦が出来たアスカの機嫌は最高潮。
発艦した揚陸艦を振り返ることなく、激戦が繰り広げられている海岸線へとその進路を取るのだった。
アスカが飛び去った後の揚陸艦。
周囲には置き土産と言わんばかりに飛雲のエンジン音が響く中、アスカを射出したランナー達は呆然と立ち尽くしていた。
「すげえ、本当に飛び立っていった……」
「かっこいい……」
「俺もやってみてぇ……」
カタパルトによる射出。
映画やアニメでよく見るその光景はある種のロマンだ。
最初はただのオブジェで、空を飛べるフライトアーマーを使ったところでそんなことは無理だと思っていたが、目の前で実際に、しかも女の子がそれを成し遂げたとあっては見とれてしまっても仕方のない話。
「まてよ、緑の髪でフライトアーマー……もしかして?」
「あの動画の娘か?」
難易度が高いフライトアーマーを使いこなし、カタパルトからの出撃も成し遂げる。そんな芸当ができるランナーに思い当たるのは一人しかいない。
三人の意見が一致するが、すでに彼女は遥か空の彼方であり、揚陸艦に残された彼らにそれを確認する術はなかったのである。
本話のアスカ発艦シーンが漫画になりました!
https://mobile.twitter.com/fio_alnado/status/1346294548423610368
迫力満点のカタパルト発艦、ぜひご覧ください!
あわせてリツイート、いいね、フォローなど貰えますと作者が嬉しさのあまり種子島宇宙センターから打ち上げられます。
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年始も日間ランキング一位と言う素晴らしい結果で過ごすことができました。感謝の念に堪えません。
明日からは一話更新となりますが、今後とも『空を夢見た少女は空を飛ぶ』をよろしくお願い致します。




