6 ギムリーグライダー
本日二話目になります。一話目未読の方はそちらからお読みください。
Blue Planet Online最初の街、ミッドガル上空。夜空の闇に紛れながら音もなく飛行する一人のランナーの姿があった。
そのランナーが装備しているのはフライトアーマー。
このゲームで唯一飛行が出来るように設計されているアーマーだが、そのフライトアーマーは現在動作を停止し、推力を生み出すはずのプロペラはその回転を止めている。
しかし、そのランナーは星が輝く夜空を滑るように飛行しており、墜落するそぶりは全くなかった。
そう、彼女は今、『滑空』しているのだ。
高高度でMP切れをおこし機関が停止、推力を失ったアスカが生還する術を必死に考えた答え。
それがこの滑空である。
フライトアーマーには全幅三mになろうかという大きな主翼があり、形状からもある程度の浮力を発生させるであろうことは想像していた。
しかし、それは現実世界のグライダーと比べあまりに短い主翼であり、滑空が出来るかは一か八かの賭けだった。
だが、アスカは賭けに勝った。
今彼女は風に乗り、主翼で浮力を得ながらゆっくりと降下している。
「んっと、滑空はコントロールするのがちょっと難しいけど、なんとか……アイビス、あとどのくらいで地上に着きそう?」
『今の降下率から推測すると、三〇分前後かと思われます』
「三〇分ならMPもいくらか回復してるよね。着陸の時にエンジン再始動させれば安全に着陸できるかな」
アスカはMP自動回復のスキルを持っているため、一分間に最大MPの一%を回復することが出来る。
今のMP最大値は一九八なので、地上につく頃には六〇は回復しているはずだ。
「死ぬかと思った……ギムリー・グライダー事件の話を知らなかったら絶対墜落してたなぁ」
ギムリー・グライダーとは一九八三年、旅客機が飛行中高度約一二〇〇〇mで燃料切れの窮地に陥りながらも、滑空状態でギムリー空港へ着陸した有名な航空事故だ。
この事件は日本でも広く知られ、アスカもテレビのドキュメンタリーで見て知っていた。
空の上で燃料(MP)切れというまったく同じ状況がアスカに活路を見いださせたのだ。
「ちょっと制御は難しいけど、これエンジンで飛ぶより長く飛んでいられるね。うん、風が気持ちいいや」
フライトアーマーでの飛行時間はMPが尽きるまでの時間なのでわずか三分。
対してこの滑空飛行は高高度からゆっくり降下していくので、数十分の飛行時間を得られる。アスカにとっては願ってもないことだ。
「満天の星に、地上には街の灯り。そしてゆっくり滑空。ふふふ……独り占めだぁ」
アスカはほんの少し前まで窮地に陥っていたことも忘れ、ナイトフライトを満喫した。
『地面到達まで、あと三分です』
「方向よーし、侵入角度よーし!」
空中で何度か旋回を繰り返し、地表到達ポイントを街の入り口に来るよう調整したアスカは着陸態勢に入っていた。
姿勢を巡行から着陸しやすい攻撃にするとともに体をエアブレーキとして扱い減速、念のためエンジンを再始動させ姿勢制御をしやすくしてから着陸する。
『地表到達まであと三〇秒です』
「エンジン再始動、姿勢制御!」
再始動したエンジンで姿勢制御を行い、主翼をさらに立てて失速させ着陸する。
「ふ~、帰ってこれたぁ」
『私も墜落すると思っていました。お見事です。アスカ』
「ふふ~ん、褒めても何も出ないわよ」
腰に手を当てドヤ顔をするアスカ。アイビスから褒められるのもまんざらではないようだ。
<絶体絶命の状況から生還しました。スキル【強運】を獲得しました>
突然目の前にテロップが表示され、アナウンスがスキル獲得を報告する。
「絶体絶命? 強運?」
スキルを獲得できたのはうれしいが、その理由がいまいちピンとこないアスカの頭の上にはクエスチョンマークが浮かんでいた。
『極めて死亡確率が高い状況から街まで生還すると獲得できるスキルです。レアドロップの確率が僅かですが上昇します』
「上空でMPゼロになったのが極めて死亡確率が高い状況なのかな?」
『はい』
「フライトアーマーなら私みたいに滑空で楽にとれちゃいそうだけど……まぁ、貰えたからいいや!」
取得方法はよそに置くことにし、強運をスキル欄で確認。
【強運】 採取、ドロップでのレアアイテム取得率微上昇。獲得Exp微上昇。
「採取?」
『採取は自生している薬草や果物を回収することです。また、採取には木材や鉱石の回収も含まれます。フィールド上の所々に採取ポイントがあるので、探してみてください』
「なるほど。採取ポイントってあれ?」
アスカが指さした先。そこは木の根元で草が僅かに発光していた。
『その通りです』
「試しに採取してみようか! 何かいいものが出るかも」
光る草に近づき、その草を抜いて回収する。
<薬草を採取しました>
ログが表示され、薬草の獲得を報告してくる。
インベントリを確認すると、そこには確かに薬草が入っていた。
[アイテム]薬草 品質G
自生していた薬草。所々虫に食われており、品質は悪い。
HP 一〇回復
「……強運関係なくない?」
『アスカはスキル【採取】を獲得していません。スキルがない状態で採取を行うと品質が下がります。また、強運の効果は微上昇なので毎回というわけにもいきません』
「採集にもスキルがあるんだね。どうしたらスキル獲得できる?」
『街にスキルショップでスキルブックとして販売しています』
「ショップか~。お金がかからない方法は?」
『ショップ以外でのスキル取得方法については、お答えできません』
「ちょっとぐらいいじゃない。ね? アイビスゥ」
『……媚を売るような言い方をしても、駄目です』
「……ケチ」
『ケ……スキルは特定行動を繰り返すと取得できるものがあります。これ以上は何も言えません』
「特定行動?」
『……』
アイビスの返事はない。
……拗ねた? 拗ねたのか? AIなのに?
まさか支援AIが拗ねるなどとは思わなかったアスカだが、アイビスがくれたヒントについて考える。
といってもこれはほとんど答えのようなものだ。採取、特定行動、繰り返す。とくれば……。
そう考えたアスカが視線を向けた先は足元、先ほど薬草を回収した採取ポイント。
まだ光を放っており、採取できるという事を窺わせている。
アスカは腰を折ってしゃがみ込むと薬草の採取を再開。
<薬草を採取しました>
<薬草を採取しました>
<雑草を採取しました>
<薬草を採取しました>
採取スキルがないせいか、薬草に交じって雑草が取れてしまった。薬草の品質は一つだけFで、残りはG。
五回採取したところで草は光を失い、採取できなくなった。
ポイントごとに回数制限があるのだろう。
「ここはもう採取できないか……ほかにもポイントは……あった!」
周りを見渡すといくつかの採取ポイントを見つける。
周りはまだ夜時間のため暗く、光る採取ポイントを見つけるのは容易い。
<採取を特定回数行いました。スキル【採取Ⅰ】を取得しました>
見える限りの採取ポイントで採取をしていると、予想通り採取のスキルを取得した。
【採取Ⅰ】 採取ポイントで採取したアイテムの品質が向上する。
「ふぅ、ようやく取れた。予想通りとはいえ時間かかっちゃったな」
周りはすでに夜が明け始め、朝の日差しが差し込んできている。周りにもプレイヤーの姿がちらほらあり、皆薬草などを採取しているようだ。
採取できたのは低品質の薬草と雑草。アスカに使い道はないが、これもショップでいくらかは売れるだろう。
「日が昇ったのならお店も開いてるよね。ひと休憩してから動力結晶買いに行こう!」
街の外でやれることを終えたアスカは少し離れてしまった門まで低空飛行で戻り、街の中へ帰っていった。
街の中も朝の様相を呈していて、開店の準備、朝の配達、仕分けなどをしているNPCなど人の姿が見える。
アスカは雰囲気のいいカフェに入るとホットミルクにパンと目玉焼き、ソーセージの付いたモーニングセットを注文。
愛想のいいボーイが持ってきたモーニングセットは現実世界のそれと遜色がないほどに美味しく、アスカを驚かせる。
「美味しい……広場のオレンジジュースもそうだったけど、ゲームの中なのに本当によくできてる」
『プレイを長く楽しんでいただくため、食べる物にも手を抜いていません。自分で料理をすることもできますよ?』
「私は料理得意じゃないからなぁ……日奈ならそういうの得意なんだけど」
『お友達でしょうか? でしたらその方もゲームにご招待してはいかがでしょう?』
「しれっとゲームのマーケティングしないでよ、アイビス」
『さっきのお返しです』
「貴女、よくできたAIねぇ」
『お褒めにあずかり光栄です』
出張の多い両親のため、アスカが家で料理をする機会は多いが、得意というほどではない。
友人である宮本日奈のほうが得意なのだ。
彼女をゲームに誘って一緒に空の散歩や料理をするのも良いとは思うが、それは夏以降のゲームの増産を待たなければいけない。
カフェでモーニングを食べ終えたアスカはショップへ向かう。
時間はすでに昼時間になっており、街は活気にあふれている。
東門近くから広場に戻り、ショップが並ぶ大通りへ。
そこは青空フリーマーケットのようになっていて、商店の他露店がいくつか並んでいる。
「露店もあるんだ」
『露店はランナーの方が出店している個人商店です。ショップで販売されているものは品質が一定ですので、こちらは同商品の高性能品やカスタム品が販売されています』
「というと?」
『ショップ販売のポーションは品質D固定ですが、個人商店ではG~Sまですべての品質で出品されます。武装であればショップは能力は基本値ですが、個人商店では射程延長や威力上昇などカスタマイズされたものが販売されています』
「なるほど」
『ですが、今はまだ正式稼働して日が浅いので個人商店の数は多くないようです』
アイビスの言う通り、大きな通りではあるが個人商店を出しているお店は多くなかった。
販売されている物もポーションなどよりも薬草や木材といった素材が多いようだ。
そうした素材販売が多い露店の中、アスカは一つの露店の前で足を止める。
その露店は素材ではなくたった一つ、大きな結晶だけを販売していた。
「いらっしゃい。一つしかないけど、見て行ってよ」
ランナーらしいその店主は小柄なハーフリングだった。
茶髪のショートヘアに緑眼。ダボっとした感じのアンダーシャツと半袖の上着に、クォーターズボンに膝下まで来る長めの革靴。
一見するとNPCにも見えるが、街のNPCにはいない種族なのでプレイヤーなのは間違いない。
「すごい大きい結晶ですけど、これなんなんですか?」
「TierⅢの動力結晶だよ」
「えぇっ!?」
それはアスカがこれから買おうとしていた動力結晶。それもTierⅢのものだった。
ギムリーグライダー
作中の説明通り。
悪名高き『ヤーポン・メートル法』の被害者。
ハインリッヒ「誠に遺憾である」
感想、評価、ブックマークなどいただけますと、作者が嬉しさのあまり佐賀空港から飛び立ちます。