12 コロポックルのハル
本日二話目更新です。
午前中たっぷりと鉱石を採取したアスカ達はジーナ村に戻り解散。
アスカは一度ログアウトし、午後、ゲーム内での夜が明けてから再ログイン。
日課の魔力草採取とフランへの納品を行った後、小走りでフラワーショップへと向かった。
「リーネさん、こんにちは!」
「あら、アスカちゃん、いらっしゃい。もしかして?」
「はい! 魔力草一〇株、持ってきました!」
店内に駆け込み、奥にいたリーネに声をかける。
アスカはこのお店の常連客であり、店員であるリーネもアスカが来店した理由を察する。
「お、ついにできたのかい?」
「ケルヴィンさん! はい、ようやくですけど、プランターいっぱいに育ちました!」
「おめでとうアスカちゃん。じゃあ、この笊の上に出してくれる?」
「はい!」
アスカの来店にこの店の主人であるケルヴィンも現れ、魔力草に興味津々。
リーネに言われた通り机の上に置かれた笊に一〇株の品質Aをインベントリから取り出す。
その品質の良さと量にケルヴィン夫婦もおもわず『おぉ~』と感嘆の声を漏らした。
「これだけの量になると圧巻ね。全部種にしていいのね?」
「はい、お願いします」
「承りました。この品質と量、ちょっと緊張しちゃうわ」
リーネはそう言うと長袖の裾をまくり上げ、真剣な顔つきで魔力草に手をかざす。
すると一〇株の魔力草が強い光を放ち、その光が収まると小さな種がその場に残されていた。
「ふぅ。全部で二三粒ね」
「ありがとうございます!えっと、お代は?」
「五〇〇ジルよ」
採種依頼の代金を支払い、二三個の種をインベントリに収納する。
「これでいよいよ畑だね。はい、これ」
「ケルヴィンさん、これは?」
「うちを贔屓にしてくれたお礼かな。畑を買うときに協会の受付に渡してくれ」
ケルヴィンがアスカに手渡したのは一枚のチケットだった。
[アイテム]コロポックル雇用チケット
畑でのコロポックル雇用期間が延長されるチケット
雇用日数+180日(リアル日数換算)
「コロポックル?」
『コロポックルは広大な畑を管理、手伝いをしてくれるサポートNPCです。雇用はランナーの任意で行え、ジル、もしくは有料ポイントで雇用期間を設定します』
「なるほど。ケルヴィンさん、ありがとうございます!」
「何かあったらまたケルヴィン夫婦のフラワーショップをよろしくね」
「はい、ありがとうございました!」
ケルヴィン夫婦に見送られてフラワーショップを後にする。
次の目的地は東のラクト村。
先日訪れたときに菜園を営むカイに話を通しているため、畑が用意されているはずだ。
普段はミッドガルから各村への移動は飛行で行っているが、今回ばかりは万が一の墜落も危険なため、ポータルからの転移でラクト村へ移動。
相変わらず賑わう中央広場を抜け、さらに人があふれるランナー協会ラクト村支店へと入って行く。
ランナー協会のカウンターは総合案内、クエスト報告、素材買取、不動産と別れており、畑の購入は不動産カウンターで行われる。
受付嬢が複数人いるにもかかわらず人が多く、順番待ちが出来ているクエスト報告と素材買取カウンターを横目に、不動産カウンターは閑散としており、メガネをかけた受付嬢が一人。
どこか退屈そう……どころか、目をつむり、コクリコクリと舟をこいでいた。
アスカはカウンターに赴き、声をかけて受付嬢の目を覚まさせる。
「すいませーん」
「……すぅ」
「……起きてくださいっ!」
「ひゃいっ、ね、寝てません、寝てませんよぉ!」
居眠りなどしていないと言い放つ受付嬢だが、メガネが傾いている上に、口元にうっすら残るよだれの跡が事実を物語っている。
居眠りをしたか否かに興味はないアスカは、身だしなみを整える受付嬢に用件を伝える。
すると、やはりカイから話は通っていたようで、すでに畑の準備は出来ているとのこと。
畑の代金、五〇〇〇ジルを支払い、同時にコロポックル雇用チケットを渡す。
チケット自体も珍しいのか、受付嬢は渡されたチケットをまじまじと見つめ「か、確認してきます!」と一旦カウンターの奥へと消えて行く。
待つこと一〇分ほど。奥から出てくるとそのままカウンターを脇を抜け、アスカのそばへと近寄って来た。
「お待たせしました。それでは畑にご案内しますね」
どうやら確認と手続きも終わったらしく、嬢自らが畑まで案内してくれるようだ。
「あの、カウンター、開けちゃっていいんですか?」
「はい。他の者でも対処できますし、その……」
「その?」
「……今のところアスカさんしか来てませんので」
「……あ~」
元々ゲームの中で畑をしようと言う人は少ない。
数少ない農夫たちも、主にミッドガル周辺や森の近いトティス村で畑を持ち、ここラクト村で畑を持とうと考えた人はほぼいなかったのだ。
「お待たせしました。こちらがアスカさんにお渡しする畑になります」
「ここが……」
その畑は先日も訪れたラクト村の農業地区の一角。
カイの畑よりも高い位置にあり、やや傾斜の付いた畑で、日当たりは最高に良いが、足場が悪く作業しやすいとは言い難い。
しかし、アスカはそんなことは気にもしていなかった。
畑の周囲はその範囲を示す木製の柵で囲われていたのだが、驚くのはその広さ。
聞けばその広さはなんと一㏊。
一〇〇m×一〇〇mの綺麗な正方形で、たった二三粒の魔力草の種を植えるにはあまりにも広大だったのだ。
見れば、土もすでにしっかりと耕されており、早く種を植えてくれとばかりに待っている。
柵の出入り口付近には片流れ屋根をもつ木造の納屋が立てられており、畳一畳分あるかないかといった小さい外見はまさに掘っ立て小屋といった様相だ。
この規模の畑が五〇〇〇ジルとはどう考えても破格である。
「す、すごい広さですね……」
「はい。二〇〇〇ジルで購入できる小サイズの畑、四つ分の広さです」
柵を開けて「どうぞ」と受付嬢に促されるままアスカは畑の中へ踏み込む。
出入り口付近の土は耕していない為しっかりと踏み込めるが、耕してある場所は足跡がしっかりと残るぐらいふっくらとしており、豊かな土壌であることをうかがわせる。
「いい土ですね」
「はい。カイさんが用意した土地ですから」
「カイさんってそんなにすごいの?」
「ええ。この辺りでは誰もが一目置いている方ですよ」
あの寡黙さからは想像がつかないが、これだけよくしてもらったなら後でお礼を言わなければ。
そう考えたところで、ふと目をやった受付嬢の横に小さな小人がいるのに気が付いた。
「あれ、その子は?」
「え? あぁ、この子は……」
「初めまして、マスター。僕はコロポックルのハルなの。よろしくお願いします、なの」
「わ、わ、何この子、可愛い!」
この子が畑専用サポートNPCコロポックルだ。
黒髪黒目、身長一mほどの小人で、伝承の元であるアイヌの衣装にその身を包んでいた。
「中規模以上の畑を購入される方にはコロポックルのサポートをしばらくお試しでレンタルさせてもらっているのですが、アスカさんは雇用チケットをお持ちでしたので、合計した日数雇用していただけます」
『少しややこしいですが、ゲーム内では三七四日、リアル日数だと一八七日になります』
「なるほど」
「マスター、僕、こんなに大きな畑のお手伝いが出来てすっごく嬉しいの! ここに何植えるの? 野菜? お花? 果樹?」
目をキラキラ輝かせながら迫ってくるハル。
その可愛さは子供好きなら誰もが頬が緩んでしまうほどだ。
アスカもだらしなく顔が綻ぶが、はっと思い出し申し訳なさそうな顔になる。
「マスター?」
「ごめんね。これだけ大きな畑だけど、これだけなの……」
「?」
インベントリから二三粒の魔力草の種を取り出し、ハルへ渡す。
その種を目をぱちぱちさせながら見つめるハル。
するとその顔がどんどん笑顔になって行く。
「わ、わ、わ、すごいの! こんなにすごい品質の種、初めて見たの!」
コロポックルであるハルには種の品質とその貴重さが分かるようで、クリスマスプレゼントを貰った子供のようにはしゃいでいた。
「マスター、これ、植えていいの?」
「あ、うん。お願いできる?」
「任せてなの!」
ハルは腰に付けた小さな袋に魔力草の種を大事そうに仕舞うと、納屋からクワを取り出しさっそく畑に慣れた手つきで畝を作って行く。
その動きは可愛い見た目からは想像できないほど手慣れたもので、アスカは驚きを隠せない。
『コロポックルはサポートNPCであり、【栽培】及び【採取】スキルをそれぞれレベルⅤで習得しています』
「なにそれ、すっごい優秀! あの子を連れて外で採取すれば良いもの取り放題じゃない」
『彼らのスキルは優秀ですが、街の外に出ることは出来ません。ただし、一緒にポータルの移動で違う街に行くことは可能です』
「あ、外には出れないんだ」
「コロポックル達はモンスターに勝てるほど強くなく、アーマーも身に付けられないので。それでこうして畑でのサポートで収入を得ているんですよ」
「そ、そんな裏設定が……」
そんな話をしているうちにハルは種を植え終えたらしく、服についた土を落とすとトコトコと可愛らしい足取りでアスカ達の所に戻ってきた。
「マスター、種、植え終えたの」
「うん、ありがとう、ハル」
「じゃあ、お水を取りに行ってくるの」
「え、お水?」
その言葉にはっとするアスカ。
ホームでプランターに水を上げる時はジョウロを使っていたのだが、水はホームに設置されていた小さな台所の蛇口から注いだものだ。
当然、畑に蛇口などはなく、周りを見渡しても水の気配はない。
そんなアスカを余所目に、ハルは再び納屋の中に入ると今度は大きめのジョウロを持ち出し、そのまま畑の外へ駆けて行く。
どうやら畑の外に共同井戸があるらしく、そこから水を汲んでくるつもりのようだ。
「毎日水取ってくるのも大変だよね。今はいいけど、この広さでそんなことさせられないし……」
『畑にはオブジェクトが設置できますが、その中に雨水貯水槽や井戸と言ったものもあります』
「この広さだと井戸をオススメしますよ。釣瓶式、手動ポンプ式、全自動式の三種類ですね」
「へぇ、ちょっと考えてみようかな」
水汲みを終え、植えたばかりの種への水やりを終えたハルらと共にカイへのあいさつとお礼をし、いくつかの野菜の種を貰った。
それでもスペースはかなり余っていたため、今度はミッドガルのケルヴィン夫婦の元へ。
同じように畑購入の報告とチケットのお礼を行い、いくつかの野菜と花の種、そして苗を畑半分ほどまで購入。
「いっぱい買っちゃったけど、大丈夫?」
「はいなの。これくらいなら問題ないの」
「コロポックルさん達は優秀ですから、大規模の畑一つくらいなら大丈夫です」
その後、受付嬢は仕事のためランナー協会へ戻り、アスカとハルは購入した種と苗を植えるために畑へ。
野菜と花のレイアウトはハルと一緒に考え、決まり次第ハルに植え付けをお願いし、アスカは納屋のジョウロで水を撒いて行く。
しかし一haの畑の規模はかなりの物。
結局水を汲みに共同井戸まで何度も往復する羽目になり、手動ポンプ式の井戸を購入するため泣きながらランナー協会へ。
オブジェクトの売買も不動産カウンターのため、対応してくれたのは先ほどと同じ受付嬢。
「はい、手動ポンプの井戸ですね。一〇〇〇〇ジルになります。ご購入、ありがとうございましたぁ!」
その時眼鏡の受付嬢が見せた笑顔は、アスカが殴りたいと思える程、爽やかなものだった。
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