5 エンゲージ
本日一話目
こちらが戦闘態勢に入ったと分かると、こちらを見ていた五匹のウルフは突撃を開始した。
五対一なら容易に勝てると踏んだのか、序盤ならではの低能AIの判断なのかは不明だが。
「あっちも突っ込んできたね!」
アスカはフライトユニットに火を入れ、それまでの鈍足が嘘のように加速し、離陸。
地上わずか数十㎝の高度で飛行する。
同時にアーマライトを構え、直線状にいたウルフに照準を合わせる。
「まずは、一匹!」
姿勢は攻撃。照準を合わせたアサルトライフルのトリガーを引き、正面のウルフを銃撃する。
アスカが銃器を使用したと分かると他四匹は散開するが、ターゲットにされたウルフは被弾によるノックバックのため足を止める。
そこへ地面スレスレを飛行するアスカがすれ違い様にロングソードで一閃。
クリティカルの一撃は、ウルフの体力を一気にゼロにし、ウルフは光の粒子になって消えていく。
「次! ……っととと!」
そのまま次のターゲットを狙おうとしたアスカだったが、フライトアーマーはその場で一八〇度クイックターンは出来ない。
低空であってもロールからピッチアップの要領で旋回するしかない。
「旋回半径が大きすぎ! どうしても大回りになっちゃう! ウルフは……あそこか!」
旋回したアスカは次のターゲットを補足する。
他の四匹は逃げる気はないようで、再突入してくるアスカに合わせて突撃をする構えだ。
「ヘッドオンならこっちが有利だよ!」
先ほどと同じようにアーマライトの威嚇射撃からすれ違いざまの一撃。二匹目撃破。
敏捷性に長けたウルフといえども、空を飛行できるだけの速度を持つフライトアーマーとの速度差はどうしようもない。
アスカの一撃離脱ヘッドオン戦法の前に三匹目、四匹目とやられていく。
「よし、最後の一匹」
『警告。MP残量危険域。残り飛行可能時間、二三秒』
「うぇぇ!?」
それは四匹目のウルフを落とした時だった。
機動力の高いウルフすらも置き去りにする圧倒的速度を持つフライトアーマーであるが、毎秒MPを消費するその燃費の悪さ故の稼働時間の短さにより、長期戦は不可能。
「フライトユニット停止、このままじゃ地面とキスだよ!」
フライトユニットを停止、攻撃姿勢だったフライトユニットを巡行姿勢に可変させ、減速。
失速状態を作り出し地面に着陸する。
だが、地に降り立ったアスカに先ほどのような速さはもはやなく、相手の出方を待つばかり。
「くぅ~、やっぱり戦闘には向いてない!」
幸いここは平原であるため、ウルフの位置はすぐに把握できた。
一定距離を保ってこちらを睨みつけているウルフは何時飛び掛かるか、そのタイミングを計っているようだ。
アスカは思い通りにはさせないよ、とアーマライトを構える。
銃口を向けられたことで興奮したのか、ウルフは睨み合いを止めアスカへの突撃を開始した。
しかし、それはアスカの想定範囲内。
アーマライトから放たれた銃弾がウルフの突撃を阻害する。
射撃でノックバックを受けたウルフは動きを止め、なおも降り注ぐ銃弾によりハチの巣にされ、他の四匹同様光の粒子になって消えていった。
『敵性反応、すべて消滅。お疲れさまでした』
「うぅ、疲れたぁ……」
雑魚敵扱いのウルフとはいえ、戦闘継続時間に難を抱えるフライトアーマーでは倒すのもやっとだ。
目的も達成し、これ以上の戦闘も無理と判断したアスカは草原での探索を終了し、街へと向けて歩き出す。
先のクエスト達成報酬のジルを所持しているため、死に戻りによる帰還は出来ず、MP不足の為飛行して帰る事も出来ない。
歩いて帰らざるを得ないのだ。
「今日はここまでかなぁ……あ、なんかログが出てる」
それはモンスターを倒したことでえた経験値とドロップ品を知らせるログだった。
経験値が一〇三Exp。ドロップ品は毛皮と肉が一、魔石・小が三となっている。
戦闘での報酬は初めてだったので、これらを何に使うのかわからない。
「ねぇアイビス、経験値とかドロップ品が手に入ったんだけど、これは何に使うの?」
『経験値はアーマーの開発経験値として使用します。メニュー『EXO ARMOR』から『EXO ARMORツリー』でアーマーや兵装の開発が行えます。ドロップ品の毛皮、肉は素材アイテムです。裁縫や料理に使用します。魔石は換金アイテムです。街の商店やランナー協会で売却してジルに換金します。魔石は大・中・小と大きさがあり、大きさによって売却価格が違います』
「なるほど……料理にはちょっと興味あるけど、今は動力結晶が先かな。素材も併せて売却して、資金にしないとね」
アスカはアイビスに経験値とドロップ品の説明を求めると答えはすぐに返ってきた。
こういう時、支援AIは役に立つのだ。
苦戦はしたがノーダメージで初戦闘を終えたアスカは軽い足取りで街に帰ると、さっそくランナー協会でクエストの達成報告とドロップ品の売却を行った。
「これだけあれば買えるかな?」
広場に戻ってきたアスカは、すっかりお気に入りとなった露店のオレンジジュースを飲みながらメニュー画面の所持金を見つめていた。
クエスト達成報酬なども合わせ、ジルは七〇〇〇を超えるところまで来ている。
「今日はもうログアウトするから、明日お店に行こう。それじゃあアイビス、また明日ね」
『はい。お疲れ様でした』
オレンジジュースを飲み切ったアスカはコップをごみ箱に捨てると広場のポータルからログアウトするのだった。
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翌日。Blue Planet Online正式稼働三日目
「おはよう、アイビス!」
『おはようございます。アスカ』
ゲームの世界の空にすっかり魅了されたアスカは今日の分の宿題を即行で片付け、昼前にログインしていた。
「よし、これで今日は動力結晶を買って一日中フライトを……ってなんか暗い?」
現実時間では昼の一一時ごろだというのに、ログインしたホームの窓の外は真っ暗だったのだ。
『ゲーム内時間では今は夜になります』
「え、そうなの?」
『この世界での一日は一二時間で、日付変更は現実時間で〇時と一二時。一〇時~一四時、二二時~二時は夜時間、その前後一時間は夕方と朝になります』
「そうなんだ、よくできてるんだね。あ、今夜ってことはお店は……」
『NPCショップは閉まっていると思われます』
「なんてこったい……」
早く空を飛ぶために早くログインしたのに夜とは。
ログイン早々がっくりと項垂れたアスカ。しかしその思考は別方向に走っていく。
夜……星……月……夜空…………夜間飛行!
「ア、ア、アア、アイビス!」
『はい』
「フライトアーマーって夜間飛行できる!?」
『可能です』
「やったあああぁぁぁぁぁぁぁ!」
アスカ渾身のガッツポーズ。
「アイビス!」
『はい』
「行くよ!」
『はい?』
「私は夜空の星になる!」
『……はい』
その言葉は本来死を意味するものなのだがテンションがMAX状態のアスカが気が付く事はなく、テンションの高さ故アイビスは突っ込むことを諦めた。
さっそくホームからミッドガルの広場に来たが、当然そこは夜。
昼間あれだけにぎわっていた屋台は姿を消し、人気の減った広場は噴水の水音が響き渡り、落ち着いた雰囲気を醸し出していた。
そして上を見上げれば赤と青の二つの月。
そこには見たこともないような星空が広がっていた。
「この世界は夜空もすっごいきれいなんだね……」
しばらく夜空に見とれていたアスカだったが思い出したように東の出口へ向け走り出していく。
『アスカ、待ってください』
出口まであともう少しというところでアイビスから待ったがかかった。
「どうしたの?」
『主兵装、アーマライトの残弾が不足しています。外へ出るのでしたら補充を』
どういうことか分からず、メニューを操作し、アーマライトをタップする。
アーマライトのステータスが表示され、弾数の項目が9/50になっていることに気が付いた。
『実弾兵器は弾丸を使用します。前回の戦闘から補充をしていないのでこのままですと次戦闘中の弾切れが予想されます』
「し、知らなかった……」
『Blue Planet Online』では街に戻った時点でHPとMPは全快するが、使用した弾薬類は回復しない。
これは死に戻った時も同様で、実弾兵器の弾薬は消費アイテムに分類される。
なお魔法属性の射撃兵器は一部を除いて弾丸の代わりにMPを消費して攻撃を行うので実弾の消費はない。
ゲームスタート時、実弾兵器をデフォルト装備にしているアーマーには予備として二〇〇発の弾丸がインベントリに入っていたのだが、アスカは例によって死に戻りにより全損している。
「補充したいけどお店もやってないし、う~ん……」
一対一ならまだしも、多対一となると残弾九では心もとない。
しかも今は夜でお店も空いていない。補充してから外に出るとなるとお店が開く昼を待たねばならず、それでは夜間飛行が出来ない。
この難問に対し、アスカが出した答えは……。
「うん、モンスターと戦闘するわけじゃないから大丈夫! 行こう!」
即決であった。
門兵に一瞥し、外に出ると夜の平原が広がっていた。
月明りと夜空に照らされた平原はどこか幻想的であり、虫や風の音色も聞こえてくる。
アスカは夜風に当たりながら深呼吸し、フライトアーマーを装着する。
ここでもアスカは驚くことになる。
夜に展開したフライトアーマーは右主翼の先端に緑、左主翼の先端に赤のライト、つまりナビゲーションライトを点灯していたのだ。
他にも両足には白の航空灯、両肩鎖骨の辺りからは光量の強い着陸灯まで点いている。
「ここまでするんだ……すごいね」
『これらのライトはランナーの任意でON、OFFにすることが出来ます』
「それじゃあ、離陸したら消してもらえる?」
『了解しました』
「よし、じゃあ行こうか」
エンジンをスタートさせ、離陸を開始する。
アスカは最大出力で地面スレスレを加速しながら飛行。
この暗さではちょっとした凹凸で足を引っかけてしまいそうだが、両肩の着陸灯のおかげでその凹凸は回避できた。
十分な速度を得たところでアスカは体を上に向け、ほぼ垂直に上昇していく。
地上からある程度離れたところでアーマーのライトがすべて消え、アスカは闇に溶け込んでいく。
薄暗かった大地はさらその暗さを増し、わずかに見えるのはミッドガルの街の灯だけだ。
上昇すればするほど空の空気は澄んでいき、美しかった夜空の星々はその輝きを増す。
「ナイトフライトもすごい……私もうこの世界の住人になりたい……」
夜の闇に溶け込み、空の星々を独り占めしたアスカ。
天井も床も壁も何もない見渡す限り三六〇度のプラネタリウム。
それは映像などではなく実際にそこに星があるかのような美しさだった。
しばらく星空に見入っていたアスカだったが、アイビスの言葉が彼女を現実に引き戻す。
『注意。MPが少なくなっています。残り飛行可能時間五三秒』
「もう時間かぁ……もっと堪能したかったんだけどなぁ」
『着陸しないのですか?』
「MPもないからこのまま墜落かな?」
『……今墜落死すると稼いだジルをロストしますが?』
「……あっ」
『…………』
「…………」
『……忘れていたのですか?』
「あああああああ! そうだった、どうしよう! 助けてアイビス!」
『残念ですが』
「ふえぇ!」
『警告。MP残量危険域。残り飛行可能時間、二三秒』
「ふええぇぇぇ!」
このゲームに初ログインしてからというもの、アスカは空に飛んでは墜落による死に戻りを繰り返していた。
さらに、今日は初の夜間飛行という事もあってテンションが上がり、パーツ購入資金七〇〇〇ジルを持っていることを完全に失念してしまっていたのだ。
このままこの七〇〇〇ジルを抱えたまま墜落した場合、全ロストはないにしても何割かはロストしてしまうだろう。
そうするとまたお金を貯めなおさなければならなくなり、アスカの飛行時間を増やす目標が遠のいてゆく。
「どうしよう! どうしよう! どうしよう!」
大慌てで解決策を探すが、機関停止まであと数秒で打てる手立ては少ない。
焦るアスカは必死に考え、正面から強い風を受けたときにある事件を思い出す。
「高高度……機関停止……風……そうだ、ギムリー・グライダー!」
『MP〇。フライトユニット、停止します』
ミッドガル上空数百m。星が美しく輝く夜空の中、アスカのフライトユニットはその動作を停止した。
用語解説
一撃離脱
ヒットエンドラン戦法。
速度に優位を持つ者が、速度差を利用し一撃を加えた後反撃を受ける前にその場を離脱する戦法。
第二次世界大戦当時、零戦に対し運動性で劣っていた米軍機が多用した戦法。これ以降、戦闘機では運動性より速度が優先されることが多くなった。
ヘッドオン
お互いに正面から迎え撃つ状態の事。
欧州の騎馬による一騎打ち競技『ジョスト』をイメージすると分かりやすい。
Blue Planet Onlineにおける射撃
リアルを追及するゲーム故、銃火器の反動も当然存在する。が、そこはパワードスーツたるエグゾアーマー。反動制御機能が当然ついている。
しかし、反動制御能力はエグゾアーマーの種別ごとに差があり、スナイパー>>ソルジャー>アサルト=トランスポート>メディック=マジック>ストライカー>フライトとなる。
三話でアスカがフライトアーマーのステータスを見たときにこの項目がなかったのは、単純にこの数値がマスクデータであるため。
運営「空を飛ぶエグゾアーマーが精密射撃なんて出来るわけないだるるぉ!」
弾薬実費
元ネタはもちろんあのゲーム。
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