8 アスカの水遊び
本日二話更新です。
水着回ではありません。
残念ながら。
あとがきに解説追加。
ロビンたちと鉱石採取に行った翌日。
アスカは今日も午前中からログインし、今はホームにいる。
昨日はロビンに【製造】スキルの様子を見せてもらった時点で解散。
ロビンとダイクは早速製作に取り掛かり、メラーナとラゴは資金稼ぎのためクエストを受託しにランナー協会へ。
一人残された形になったアスカはいつものように時間の許す限りフリーフライトを楽しんだ。
「【製造】のマニュアルがあんなに大事とは思わなかったよ……」
『各種生産スキルにおいて何かを生産、製作するにあたって一番自由度が高いのはマニュアル製作になります。先日、ロビンが話していた翡翠の改造プランですが、あれはマニュアル製作前提の話です』
「そうなの?」
『はい。セミオートではエンジンアセンブリ、及び補器類をカスタマイズすることが出来ません。軽量化はエグゾアーマーを作る際の素材を変えることで可能ですが、エンジン自体に手を入れることはマニュアルでないと不可能です』
「そうなんだ……エンジンを弄れるって、ロビンさんリアルでもそういった仕事してるのかな?」
元々マニュアル製作自体が本職の人たちを主眼とした製作方法だ。
動力源がガソリンから魔力に変わっているため多少の違いはあるが基本的な構造は同じ。
万一製作時どこかで組み間違いをすればそれはすぐに能力に反映されることになる。
それを分かっていてなお『マニュアルで作るわ!』と豪語するロビン。
機械工学に精通しているのは間違いないだろう。
「まぁ、あまり人のリアルを追及したら駄目だよね。……最後に球根を植えて、これでよし!」
手に持った植木鉢にマギ婆ちゃんからもらったリコリスの球根を植え、魔力草が生えているプランターの横に置いた。
ちなみにこの植木鉢と中に入っている土はフラワーショップのケルヴィン夫婦から始まった住人クエストの報酬だ。
マギ婆ちゃんからのクエスト、ラクト村へのおつかいは昨日、午前中の魔力草収穫時に終わらせている。
受け渡し相手はラクト村で野菜畑を営むカイ。
カイは中肉中背、顎髭を生やした四〇頃の男性で、あまりしゃべらず、表情も変えない寡黙なNPCだった。
アスカが事情を話しても何を言うでもなく、ただ渡された小包とマギ婆ちゃんからの手紙をじっと見ていた。
その後、一度納屋の中へ入り、出てきたときに土の入った袋と新しい手紙、そして小包を持って出てきたのだ。
土はクエスト報酬の培養土。
新しい小包は北のジーナ村に住むケビンに届けてほしいという住人クエストの続きだった。
植木鉢はその新しいクエストの報酬だ。
このクエストも昨日ロビンたちと別れた後、一人ジーナ村へ戻り終了させた。
届け先のケビンはジーナ村で薬草類を専門として畑を営んでいる爽やかな男性であり、ケルヴィン夫婦、マギ婆ちゃん、カイらとは顔見知りだそうだ。
「カイさんはああ見えて意外と表情豊かなんだよ」と言っていたのだが、無表情のカイしか見ていないアスカは、本当に仲が良いのだろうか? と疑わざるを得なかった。
配達の住人クエストを達成したアスカは報酬の植木鉢と更なる住人クエストを受領し、今日にいたっている。
「ここまで三つのクエストで球根、土、植木鉢と来てるから、これはもう植えろってことだよね」
窓際に置いた植木鉢に早速水を与えながらアスカはぽつりとつぶやいた。
本来リコリス、彼岸花の咲く時期は彼岸の名が差し示す通り秋の半ば。
四季があるこのゲームで今は夏。
本来なら咲かない筈のものなのだ。
「でも、マギ婆ちゃんが見せてくれた球根は季節バラバラだったし、この植木鉢なら咲くんだよね、たぶん」
そう、この植木鉢、実は魔道具なのだ。
解説にはこう記載されている。
[アイテム]四季の魔法鉢
この植木鉢に植えた花は季節に関係なく花が咲き、枯れることがない
アイビスに聞いてみると花専用のアイテムで、野菜や木には使用不可。
完全に趣味の物だった。
「午後には魔力草も採取できそうだし、今日も忙しくなりそうだね、アイビス」
『はい。アイテムロストには気を付けてください』
「大丈夫、もうしないよ!」
イベントまであと一三日。
今日も資金確保のため魔力草を採取しに、アスカはホームからミッドガルの広場へ向け転移していった。
―――――――――――――――――――――――
時間は進み、午後。
今日の収穫にもオークの妨害が入ったが、遠距離射撃にてこれを難なく撃退し、いつものようにフランに魔力草を納品。
代金を受け取りMPポーションを購入後、アスカはミッドガルの南にあるバゼル港にむけ飛行していた。
目的はおそらく最後であろう住人クエストの達成だ。
住人クエスト
『ケビンのおつかい』
期限:ゲーム内5日
報酬:1000ジル、スキルブック
バゼル港に住む錬金術師クリスに荷物と手紙を届けよう!
住人クエストだけあって報酬のジルは決して高くはないが、気になるのはもう一つの報酬『スキルブック』だ。
スキルブックは以前アスカが【栽培】スキル獲得時に使ったものであり、使用するとそのスキルを取得できる優れもの。
値段も内容によってピンからキリまであるが、それを報酬でもらえるのであればこれほど美味しい話はない。
「どんなスキルが載ってるのかな?」
『このクエストの難易度はそこまで高くありません。それほど貴重なものではないと思われます』
「それでもスキルが増えるのは良いことだし、楽しみ!」
アスカが南のバゼル港に行くのは初めてだ。
今回は出発前に素材回収の協力を依頼されたり、ちょっと危ない大人のお姉さんに絡まれたり、道中でいきなり救援信号を受信したりすることなく、実に快適な空の旅となる。
そして……。
「アイビス、見て見て、海だよ!」
アスカの視線の先に海岸線が見えてくる。
このあたり一帯は長く続く砂浜であり、起伏も少なく、岩礁もない。
多少離れたこの位置からも延々と続く砂浜が確認できるが、それ以上に美しいのは海の色。
見渡す限りのコバルトブルーであり、水面でキラキラと反射する太陽の光と相まって巨大な宝石のように見えてしまうほどの物だったのだ。
「すごいすごい! 綺麗!」
吸い込まれるようなきれいな海にすっかり魅入られたアスカは滑空を中止し、エンジンを始動。
巡行姿勢から高速姿勢に移り、一気に加速して海へ向かって飛んで行く。
『アスカ、興奮するのも分かりますが、MP残量には気を付けてください。ここで落ちるとミッドガルに戻ってしまいます』
「うん、危なくなったら教えてね!」
『……はい』
子供のようにはしゃぐアスカ。
だが、彼女の興奮も無理のない事だろう。
海岸線はもう手の届く位置にあり、海はまだ小学生だったころ家族旅行で行ったハワイの海のように美しく、そして彼女は今空を飛んでいる。
自由自在、思うがままに空を飛べることに加えてこのコバルトブルーの美しい海。
誰しもが我を忘れて童心に帰ってしまう、そんな状況なのだ。
アスカは最大出力のまま、海に向かって高度を下げる。
最初は水面スレスレを全力飛行。
体をややロールさせ、翼端が海面を擦りそうなほど接近し、コバルトブルーを堪能する。
海を十二分に味わったところで、少しだけ高度を上げて背面飛行に移行。
両手を広げて上下逆さまになった世界を楽しんでから、垂直上昇。
高度をしっかり取った所で、動力カット。
推進力を失った事、アスカ自身の空気抵抗、そして海に引き寄せられる重力により失速し、上を向いていたアスカは180度ターン。
今度は真下を向いて落下してゆく。
これはハンマーヘッドターンと呼ばれる機動飛行の一種なのだが、アスカは今回これを海の空を満喫するためだけに使用する。
真下を向いたアスカは今度は体とフライトユニットを使い、全身でエアブレーキをかける。
ハイオーガ戦でも使ったスカイダイビングの姿勢だ。
水面までの降下の間に、再度周囲の景色と海の綺麗さを堪能。
よく見れば海鳥が飛んでいる姿や、砂浜でモンスターと戦闘している他のランナーの姿も見えた。
水面が近づいてきた所でフライトユニットを動かし、主翼に風を当てることで揚力を復活させ、失速から立て直す。
そこからエレボンを操作し落下から水平飛行へ、再び水面スレスレを飛行する。
先のハイオーガ戦ではこの時フライトユニットを攻撃姿勢から高速飛行姿勢に動かしたが、今回は空に立つ攻撃姿勢での水平飛行だ。
アスカはそのまま足を前に突き出して、さらに高度を下げる。
当然突き出した足の踵と、水面が接触。アスカの後方に大きな水しぶきを作り出す。
「やった、できた! 見て見てアイビス!」
『アスカ、無茶しすぎです。それ以上足が海に入ると墜落です』
「その時はその時! ひゃっはーーー!!!」
水面に足を引っかけ、水しぶきを作りだすその様は水上スキーそのもの。
思った通りのことが出来たアスカはテンションがさらに上がり、その状態で僅かにロール、垂直尾翼のラダーを操作する。
すると体は前を向いているのに横にスライドし始め、まるでドリフトでもするかのように水面を滑って行く。
「やばい、すっごい楽しい!」
『アスカ、MPがそろそろ限界です』
「もう!? MPポーションは……持ってこなかったっけ……」
時間を忘れて楽しんだアスカだが、これらの機動には絶えずフライトユニットを作動させておかないといけない。
当然その間MPを消費し続け、数分のうちに使い切ってしまう。
MPポーションを使えば延長できるが、今日はクエストである荷物の配達とバゼル港初訪問だけの予定だったため持ってきていないのだ。
「仕方ないか……。うん、また来よう!」
水面を離れて上昇を開始。
あとはいつもの通り一定高度まで達したところでフライトユニットを止めて、滑空に移行する。
「あー楽しかった」
『墜落しないかとひやひやしました』
「出来ないかなと思って試したら、出来ちゃった」
『思い付きでできるとは、さすがですね』
「褒めても何も出ないよ、アイビス。さて、バゼル港だけど、離れちゃった?」
『いいえ。それほど離れてはいません。このまま海岸線を行けばたどり着きます』
「そっか、ならこのまま飛行すればいいんだね」
眼下では砂浜がどこまでも続き、海は何度見ても綺麗なコバルトブルー。
機動飛行で遊ぶことは出来ないが、このまま遊覧飛行も悪くない。
アスカは周囲の風景を堪能しながら飛行し、そのままバゼル港に到着した。
作者が書いてて一番楽しかったのがこの回。
フライトアーマーで水上飛行……私もやりたい。
用語解説
アセンブリ
パーツ単体ではなく、複数のパーツを組み合わせた構成部品のこと。
assemblyの略語で、工業系ではASSYと書いた方が通りがいい。
作中の『エンジンアセンブリ』であれば、組み上げられたエンジンに発電機やプーリー、ベルト、スターターなどが組みつけられた状態の事を指す。
コンピュータ言語ではない。
ハンマーヘッドターン
別名ストールターン。真っすぐ立てた金づちの頭が真下にクルッと回る様子に似ている事からこの名が付いた。
敵機を追撃をかわす技と思われがちだが、垂直上昇状態で一旦空中で静止するため隙が大きく実際に使用されることはないらしい。
漫画やアニメ、小説ではもちろん例外。見栄えが良いからガンガン使う。
たくさんの感想、評価、ブックマーク、誤字脱字報告ありがとうございます!
日間ランキングも一位をキープさせていただき、感謝の念に堪えません。
今後とも『空を夢見た少女はゲームの世界で空を飛ぶ』をよろしくお願いいたします。




