40 『Blue Planet Online』制作秘話
本日二話目です。
俗に言う運営回。今明かされる、衝撃の真実。
都内某所のオフィスビル。その一角にゲーム会社『スワロー』の本社がある。
ゲーム会社としての社歴は決して長いものではない『スワロー』。
だが、新興企業として率先して新技術や若いエンジニアを雇い入れることで古参のゲーム会社との差別化を図り、その斬新な発想の基、着実に業績を伸ばしてきた。
堅実に集めた資金を元手に、ブランド化した社名に胡坐をかいている大手ゲーム会社のシェアを食いつくさんと発売したのが『Blue Planet Online』だ。
その本気たるや、アーマーデザインや音響のために各種自衛隊、重工業に協力を依頼。
食べ物のために各有名店にも赴いたほか、農業、酪農、建築、建造、医療など取り付けた協賛企業は多種多様。
一時はゲームが発売されるより先に会社が倒産すると言われたほど。
そんな前評判の下、産声を上げた『Blue Planet Online』だが、正式稼働してまだ一週間。
今日も運営・開発室は平穏とは言い難い。
「おはよう諸君。今日もみんな元気に死んでいるかね?」
「元気に死んでるって、それ生きてるのか死んでるのかどっちなんですか? 野村室長」
「お、返事が返ってくるだけ君はまだ生きているようだな。尾花君」
「俺のこの姿を見て、生きていると思えるならそれはとても幸せなことだと思いますよ」
「もっともだ。まぁ、それに関しては私も人のことを言えないがね」
ある程度まだプレイ人数が限られていたβテストと違い、正式稼働してからは初期生産分三〇万人がプレイしている。
当然それだけの人数がゲームをしていけば想定外の事態などいくらでも発生する。
その対処のため『Blue Planet Online』開発室に勤める面々は帰宅どころか寝ることすら許されず、デスクの上には空になった大量の栄養ドリンクとエナジードリンクの缶が散在し、皆髪はぼさぼさ、シャツはしわだらけ、目の下には何時間寝れば取れるのかわからない黒々とした隈を抱えていた。
限界を超えて戦った英雄たちは仮眠という名の楽園を求め、いつの間にか部屋の中にあった寝袋の中へその身を委ねている。
そしてそれは『Blue Planet Online』運営・開発最高責任者である野村室長であっても例外ではない。
「正式稼働してようやく一週間か。稼働状況はどうだ?」
「概ね順調です。いくつかトラブルはありましたが、大事には至らずサーバーも安定しています」
「そうかそうか。長年をかけて準備してきたかいがあったというものだ。で、頼んでおいた詳細データは?」
「作ってあります。紙と端末、どっちで見ます?」
「端末で見よう。紙にされるとどこに行ったか分からなくなる」
野村室長はどこからかタブレット端末を取り出す。
その様子を見ていた尾花は慣れた手つきでPCを操作。
まとめたファイルを共有フォルダへ放り込んだ。
「ふむ、このファイルだな。うん、良いアクティブ数じゃないか」
「まだ一週間ですからね。これでアクティブ少なかったら倒産案件ですよ」
「それもそうだな。で、次が……アーマーの使用率か。やはりアサルト、ストライカー、マジックは人気だな」
「CMやPVもその三つをメインで作りましたからね。で、トップスリーの下にソルジャー。スナイパーやメディックは苦戦してますが、この二つは前衛がいないと能力を発揮できない後衛型ですから妥当な所かと。そのさらに下がトランスポートですが、これは完全に小隊用ですし」
「それぞれ順当と言ったところか。で、最下位が……」
「フライトですね」
「前評判も悪かったからなぁ」
「というかβからなんの調整も入れてないですからね。あれでよかったんですか?」
「仕方ないだろう。状況もあったが、アレについては古田に一任しているからな」
そう言って二人は部屋の一角、四面マルチディスプレイに向かって無言でキーボードをたたく男性に目を向けた。
彼の名は古田。
『Blue Planet Online』運営・開発室きってのエースである。
彼が『Blue Planet Online』運営・開発室に配属されたのは二年前。中途採用ではあるが、その腕は本物。
あまりにこだわったゲームデザインゆえ開発が難航していた当時、彼が配属されたことで一気に問題が解決。
開発が軌道に乗ったのだ。
元々グラフィッカーとしての採用だったのだが、数ヵ月のうちに開発遅延していたエリアのマップモデルを作成。
その出来は開発室の誰もが目を見張る出来であったが、彼の手腕はこれだけに収まらなかった。
やれ『サンプルで作ったアーマーモデルが翌朝には完成品になっていた』『完成品として提出したモデルのポリゴン数が一晩で倍になっていた』『数種類だけだったモデルのバリエーションが数日で一〇〇〇を超えていた』『爆発エフェクトを頼んだら現実世界の爆発が物理演算込みで再現されていた』などなど。
そんな彼についたあだ名が『チートオブチート』どう考えても不可能な仕事量を半分の期限で、かつ超ハイクオリティで仕上げる怪物としてつけられた名前だ。
それは彼が居なければ開発がとん挫し、会社が倒産していたであろう状況を救ってくれたことに対する、感謝と敬意を表す名でもある。
そしてようやくβテストの算段も付いたある日。
彼が野村室長のもとを訪れ提示したのが『フライトアーマー』のエグゾアーマーデータ及びモーションデータ。
そう、開発時点での『Blue Planet Online』には空を飛べる『フライトアーマー』は存在しなかったのだ。
訝しむ野村室長を前に、彼が望んだのが『フライトアーマー』を『Blue Planet Online』のエグゾアーマーリストに加える事。
「そんな無茶な」と憤る室長に対し「加えてもらえないのでしたら、これを」と古田が提出したのは辞職願。
野村室長が顔面蒼白になったのは仕方のない事だろう。
『Blue Planet Online』開発において彼の功績は絶大であり、それは現在進行形。
彼が辞すると任せているタスクに穴が開くが、今の開発室にそれを埋められるだけの時間的余裕と体力はない。
かといって各部の調整をしないまま『Blue Planet Online』に組み込むわけにもいかない。
苦悶に喘ぐ室長に、古田は言葉をつづけた。「大丈夫。すでに調整とプログラミングは済ませています」と。
今度は呆気にとられる野村室長。
古田の言葉を確かめるため、すでに組み込んであるというテスト機でチェックするもこれといった動作不良は確認できなかった。
まさかたった一人でエグゾアーマー一つ分のデータを作ってしまうとは思わなかったが、かと言って室長判断で社の命運を賭けたゲームに組み込むこともできない。
一番最悪なのはこの案件を無下に扱い、古田を失う事。
結局、この案件は社長含む役員会議で話し合われ、『ゲームの世界を空から眺めるのもいいじゃないか』という社長の一声により条件付きで承認されることになる。
提示された条件はゲームバランス維持のため、フライトアーマーは飛行以外の能力を著しく制限すること。
これに関しては古田も了承し、その日のうちに仕様変更された。
些かやりすぎなくらいの制限付きで。
こうして晴れて『Blue Planet Online』に組み込まれたフライトアーマー。
しかし、最終段階で劣悪な操作性が露呈した。
開発部の面々であっても満足に扱えず、墜落と激突を繰り返したのだ。
満足にフライトアーマーを飛ばすことができたのは開発者である古田本人のみ。
「俺たちでまともに扱えないのに、どうするつもりだ?」といきり立つ同僚たちを「俺の開発したフライトアーマーだ。調整は全部俺でやる」とねじ伏せた。
彼がいないと開発が回らないという負い目もあり、フライトアーマーに関する事項はすべて古田が握ることになる。
最終的に開発室内でフライトアーマーは古田管轄。
ゲーム内でも死にもの狂いで練習すれば空を飛べるだけのおまけ要素として認識される事となり、誰も口出ししなくなったのだ。
結局フライトアーマーの操作性に関しては何も調整されないままβテストが開始され、βテスター達が血反吐を吐く羽目になる。
当然テスターからクレームが大量に、それはもう大量に入れられたが、古田はこれを完全無視。
製品版もほぼ未調整のまま販売開始されたのだった。
「ま、フライトアーマーに関しては古田に任せておけ。そのうち何とかするだろう。で、次は……有料サービスの売り上げか。これも上々だな」
ふぅ、と息を吐いた野村室長は視線を手に持ったタブレット端末に移す。
「はい。各種プレミアムアーマーが結構な売り上げを出していますね。プレミアムランナーチケットも上々です」
プレミアムアーマーはアーマーツリーでは開発できず、課金でのみ入手できる特殊アーマーだ。
デザイン性と性能が優れ、人気が高い。
ほぼ全てのアーマーでランナップされているが、唯一の例外がフライトアーマーだったりする。
この事に関しては多数問い合わせが入るも、サービスはこれをのらりくらりと躱し、体裁を取り繕った言い訳をしていった。
が、内々では皆『古田管轄だから』と匙を投げていたことは言うまでもない。
プレミアムランナーチケットはチケットに書いてある期間中、ランナー協会でのクエスト達成報酬と素材買取金額が上昇し、敵を倒したときの経験値も上昇するという、ネットゲームではよくある特別待遇チケットだ。
有効期限は一日から三六五日まで様々。
「反面、畑やアンティークなどはまだあまり売れてないですね」
「それもまだサービス開始初期だからな。落ち着いてきたら売れだすだろう」
有用なアーマーやチケットに対し、販売が伸び悩む物もある。
それはマイホームをアレンジしたり、料理やアイテム作成の時間を短縮するものや、NPCキャラをバイトとして雇う等のランナーをサポートするものだ。
これらはリリース直後でイケイケになっている現状ではなかなか売れにくく、まだ時間を要する項目。
「あと、明日にはあの情報を公開しますが、大丈夫ですよね?」
「あぁ、予定通りだ。問題ない。各種データも集まってきてるし、いける」
「まさか最初からこんなとんでもないものをやるなんて思いもしなかったですよ」
「なに、勢いは大事って事さ。開催中に撮れた映像をPVにも使えば二次生産分の売り上げにも影響する」
二人はそろって大人特有の悪い笑みをこぼす。
「室長。よろしいですか?」
ひっひっひと不気味な笑い声を漏らす二人に近付いてきたのは他ならぬ古田本人だった。
「おぉ、古田か。どうした?」
「頼まれていたマップ、仕上げました」
「さすがの早さだな。見せてくれ」
「こちらです」
「あ、じゃあ俺も見たいです」
古田に先導され、野村室長と尾花は彼が操作していたPCモニターを覗き込む。
そこに映っていたのは……。
「な、なんじゃこりゃあ……」
「え、これマップサイズ……リアルスケールですか……」
「確かに、出来る限り似せてくれとは言ったが、ここまでやるか。さすがだな古田」
「完全再現してはいけないと言う指示ではありませんでしたので。それに」
「それに?」
「『Blue Planet Online』最初のお祭りですからね。派手にいきませんと」
古田のニヤリと笑いながらこぼす。
それにつられ野村室長、尾花の両名も再び悪魔のような笑みをこぼした。
「そうだな。盛大にいかないとな。想定以上のマップ範囲になったから、モンスターの再配置とサーバーの調整も必要だ」
「野村室長。実は俺もこんなものを用意しておりまして……」
「む? どれどれ……ほほぅ、こいつをここで出すか。尾花、お主も悪よの。よし、寝ている全員を叩き起こせ。全員がこういうものを隠れて作っていることは知っている。出し惜しみなしだ。全部突っ込むぞ」
「よし、皆起きろ。お祭りの始まりだ!」
こうして尾花に叩き起こされた『Blue Planet Online』運営・開発室の修羅たち。
最初は楽園から地獄へと連れ戻されたことに憤怒していたが、状況を理解すると歓喜に湧き叫ぶ。
過労により歯止めを失った彼らを止めるすべはすでになく、ただひたすらに突き進む。
放たれた修羅達は一心不乱にPCに向かい、奇妙な笑い声を上げ、これがもはや息抜きなのか趣味なのか、はたまた仕事なのか。
自分たちにもわからなくなりながらも作業を一心不乱にこなしてゆく。
そんな変なテンションで盛り上がり続ける同僚たちをよそに、古田は自分のデスクにもどると作成したマップに目を移す。
『ナインステイツ・ホクトベイ』『オペレーション・スキップショット』
『Blue Planet Online』最初の、超大型レイドイベントの幕が上がろうとしていた。
たくさんの感想、評価、ブックマーク、誤字脱字報告本当にありがとうございます!
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感激の極み、感謝の念に堪えません!
今話で『空を夢見た少女はゲームの世界で空を飛ぶ』第一章『Welcome to Blue Planet Online world!』が完結です。
ですが、アスカ達の物語はまだまだこれから。
今後もしばらくは現在のペースのまま投稿していきます。
皆様への感謝と今後を活動報告に載せていますので、ぜひそちらもご覧ください。
今後ともアスカとたくさんの仲間達をよろしくお願いいたします。




