4 何について調べますか?
四話目投稿です。一話、二話、三話未読の方は、そちらを先にお読みください。
「う~ん、もうちょっと長く飛べたらなぁ……」
初ログインの翌日、午前中は夏休みの宿題を進め、昼食を食べた後再びログインしたアスカは飛行と墜落を繰り返していた。
どこまで上に上がれるか? どこまで遠くに行けるか? どれくらいアクロバティックな飛行が出来るか?
一つ思うたびにすぐに飛んで確かめ、MPが尽きたら墜落して街に戻る。
街に死に戻ればHPとMPは全快しているので、すぐに飛行を再開できる。
ゾンビプレイそのものだが、当然ペナルティがないわけではない。
Blue Planet Onlineにおけるデスペナルティはいくつかのアイテムランダムロストと所持資金の割合消滅。
……なのだが、初めからアイテムを持っておらず、数回死に戻りをした時点で所持金が底をついたアスカには何の意味もないことだった。
「ん~でも、この空を飛んでる感覚が本当にもう最高! 病みつき!」
顔をニヤつかせながらエルロンロールを行うアスカ。
トライアンドエラーの繰り返しでエルロンロールの他、バレルロールやキューバンエイトもマスターしていた。
毎年複数参加している航空自衛隊の航空祭で見るだけだったアクロバティック飛行を自分で行い、さらにマスターすることの楽しさと達成感は、MP切れによる高高度からの墜落の恐怖を補って余りあるものだった。
そして今回もその時を迎える。
バスン! ブルブルブルブルブル……。
フライトユニットが咳き込むような排気音を出し、プロペラが力なく回転を止めて行く。
「あ、もうおしまいか~。雪山までもうちょっとだったのになぁ」
アスカは最高高度を目指したときに見つけた雪山に向かって飛行していたが、雪山のふもとの真っ白な森がわずかに見えてきたところでMPを使い果たしたのだ。
推力を失ったアスカはみるみる高度と速度を落とし、眼下に広がる広大な森へと墜落していく。
「森が、木が……迫ってくる! うにゃああぁぁぁ!」
森の木々をなぎ倒し、大木に頭から突っ込んだところで視界が明転し、街に死に戻っていった。
「ん~! 今回の飛行も楽しかった!」
街の広場にいることを確認したアスカは背伸びをし、休憩のため近場のベンチに腰掛ける。
「次はどこに行こうかな……あれ、なんかみんな私を見てる? 服のせい、じゃないよね?」
アスカはふと自分を見る周りの目線に気が付いた。
ゲームスタートから一日が経過し、プレイヤーの多くは初期の服から自分好みの服に着替えてはいるが、初期の服装が珍しいわけではない。
それこそ今日、まさに今初ログインしてくる人もいるのだ。
実際は数少ないフライトアーマー使用者かつ、幾度となく死に戻りをしているアスカを物珍し気に見ているのだが、アスカはそのことには気が付かない。
どうしたものか考えていると目の前にテロップが表示され、頭の中にアナウンスが流れる。
<フライトアーマーによる墜落死亡回数が一〇回を超えました。スキル【墜落耐性Ⅰ】を獲得しました>
<ゲームプレイ累計時間二四時間以内に一〇回死亡しました。スキル【支援AI】を獲得しました>
「え、え、いきなり? 何?」
それはアナウンス通り、フライトアーマーを装備している状態で一〇回墜落による死亡したときに獲得する【墜落耐性Ⅰ】と、初ログインしてからわずか二四時間以内に一〇回も死亡する初心者ランナーをフォローするために運営が設けた救済、【支援AI】のスキルだった。
「なんかわからないけどスキルゲット、なのかな?」
慌てふためくアスカ。
するとどこからか声が聞こえてきた。
『おはようございます。ランナーアシストAI、アイビスです。何かお困りですか?』
「え、誰? どこ?」
慌てて周囲を見渡すが、声の主であろう支援AIを名乗る人の姿はどこにもなく、かわりに耳元の何時からつけていたのか分からないイヤリングから声が聞こえていた。
『支援AIスキルはランナーの方が行き詰ったり、立ち行かなくなった時にボイスナビゲートによりサポートするAIです。お名前を教えていただけますでしょうか?』
「あ、えっと、青木蒼空……じゃない、アスカ、です」
『ランナー、アスカ。登録しました。よろしくおねがいします』
「はい、よろしく……」
アスカは何が起こったのかわからず、淡々と返事をすることしかできなかった。
この【支援AI】スキルは本来ゲームのプレイ方法が分からない子供、ゲームが苦手だけど友人に勧められてプレイしている人等、満足にプレイできそうにない人でも楽しんでもらうために制作されたスキルだ。
様々な状況に柔軟に対処できるよう、街人や敵モンスター等NPCのAIよりもはるかに高度に作られている。
このことは公式サイトでも紹介されていて、最初のポイントボーナスではわずか一〇ptsで獲得でき、さらには最初の街であるミッドガルのスキルショップでも安価で販売されている。
アスカの取得方法、『初ログイン二四時間以内に一〇回死亡する』というのはそれらの告知や販売をすべてスルーしてしまった、本当にどうしようもない初心者プレイヤーのための救済措置だったのだ。
『それでは、アスカ。ログによるとあなたは初ログイン二四時間以内に一〇回死亡しているようです。その状況を教えていただけますか?』
「え、それはただフライトアーマーで飛行してたらMPがなくなって墜落しただけだよ?」
『……はい?』
「えっと、だから初ログインしてからずっとフライトアーマーで空をMPがゼロになるまで飛んで、そのまま墜落したから一〇回死んじゃっただけだよ?」
『…………』
さすがの支援AIも開発も、自殺に近い墜落での二四時間以内一〇回死亡は想定外である。
「あ、そうだ。あなたアイビスって言うのよね?」
『はい』
「それなら、フライトアーマーの飛行時間を伸ばす方法、何か知らない?」
『フライトアーマーの連続飛行時間の拡張ですね?』
「うん。何かないかな?」
今、アスカにとって最大の問題はMP不足による飛行時間の少なさだ。
ゲーム初心者であるアスカにはそれを解消させる良案は思い浮かばないが、今話している支援AIなら何か知っているかもしれない。
そう考えての問いかけだった。
『いくつかあります。まずアーマーの空きスロットに増槽を取り付けることで最大MPを上昇させる方法、MP値のもとになっている動力結晶を高性能のものにする方法、MPが尽きる前にMPポーションを使う方法などです』
「なんかいろいろあるんだね。どれが一番効果がありそう?」
『アスカの装備している動力結晶はTierⅠですので、これをTierⅡの物に変更するだけで大きな効果が期待できます』
「そうなんだ! その動力結晶って言うのはどこで手に入るの?」
『この街でNPC、もしくはランナーが経営している装備販売店で購入することが出来ます』
「すごい、アイビスは物知りだね!」
『支援AIですので。プレイヤーの皆様にゲームを心行くまで楽しんでもらう事が私の使命です』
「それならすぐに買いに行こう!」
支援AI、アイビスから返って来たのは期待していた以上のものだった。
悩ませていた飛行時間の少なさを補う術がこれほどたくさんあるとは思わず、アスカは歓喜の声を上げる。
善は急げとばかりに立ち上がったアスカ。
しかしそこで驚愕の事実を思い出す。
「そうだ、私、お金持ってない……」
ゲーム開始直後いくらかあったゲーム内通貨『ジル』は、墜落により度重なったデスペナルティでジュース一つ買えないくらいにまで減っていた。
当然これでは動力結晶を買う事は出来ない。
『アスカはチュートリアルクエストを達成していません。これらをクリアすることでジルを獲得できます』
それはまさに神の救い。
初ログイン時に表示されたチュートリアルクエストをアスカはすべて無視していた。
これらの達成報酬はアイテムやジルであり、全部合わせれば動力結晶も十分に買える金額になる。
「アイビス天才! そうだよ、私まだチュートリアルクエスト達成してない!」
すぐにクエスト画面を開き、その内容を確認する。
チュートリアルクエストだけあってその中身は『装備を変更しよう』『ランナー協会でランナー登録をしよう』『クエストを受注しよう』『クエストを達成しよう』など簡単でシンプルなものばかり。
アスカはその一つ一つをアイビスのサポートを受けながらクリアしていった。
装備の変更は左腰に装備されていたロングソードを左手に変更するだけで達成され、ランナー協会へアイビスの道案内でたどり着くとその中でエグゾアーマー使用者の証明であるランナー登録を行い、隣のクエストカウンターで初期モンスター討伐クエストを受注した。
これだけでもゲーム開始時近いジルを得ることが出来たのだ。
とはいえTierⅡの動力結晶となるとそこそこの金額になることは間違いないのでモンスター討伐クエストをこなし、クエスト達成のクエスト消化とクエスト達成報酬も得たほうが良いとの事。
飛行時間が伸びることはアスカにとって楽しい時間が増えることと同義。
初期モンスターなどすぐに討伐してやろうと意気揚々と東門から街の外へ出ていった。
「アイビスはすごいなぁ。アイビスの言うとおりにしたらお金がどんどん溜まりだしたよ」
『ありがとうございます』
「この討伐クエストってどのモンスターを討伐すればよかったんだっけ?」
『街の周辺に生息するグラスランドウルフ三体です』
「だだっ広い平原に狼なんているの? まぁそこらへんはゲームだからいいのかな?」
街の外に出て少し行ったところでアーマーを装着する。周りがわずかにざわついた気がしたが、今はそんなことよりクエスト優先だ。
外の移動で飛行はしない。
フライトアーマーの飛行は現状三分しか使用できないアスカの切り札であり、移動でむやみに使用時間を減らすわけにはいかないのだ。
フライトアーマーがいくら全アーマー中最低の移動速度だったとしても、装備していないよりかは速く、いつ接敵するかわからない以上装備しておく必要がある。
「そういえばさっき獲得したスキル、まだ確認してなかったね。今確認しちゃおっか」
アスカはメニューからスキル欄を開き、先ほど街で獲得したスキルを確認した。
【墜落耐性Ⅰ】 墜落、落下、衝突ダメージを一〇%軽減。
【支援AI】 プレイヤーへ様々な支援を行う。
「墜落耐性Ⅰはなかなか優秀。支援AIはアイビスの事だよね。今はまだ分からないことだらけだから、よろしくね。アイビス」
『お任せください』
なおこの支援AIのスキル。
アイビスのようにランナーが分からない事、疑問に思った事、装備のカスタマイズに悩んだ時などに的確なアドバイスを行う、初心者や子供には極めてありがたいスキル。
だが、それらは熟練者にとっては分かり切ったことを説明される、装備の選択肢を狭める等の他、自分で色々と試行錯誤したいランナーにとってはプレイスタイルそのものを邪魔されるなどの弊害を含んでいる。
それはあの有名な青いイルカの『何について調べますか?』「お前を消す方法」を彷彿とさせる。
故に、このスキルは任意のON、OFFが出来るようになっている。
その後、しばらく平原を歩いていると少し高台になった丘の上から五匹の狼がこちらを見降ろしているのに気が付いた。
「アイビス。あいつら?」
『はい。あれがクエストの討伐対象、グラスランドウルフです』
「よし、じゃあ初戦闘といきますか!」
アスカは右手のアサルトライフル、アーマライトと左手の剣を構え、戦闘態勢。
Blue Planet Onlineにおける初戦闘開始である。
『お前を消す方法』あの青いイルカを覚えている人は一体どのくらいいるのだろうか?
用語解説
エルロンロール
機体の前後を軸として左右に回転させる『エルロン(補助翼』、ないしは『エレボン』を操作し、機体を横一回転させる航空機動。
進行方向に対する位置(高度、左右)は変わらない。
この時、ロール角を0°90°180°270°0°と90°づつ小刻みに止める事で航空自衛隊曲技飛行隊『ブルーインパルス』の曲技、『4ポイント・ロール』になる。
バレルロール
『エレベーター(昇降舵)』と『エルロン(補助翼)』、ないしは『エレボン』を同時に操作し行う航空機動の一つ。樽の内側をなぞるように螺旋機動を取ることからこの名が付いたとされる。
エルロンロールと違い、進行方向と高度はそのままに、機体位置が左右にズレる。航空機が行う側転のようなもの。
ブルーインパルスの曲技『コーク・スクリュー』で真っすぐ飛行する機体の横で螺旋機動を行っている機体の動きがこれに当たる。
キューバンエイト
ループ(『エレベーター(昇降舵)』を操作して行う宙返り機動)を行い、途中で反転、再度ループ。空中で『∞』模様を描く航空機動。
これを垂直状態(『8』の字)で行うとブルーインパルスの曲技にもある『バーティカル・キューバンエイト』となる。
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