37 高鬼Ⅰ
本日一話目更新です。
カッコいいアスカ。
あとがきに解説を追加。
ピピピッ。
『メラーナから支援要請が入りました』
「進路上にオーガがいたのかな?」
メラーナ達がハイオーガとファーストコンタクトを取った時、アスカは彼女たちから少し離れた位置を飛行していた。
森の奥の方に一際目立つ大樹を見つけ、ついふらふらとそっちの方へ飛んで行ってしまっていたのだ。
だが、近付くにつれ大樹の周りを飛行している何かが見え、メラーナ達の支援をしている状況で藪蛇は困ると引き返してきた所だった。
アスカ一人ならこのゲームで初となる空戦が出来るかもしれないと喜んで飛んでいったであろうことは想像に難しくない。
そして、そのタイミングでメラーナから送られてきた支援要請。
最初はただ単にオーガが相手だと思ったのだが。
『いえ、ハイオーガに対する支援要請です』
「ええっ、もう戦闘始めちゃったの!?」
この事態に慌てるアスカ。
本来ならハイオーガとの戦闘前に一度村に戻りMPを回復させておきたかったのだが、そうも言っていられなくなった。
滑空飛行を中止。
フライトユニットに火を入れ、空になっていた主翼の増槽を切り離し一気に加速。
メラーナ達の元へ急行する。
速度を上げればメラーナ達が戦闘している場所はすぐに視界に入り、三人とハイオーガがアイコン表示される。
幸い、彼女たちは湖のほとりにある開けた場所で戦っており、状況は見て取ることが出来た。
カルブは少し離れた位置で瀕死。
代わりにラゴがハイオーガと対峙しており、メラーナはその後方。
アスカはエルジアエを構え、射程の長い単発にセット。
射撃体勢を整えるが、ここでアスカの顔が曇る。
標的であるハイオーガと対峙しているラゴが近すぎるのだ。
誤射によるダメージはないが、被弾のノックバックは致命的な隙になる。
「アイビス、ラゴと通信できる?」
『可能です。回線を開きます……繋がりました』
「さすがアイビス! ラゴ、五秒後に支援射撃するよ、離れて!」
≪アスカお姉さん!? 分かりました!≫
『カウントダウンします。五、四、三、二、一……』
アイビスのカウントダウンはアスカ、ラゴの両名に聞こえている。
ゼロになるタイミングでラゴはスラスターを使い一気に後退。
アスカが射撃を行った。
いきなり後方へ飛んだラゴに一瞬戸惑ったハイオーガだが、そこはオーガの上位種。
追撃をかけるべく大きく踏み込んだ、その瞬間。
「グオォォ!?」
目の前を光線が過ぎ去り、大きくのけぞった。
命中こそしなかった光線だが、敵からの攻撃なのは明らかだ。
空からの襲撃者を確認しようと攻撃の来た空を見上げるのと同時に、アスカの二射目がハイオーガを襲った。
「グガアァァァ!」
二射目、命中。
ダメージは大きくないが、こちらに注意を向けさせるのには十分。
続けて三射目、これも命中。
この三連射で距離は一気につまり、連射モードの射程に入る。
アスカはエルジアエのセレクターレバーを切り替え、攻撃再開。
エルジアエから放たれた大量の光弾が、ハイオーガに降り注ぐ。
ハイオーガは半身になり、腕で頭を防御。
しかし、アスカは構わず防御の上からエルジアエを叩きこみ、ハイオーガの上空を通り抜けるタイミングでマジックグレネードを投擲。
爆発音とともに周囲が光と煙に包まれる。
「どうだっ」
アスカは上空へ退避、旋回しながら成果を確認。
グレネードの煙によりハイオーガの姿は見えないが、表示されるアイコンと体力ゲージはしっかりとダメージを与えられたことを示していた。
「おぉ、意外とダメージが入ってる」
『ハイオーガにオークキングやロックゴーレムほどの防御力はありません。かわりに機動力と遠距離攻撃を持ち合わせています。注意してください』
「了解。って、なんか赤い?」
『敵、魔法攻撃、来ます』
「うわっ」
グレネードの煙の中がじんわりと赤く光ったと思った次の瞬間、煙を吹き飛ばしながらファイアーボールの対空砲火が数発放たれた。
煙が上手い事魔法陣を隠していたため気が付くのが遅れたが、無誘導のファイアーボール数発などアスカにとっては見てから回避余裕であり、難なくこれを躱す。
「私を落としたかったら近接信管でも持ってきなさい! 今だよ、カルブ、ラゴ!」
《はい!》
《おっしゃあ!》
掛け声と同時にカルブとラゴが仕掛ける。
アスカが時間を稼いでいるうちにカルブはメラーナの回復魔法とHPポーションで回復し、ラゴも支援魔法をかけてもらい、戦闘準備は万端。
「でりゃああ!」
先に仕掛けたのはカルブ。
上空のアスカを見ていて、反応が遅れたハイオーガへ今度こそ大剣の一撃をお見舞いする。
不意の一撃にわずかに怯んだハイオーガだが、体勢を立て直し鉈の一撃をカルブへ向け繰り出す。
しかし、カルブはこれを大剣でガード。
周囲に重金属同士がぶつかり合う重厚な音が響く。
「ラゴ!」
「っ!」
ハイオーガとカルブがつば競り合いになり、ハイオーガの動きが止まる。
タイミングを見計らったかのようにカルブの背後からラゴが飛び出す。
それは主武装の刀を納刀した、居合切りの構え。
「しっ!」
「グガアアァァ!」
カルブの大剣が重量に任せて『叩き潰す』のに対し、ラゴの刀は明確に『切る』。
ストライカーアーマーにより向上された近接攻撃力により与えたダメージはカルブ以上だ。
胸元を大きくえぐられたハイオーガは大きくのけぞり、姿勢を崩す。
そして、そのガラ空きの胸元へ、カルブが飛び込んだ。
「ゼロ距離、取ったぞおおぉぉぉ!」
大剣を手放し、スラスターも使ってハイオーガに飛び込んで突き出したのは右手のパイルバンカー。
杭打機。様々なゲームで浪漫武器として有名なこの装備はBlue Planet Onlineにおいてもその例外ではない。
爆薬を使い打ちだされる杭の一撃は同Tier武器の中でも頭一つ抜きでたダメージを与える。
強力無比な威力の代償は射程。
パイルバンカーの有効射程は正真正銘のゼロ。
腕の届く範囲にしか有効射程がなく、大型兵器故取り回しも悪い。
そんな浪漫溢れる杭打機に魅せられたカルブ。
ようやく日の目を見た必殺兵器の使用機会にテンションはこの上なく高まっていた。
大きな炸裂音とともにハイオーガの体力がごっそり減る。
「よっしゃあぁぁぁ! 倒したぞぉ!」
「バカ、まだ終わってないよ!」
「えっ!?」
カルブは人間なら心臓に当たる部分にパイルバンカーをクリーンヒットさせ、倒したものだと思い込んでしまった。
だが、これはゲーム。
たとえ頭を吹き飛ばそうが、足がもげようが、心臓を撃ちぬかれようがHPさえ残っていれば倒れず動けるのだ。
事実、ハイオーガはHPを半分以下にしていたが依然健在であり、鋭い眼光は負けを認めていない。
焦ったカルブが腕でガードをするよりも早くハイオーガが鉈を振り抜く。
身長三mのハイオーガに対するカルブの身長はその半分。
鉈を下から上へ切り上げ、フォロースルーまで完璧に決められたゴルフスイングでカルブは錐揉みしながら吹き飛んだ。
「カルブ! もう、油断するから!」
《メラーナ、もう一度カルブの回復を! ラゴ、援護するから下がって》
「はいっ」
「分かりました!」
フォロースルーまで入る超大振りの一撃だったため、ハイオーガは攻撃後の硬直からまだ回復していない。
その隙にラゴは後退。
メラーナは吹き飛ばされたカルブのもとに走り、回復魔法を使う。
硬直から解放されたハイオーガはラゴに狙いを定めゆっくりと歩きだすが、アスカがそれを許さない。
主兵装をアーマライトに変更し、グレネードランチャーを連射。
狙いはハイオーガ本体ではなく、足元。
ダメージではなくターゲットをこちらへ変更させ、ラゴたちへの注意を逸らせるための攻撃。
「グルルオォォ!」
牽制攻撃に反応し、ハイオーガはターゲットをラゴからアスカへと変え、連続してファイアーボールを放ってくる。
さっきは煙により見えなかった魔法陣が今回はしっかりと確認することができた。
アスカは余裕をもってこの対空砲火を回避し、今度はアーマライトを放つ。
「アーマライトの銃撃じゃダメージが……」
『初期装備の火器でハイオーガは厳しいと思われます』
アーマライトの火力はすでに一線級の物ではない。
オークキングのように弾かれてノーダメージということはないのだが、与えているダメージは極めて低い。
エルジアエを使えば良いのだが、あちらは攻撃にMPを消費する。
すでにMPポーションを二個使用している上、残存MPも余裕があるわけではない。
できればMPを温存する方向で戦いたいのだが、グレネードも火力が高いとは言えず、アーマライトもダメージが入らないのではじり貧になる一方だ。
ハイオーガはアーマライトの火力が脅威にならないと理解したらしく、鉈を腰に構え、体を低く落とし、『溜め』の姿勢を取る。
それはここまでの戦闘では見せてこなかった、新しいモーション。
「……なに?」
当然アスカも初見の動きに警戒し、距離を取りながら、牽制のグレネードランチャーを放つ。
距離さえとってしまえば、ハイオーガからの攻撃はこちらに届くまでに時間がかかり、対処できる筈だ。
……そこに油断があった。
『敵攻撃、来ます』
アスカが全幅の信頼を置くアイビスだが、彼女たち支援AIにも欠点がある。
それは『初見の行動や攻撃には詳細説明がない』事だ。
支援AIが初見の攻撃まですべてランナーに伝えてしまうと、AIを使うランナーと使わないランナーで対処に明確な差が出てしまう。
いわゆる『初見殺し』に対して完璧に対応できてしまうのだ。
これはゲームバランス的にも開発、運営にとっても大問題。
その為、支援AIには『初見だけ』はあえて先に助言しない、否、させない様に設定した。
そして、その設定が今、アスカに牙をむく。
アスカが注視する中、ハイオーガは鉈を全力で振った。
遠くから見ている限り素振りか空振りにしか見えない動作だったが、振り抜き切られた空間が湾曲。
刃となって迫ってきたのだ。
「っ!!!!」
アスカが『それ』を空中を飛ぶ斬撃だと理解したのは、牽制で放ったグレネードの弾と斬撃が空中で接触し爆発した時。
だが、次の瞬間には斬撃がアスカの目の前まで迫っていた。
迫ってくる斬撃はアスカが今まで見てきたどんな攻撃より速かったのだ。
フランやハイオーガが放つファイアーボール、ストーンゴーレムが放ったストーンブラスト、アスカのエルジアエが放つレイライフル。
それらすべてを凌駕する速度で迫りくる斬撃を前に、アスカの対処は後手に回った。
フライトアーマーが攻撃された時に出来る対処は『回避』しかない。
攻撃を軽減するための装甲を持たず、耐えるだけのHPもないのだ。
いくら敵との距離があろうとも回避が遅れれば攻撃は当たる。
アスカはとっさにロールしながら急上昇を行う回避行動をとるが、間に合わず脚部に被弾。
派手な被弾エフェクトが舞い、HPの七割を持っていかれる。
さらに、丁度ロールで斬撃に対し正面を向いた位置で攻撃を受けた為、足払いをかけられた形となり、空中で前転するかのように回転を始めてしまう。
ここが地上であれば前に倒れるだけで済んだのだが、ここは遥か空の上。
大きく姿勢を崩したことで主翼が揚力を維持できなくなり、失速。
アスカは縦回転による失速、スーパーストールを起こし落下してゆく。
「うわあああぁぁぁっ!」
被弾の衝撃と回転で上も下も分からず落下してゆく。
「くっ、こんなことでえぇぇぇっ……」
アスカは足掻く。
このまま落下死ではカルブにフライトアーマーの強さを見せつけられない。
「私が落ちるとおおぉぉ……」
偉そうに作戦だなんだと言って見栄を張った面目が立たない。
「思うなよおおぉぉぉ!」
必死になって協力をお願いしてきたメラーナに答えるためにも、ここで死ぬわけにはいかない。
アスカは必死に姿勢を立て治す。
体を広げ、フライトユニットとエレボン、ラダーを動かし、回転を制御。
回転が許容範囲まで治まると姿勢制御を行い、スカイダイビングするような体制で安定させる。
主翼と体そのものをエアブレーキとし、回転を完全に止めるとともに降下速度を落とす。
真下に見えたのは森の木々ではなく湖の水面。
カルブ達と対面するハイオーガの背後を取るように動いていたため、いつの間にかこの位置に来ていたようだ。
だが、そのおかげで木の高さ分、落下まで余裕ができた。
フライトユニットを再度動かし、主翼を落下方向、地面と垂直、真下に向ける事で揚力を取り戻し、失速から完全に脱する。
さらにエンジン出力を上昇させ加速。
落下加速も合わせ、十分に速度を稼いだところで体を動かさず、フライトユニットの角度を操作し、垂直飛行から水平飛行、攻撃姿勢から高速飛行形態に。
高度は水面スレスレ。
《アスカさん、大丈夫ですか!?》
「うん、危なかったけどもう大丈夫。メラーナ、行くよ!」
《はいっ》
水面を揺らしながらアスカはアーマライトを構え、こちらを忌々し気に見つめるハイオーガへ向けまっすぐに突っ込んでいった。
スーパーストール
縦スピンによる回転失速。きりもみの一種。
急ピッチの機首上げ時などで発生。
サーブ35ドラケンが構造的問題点からこの縦スピン癖を持っていたという。
ちなみに横スピンの回転失速はフラットスピン。
どちらも一度発生してしまうと立て直すのが難しい危険な失速。
……え、発生したらどうするのかって?
オメ〇11《イジェーーーークト!》
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