35 彼岸花
本日一話目更新です。
リコリス。日本では『彼岸花』や『曼殊沙華』の名前でよく知られている。
田んぼのあぜ道等に植えられ、彼岸花の名の指し示す通り、彼岸の頃に赤い花を咲かせる植物だ。
アスカはこの花の事を気に入っている。
小さい頃から毎年参加している航空自衛隊の航空祭。
基地が解放され、普段見られない戦闘機やヘリコプターを間近で見ることが出来、デモンストレーションまで行われる一大イベント。
そんな航空祭だが、自衛隊基地が騒音などの問題で田舎にあることが多く、一般参加者は自家用車や公共交通機関で基地まで来る事になる。
のだが、基地周辺は普段人があまり来ない場所であることから駐車場不足などより大渋滞となる。
小さかったアスカがそんな大渋滞に巻き込まれ、退屈しのぎにふと車外を見た時、道端に咲いていたのがこのリコリスの花だったのだ。
リコリスは一本咲することは少なく、群生することが多い。
アスカがその時見たリコリスも道端に沿って大量に咲き誇っていて、あまりの綺麗さに一目で心を奪われてしまった。
すっかりリコリスが好きになったアスカはその後ガーデニング好きな母、奈々に花の名前を教えてもらうと庭の一角に球根を植え、毎年咲くのを楽しみにしている。
そんなリコリスがゲーム内でも楽しめる。
ならば、これを逃さない手はない。
「リコリスね。その球根は栄養をしっかり蓄えてるから、綺麗に咲くわ」
「ありがとうございます、マギさん」
「どういたしまして。えっと、アスカちゃん、よね?」
「はい、そうですよ」
「私からもお願いしたいことがあるのだけど、良いかしら?」
どうやらリーネの手紙にアスカの事も書いてあったようだ。
そして、困りごとがあったら彼女に個人依頼したらいいという事も。
つまり、これはチェーンクエストだったのだ。
「良いですよ。なんでしょう」
「この小包を東のラクト村に住む、カイに届けてほしいの」
マギはそう言ってカウンター後ろの棚から、荷物を取り出し、カウンターの上に置く。
するとリーネの時と同じく、目の前にウィンドウが表示された。
住人クエスト
『マギ婆ちゃんのおつかい』
期限:ゲーム内5日
報酬:500ジル、培養土
<YES><NO>
アスカは迷わず<YES>をタップ。
「ありがとう。急ぎではないのだけど、ここからだとちょっと遠くて」
今いるのは西のトティス村。
東のラクト村まではかなりの距離がある。ポータルを使えば一瞬だが、ゲームの世界の住人はポータル移動できないので実際に行こうとしたらかなりの時間がかかるだろう。
荷物と一緒に一筆添えるというので、マギが手紙を書き終えてから小包と一緒にインベントリに収納。
ここでの用事は終えたのでタックとマギに挨拶して店の外に出る。
「今度はハーブティ買いに来よう! ね、アイビス」
『はい』
アスカはそんな事を考えながら、待ち合わせ場所の広場へと向うのだった。
―――――――――――――――――――――――
待ち合わせ場所の広場のポータルにはすでに三人がアスカを待っていた。
カルブは相変わらずのふくれっ面だが、ラゴとメラーナの顔はにこやかだ。
おそらく、ドロップした品が良い値段で売れたのだろう。
「ごめん、待たせちゃったね」
「いえ、大丈夫です。それよりアスカさん、見てください!」
あいさつもそこそこに、自分の耳元を見せてくるメラーナ。
その耳には見覚えのあるイヤリングが付いていた。
「あ、それって」
『初めまして。ランナー支援AI、パッセルです。よろしくお願いします』
「わぁ、【支援AI】のスキル、買ったんだ」
「はい。必要と思いましたし、何より安かったので」
カルブのふくれっ面が依然継続しているのはこれが理由だろう。
最初は必要ないと購入せずにいたものが、横からしゃしゃり出てきたアスカのアドバイスでそのスキルを買われてしまったのだ。
これでは彼の面目が立たない。
「それじゃあ、クエストの事を教えてくれる?」
「はい。私たちが受けたのはハイオーガの討伐です」
オーガはヘレンの森でランダムエンカウントする敵であり、ハイオーガは討伐クエストを受けたときのみ出現する上位種。
通常種のオーガは身長二mほどで、全身が緑の筋肉質、角を生やし、近接武器を使う強敵だ。
遠距離の場合は魔法も使うが、これはあまり強くはない。
鎧を身に付けたオークと比べると、防御力、攻撃力共に落ちるが、かわりに機動力を持ちハイレベルで能力が纏まっているのが特徴だ。
「ハイオーガは? どういう敵なの?」
「掲示板やサイトだと身長が三m、元になってるオーガの能力が全体的に向上した敵だって。でかくなっただけっぽいし、ザコだろ?」
説明してきたのはカルブだが、嫌な予感しかしない。
オークの上位種であるオークキングがあの強さだったのだ。
よく似た敵であるオーガの上位種がデカくなっただけのはずがない。
それに対しこちらは四人いるが、動きの制限される森の中であり、エグゾアーマーもTierⅠが二名にTierⅡが二名。さらに遠距離火器がないという状況。
現状厳しいと言わざるを得ない。
「とりあえず作戦を立てましょう。まず最初に言っておくけど、私一緒に森には入れないわ」
「えっどういうことですか!?」
「……森の木々ですね?」
ラゴの答えに、アスカが頷く。
フライトアーマーは森の中では木々が邪魔になって飛行など不可能だ。
離陸はおろか、翼を広げるだけ木に引っ掛かりまともに動けなくなるだろう。
「そ、そんな……」
「なんだよ、手伝ってくれるってのは嘘じゃんか」
「大丈夫、そこでわた……」
『私に考えがあります』
アスカが意気揚々と答えようとした完璧なタイミングでアイビスが入り込んできた。
それまるで長年付き添ったお笑いコンビのように。
『アスカが森の上空からセンサーユニットによる観測、索敵を行います。カルブ、ラゴ、メラーナの三名はアスカからのデータを頼りに森の中を進み、進路上に敵がいた場合は、支援要請。空中から援護射撃を行います』
「そ、そんなこと無理だろ!」
アイビスの提案に驚愕するカルブ。
森の中の進行、戦闘はかなりの時間を要する。
だが、フライトアーマーの飛行可能時間は恐ろしく短いのだ。
彼は掲示板などでフライトアーマーの飛行時間を知っている。
『アスカの総MP量、飛行技術から推測するに、十分可能と思われます』
「アスカさん、そんなにMP多いんですか?」
「増槽マシマシだからね」
「……ちなみに今どのくらい?」
「今? 578」
「ご、ごひゃっ」
三人がそろってアスカを見る。
実は現時点でのアスカのMP総量は全ランナーの中でもトップクラス。
MPの最大値は基本的に動力結晶での数値であり、開始直後の初期アーマーであればその数値は98。
これを増やすにはアスカのように高Tierの動力結晶を付ける、増槽等の装備を付ける、MP増加系のスキルを身に付けるの三択になる。
だが動力結晶は値段が高く、スキルは入手難易度が高い。増槽はハードポイントを塞がれ火器、追加装甲が装備できなくなる等で増やせないと、MP最大値を伸ばすランナーは少ないのだ。
メラーナ達三人も結晶は初期の物であり、スキルも増槽も持っていない為、初期の98のままなのだ。
アスカはその豊富なMPをすべて『飛行』することだけにつぎ込む。
ここまで偏った振り分けをすると他のアーマーを使用するときに支障をきたしかねず、文字通りフライトアーマーしか使わないという覚悟の元でないと行えない暴挙なのだが、本人にその自覚はない。
「……とんでもないMP特化ですね」
「アスカさん、すごいです……」
「ま、真似できねぇ……」
三人再びドン引き。彼らの常識が音を立てて崩れて行く。
「と、言う事で私は空から援護するわ。村に帰ればMPは全快するから、夕飯までの二時間くらいは大丈夫」
「……じゃあ、その二時間以内にハイオーガを倒して、村に帰ればいいんですね?」
「ラゴ君、その通り」
なお、この作戦はトティス村につく前、メラーナ達のクエスト先がヘレンの森の中だろうと推測したアスカがアイビスに考えてもらったものだ。
これならば、森の中を同行できないアスカも小隊をフォローできる。
「で、そのハイオーガのいる場所は分かるの?」
「はい。さっきこの村のランナー協会で聞いてきました。森を奥に進んだところにある湖にいるそうです」
「……できればそこまで戦闘は避けたいですね」
「なんで? 手当たり片っ端から倒していけばいいじゃん」
「それじゃあ私たちのHPとMPが持たないわよ。できる限りザコ戦は避けて、万全の態勢でハイオーガに当たらないと」
「ハイオーガなんてザコだって。俺が一撃で倒してやるよ」
勢いは良い発言だが、それを見る三人の視線は冷ややかだ。
森の中を適当に進めばそれだけでオーガとの連戦になることは確実。
消耗した上でハイオーガとの戦闘では勝ち目が薄い。
「スカウトアーマーとアスカさんの観測を合わせれば、先に敵を見つけて避けていけると思うけど……」
『いえ、その作戦ならメラーナは通信機を購入し、エグゾアーマーをメディックにすることを提案します』
ここで声を上げたのはメラーナの支援AIパッセルだ。
「アスカさんと通信するなら、スカウトアーマーのほうが良いんじゃないの?」
『ランナーアスカはセンサーユニットを装備しており、空からの広範囲索敵が可能です。索敵、通信可能範囲はスカウトアーマーと同等ですので、メラーナがスカウトアーマーを装備していなくても問題ありません』
「通話は?」
『同小隊内であれば、距離にかかわらず通話が可能です。通信機は索敵した敵情報を受信するのに必要ですが、そこまで費用は掛かりません』
スカウトアーマーは地上からの索敵と他小隊との遠距離通信、罠の探知などを主任務としている。
だが、今回の場合索敵はアスカが行え、他小隊との連携もない為通信も不要。
ヘレンの森の中には罠もない。
ならば、メラーナが本来選択したメディックアーマーのほうが戦力になる。
通信機もTierⅠのものならこの村のアーマーショップでも買える。
通信範囲は決して広くはないが、アスカからの情報を受信するだけならそれで問題ない。
そして肝心の敵の回避については……。
『ランナーアスカからの敵情報を利用し、会敵を回避すれば、余計な戦闘をせず湖までたどり着けるはずです』
「敵の位置情報さえわかれば……うん、なら私はメディックのほうが良さそうね」
「でもアスカお姉さん、空から索敵して敵を探知できるんですか? 森の木々で判別出来ないと思うのですが……」
『センサーユニットで探知するのは敵が持つ魔力反応です。魔力反応は岩や木などの障害物で遮断できないので、観測が可能です』
「なるほど。パルスレーダーじゃなくて、赤外線レーダーなんですね」
敵の位置を観測するレーダーは短波形を放射し、対象に当たり跳ね返ってくる波を感知することで観測する方法と、敵の熱源、ゲームの場合は敵の魔力反応を察知することで観測を行う魔力探知方式がある。
前者では木の葉や岩などがあると探知が難しいが、後者の敵が発する魔力反応を探知する方式では多少の障害物は問題ない。
全員が理解したところで各々が準備を済ませる。メラーナ達は三人でのアイテム整理と不足品の買い出し。
アスカは一度ホームに戻ってリコリスの球根と小包をアイテムBOXに仕舞い、MPポーションとマジックグレネードを取り出す。
フランからもらったマジックグレネードだが、ここが使いどころだろう。
準備を終えた四人は再び広場のポータルの前に集合。
三人はここから村の反対側、ヘレンの森の入り口へ向かうが、アスカが向かうのは最初に村に入った平原側の入り口だ。
「それじゃあ作戦通りにね。なにかあったらすぐ支援要請だすこと」
「はい、了解しました!」
「よろしくお願いします」
「けっ」
元気いっぱいに敬礼するメラーナ、落ち着いた感じにお辞儀をするラゴ、未だ不機嫌で頭の後ろで手を組んでいるカルブの三人は森に向かって歩いて行った。
アスカはそれを見送ると彼らとは逆方向、村の入り口に向かって歩き出す。
「一緒についていけたらよかったんだけどね」
『障害物の多い森林ではフライトアーマーの機動力を生かせませんので、仕方ないかと』
「その分しっかり支援してあげないとね」
『アスカなら、きっと出来ます』
「アイビスにそう言われると心強いな。よし、いっちょやってやっか!」
アスカは足取りも軽く平原まで出ると、いつものように大空へと飛び立っていった。
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皆様のご声援のおかげで日間ランキング7位をいただきました!
嬉しさのあまり成層圏まで飛んでいってしまいそうです……。
今後とも『空を夢見た少女はゲームの世界で空を飛ぶ』をよろしくお願いいたします!




