29 やられた分はやりかえす
本日一話目。
ロビンと鉱石を採取した翌日。
朝食を終え、食器を片付け終えたところで魔力草を採取に行くためにログイン。
出発前に窓際にセットしたプランターの魔力草に水を上げようとしたところでアスカが異変に気付く。
昨日は葉が三、四枚しかなかったものがもっさりと生い茂り、プランターから溢れんばかりに育っていた。
そしてその葉は収穫可能を示す淡い光を放っている。
「やった、魔力草収穫できる!」
アスカは手を伸ばしてプランターから魔力草を引き抜く。
<魔力草を採取しました>
<魔力草を採取しました>
採取できたのは種を植えた数と同じ二つ。
気になるその品質は親株、種とおなじくA。
「おぉ、品質Aだよ、アイビス!」
『おめでとうございます、アスカ』
「これで魔力草の生産の第一歩は達成だね。次はこれをリーネさんの所で採種してもらって……、私も【栽培】持ってるから自分でできるかな?」
最初に魔力草の採種をしてくれたのはフラワーショップ店員NPCのリーネ。
彼女が言うには採種にはスキル【栽培】が必要とのこと。
しかし今はアスカもスキルブックから【栽培】を獲得しているのでアスカでも採種が可能なはずだ。
『今はまだフラワーショップに持ち込むことをお勧めします。スキルレベルが低いうちは失敗や低ランクの種になってしまうことがありますので』
「うわ、なかなかシビアだね。なら、魔力草を採取したらリーネさんの所にいかないと」
手に持った魔力草をホームのアイテムBOXに仕舞い、ホームドアから山岳の麓、ラクト村へ転移。
先にダイクの所へ行かないのはまだアーマーが完成していない可能性と、アーマーの操作性の違いを考慮してのこと。
採取を行ってからでも遅くはない、と言うのはアイビス談。
当の本人は今すぐにでも受け取りに行きたかったのだが。
『アーマー、特にフライト系はアーマーが変わると操作性が大きく変わります。受け取った新しいアーマーのまま魔力草を採取に行くのは危険です』
「いや、でも採取して帰ってくるだけだし?」
『……墜落しても知りませんよ?』
「ぬわー!」
―――――――――――――――――――――――
こうして逸る気持ちを抑え、TierⅠ乙式三型のまま山岳の採取ポイントまで到着。
辺り一面は相変わらず淡い光を放つ採取ポイントであり、アスカは慣れた手つきで採取を始める。
ここまではいつもと何ら変わらない日常。
そして今日も招かれざる客を追い出そうと番人がポップ。
奥の茂みからガサガサと音を立て、その姿をアスカの前に晒す。
「……来たね」
「グルル……」
オーク。
昨日までのアスカでは武装の火力不足で倒すことが出来なかった相手。
だが、今のアスカには火力のあるマルチウェポン、エルジアエがある。
「今度は逃げないよ! オーク、勝負!」
「グオォォォ!」
アスカの意気込みに呼応するかのようにオークも雄叫びをあげ、先手必勝とばかりに突撃を開始する。
この突撃は何度も見たものであり、回避するのも容易。
オークの突撃とは直角方向に飛行し、突進の軌道から退避する。
突進を回避され、急制動からの停止。
動きが止まったオークへ向けエルジアエの銃撃が刺さる。
「よし、効いてる!」
連射モードの一発当たりの火力はそこまで高いものではないが、連続で当たる銃撃は目に見える形でオークの体力ゲージを削っていった。
それは昨日まででは与えられなかった確実なダメージ。
「ガオオォォォ」
三割ほどHPを削ったところでオークの硬直が解け、その視線にアスカを捉える。
対するアスカは地面から数mの高さでオークを中心にして円を描くように飛行。
この機動では滑空を使えず、常にフライトユニットを作動させ推力を得なければならない。
その上エルジアエは射撃にMPを使用するため、ものすごい速度でMPが消えて行く。
着陸して攻撃を行いたいところなのだが、フライトアーマーの地上歩行速度は劣悪でありオークの突進を躱すことは不可能。
飛行して躱そうにもさすがに速度ゼロから即離陸できるほどTierⅠのアーマーは優秀ではない。
結論として速度を維持したまま、狙いやすく、躱しやすい適切な距離を保つしかないのだ。
『飛行可能時間残り一〇〇秒を切りました』
「MPポーションを使うよ。今日は絶対に倒してやる」
インベントリからMPポーションの小瓶を取り出し、一気に飲み込んでクールタイムを挟んでもう一個。
オークは再び腰を落として突進の構え。
襲い掛かる銃撃から腕を組んだ防御姿勢で耐えていたオークだったが、アスカが接近戦を仕掛けてこないと理解したらしく一気に間合いを詰める算段だ。
だが、これは悪手である。
オークを中心に円運動をしているアスカへ直線的な突進などかすりもしない。
突進を回避されたオークは再び長い硬直時間に入り、そこへ再度銃撃が襲う。
エルジアエの銃撃で先ほどと同じように三割ほどのHPを削り取る。
これでオークの残りHPは四割。
「グルル……」
硬直が解けたオークはアスカを忌々し気に睨みつける。
近接攻撃力、物理防御力は高いが、遠距離攻撃を持たず、移動も突進以外は遅い。
アスカのような高機動・遠距離魔法銃撃は最も苦手とするところなのだ。
自慢のハルバードも相手に届かなければただの鉄の棒でしかない。
「グオオォォォ!」
雄叫びをあげたオークは三度突進の構え。
近距離戦闘を封じられたオークに残された攻撃手段はもはやこれしかないのだ。
「来るね……迎え撃つよ!」
オークの突進を察知したアスカはエルジアエをレイサーベルモードにし、刀身を発生させる。
そしてロール角を九〇度近くにしてからピッチアップの要領で急旋回。
乙式三型を最大出力で吹かし加速しながらオークへ向かってゆく。
このままオークの突進を躱して狙撃でも問題なく倒せるだろう。
むしろその方がリスクは少ない。
だが、今のアスカはそれでは物足りなかった。
幾度となく採取を妨害された恨みは深く、それは遠距離でいやらしく銃撃したくらいで晴れるほど軽くない。
直接この手で屠ってやらねば気が済まなかったのだ。
「ガアオォォォ!」
このアスカのアクションに歓喜の叫び声をあげたオーク。
相手がこちらの土俵にわざわざ降りてきた。
こちらが攻撃できぬ遠距離からちまちま攻撃してくる臆病者に我が突進が負けるはずがない。
その自信に満ち満ちた雄叫びだ。
「たあぁぁぁぁ!」
「グルルアアァァァァ!」
今までで一番力強い踏み込みから突進を繰り出すオーク。
フライトアーマー乙式三型の最高速度で突撃するアスカ。
お互いがお互いしか見ていない、完全なヘッドオン状態。
突進してくるオークのハルバードの先端がアスカを捉えるその瞬間、アスカは僅かなロールとピッチアップで躱し、そのまま上昇しながら切り上げる。
今までのロングソードなら届かなかった距離だが、リーチの長いエルジアエのレイサーベルはオークを深く切り裂いた。
「グガアアァァァ!」
お互いがお互いの出せる最高速度で交錯した瞬間に切りつけた一撃、与えたダメージ量は軽量級のフライトアーマーが出せるはずのない威力のクリティカル。
さすがのオークもこの一撃には耐えきれず、絶叫を上げ、膝をつく。
ゲーム内では一定以上の攻撃を行った時に発生する『スタン』だ。
このクリティカルで残りのHPの大半を削り、残り僅か。
「とどめっ!」
切り上げの勢いそのままに上昇、ループしたアスカはオークの直上で上下逆さまになりながらエルジアエを構える。
銃口に刀身は残っておらず、チュイイィィンと言うチャージ音のみが響くのみ。
エルジアエの甲高い発砲音がこだまする中、銃口から放たれた白色の光線がオークを捉えわずかに残っていたHPを完全に消し去った。
「グオ、オ……」
背中にトドメの一撃を受けたオークはそのまま前のめりに倒れこみ光の粒子となって消滅。
<オークを倒しました>
<860Expを獲得しました>
<豚肉を入手しました>
「よし、勝ったあぁ!」
地上に降り立ったアスカは両手を突き上げて歓喜の声を上げた。
「へっ、ざまみろオークめ、私の邪魔ばかりするからだ! やーいやーい!」
『…………』
溜まっていた鬱憤を思う存分に晴らすその姿を、ただ黙ってやり過ごすアイビス。
彼女に肉体があったのなら、間違いなく冷めた目でアスカを見つめていただろう。
「あーすっきりした。これでゆっくり採取が出来るね、アイビス」
『……はい』
エルジアエを腰のホルダーに収納し、アスカは採取を再開するのであった。
―――――――――――――――――――――――
「フンフフーン」
ガイルド山岳での採取を終えたアスカはミッドガルの大通りを上機嫌、鼻歌交じりで歩いている。
厄介ものであったオークを撃退し、採取限界まで採取を行えた。
ここまで集められたのはフラン、アルバと三人で初めて山岳に入った時と、たまたまオークが出なかった時の数回のみ。
予測できる収入は決して少ないものではない。
こうして足取りも軽く進んだ先はフラワーショップ。
オープンテラスは前回来た時と変わりなく、色とりどりの草花がお店に来るお客さんを出迎えてくれていた。
「こんにちは、リーネさん、居ますか?」
「はーい、只今伺いまーす」
店内に人影はなかったが、店の奥へ向け声を発するとぱたぱたと足音を立ててこのお店の奥から出てきたのは赤いエプロンに三角頭巾のお姉さんリーネだ。
シチュエーションもリーネの登場の仕方も前回お店を訪れたときと同じなのはこれがゲーム故か。
「あら、アスカちゃん。いらっしゃい。今日はどうしたの?」
「採種をお願いしに来ました!」
そう言ってアスカはインベントリからふさふさに茂った魔力草を取り出した。
「立派に育ったわね。これならいい種が取れるわ」
リーネは魔力草を受け取るとじっくりと観察し品定めをしていく。
二つの魔力草は問題なく種に出来るという事なので、そのまま採種を依頼。
「一〇〇ジルになるけど、良いかしら?」
「はい、お願いします」
採種にかかる手数料を支払うと、リーネが持っていた魔力草が光を放ちその姿を種へと変える。
手の中に残ったのは黒い五つの種。
「うん、上出来。はいこれ。全部品質Aよ」
「ありがとうございます」
受け取った種をインベントリに仕舞いこむ。
この採種依頼、お金がかかるだけあって必ず親株と同じ品質の種が出来るように設定されている。
値段もかなりお手頃なのだが、この僅かな出費やフラワーショップまで来る手間を惜しんで失敗するランナーが少なくないのだ。
支援AIがオススメするのも頷ける。
「リーネ、お客さんかい?」
「あら、ケルヴィン。ランナーのお客さんよ」
奥から出てきたのは緑のエプロンをかけた優しそうな雰囲気の男性。
「アスカです」
「初めまして。僕はこの店の店主、ケルヴィン」
この男性がリーネの夫で、店のオーナーだそうだ。
前回きたときは外出中でアスカとは初対面になる。
「ランナーのお客さんはうれしいよ。ランナーの人たち、あまり僕のお店には来てくれないから」
「今はまだ街の外に出るのが楽しいんだと思います。もう少し落ち着いたらきっとお客さん増えますよ」
「あはは、そうだといいね」
「ねぇケルヴィン、アスカちゃんにあの事お願いしてみたら?」
「そうだね。アスカちゃん、ちょっと依頼を受けてくれないかな?」
「依頼ですか?」
「うん。ある荷物を西のトティス村のマギ婆ちゃんに届けてほしいんだ」
「お使いですか?」
「うん、お願いできる?」
そう話したところでアスカの目の前に急にウィンドウが表示が表示された。
住人クエスト
『ケルヴィン夫婦のおつかい』
期限:ゲーム内五日
報酬:300ジル、花の球根
<YES><NO>
「あれ、これは……」
『町の住人が協会を通さず、ランナーに直接依頼する場合に発生します。報酬は少ないですが、チェーンクエストの起点になっていたり、友好度上昇などの効果があります』
「なら、断る理由はないね」
アスカは迷わずYESをタップ。
「ありがとう。じゃあ、これを」
ケルヴィンから小包と手紙を受け取る。イベントアイテムである為インベントリにも問題なく収納でき、手紙と小包で一アイテムとして扱われる。
詳細表示には『トティス村の花屋、マギ婆ちゃんに届けよう ※デスペナルティロスト回避』となっていた。
「急ぐものではないけど、お願いね」
「はい、任せてください」
午前中はまだすることがあるので一旦ログアウトしなければならないが、ゲーム内五日なら午後から動いても問題ないだろう。
フラワーショップを後したアスカは、そのままミッドガル中央広場のポータルからホームへ戻り、五つの種をプランターに植えてから午前中のプレイを終了した。
感想、評価、ブックマークなどいただけましたら作者が嬉しさのあまり仙台空港から飛び立ちます。
12月18日現在、VRゲーム日間ランキング11位をいただいております。
これもこの作品を読んでくれる皆様、評価、ブックマークなどをしていただいた方々のおかげです。
本当にありがとうございます!




