閑話 アームドビースト競争Ⅰ
作者の趣味全開。
本編にはレインのミニイベント以上に関係ないので、読み飛ばしても問題ありません。
全二話予定。
後編は夜に更新いたします。
ナインステイツ、開拓村から東に60kmほど行った地点。
海岸線から離れた内陸やや山岳の平地に、集落が作られていた。
はずれには移動用のポータルも設置され、人口密度は開拓村よりはやや少ない。
にもかかわらず、規模はこちらの方がはるかに大きくなっている。
それもそのはず、ここには人と同等かそれ以上の動物たちが暮らしているのだ。
この場所にまだ名はないが、アームドビーストを多く持つクランとランナー達が共同で開拓、開発した牧場、放牧地である。
通常マップにも牧場は存在するが、ランナー数増加で手狭になり始めたため、こうして新たな土地を開拓した。
クランごとの放牧地が隣接し、規模が大きくなったことで通常マップのNPC達もこの地へ移住し、牧場を営み始めている。
放牧されている動物も馬や牛、羊などの他ライオン、虎、狼、熊、はてはテイムしたモンスターなど多種多様。
なにより面白いのはそれらが個別に分けられているのではなく、一緒の放牧地に放されているという事だろう。
リアルであればケンカや捕食などの事態になってしまうが、ここはゲームの世界。
食べるものこそ肉食、草食、雑食などリアル同様分けられているが、同一放牧地に放牧しても雄どうしで争ったり、他種族を襲ったりなどはせず、皆穏やかに過ごしているのだ。
農村と言っても過言ではないほど、のどかな村。
その中心部にはそれまでの風景とは似ても似つかない物が建っていた。
地上5、6階建てほどの高さを持ちながら、横幅は長く数百メートルという長方形箱型の建造物。
まわりには一軒家や事務所レベルの建物しかない場所にあって異常なほどに目立っているが、特徴はそれだけではない。
建物の内側は2階より下が傾斜の付いたスタンド席、3階より上部は前面ガラス張りの屋内席となっているのだ。
スタンドと屋内席がある、という事は、その先には人々が『観る』何かがある、という事であり……。
《ナギサ逃げる! ナギサ逃げる! 後ろとの差は8馬身! フリッケライラメントは最終コーナー、外に大きく膨らんでいく!》
「ナギサァァァ! 逃げきれえぇぇぇぉ!!」
「フリッケライイイィィィ!」
「曲がれええぇぇぇ!」
《センコウスパートをかける! エンドラはまだ後方、この距離は届くのか!? これはとんでもない波乱になるのか!?》
「センコウォォォォ! 差せええぇぇぇ!!」
「エンドラアァァ!」
「まくれええぇぇぇぇ!」
地鳴りのような音を立てて激走するアームドビースト達。
そう、スタンドの前にあるのは1周1500mを超える大型トラック楕円の競技コース。
リアル世界にもこの場所に存在する競馬場である。
リアルと違うのはこの場所で競うのはなにも『馬』だけではないという事。
エグゾアーマーを身に纏い背にランナーを乗せる事が出来る動物であれば、虎でも狼でもサイでもお構いなし。
ランナーを背に載せられない小型種であってもアームドビーストだけで競技を行うドッグレースのようなことも行っている。
この競馬場は当初、ランナー達主体で作っていた。
スタンドもこんな大掛かりなものではなく簡易的。
トラックコースも平地にロープでセッティングしただけと言う、まるで競馬黎明期の草競馬のようなものだった。
そこへ目を付けたのが先のイベント最終日、自然発生したランナー達によるアームドビースト競争に興味を持っていたGM。
牧場と言う名の拠点を持つ各クランに承諾を貰い、NPCなども動員して見事なまでの競馬場を作り上げたのである。
この事からランナー達は運営GMの中に競馬好きがいると確信したが、それはまた別の話。
そうしてせっかく作ったのだから活用しない手はない、と開催されたのがミニイベント『アームドビースト競争』。
内容はそのまま、エグゾアーマーを装備したアームドビーストによる競争である。
出走条件は種族や騎乗有無に大別され、そこからさらに距離で細かく区分けされてゆく。
参加者は自分のパートナーと距離を選択し、出場。
順位ごとにポイントをもらい、報酬を得ると言う物だ。
もちろん、こんなことが開催されれば自然と人が集まり、情報クランが総力を挙げてブックメーカーを勤め、場が盛り上がる。
リアルでの競馬好きも、ただのお祭り好きも、動物好きも、皆思い思いにこのミニイベントを楽しんでいた。
レースを行うアームドビースト達は当然エグゾアーマー装備。
騎乗しているランナーもエグゾアーマーを装備している為、総重量は現実の比ではない。
そんな重量で芝を走ればすぐに抉れてしまいレースなど出来なくなってしまうが、そこはゲーム。
馬だろうがサイだろうが、どんな重量のアームドビーストが駆け抜けても芝は荒れることなく新品同然。
一面に緑の絨毯が敷かれている。
そんなのどかな秋下がりの競馬場。
賑わってはいながらも、まだ空席が目立っていたのだが、時間がたつにつれ人が増え、ついに満席に。
一気に増えた観客が今か今かと待つのは、これから始まる今日のメインレース。
《お待たせしました。第11レース、アームドホース限定、上位成績者による芝2000m、本馬場入場です》
場内にBGMが流れ、アナウンサーの解説と共に地下馬道からアームドビーストとランナーが姿を現す。
リアルでは出来ないであろう体験にランナー達は心躍らせ、観客は拍手と声援でアームドビースト達を送り出す。
地下馬道から本馬場に入りスタート地点であるスタンド前奥にあるポケットへ向け走って行く出走馬達。
その中に、クランノーザンテーストのクランマスターであるマルゼスと相棒タービュランスの姿があった。
「よし、今日もいい調子だ。駆け抜けるぞ、相棒」
「ブルルルル……」
エグゾアーマーを装備している為毛艶などは分からないが、エグゾアーマー装備のランナーを乗せてなお軽やかな足取りで駆けるタービュランス。
首は俗に「ハミを取る」と言われる首を下げた走行姿勢。
気合の乗りも十二分。
競馬を知る者が見ればこれだけでタービュランスの好調具合が分かるだろう。
そうして駆けて行ったスタート地点。
ポケットと呼ばれるコースの端で、このレースに出走するメンバーが返し馬を終え輪乗りをしていた。
「調子がよさそうですね」
「キミとタービュランスはそうじゃなきゃ。この間やられた借りを返さないとね」
輪乗りに加わったマルゼスに声をかけてきたのは同じくノーザンダンサー所属のランナー、ユーイチとカタユケタ。
それぞれ相棒のオウノニチリンとゾンダーボッホを連れ、このメインレースに参加している。
「あぁ、2人ともいい勝負をしよう」
「ふふふ、気を抜かないでくださいね。今日は我々だけじゃないですよ」
「成績優秀者だけあって輪乗りで違いが分かるよ。さぁ、楽しもう」
2人にそう言われ、輪乗りを続ける出走馬と騎手を見渡すマルゼス。
それだけでここにいるもの全員が【騎乗】スキルによるアシスト騎乗ではなく、完全マニュアルであることに気が付いた。
動物に乗ったことがないランナーを補助するために存在する【騎乗】スキル。
このスキルを使用すると騎乗動作を完全操作するオート、騎乗時のバランス維持のみを行うセミオートが選択できる。
そんな中、リアル世界でも騎乗経験があるもの、システムアシストが不要になった者が行うのが【騎乗】スキルを使用しない完全マニュアルの騎乗だ。
【騎乗】スキルを使用しない場合、騎乗時の体重移動や重心バランスを全てランナーで行う必要があるため難易度が極めて高い。
が、熟練すると乗る動物の動きに体重を重ねることでさらに速く走ることができるのだ。
騎乗しているランナーがスキルを使用しているか否かは、マニュアルで乗れる技術がある者であれば一目でわかる。
もちろん、マルゼスも同様だ。
「これは……なるほど、一筋縄ではいかないようだ」
今まで以上のレースになると期待に心振るわせ、輪乗りを再開。
ほどなくしてNPCスタッフの号令がかかり、これがやりたくてたまらなかったのであろうGMがスタート台に上り、合図を行う。
スタンド近くで用意していたNPC音楽隊がファンファーレを演奏し、集まった観衆が歓声をあげ拍手を鳴らす。
出走者達はリアルさながらの雰囲気に心躍らせながら、次々にスタートラインへと足を進める。
リアルであれば発馬機を使用するが、開催されるレースが馬だけではないため使用しない。
地面に敷かれたスタートラインに着くと、ランナー視界にはカーレースの様なシグナルが表示された。
多種多様な種族の同時スタートを行うために要されたのがこのシグナル方式。
スタート位置に着いたアームドビーストは動きに制限が入り、レッドシグナル消灯で解放。
それがスタートとなる。
全馬がラインに着いたところでレッドシグナルが点灯開始。
次々にレッドシグナルが点灯してゆき、視界に表示されたシグナル全てに赤が灯る。
そして……。
「よし、いけっ!」
「駆けろ!」
「よっしゃあ!」
「シッ!」
レッドシグナルが消え、レースがスタートした。
《11レース、スタートしました。まずは先行争いですが……やはり行く、ツインチャージャー、スパートを使用しハナを奪います》
「ぶっちぎりで逃げ切るぞ、ツインチャージャー!」
「ブルルルッ!」
全馬綺麗なスタート、1番手を主張したのはツインチャージャーと騎手ジエ。
レースを行うにあたり、アームドビーストと騎手が身に着けるエグゾアーマーには細かい規定、レギュレーションが設定されている。
馬力や最大MP値、重量などがあり、ベースとなる動物の対格差はあれど、同種族であればある程度は同じ能力になるのだ。
その中でも特にレース結果への影響が大きいのが魔力だ。
レース中はアームドビーストの速度に比例しMP減少し続ける。
ならば最大MP値を増やせばいいのかと言うと、今度は速度や加速が鈍くなるというデメリットがあるため、安易に最大値を増やせない。
距離ごとに展開を予想し最大MP値を設定、最後にしっかりとMP使い切るセンスが求められるのだ。
そしてさらにレースの面白さを追求するために搭載されているのがレース中一定時間だけ使用できる『スパート』機能。
これを使用すると瞬間的に馬力や空気抵抗が変化、最高速度が上がり、追い抜き、位置争いで優位になる代わりに、魔力の減りが恐ろしく早くなると言うシステムだ。
基本的にはスタート直後の位置争いやラストスパート時に使用することが多いシステム。
だが、ジエはこれをスタート直後から長時間使用。
逃げ、先行を目論んでいた他馬を置き去りにする大逃げを打ち、一気に先頭に躍り出る。
「俺達についてこい!」
スパート機能は簡単にON、OFFの切り替えが出来るが、使用可能時間は全員一律。
序盤で使えば使うほど終盤で不利になってしまう。
ところが、ツインチャージャーはスパートの使用可能時間をほぼフルに使用し、スタンド前を通過。
続けて縦長になった馬群が地鳴りをあげながら、スタンド前に差し掛かる。
リアルの競馬よりも速い速度で駆け抜けるアームドビースト達。
いつの間にか万を超える数に膨れ上がった観客が声を上げ、声援を送る。
「この競馬場はスタンド前が平坦。ゴール板から上り坂になり、向こう正面では下り坂になるコースだ」
「どうした急に」
「勝負所にかけて上り坂がなく、逃げ、先行勢に有利な地形だ。ツインチャージャーの大逃げは博打に一見えるが、その実理にかなっている。しかし、通常のレースとは違いこれは上位成績者のみで構成されたレース。後続がこれに気付かない筈がない」
「ツインチャージャーは逃げきれない?」
「大逃げはロマンだ。だが今日のメンツはそれを許してくれない。いつもは差しを使う馬が先行策を取っている」
「やすやすと逃がす気はねぇって事か」
「だがあのポジションを確保するのにスパートを使っている。それに対し差し勢は序盤抑えた分まだまだスパート可能時間が残っている。他にも説明の出来ない動きをする馬もいる。これはまだまだ分からないぞ」
「だな」
スタンド前を通過した馬達が、ツインチャージャーを先頭にコーナーを駆けて行く。
観客が一番楽しみにしていた今日のメインレースはまだまだ見せ場を残していた。
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嬉しさのあまりカボットから発艦してしまいそうです!




