閑話 レインのミニイベントⅣ
アダンソンを振り切り、目的地へと急ぐレインたち。
その後も通常エネミーに多数遭遇するも、これをうまく撃退。
ようやく目的の場所へとたどり着いた。
「やったー! 着いたぁ!」
「長く険しい道のりだったねぇ」
「当初の見通しが甘すぎた件について」
「うわぁ、綺麗な場所ですね」
そこはヘレンの森深部にそびえる大樹がある場所だった。
高さ数十メートルになろうかという大樹は、葉が焦がれてゆく秋にあっても青々としており、これが通常の木ではない事が理解できる。
中でも注目すべきは大樹の周り。
リアルであれば大樹により太陽光が遮られ上手く成長できない場所に、たくさんの木が生えていた。
季節が秋という事もあり紅葉している木々が目立つ中、この一角にある木々はは大樹同様青々とした葉を生やし、枝に色鮮やかな果実をつけていたのだ。
それを見つけるや3人娘は歓声をあげ、いまだ周囲を伺い気味のレインをおいて果樹へと駈け寄ってゆく。
結局レインも周囲の確認をそこそこに、3人の方へと駆け出すことに。
「うわー、すっごい色つや! 鮮やかだね!」
「苦労してここまで来ただけの事はある」
「さすが深部の採取エリア、品質もバッチリだよ!」
「これが目的の果物ですか?」
「そうだよ、ほら、見てみなよレイン!」
果樹は採取ができるらしく、3人が手を伸ばし果物を次々に収集。
手に取った果物の品質を見るや黄色い声をあげ、遅れてきたレインに果実を手渡してくる。
レインは手渡された洋梨を見つめるとともに品質を確認。
そこに表示されたのは品質Bという街の市販品よりも明らかにランクの高い表示だ。
「凄く良い品質してますね」
「なんかね、この大きな木がマナの大樹なんだって」
「マナの大樹?」
「うん。この周りにある木々は大樹の豊富なマナを受けて果実の品質が良くなるんだとか」
「ゲームではよくある設定」
これが森に飲まれつつあるトティス村にエルフたちが住み続ける理由。
マナの大樹は他ゲーム同様、魔力を生み出すことができる木である。
NPCのエルフは魔力感知や魔力依存度が他種族より高く、より高マナの土地や作物を好む。
そしてマナの大樹は信仰……という名のゲーム設定により挿し木等で数を増やすことが出来ない。
そのため、エルフたちは自生するマナの大樹を維持管理。
周囲に果樹を植え、恩恵を受けているのだ。
「と言う事はこの果樹はエルフたちが植えたものなんだ」
「そういう事!」
「でも、勝手に取っちゃっていいの?」
「それは大丈夫。ちゃんと設定がある」
「そうなの?」
どうやら深部エリアの敵が以前より強くなっているらしく、エグゾアーマーを持たないエルフではここまで来ることが困難なのだという。
そこでランナーたちに果物の収穫を許可する代わりにマナの大樹と果樹の維持管理、モンスターの間引きをお願いしているとの事。
リアルで考えれば問題だらけだが、そこはゲーム故のご都合主義。
果物も時間経過などで自然回復し再収穫可能となるため問題ない。
「なるほどね、まさにゲームってわけだ」
「なので、思う存分果物狩りを楽しんじゃおう!」
「エグゾアーマーをトランスポートに。大丈夫、ここはセーフティゾーン」
「手当たり次第全部回収していくよ!」
そう言うと3人はエグゾアーマーを変更。
次々に旬の果物を収穫していく。
これにはレインも少し思うところはあるが、システム的に問題ないという事なので結局他の3人同様エグゾアーマーを変更し果物狩りへ。
「わぁ、この桃も高品質!」
「品質Aは出ないけど、Bは安定して出てくれるね」
「街で買うと品質D固定だからこれは良き」
「ブドウに……あ、栗もあるんだね」
ゲームの中という事もあり、多種多様な果樹が一度に植えられ、それぞれが美しい果実を実らせている。
レインはそれらを一つ一つ手に取り品質を確認。
街のNPCショップで購入する果物の品質は一律でD。
街近隣にある果樹からの採取も同様にDが基本であり、レアドロップ枠に品質Cが設定されている。
それを考えればこの果樹園で取れる品質Bは破格。
3人が格上のアダンソンを掻い潜ってでもここまで採取に来るのも頷ける。
そうして採取を続けることしばらく。
「よし、これだけ取れば大丈夫でしょ!」
「コンテナにもたっぷり積んだよ!」
「ふふふ……これでレインの手作りお菓子食べ放題は約束されたも同然」
手当たり次第に果樹から採取を行い、全エグゾアーマー中最多のインベントリを全て果物で埋めた4人。
満足そうな3人に対しレインは首を傾げ、何か考え込んでいた。
「ねぇみんな、私達ってこれから帰るんだよね?」
「うん、そうだよ」
「即帰還アイテムは高い。徒歩で帰る」
「じゃあ、またアダンソンと戦わなきゃいけないんじゃない?」
「あっ」
「……あ」
「……え?」
レインの言葉に、思わず顔を見合わせる3人。
品質の高い果実の採取にばかり気を取られて忘れていたが、帰る際には先ほど戦闘になったアダンソンがいた道を使わなければならないのだ。
4人がかりでも撃破に至らず、損傷させて通過するのがやっとだったというのに、今身に着けているエグゾアーマーは全員トランスポート。
それも果物を満載した状態。
これで再度アダンソンと戦闘など無理も甚だしい。
当然この事を理解できない3人ではなく、見合わせた顔がみるみるうちに青くなり、絶望の表情へと変わる。
「まずいまずいまずい……」
「ナイフもアダンソンの脚に刺したまま。もうない」
「どうする? 採取した果物いくつか廃棄してエグゾアーマー変える?」
「いや無理だって。それでもアダンソン相手は無理……」
MPや弾薬などはまだあるが、先ほど足止めに使用したナイフは刺したまま放置している。
この場合、街まで戻らなければ手元に戻ってこない為、これからの戦闘では使用できない。
せっかく採取した大量の果物を廃棄するというのも躊躇われ、場の空気が一気に重くなってしまった。
レインも考えてはみるが、やはりこの大量の果物を持ったまま損害無しでアダンソンを超える術が見つかならい。
完全に八方ふさがり。
諦めかけた、その時だった。
上空から航空機、それもジェットエンジンの排気音が聞こえてきたのだ。
「この音……フライトアーマーだ!」
「間違いない、これはTierⅣトゥプクスアラのもの」
「この時間帯に飛んでるって事は、もしかして!」
その音を聞くや3人はすぐさま顔をあげ、三方に散ると大樹の葉で遮られていない場所から音が聞こえてくる上空へと視線を移す。
「いた、あそこ!」
「地獄に仏。あれは我らがグリュプス飛行隊」
「もしもーし! 聞こえますかー! エマージェンシーです!」
空を見上げ、見つけたフライトアーマー。
フライトアーマーを使用するのは当然ランナーである為アイコンが表示される。
そして今上にいるフライトアーマーのアイコンには『グリュプス』とクラン名が追加されていた。
上空にいるのは4人編成からなる1個小隊。
全員がトゥプクスアラ装備のようで、ダイヤモンド編隊を形成したまま上空を過ぎ去ろうとしていた。
3人はこれを見るや大喜び。
すぐさまクラン無線を開き上空のフライトアーマーへコンタクトを取る。
《何の用だ? 俺達は今訓練飛行中なんだが》
「えっと、この森を脱出したいので支援をお願いしたいんです!」
《何だって?》
「実は……」
見ず知らずのランナーからの通信ならともかく、同じクランからでは取らない訳にはいかない。
声のトーンは若干鬱陶し気ではあるが、要件を訪ねてくる。
だが、その要件は支援要請。
いきなりの事で困惑している様子だが、すぐさま事情を説明し協力を頼みこむ。
《事情は分かったが、それは君たちの見立てが甘かったからだろう?》
「えっ?」
《俺達が助ける理由にはならないな》
「そ、そんな……」
《用件はそれだけか? なら切るぞ》
「ま、待って……!」
同じクラン、それも同じ飛行隊メンバーであれば支援を快く受けてくれるものだとばかり思っていたが、そう上手くはいかないようだ。
彼らからしてみればレインたち4人は事前情報があったにもかかわらずヘレンの森深部へ入り、苦境に陥った。
どう考えても自業自得であり、そんな愚か者の尻ぬぐいは御免だとばかりに通信を終了しようとしてくる。
3人にしてみれば上空の彼らから見捨てられた時点で全滅必死な為、なんとか支援してもらえないかと頼み込む。
しかしやはり快い返事は貰えず、万事休すかと思えた時。
1人が何か閃いたように顔をあげ、上空の小隊を見上げる。
「私達を支援してくれた報酬、レインのお菓子」
《菓子だと? そんなものが……》
《何だって!?》
《レインのお菓子!?》
彼女が発した『レインのお菓子』というワード。
今まで通信対応していた人物は興味を示さなかったが、他小隊員が思い切り食いついてきた。
そう、彼らは先日クラン本部で行われた試食会という名のお茶会で知っているのだ。
レインの作ったお菓子の美味しさを。
《小隊長、自分は彼女たちの支援を意見具申いたします!》
《自分も同意見です。隊長、彼女たちの帰還支援をするべきです》
《な、お前たち一体どうしたんだ?》
それまで組んでいた編隊を崩し、再度こちらへ進路を向ける上空の飛行隊。
最初は2人だったが、残る2人も先に進路変更した小隊員につられ旋回。
再度大樹上空まで戻ってきた。
《こうなったら仕方ない。支援してやるからあとでレインのお菓子とやらを堪能させてもらうぞ》
「らじゃー」
「ええ~……」
レインはどうしてこうなるの? と頭を抱えるが、他3人からしてみれば当然の結果。
それだけレインのお菓子という誘惑は強烈な物であり、胃袋を掴まれた者にはなすすべがない。
「レインごめん、勝手にレインのお菓子を報酬に出した……」
「あ、いいよそれは。作るのは嫌いじゃないから。でも、そんなので本当に良いの?」
「いい。レインはもっと自分の魅力に気付くべき」
「私の?」
咄嗟のこととは言え、了承を得ずレインのお菓子を報酬にしたことを謝ってくるが、帰ってからも作る予定だったのでレインは特に気にしていない。
むしろなぜ自分の作るお菓子をここまで好いてくれるのかが分からない。
が、それでもいままで誰にも食べてもらう事のなかった自作のお菓子をここまで好いてくれるのは嬉しかった。
もっとも、続く自分の魅力に気付くべき、という言葉には首を傾げるしかなかったが。
その後、レインたちは帰還準備を整え帰路につく。
来るときはエグゾアーマーのスラスターなども使い短時間で来れたが、今装備しているのは全員がトランポートアーマー。
移動速度は比べるまでもなく遅くなっている上、戦闘能力も大きく低下している。
幸い一人が簡易ながらも索敵用レーダーを搭載していたため、進むたびにクリアリング。
問題がある場合は上空のフライトアーマーに支援要請をし、ようやくアダンソンのいるポイントまでやってきた。
《攻撃対象はアダンソンだな?》
「はい、ターゲットマーク出すのでお願いします!」
《ターゲット……来た。なんだ、手負いじゃないか》
《ヒューッ、これでレインのお菓子が食えるなら楽なもんだぜ!》
《各員気を抜くな。手負いでもこちらの装備もあれに対応した物じゃない。支援する以上地上部隊に損害を出させるな》
予想通りアダンソンは元の位置に戻っていた。
時間は経過したがまだダメージ修復には至っていないようで、脚が1本欠損。
2本は損傷し力が入らない状態だ。
それでも、トランポートアーマーだけでは機動力の低い逃げ切るのは難しい。
「じゃあレイン、おねがいね」
「え、私が指揮するんですか!?」
「レインが適任。さっきの戦闘がそうだった」
「うん。なんかレインに任せるとうまくいきそうな気がする」
「で、でも……」
「大丈夫、フォローする」
「上空の小隊も待たせちゃってるし、ね?」
「うぅ……分かりました……」
てっきり他のメンバーや上空の小隊が指揮をすると思ったのだが、何故か任されてしまった。
とはいっても、今回の場合やることはほとんどないのだが。
「では、上空の小隊、2名がアダンソンを攻撃。その隙に私達は残りのMPを使って一気に森を駆け抜けますので、残り2名は上空から支援をお願いします」
《了解。アダンソンは俺とお前で引き付けるぞ。お前たちは地上を護衛しろ》
《了解しました》
《イエッサー》
《コピー》
ここまで慎重に来たおかげでMPや弾薬類はほとんど消費していない。
これならばアダンソンをやり過ごした後、森を抜けるまでスラスターを使い続けることも可能だろう。
「始めます!」
《よし、スモーク、撃ち込むぞ!》
《ほら蜘蛛野郎、こっちだ!》
レインの合図により、上空のフライトアーマーが行動を開始。
木々に囲まれアダンソンの姿は見えないが、アイコン表示されている地点へ向けスモークグレネードを撃ち込み、視界を奪う。
同時にもう一人が上空から汎用機関銃で銃撃、アダンソンの注意を引く。
アダンソンもこれに反応。
汎用機関銃の銃弾を浴びながら腰をかがめ下腹部の連結重機関銃を上空へ向けると、対空射撃を開始する。
「今です、駆け抜けて!」
「やったらー!」
「ひえー、まるで映画みたい!」
「迫力満点」
アダンソンの注意が完全に上空へ向かったところでレインたちは行動を開始。
スモークで視界不良となってしまった道を、スラスターを吹かし一気に通過する。
《ミサイル、いくぞ!》
《こちらも続きます!》
「ひえぇぇ!」
「ちょ、近い近い!」
「おおー、間一髪」
汎用機関銃だけでは埒が明かないと、ミサイルも使いアダンソンを攻撃する航空支援部隊。
レインたちは弾着の爆風や飛び散ったアダンソンの破片を浴びながらアダンソンの横を駆け抜ける。
「正面にオーガ、お願いします!」
《任せろ》
「ひいぃ、こっちにもモンスターが!」
《止まるな、こっちで何とかする!》
「こんなの滅茶苦茶だぁ!」
その後もスラスターを使い森の中を激走。
上空からの支援を受けながら、ようやくヘレンの森を抜けたのであった。
胃袋を掴まれたら負け。
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