閑話 レインのミニイベントⅡ
ミッドガルにあるクラングリュプス本部洋館。
普段からクランメンバーや家事勤めのNPC達の出入りがあるため、数多あるクラン本部の中でもひと際賑やかな洋館となっている。
そんな出入りの多いグリュプス本部洋館の調理場に、レイン他3人と、NPCシェフ数人の姿があった。
「すみません、皆さんの仕事場をお借りしてしまって」
「いえ、気にしないでください。オーナーからも皆さまを手伝うよう申し付かっていますので」
「うわ、すごい! こんなデカいオーブンテレビでしか見たことないよ」
「冷蔵庫……すごく、大きいです」
「シェフさん、冷蔵庫お借りしていいですか?」
スイーツコンテスト参加の為、お菓子を作る調理場を貸してほしいとグリュプス飛行隊隊長であるアルディドに打診。
話はアルディドからクラマスであるファルクに伝わり、結果報告などの些細な条件のもと許可が出た。
レインは「そんな大掛かりな物じゃないからランナー協会の調理場で」と言ったのだが、3人に押し切られる形でこうしてクラン本部まで来てしまった。
「ここまでするつもりはなかったんだけど、せっかく貸してくれたんだし、いいかな」
「レイン、シェフさん達が冷蔵庫貸してくれたから、材料はそこに入れておいたよ」
「それで、何作るか決めた?」
「う~ん、それがまだ決まらなくて……」
コンテスト参加は決めているが、肝心の出品作をまだ決めていない。
市場をめぐる間に何かいい案が浮かんでくるかと思ったが、残念ながらピンとくるものもなかった。
結局どうしようかと考えているうちにクラン本部の調理場を借りる話になり、今に至っている。
「レインの好きなお菓子、もしくは得意なやつ」
「よほど難しくなければだいたい作ったことあるし、みんな好きだから選べなくって」
「あ~それは悩むね」
「……まって、今とんでもない発言を聞いた気がするんだけど」
ある意味インドア極まれり。
リアル世界ではコンプレックスの為アスカと一緒でなければ外に出ることがないレイン。
そんな彼女の数少ない趣味である料理の腕は、その方面の知識の薄いアスカをもってして「お店が出せる」と言い放つレベルなのだ。
中でもお菓子作りに関しては特に熱心で、複数購入したお菓子レシピ本を完全網羅。
メジャーな物であればレシピ無しでも作れるレベルになっている。
そんなことをつゆとも知らない3人は、これから作るお菓子談議に花を咲かせる。
「ねぇレイン、フルーツタルトは作れる?」
「うん。今の時期なら柿にブドウ。食感に栗やサツマイモ入れても美味しいかな」
「イモ!? じゃあじゃあ、ポテトパイは!?」
「それも作れるよ。でもスイーツじゃないかも。あ、甘いサツマイモにしてはちみつ入れればスイーツになるかな?」
「旬ならやっぱり栗。モンブランこそ崇高」
「栗だけだと色合いが弱いから、オレンジを添えてみてもいいかも」
3人が出すアイディア全てにレインが「無理」と告げるものは一つもなかった。
むしろそのアイディアをベースにトッピングや改善点を告げ、より美味しそうなものにしてくれる。
それはお菓子作り初心者3人をしても「そりゃそれだけ作れるなら悩むよね」と理解させるには十分なほどだった。
「き、決まらないね……」
「レインのスイーツ案全てが美味しそうな件について」
「リコリス1と言いレインと言い、どういうリアルしてるのよ……」
「ア、アスカと一緒にされるのは心外かなー……」
レインとしては変人と言っても過言ではないアスカと一緒にされるのは不本意である。
しかし、3人から見みればレインの知識は本職のパティシエと区別ができない程の物なのだ。
それを鑑みればアスカもレインも若くしてその道を極めた猛者、もしくは変人である。
「どうしよう。材料もいっぱい買っちゃったから悩んじゃうね」
「でしたら、いっそ全部作ってみてはどうでしょう?」
「えっ?」
どうしようか悩むレインたちに声をかけたのは、この調理場を預かるシェフだった。
クラン本部の調理場はランナー協会の物より広く、冷蔵庫などはより大型のもの。
これはこの洋館が1000人のキャパシティを誇っているからである。
このゲームには空腹度という項目はなく、食事は取らなくてもプレイ上は差支えはない。
NPC達は食事を必要とするが、出勤前に朝食、帰宅後に夕食、お昼も弁当や外食をするため洋館にシェフは必須というわけではない。
それでも、調理場にはフルキャパシティを補えるだけの料理が作れる設備は備えている。
基本的にはランナー協会同様メーカーロゴの入った調理器具が並び、業務用の大型冷蔵庫、ガスコンロなどが設置され、どんな料理でも作ることが可能。
クラングリュプスのクラマスであるファルクも「息抜きやゲーム内の食事、雰囲気を楽しみたいメンバーの為に」とシェフを雇っている。
もっとも、クランメンバー1000人と数十人のNPC使用人を賄えるだけの人員はおらず、あくまで雰囲気づくりの一環としての採用ではあるが。
そんなシェフから出された「全部作ってみる」という提案。
レインは思わず首を傾げてしまう。
シェフはそんなレインから意図を読み取ったのか、説明をしてくれた。
「せっかくですので、思い浮かんだスイーツを全て作ってみて、一番よかったものをコンテストに出品されてはいかがかと」
「でも、さすがにそんな時間は……」
「我々も協力いたします。丁度これからお茶会で使うスイーツを作る予定でしたので」
どうやらシェフ達もこれから丁度お茶菓子などを作る予定だったとの事で、手分けしてレインの考えついたスイーツを作ってくれるという。
コンテストに出品する作品は当然参加者自身が作ったものに限定されるが、試作品であれば問題ない。
結局時間的な都合と全てのスイーツを網羅したい3人との意見が合致。
手分けしてスイーツづくりとなった。
「柿は皮を剥く、種を取り出す……」
「パイ生地は折り曲げて……えっ、これ数回繰り返すの!?」
「栗を茹でて、バニラビーンズ、砂糖、バターに……で、これをこすの?」
「そうそう。ふふっ、みんな上手だね」
「レインさん、そろそろタルトが焼き上がります」
「分かりました。生クリームとフルーツで飾り付けをお願いします」
リアルであれば発酵やかく拌、焼きにかなりの時間を要してしまうが、そこはゲーム。
数十分から数時間かかる工程は一瞬で終了し、次々にスイーツが完成していく。
すると……。
<料理作業を一定時間行いました。スキル【料理Ⅰ】を取得しました>
「なんか生えた」
「あ、私も!」
「なんか料理スキル取得したんだけど」
「しまった、料理スキルの存在忘れてた……」
4人がほぼ同時に【料理】スキルを取得した。
このスキルは名前通り料理をする際に品質向上、時間短縮、オート生産を行う二次生産系スキルだ。
料理をする上では必須レベルのスキルだが、レインはおろか他3人もこの事を失念。
完全なるマニュアル生産でお菓子作りをしていたため、スキルが自然発生したのだ。
いきなり発生したことに一瞬驚いたが、今のお菓子作りには関係ない。
レインたち4人は料理スキルの設定をせず作業を進め、スイーツ作りを続行。
そして……。
「よし、これで最後!」
「壮観」
「どうしよう、こんなにスイーツがたくさん夢みたい……」
「エデンはここにあったのね……」
完成したのは調理場の机に所狭しと並べられたスイーツの数々。
買ってきた旬の果実などをふんだんに使った結果、見てよし、食べてよし、まるで宝石のようなスイーツが完成した。
「それじゃあさっそく試食……」
「レインさん、よければクランの皆さんも試食に参加してもらってはいかがでしょう?」
「あっ、ごめんなさい。シェフの皆さんはお茶菓子作る予定だったんですよね」
「じゃあ私皆を呼んでくるよ!」
「それなら私はメイドさんたちに声かけて、中庭にお茶会会場を用意するね」
スイーツづくりを手伝ってくれたシェフ達は、もともとクランメンバーの為にお茶菓子を作る予定だったのだ。
ならばいっしょにと善意でレインに協力してくれたが、その為にメンバーに出すお茶菓子がないという事態にしてしまうわけにもいかない。
加えて、机から溢れんばかりに並べられたスイーツの量を4人で食べきるのはかなり難しい。
時間も皆がゲームを終了する少し前と丁度良い。
そこでスイーツづくりを終えた3人が本部にいるクランメンバー全員に声をかけ、スペースが確保できる中庭でお茶会の開始となった。
「うわ、このパイサクサクだ! しかも甘い!」
「タルトの上に色鮮やかなフルーツ、スイーツの宝石箱や~!」
「モンブラン甘あぁぁぁい! こんなの食べたことないんだけど!」
「イチジクのプリン、初めて食べたけど美味しいな」
「秋のフルーツサンド? うそでしょ、こんなものがあるなんて……」
本部にはちょうどクエストを終えたメンバーも帰ってきていたためお茶会は大盛況。
誰もが旬のフルーツをふんだんに使ったスイーツに舌鼓を打ち、口いっぱいで味わう甘味に幸せそうな顔をしていた。
「私が作ったタルトがウマすぎる件について」
「初めてスイーツづくりしたけど、こんなに楽しいなんて知らなかったよ」
「うわぁ、自分で作ると美味しさもまた格別! ってレイン、どうしたの?」
「うん……なんか、こういうの初めてで」
初めて作ったスイーツと味に大げさ気味なリアクションを取る3人に対し、レインの反応は静かな物だった。
それもそのはず、レインは今まで作った料理、お菓子を他人に食べてもらうという事がほとんどなかったのだ。
料理をするのも食べるのも好きだが、それを振る舞うのはせいぜい家族かアスカくらい。
ゆえに、こんなに大勢にお菓子を食べてもらい、笑顔にするという事は生まれて初めての経験なのである。
最初はただ食べてもらって感想を聞く程度に思っていたのだが、今では誰もがレインのお菓子を手に取り、笑いながら談笑している。
レインはこの光景に呆気にとられ、ただただ立ち尽くすのみ。
「レインの考えるスイーツやばすぎるもん。そりゃあこうなるって」
「私の……?」
「あ、これ自覚ない奴だ。やっぱりレイン、リコリス1と同類だよ」
「アスカと!? それはちょっと聞き捨てならないよ!」
またもやアスカと同類扱いされたと、プンプンと可愛らしく怒るレイン。
しかし、自分の作ったスイーツを皆が美味しそうに食べてくれる光景にどこか嬉しそうであった。
そうして皆とスイーツの試食をすることしばらく。
ある一角にメンバーが集まっているのに気が付いた。
何かあったのかと気になり、近づいて声をかけてみると……。
「このクッキーですか?」
「あぁ、これものすごく美味しくてさ」
「これもレインが作ったの? お店で買ったものじゃなくて?」
「僕もデスクワークのお供にほしい。特にこのソフトクッキー」
「俺はこのチョコチップバナナ。これ考えた奴天才だろ」
「アーモンドクッキーにシナモン、シリアル、種類も豊富ね」
「うちのシェフも作れないかな? 待機所に常に置いてほしいんだけど」
話を聞くと、どうやらレイン考案のクッキーが大人気のようだった。
クッキーはベースが単純な分アレンジ、自由度が極めて高い。
そこでレインは旬の果物をドライフルーツにし、生地に混ぜ込んだクッキーを作成。
他にもチョコチップ、バナナ、アーモンド、シナモン、シリアルなど、調理場にあった食品を手当たり次第に使用し種類を用意した。
中にはコアなファンも多いソフトクッキーに、生クリームに新鮮なフルーツを混ぜクッキーで挟んだクッキーサンドまで。
これだけ種類が多ければ、どれか一つは好みにヒットするのも当然。
結果、他のスイーツに比べこの一角に人が集中したのだ。
他にも、食べやすくてちょうどいい一口サイズ、ほろりと砕けるクッキーに紅茶がよく合うなど。
あまりに美味しかったのか、中には各隊ごとの部屋に置いてほしいという要望まで。
この皆からの評価を何かしら俯き加減、考えながら聞いていたレイン。
すると意を決したかのように頷くと、視線を上げる。
「レイン、どうしたの?」
「決めた。コンテストはクッキーにするよ」
「おぉー」
「クッキーキタコレ!」
レインの出品作品決定に、大喜びする3人なのであった。
たくさんのいいね、感想、評価、ブックマーク、誤字脱字報告ありがとうございます!
うれしさのあまりフィリピン・シーから発艦してしまいそうです!




