閑話 レインのミニイベントⅠ
ご要望のあったレインのミニイベント編です。
アスカの出番はありません。
全6話構成。
なお閑話は飛ばしても本編進行に差し支えありません。
時は少し遡り、グリュプス飛行隊技能試験とアスカ教導第一回合同飛行訓練を終えた頃。
アスカの友人であるレインはゲームにログインすると、視界に表示された『運営からのお知らせ』に目を通していた。
「ミニイベント実施要項……」
こまかな不具合の修正、軽微な調整の内容が明記されている中、トップに表示されていたのが『ミニイベント開催』。
友人であるアスカであれば、お知らせなどは表示された瞬間すぐに消し、中身を見ることはないだろう。
しかし、レインはこの表示をタップ。
ミニイベント実施要項の細部に目を通す。
「各種コンテスト、アームドビースト競争、いろいろあるんだね」
エグゾアーマーというパワードスーツ、メカを前面に押し出している『Blue Planet Online』。
しかし、開催予定のミニイベントは戦闘や戦闘技能などエグゾアーマーを使用した物の他、生産品の出来を競うコンテストなども多数用意されていた。
そんな中、レインの目に留まったのが……。
「スイーツコンテスト?」
そう、彼女の得意とする料理、それもスイーツのコンテストだ。
幼い時から母親の料理の手伝いを行っていたレイン。
成長しインドア派となった後も料理は彼女の数少ない趣味となっていた。
もちろんそこは女の子。
食事にくわえ、お菓子作りにも余念がない。
もっとも、お菓子を作っても体系のコンプレックスなどから同世代に対し積極的にコミュニケーションが取れなかった為、食べてくれるのは家族とアスカ程度だったが。
「これなら……私でも参加できるかな?」
もともとレインは銃で撃ち合うなどの戦闘にはあまり興味がない。
アスカが楽しそうに話す「空を飛ぶ」という行為と「現実世界と違うアバター」と言う物に魅力を感じ、プレイしてみたいと思ったのだ。
自分の理想とする姿になり、友達であるアスカと大空を飛ぶ。
これならばリアルでは内向的な性格も少しは外向きになるかもしれない、と。
しかし、さすがのレインもアスカほどの飛行好きではない為、プレイ時間全てを飛行に費やす、という事はしていない。
それはアスカも望むところであり、彼女からは「レインの好きにゲームを楽しんでいいからね!」と言われている。
「受け付けはランナー協会、コンテストは2週間後か……うん、日程的にも問題なさそう」
ゲーム内でも料理が出来るとは聞いていたが、まだ試したことはない。
ならば、このコンテストはまさにうってつけだ。
参加を決めたレインは早速行動を開始。
ホームドアからミッドガルへ移動し、そのままランナー協会へ。
ナインステイツマップが解放されたことでかなりのランナーがそちらへ行っている。
それでも第二陣参入によりプレイ人口そのものが増えている為、ランナー協会の人出自体はそれほど変化はないようだ。
人の多さに若干しり込みしてしまいそうになる。
が、今は長身アバターであり他ランナー達のほとんどが自分の目線よりも低く、周りも見渡せるという事で若干の余裕が生まれていた。
周囲を見渡し、コンテスト受付となる総合案内カウンターの列に並び、順番を待つ。
「お待たせいたしました。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「あの、ミニイベント告知にあったスイーツコンテストに参加したいのですが……」
「スイーツコンテストですね。視界に表示される参加申し込みウィンドウをお読みの上、参加するアイコンをタップしてください」
「あ、これですね」
「はい、応募完了いたしました。ご参加ありがとうございます」
これでいいのかと思うほどあっさり申し込みが終了したが、この参加申し込みウィンドウはランナー協会の総合受付カウンターに来ないと出現しない。
これはランナーのメニュー画面から参加応募出来るようにすると発生するであろう操作間違いや冷やかし、いたずらなどでの応募を防ぐための処置。
参加申し込み自体はものすごく簡単であり、目の前に現れた参加申し込みウィンドウの参加するアイコンをタップするだけだ。
ウィンドウにはコンテストのルールや日時、場所なども記されているが、これらはレインが見たミニイベント実施要項に記載されていたものと同じ。
「調理場を借りたいんですけど、空いてますか?」
「はい、今の時間でしたら当店の他どの支店でも空きがございます。どこかご希望はありますか?」
「だったら……ここの調理場をお願いします」
「かしこまりました。レイン様の調理場は2階、2101号室になります。案内は必要でしょうか?」
「いいえ、大丈夫。ありがとうございます」
コンテストに参加申し込みしても、料理をする場所が無くては話にならない。
ゲーム内において調理場を用意する方法はいくつかあり、クエストなどを進めて仲良くなったNPCから借りる、ホームに調理場を増設する、そして一番お手軽なのがランナー協会の調理場を借りる、と言う物だ。
レインはゲームマニュアルからランナー協会で調理場を借りれる事を知っていたため、一番コストがかからないこの方法を選択した。
受付嬢に言われた通り2階に上がる。
ランナー協会の2階以上は空間詐欺になっており、外見からは想像できないほどに広く、部屋数が多い。
レインは部屋番号案内に従い、レンタルした2101号室のドアを開けた。
「うわぁ、綺麗なキッチン!」
『調理場』というだけにイメージでは窓もなく閉鎖的な空間にシンクの調理台や器具が並んでいるだけだと思っていた。
だが、実際には大きな窓があり、白を基調とした綺麗な部屋に綺麗なシンクのキッチン。
そして大容量の冷蔵庫にオーブン、大小さまざまな鍋類など、どんな料理でも出来そうなほど調理器具も揃っている。
この想定外にレインも思わず声を上げ、キッチンに駆け寄ると落ち着きなく調理器具を見て回る。
「コンロも業務用のものが4つ、オーブンも2つ。これは凄いね、何でも作れちゃうよ」
見れば見るほど感嘆するばかり。
それもそのはず、てっきり家庭用キッチンだと思ってた調理場はなんと業務用の物をそろえた、飲食店クラスの器具をそろえていたのだ。
「というかこれ……あ、やっぱり。有名な調理器具メーカーのロゴが入ってる。あ、こっちも」
『調理場の器具はメーカー協賛によりリアルと同じの物を用意しています』
「こっちは海外ブランド? うわぁちょっと引くぐらい本気なんだね」
レインの持つ支援AIカーラによると、ここにあるものすべての器具は各メーカーが持つ3Dデモ機のデータを流用。
さすがに最新機器というわけではないが、現実世界と同じ性能で調理ができるため有名メーカーの調理器具の試用ができるのだ。
「そうなんだ。うん、現実世界だとこれだけ揃えるのにはいくらかかるか分からないから、これはすごくいいね」
企業としてもここで商品の宣伝をすると同時に使い勝手を試してもらい、現実世界で購入してもらえれば売上げに繋がると見込んでいる。
実際、この手の調理器具は試用することが極めて難しく、業務用などは一般庶民では使う事すら稀だろう。
そうして調理器具を確認することしばらく。
保管場所が分からない物はカーラに教えてもらい、お菓子作りに必要な機材を調理台に用意する。
「よし、取り合えずこれだけあればお菓子は作れるね。あとは材料。ここには小麦粉すらないみたいだし」
『レンタル調理場は長期契約も可能ですが、基本的には機材のみの貸し出しになります』
「それで材料は置いてないんだね。じゃあちょっと買いに行こうか」
器具があっても材料がなくては料理は出来ない。
さっそくレインは調理場を後にし、ミッドガル市街へと赴いた。
「う~ん、コンテストに出すのは何にしようかな。ケーキ、プリン……モンブランなんて言うのもありかな」
レインがまず向かったのは商店街の様な軒先がオープンになっている青果市場だ。
ゲーム内は実りの秋であり、桃やブドウ、リンゴ、柿に加え、栗なども置いてありラインナップは豊富。
興味本位で漠然としながらコンテスト参加を決めただけに、何を作ろうか迷ってしまうレイン。
そのままいろいろな店先で腕を組み考え込んでいると聞きなれた声が聞こえてきた。
「あれ、レインだ」
「あ、本当だ。どうしたの、こんなところで」
「みんな?」
そこにいたのはクラングリュプスで仲良くなった3人の女性ランナー達だった。
彼女たちと仲良くなったきっかけは先のクラングリュプス結成祝賀会。
クランメンバーがほぼ集結した祝賀会での食べ物はビュッフェ形式。
スイーツを取ろうとスイーツコーナーへ向かい、そこで出合ったのが彼女達3人。
最初はアスカ、リコリス1のフレンドという事で声をかけられたレイン。
いきなりだった為腰が引けてしまうが、リーダー格の子の押しが強くそのまま会話を続け、気が付くとスイーツの話になっていた。
どうやら3人ともグリュプス飛行隊のメンバーで、スイーツ好きの集まり。
リアルでは中々手が出ないであろう高級ビュッフェのスイーツが思う存分食べれると、品定めしていたらしい。
目移りしてしまうほど美味しそうなスイーツだが、あいにく3人には使っている果物や名前が分からなかった。
だが、そこは料理が得意なレイン。
使っている果物もスイーツの名前も見ただけで判断できた。
これをきっかけとしてレインと3人は仲良くなり、アスカとヴァイパーチームのエキシビションマッチでは一緒に屋台を回るほどになっていた。
そんな3人とたまたま市場で出合ったレイン。
お互いに首を傾げ、どうしてここにいるのかと不思議そうな表情をしていた。
「私達は果物を買おうと思って」
「秋は美味しい果物が多い。桃とか桃とか桃とか」
「それだけじゃないでしょ……レインは?」
「私はスイーツコンテストに参加するから、材料を買いに」
何気なく発した一言だったが、レインの言葉を聞いた瞬間、三人の目の色が明確に変わる。
「レインが?」
「スイーツコンテストに?」
「参加?」
「う、うん……。どうしたのみんな、目が怖いよ?」
彼女達はレインがリアルで料理をし、お菓子作りをする事を知っている。
そんな3人がレインの作るスイーツが気にならない訳がなく……。
「「「手伝わせて!」」」
「え、えぇっ?」
知識豊富なレインが作るコンテスト用スイーツならば、市販品より美味しくなるであろうことは確実。
スイーツ大好き3人組がこれを逃す手など存在しない。
3人はアイコンタクトでレインを手伝い、試食という名のつまみ食いをする事で一致。
あわよくば試作の先、完成品のおこぼれにも預かろうと目を輝かせていた。
「荷物持ちでも何でもするから!」
「泡立てならまかせろ」
「なら、私はえーっと、えーっと……皮むきする!」
「あ、あはは……じゃあお願いしようかな?」
自分一人ですべて賄えない訳ではないが、こうして熱心に頼み込んでくる友人を無下にすることも出来ない。
レインは苦笑いを浮かべながら3人からの申し出を受け入れ、再度4人で材料集めを再開。
その中でコンテストに出すスイーツをまだ決めていない事、ランナー協会の調理場を借りている事を3人に説明した。
「う~ん、コンテスト用スイーツかぁ。ジャンルフリーだから、悩むよね」
「ケーキ、スフレ、パンケーキ……タルトも美味しそうな件について」
「とりあえず予算が許す限り買ってみようよ」
スイーツ好きの3人もコンテスト用となると、どんなスイーツが良いのかは簡単には思い浮かばない。
とりあえずこれと思う果物を手当たり次第に購入し、試作品をいくつか作るという事で落ち着いた。
「ところでレイン、調理場なんだけど、グリュプス本部の物を使ったら?」
「あの洋館の? 調理場なんてあったんだ」
「腐ってもトップクラン本部。一通りの設備はそろってる」
「うん、それが良いよ。ランナー協会の調理場もレンタル料かかっちゃうし、本部なら失敗作の処分も楽だよ!」
「しょ、処分はちょっと……」
「じゃあ私クラン本部の調理場の使用許可貰ってくる!」
こうして、ひっそりと始まったはずのレインのスイーツコンテストは大掛かりなものになっていくのであった。
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うれしさのあまりヴァリー・フォージから発艦してしまいそうです!




