29 ACESⅠ
アスカが狙いを定めトリガーを引いた対物ライフルバレットM82。
絞り切られたトリガーがリンクしている撃針をリリース。
解放された撃針がスプリングに押し出され銃弾の雷管を叩き、薬莢内部の火薬に引火、爆発的に燃焼する。
この燃焼により発生した高圧の燃焼ガスが弾丸を押し出し、ライフリング加工が施された銃身で回転しながらさらに加速。
強烈な発砲音と共に撃ち出された。
本来狙撃するのであればサプレッサーなどを使用するが、今回アスカは使用していない。
それは放たれた弾丸は音速をはるかに超えており、発砲音が届くころにはすでに命中しているからだ。
さらに、今回使用しているのは高価格ながら通常よりもはるかに貫通力のある硬芯徹甲弾。
弾芯に希少金属、火薬にも燃焼効率を上げるためガンパウダーにマジックパウダーをブレンドした特注品。
結果、放たれた弾丸は通常弾よりも速く、発砲音を完全に置き去りにし……。
「ギャオオォォォォォ!」
見事、飛竜の頭部を捉えることに成功した。
「よし、命中!」
『飛竜にクリティカルヒット。戦闘態勢です』
「激おこだね、もう一撃!」
飛竜からしてみれば安眠していたところにぶち込まれるという寝起きドッキリ状態。
これで怒るなという方が無理である。
もっとも、アスカからしてもエイシーズ飛竜からは幾度となく理不尽極まりない奇襲を受けているため同情心などさらさらない。
射撃の反動で崩れた姿勢をすぐさま立て直し、再度狙いを付ける。
「第二射、胴体!」
『第二射、命中。飛竜、飛翔しました』
「次、もう一回胴体!」
『第三射、躱されました』
バレットM82はセミオートであるため、手動での弾丸装填、薬莢排出動作は不要。
そのためすぐに第二射、第三射と連射することが可能だ。
しかし、起床し動き始めた飛竜の頭部をこの距離から狙う事はアスカにとって難しく、狙いを胴体へと変更。
ヘッドアーマーの照準と高貫通弾の弾速に助けられ二射目は命中したが、三射目を撃つ時には飛竜はアスカを迎撃するべく飛び立っており回避されてしまう。
外れた弾丸が地面に弾着。
大口径ライフルらしく地面を大きくえぐり取った。
飛竜は弾着で発生した土煙を背に標的をアスカに定め、上昇。
一直線に向かってくる。
「よし、ライフルはここまでだね。飛竜、勝負!」
「ゴアアアァァァァァ!」
すでに両者の距離は1000mを切っている。
この距離では取り回しの悪い対物ライフルを命中させるのは難しいと、アスカは狙撃を終了。
狙撃用のヘッドアーマーを外し、対物ライフルと共に空中に投げ捨てる。
続けて背部ウェポンラックに付けていたピエリスとエルジアエを両手に装備。
フライトユニットに火を入れ、増槽及びレーダー類を切り離す。
『飛竜、HP70%』
「先手は十分、今日こそやるよ!」
いままで幾度となく繰り返してきた飛竜とのドッグファイト。
翼の角度を変えられないアスカに対し、自由自在に翼を操れる飛竜。
これだけならば飛竜が圧倒的に有利だが、今回はアスカも負けていない。
「キシャアアァァァァ!」
『注意、後方に飛竜。七時方向』
「クイックループ、させないよ!」
「グオオォォォォ!」
『飛竜口内に高魔力反応、パターン赤』
「火球弾! スナップロール、オーバーシュートさせてやる!」
ここまで完全に後手に回っていた飛竜相手に互角に戦うアスカ。
その秘密はフライトユニットに追加された補助スラスターだ。
今回、アスカは補助ブースターは装備していない。
これは飛竜との戦闘時間が長時間になる可能性が高く、ブースターが魔力切れを起こす可能性が高い事。
そして推力偏向機能を持つメラーラマーク35と飛竜が放つ【ホーミングレイ】の相性が最悪であるためだ。
一発のダメージは低いが高い誘導性能を持つ光線を大量に放つ【ホーミングレイ】に対し、たった一発の被弾で大爆発を起こすメラーラマーク35は危険すぎて使用できない。
トゥプクスアラのフライトユニットを推力偏向にとも考えたが、単発機であるトゥプクスアラには劇的な効果が見込めない。
そこでたどり着いたのが姿勢制御スラスター。
補助ブースターほど劇的な効果は見込めないが、機動力強化を考えればこれ以上の策はない。
仲間達と協議し、考え抜いた到達点。
それは確実な成果となって現れ始める。
『飛竜右翼にダメージ蓄積。機動力低下しています』
「よし、作戦通り!」
アスカはドッグファイトを始めてから狙いを右の翼に集中させていた。
メインウェポンであるピエリス、エルジアエ。
ピエリスには対物ライフル同様高貫通弾を使用し火力を底上げ。
レイ火器であるエルジアエに高貫通弾は使用出来ないが、アップデートしたことでダメージはしっかり稼げるようになっていた。
結果、飛竜の右翼は所々に穴が開き、羽ばたきの回数が増え、ふらふらと不安定に飛行する姿からは明らかに飛びにくそうにしているのが見て取れる。
アスカと互角だった機動力もワンテンポ遅れだし、次第に追従する事すら難しくなり始めているのだ。
こうなれば戦況は一気にアスカに傾く。
扱いやすいピエリス、効果こそ今一つだか射程の長いエルジアエ、そして誘導性能を持つ空対空ミサイル。
今までの戦闘とは打って変わり飛竜のHPを確実に削ってゆく。
『飛竜、HP58%』
「このままいけば……勝てる!」
『注意、飛竜口内に高魔力反応。パターン白』
「【ホーミングレイ】か!」
次第に苦境に陥ってゆく飛竜が放つ起死回生の一撃。
が、これもすでに対策済み。
『飛竜、魔力臨界。敵攻撃、来ます』
「今だ、フレア!」
飛竜が大口を開け、大量の光線【ホーミングレイ】を放つ。
同時にアスカから撃ち出される大量の光弾。
光弾は強い魔力反応を放ち、燃焼で発生した煙がアスカのフライトユニットが起こす翼端渦で巻き上げられ天使の翼を作りだす。
アスカのフライトユニットよりも強い魔力反応を放つフレアに【ホーミングレイ】が誘引され、明後日の方向へ飛んで行く。
しかし、さすがに放たれた光線の数が多く、全てを躱すことはできなかった。
『右主翼、左脚部被弾。損傷軽微、飛行に支障ありません。残りHP84%』
「まだまだぁ!」
「ガオオォォォォォ!」
それでも、数発の被弾であれば耐久を強化したトゥプクスアラなら耐えられる。
飛竜必殺の一撃をやり過ごし、ミサイルを放ちさらに接近。
エルジアエのチャージショットを胴体に打ち込み、すれ違いざまにピエリスのグレネードを放つ。
飛竜の機動力が限界まで落ちた事を見極め、翼狙いから胴体、HPを削る攻撃へと移行したのだ。
飛竜も必死に火球弾、噛みつき、きりさき、尻尾とアスカを狙うが、空を駆けるアスカを捉えられない。
『ミサイル命中。飛竜、HP28%』
「終盤だね!」
アスカの放ったミサイルが飛竜に命中。
ついにエイシーズ飛竜のHPを3割以下にまで削ることに成功した。
アスカはここまで幾度となくエイシーズ飛竜と戦ってきたが、この3割を切ってからは勝負にすらならなかった。
そんなアスカの警戒を他所に、飛竜の体に光が走り始め、目が赤く妖しく光り出す。
「ギュオオォォォ!」
『飛竜、口内に高魔力反応。パターン白』
「フレアレディ! そう簡単にはやらせないよ!」
右翼を集中攻撃されたことで機動力低下していた飛竜だが、状態変化したことで通常状態よりも少し上のレベルまで復帰。
万全というわけではないが、これでアスカのアドバンテージはなくなった。
そこへ畳みかけるかのように放たれる【ホーミングレイ】。
アスカはこれを再度フレアで躱し、ピエリス、エルジアエとミサイルによる攻撃を加える。
しかし。
『ミサイル、躱されました。エルジアエ、連射モードではダメージを与えられません』
「ちっ、抜けないか」
復活した機動力の前にミサイルは躱され、もともと耐性のあったレイ攻撃のエルジアエは飛竜の鱗を貫通出来ず表皮で弾かれている。
ピエリスの高貫通弾でも通りが悪くなっており、それまでの有利な状況が霧散。
一転不利な状況へと追い込まれてしまった。
だが、アスカの表情に焦りの色はない。
「アイビス、あれをやるよ!」
『レディ』
「いくよ飛竜、ついてこい!」
「キシャアアァァァ!」
意を決したアスカはそれまでのドッグファイト機動から一転。
旋回機動を終了し、姿勢制御スラスターの推力も使い上昇を開始する。
飛竜はもちろん追従。
回復した機動力の下アスカの背後に食いつき追いすがる。
アスカも後方の飛竜へピエリスと単発のエルジアエで攻撃。
飛竜はこの攻撃を完全無視。
HPは減っているが致命傷にはならないと判断し、被弾を気にせずさらに加速。
火球弾を放ちつつアスカを仕留めるべく執拗に狙う。
「もう少し、もう少し……!」
『注意、飛竜口内に高魔力反応。パターン白』
「ヤバい! フレア、急いで!」
フレアは魔力ではなく実弾を使用する欺瞞装置であり、残弾が存在する。
トゥプクスアラに搭載されたフレアの弾数は3回分。
つまり、これが最後のフレアによる回避になる。
「グオオォォォ!」
「フレア! 間に合えぇぇ!」
アスカが襲い掛かる【ホーミングレイ】を躱すためにフレアをまき散らしながら飛び込んだ先。
それはナインステイツの空に覆いかぶさった分厚い雲だ。
戦闘開始直後はまだ薄暗かった空も今ではすっかり日が昇っているが、分厚い雲の中に飛び込めば姿は確認できなくなる。
フレアに誘引されなかった【ホーミングレイ】が数本アスカを追い雲の中へ。
飛竜は雲を嫌ったのか方向転換、薄暗い雲の下を旋回。
その姿はまるで巣に逃げ込んだ獲物が出てくるのを待つ捕食者のように不気味な物だった。
そのまま旋回する事しばらく。
しびれを切らしたかのようにアスカが雲の中から勢いよく飛び出した。
アスカはピエリスとエルジアエを飛竜へ向け連射しつつ急降下。
一気に速度を稼ぐ。
飛竜もこれに続き降下を開始。
翼を折りたたみ猛禽類が獲物へ襲い掛かるかの如く強襲する。
アスカも降下しながらシザーズを行いつつ後方射撃。
だが、飛竜はこれを無視。
被弾と跳弾エフェクトを撒き散らしながらアスカへ突撃。
両足を前に出すと、鋭い爪で逃げるアスカを掴み取った。
「グルル…………!」
『…………』
「グオォ!?」
不意打ちをしてくるような不届きな輩を仕留めたと、悦に浸る飛竜。
ところが、あろうことか捕まえた獲物までもが不敵な笑みを浮かべていたのだ。
命潰える際にある敵が笑うという状況に困惑する飛竜だが、そのまま爪を押し込みアーマーを破壊。
敵は不気味な笑いを残したまま光の粒子となって消滅した。
飛竜が勝ったと思った、その瞬間。
「飛竜、覚悟ぉーーーっ!」
「キシャアアァァァ!?」
飛竜直上の雲から突如としてアスカが飛び出し、飛竜へ襲い掛かったのだった。
次回ミニイベント編最終話。
この話の冒頭部分がPVコミックのシーンになります。
まだ見ていないと言う方は是非こちらから。
https://twitter.com/fio_alnado/status/1496327705599840256
用語解説
クイックループ
推力偏向ノズル及び姿勢制御スラスターを使用した半径の小さいループ機動。
現実世界にはマニューバとして存在しないが、通常のループとの書き分けの為に使用。
スナップロール
急激なピッチアップとラダー操作により片翼を故意失速させ急速度のバレルロールの様な機動を描く戦闘機動。
強烈なGが派生するとともに速度を大きく損なうため現代では使用されない。
オーバーシュート
前方にいた機体を追い越してしまう事。
航空戦において相手の背後が絶対的優位ポジションであるが、追い越してしまうと一瞬にして攻守が入れ替わるため非常に危険。
逆に、背後に付かれた時に相手をオーバーシュートさせればピンチが一転。敵機撃墜のチャンスとなる。
シザーズ
左右に機体を振ってジグザグに飛行する回避機動。
たくさんのいいね、感想、評価、ブックマーク、誤字脱字報告本当にありがとうございます!
嬉しさのあまりレイク・シャンプレインから発艦してしまいそうです!




