28 出撃
ミニイベント開催最終日、リアル時間14時。
ゲーム内では丁度夜時間から夜明け時間に変わるタイミング。
通常マップでは満天の星空だが、ここナインステイツでは星々と月が雲に遮られ、かなり薄暗くなっている。
そんなナインステイツにある開拓村の郊外に、アスカ他大勢のランナー達の姿があった。
「アスカちゃん、忘れ物はないかしら?」
「はい、ロビンさん。何度も確認しました、大丈夫です!」
「先手を取れるタイミングが分かって良かったわ。奇襲できなかったら勝負はこっちが不利だったし」
「ありがとうヴァイパー2。絶対勝ってくるからね」
「頑張ってくださいアスカさん、みんなで応援してます!」
「うちらが頑張って集めた素材を使ったエグゾアーマーやけん、絶対勝てるっちゃん!」
「協力してくれて本当にありがとうメラーナ、ホロ。皆の分まで頑張ってくるね!」
「狙撃の基本、忘れないでよ?」
「キスカ教官、ご指導、ご鞭撻、ありがとうございました!」
「リコリス1、頑張ってください!」
「私達も見守ってます!」
「リコリス1なら絶対にやれますよ!」
「僕たちが保証します!」
「みんな……うん、精一杯戦ってくるよ!」
そう、皆はこれから飛竜へ決戦を挑むアスカの出撃を見送るために集まっているのだ。
そこにはロビンやメラーナ、ホロと言ったアスカのフレンドに加え、クラングリュプスのメンバー達が集結。
皆がそれぞれにアスカへ声をかける中、ファルクやアルバ、アルディドらは言葉をかけることはなく、視線をアスカへ向けるのみ。
アスカがファルク達の視線に気が付くと、彼らは激励とばかりに深く頷き、アスカもこれに会釈で返す。
「アスカ、時間だよ」
「分かった、レイン。じゃあみんな、そろそろ行くね」
「気を付けて」
「グッドラック、リコリス1」
「ご武運を!」
皆と挨拶を済ませエグゾアーマーを装備しているレインの下へ歩み寄る。
レインが装備しているのは貨物型フライトアーマーTierⅡC-75の発展であるTierⅢパイロット。
レインもアスカに習いいろいろなフライトアーマーを試したが、高機動飛行があまりうまくいかず、むしろ貨物型の様なゆっくりとしたものの方が性に合っていたのだ。
今回はアスカのサポートと戦闘のライブ中継を行うため同行する手はずになっている。
そんなレインのすぐ横にまで歩を進めたアスカ。
正面にあるのは1キロ近くある平坦な直線だ。
これはフライトアーマー使用者が増えた事で臨時に設置された滑走路。
Tierが上がるに比例し難しくなる離着陸での横転事故を減らすため、全ランナー共用という形で作られている。
アスカはレインと顔を見合わせ、まだ暗く先が見えない滑走路の先に視線を置き、深呼吸。
「よし、エグゾアーマー装着!」
意を決して放ったアスカの言葉に呼応し、足元に魔法陣が出現。
体の各部位にエグゾアーマーのシルエットが表示され、実体化してゆく。
アスカが装備するのはもちろんフライトアーマーTierⅣトゥプクスアラ。
しかし、細部は対飛竜用にカスタマイズされている。
燃料食いなジェットエンジンでの連続飛行時間を伸ばすため飛雲同様コンフォーマルフューエルタンクを採用。
機動力を落とさない範囲での追加装甲、飛竜を捉えるための高性能レーダー。
主翼ではなく背面フライトユニットに接続された増槽。
主翼下にはもはや定番火器となった魔導誘導式空対空ミサイル2基。
そして何よりの特徴は長距離狙撃を可能とするためのヘッドアーマーだ。
これは望遠レンズとモニター、照準器をワンセットにしたものであり、純正のトゥプクスアラにはついていない特注品。
手に持つのはバレットM82対物ライフル。
飛竜の装甲に対し通常の狙撃銃では威力が足りない為、対物ライフルを使用する。
弾丸はもちろん高威力を誇る高貫通弾だ。
「うん、バッチリねアスカちゃん」
「ロビンさん?」
「ちょっと時間があったから、滑走路に細工をね」
「えっ……うわぁ、すごいです!」
いつの間にか近くまで来ていたロビンがなにかしらのメニュー操作を行った。
すると、それまで真っ暗だった滑走路になんと光が灯ったのだ。
それは現実の滑走路同様幅を示すもの、中心を示すもの、航空機の進入を補助する物などさまざま。
その様子は闇に浮かんだ光の道。
「私がしてあげられるのはここまでよ」
「ありがとうございます、ロビンさん!」
「ふふ、いいのよ。思う存分暴れていらっしゃい」
「はい!」
最後にロビンに見送られ、レインとアスカは滑走路上へと進む。
各種航空灯も点灯させ、エンジンを始動。
近距離でも会話が難しくなる爆音が周囲に響き渡った。
《それじゃあアスカ、先に飛ぶね!》
「うん、また空で!」
先に飛ぶのはレイン。
全体的に大型でありながらレシプロエンジンであるため、トゥプクスアラよりも長い滑走距離が必要となるのだ。
レシプロエンジン特有の排気音を響かせレインが離陸。
レインの姿は闇に消えるが、航空灯がその位置を知らせてくれる。
フライトアーマーTierⅢパイロットが放つ光が地上から空へと舞い上がり、十分な高度まで到達したところでいよいよアスカの離陸となる。
《進路クリア。リコリス1、you're cleared for takeoff》
「リコリス1、行きます!」
通信から聞こえるロビンの発進指示に答え、アスカが離陸を開始。
エンジンをフルスロットル。
アスファルトで固めてはいないながらもしっかりと整地された滑走路を、アスカはナビゲーションが示す光の道の真ん中を駆け抜け、大空へと舞い上がる。
《頑張って来いよ!》
《吉報を待ってます!》
《リコリス1、負けないで!》
《リコリス1なら絶対勝てます!》
皆の声援に両翼を振って答えた後、アスカは上空でレインと合流。
一路飛竜がいる場所へと飛行していった。
―――――――――――――――――――――――
《予測地点まであと50km。そっちはどう、アスカ》
「うん、問題ないよ! 万事順調、オールオッケー!」
ナインステイツ開拓村から離陸してしばらく。
太陽はまだ顔を見せていないが、東の地平線が少しづつ明るくなり、夜が明け始める。
真っ暗でフライトアーマーの航空灯のみが頼りだったレインの姿も、わずかに差し込む朝日に照らされ、その姿をしっかりと視認出来ていた。
もちろんそれはレインにとっても同じこと。
機体を傾け、横目でアスカを視認、緊張していないか声をかける。
飛竜に奇襲をかけられるのは1日のうちで夜明けとなるこのタイミングのみ。
今日がミニイベント最終日であるため、実質今回が飛竜に先手を取れる最初で最後のチャンスだ。
これを逃しても飛竜との戦闘は可能だが、先手が取れない為勝率は大きく下がる。
完全な一発勝負。
レインであっても緊張してしまうシチュエーションだが、アスカの声からは緊張など感じない。
《アスカ、楽しそうだね?》
「もちろん! 皆がこれだけお膳立てしてくれたんだもの、勝てるに決まってるよ」
皆から声援を受けたアスカはプレッシャーを感じるどころか気合十分。
ヘッドアーマーを装着している為表情は分からないが、口調からして笑っているに違いないだろう。
レインはアスカらしいね、とクスリと笑みをこぼし、機体を水平状態にもどし前方へと視線を戻す。
『作戦開始ポイントまであと120秒です』
「了解アイビス。先導ありがとうレイン、ここまででいいよ」
《うん、気を付けてねアスカ》
「絶対勝ってくるから、待っててね」
アスカはレインと最後の通信を行った後、エンジンの出力を上げ増速。
レインを追い越し、目標ポイントへと加速する。
加速してゆくアスカを見送った後、レインも増速。
戦闘予測地点へと向かう。
難易度エイシーズはソロ戦闘であるため、レインは参加できない。
彼女がアスカと一緒にここまで来ているのは観戦者として参加し、クラン本拠地にいる仲間達へアスカの戦闘をライブ中継するため。
その為レインのフライトアーマーには数個のカメラが増設されている。
メニューを開き、支援AIカーラに指示を受けながらカメラを起動。
ライブ中継を開始した。
『現在高度1500m速度750km/h』
「十分だね。アイビス、飛竜は?」
『まだ確認でき……いえ、感知しました。ターゲット、前方12000m』
「よし、報告通り!」
前方遥か彼方にいる飛竜。
だが、その様子はいつもと全く違っていた。
普段は絶えず飛行し、動き回っているのに対し、今飛竜がいるのは眼下に広がる山岳の中腹。
それも着地しており、動く様子もない。
そう、飛竜は今寝ているのだ。
「慣性飛行へ移行、ヘッドアーマー起動、最大望遠、ライフル照準!」
『エンジン出力全カット。望遠カメラ、光学照準器セット。敵有効射程まであと45秒』
最初に飛竜が寝ていると分かったのは、夜間にクエストを受領した際に受付嬢が教えてくれる位置情報がすべて同じだった為。
若干の位置は違えど、これらはすべてナインステイツ南方の山岳地帯であり、飛竜の様な飛行できるモンスターが翼を休めるにはうってつけの場所だったのだ。
これなら先手が取れるのでは? と飛行隊メンバー達がこぞってこの時間にクエストを受領し、飛竜に挑戦した。
だが、いざ飛んでみると飛竜は既に臨戦態勢。
普段よりは地表近くの低高度を飛んではいるのだが、すでにこちらを認識。
敵意剥き出しで迫ってきたのである。
これは一体どういうことかと調べた結果、飛竜の索敵能力がすさまじく、エンジンを掛けていると10km離れていても目を覚まし、エンジンを切っていても1000mまで近付くと気配を察知、戦闘状態へと移行する事が判明した。
逆に言えば10km以上離れた位置から飛竜を見つけエンジンを停止させ、滑空で1000mまでなら近づける。
そこでアスカ達は前方15kmの探知能力を持つレーダーを用意。
飛竜の索敵範囲外からエンジンを停止させた無音飛行で対物ライフルの射程1500mまで接近する作戦を立てたのだ。
当然前方15kmなどと言うとんでもないレーダーは市販されておらず、クランから協力者を募り希少素材を用意。
エグゾアーマー2、3体分という資金を投入しロビンが開発した。
アスカはそんな飛行隊メンバーと採取メンバー、そしてレーダーを用意してくれたロビンに報いるべく、対物ライフルバレットM82を構える。
「すぅ、はぁ……深呼吸して、落ち着いて……」
夜明けながらもまだ薄暗い曇り空を、音もなく滑空するアスカ。
キスカに訓練してもらった狙撃のコツを踏襲し、ヘッドアーマー照準器越しに飛竜を見据える。
狙いは岩肌で翼を休めている飛竜、その頭部。
「トリガーは優しく、絞るように押し込む……距離は1500m、風向き、気温、湿度、速度……弾道を予測して……」
不安定な空中で射撃姿勢を取り、集中。
アイビスも集中を途切れさせまいと黙し、飛竜との距離がヘッドアーマーの視界の端に表示される。
……そして。
「ここ!」
弾道に関係する事象をすべて読み切ったアスカが、トリガーを絞り切る。
それはまさしく飛竜との最終決戦を告げる号砲であった。
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うれしさのあまりシャングラから発艦してしまいそうです!




