26 お茶会Ⅰ
通常マップ、東のラクト村にあるアスカの畑。
秋には一面色取りどりの彼岸花畑だったが、季節が冬となったことで花が終わり、緑の葉が生い茂る緑の絨毯へと様変わりしていた。
彼岸花は秋に茎を伸ばし花を咲かせ、終わると葉を生やすという特徴を持ち、花と葉が同時に咲くことがない。
このことから『親知らず子知らず』『葉見ず花見ず』という異名を持ち、『再開』などの花言葉を持つ。
もっとも、鮮やかすぎる赤い花弁、花を咲かせるのが彼岸の時期、墓地やあぜ道によく植えられていたという事情から『火事花』『死人花』『葬式花』と言った不吉極まりない別名も多いのだが。
そんな一面緑の絨毯となったアスカの畑の片隅。
周辺にはうっすらと雪も積もっている状況下で屋外にテーブルを広げ、お茶会を開くたくましい女子たちの姿があった。
「今日のお茶はダージリンだよ! 良い茶葉が入ったの!」
「アスカ、お菓子はここで良い?」
「あっ、私もお手伝いします!」
「うちも! 人数が多かけん、お菓子は小分けした方がよかね」
「にゃ~このお茶もお菓子もお店で売れるレベルだにぃ」
「ふふ、いつも悪いわね、アスカちゃん」
「このお茶とお菓子が食べられるだけで通う価値があるわね」
「キスカ、貴女ももうちょっと女子力を磨いたら?」
「万年トカゲ姿の貴方にだけは言われたくない言葉だわ」
お茶会の参加者は畑の持ち主であり主催であるアスカとその親友レイン。
ゲーム内で知り合ったメラーナ、ホロ、フラン、ロビン、キスカ、ヴァイパー2といった身内のみだ。
「えっと、ボクはお手伝いしなくていいの?」
「うん! ハルちゃんはずっとここにいていいんだよ!」
「……なの」
畑のサポートキャラであるコロポックルのハルはレインの膝の上。
冬の間も魔力草に加えスイセンやスノードロップ、デンドロビウムと言った冬に咲く花、果物ではイチゴも育てているが今日はその世話もすでに終えている。
そのため帰る時間まで一緒にお茶をする事になったのだが、彼が座っているのはここ最近は定位置となっているレインの膝の上。
もちろん、これはハルの意思ではなくレインたっての希望である。
このお茶会も基本的には不定期開催であり都合の空いた者のみ参加だが、今回は都合よく全員参加となったのだ。
「おぉ~このダージリンいい香りだにゃ~」
「そうでしょ! この茶葉は特によくできたってマギ婆ちゃんも言ってたんだから!」
「あ、クッキーも美味しい……この風味、レモン入ってるんですか?」
「うん。旬の果物だし、隠し味に入れてみたの」
「うわぁ、このマドレーヌもふわふわしててうまかー!」
「このカップも綺麗ね。リアルでも欲しくなっちゃうわ」
「あ~ほんと美味しい。現実でもこんなお茶が飲みたいわ」
「あなたいつもペットボトルだものね」
「……それは言わないでヴァイパー2。悲しくなるから」
この茶葉は西のトティス村にあるアスカ御用達の薬屋にいるマギ婆ちゃんから購入した物だ。
故に現実世界に同じものはないが、もしあったとすればかなりの高級茶葉であろうことは想像に難しくない。
そしてお菓子作りが得意でコンテストでも上位入賞するレインが希少素材を使い作り上げたお茶請けの数々。
これで美味しくないと言う者が居れば味覚異常を疑うレベルだろう。
いつものように和気あいあいと穏やかな雰囲気でお茶会も進み、話題も茶葉、お菓子、クランの状況、プレイ状況、恋バナなど尽きることなく湧いてくる。
そんな中。
「それで、アスカの方はどう?」
「キスカ、どうって?」
「エイシーズの飛竜。討伐したって話はまだ聞いてないけど」
「あぁ、それね……」
キスカから何気なしにエイシーズ飛竜討伐の進展を聞かれ、アスカは思わず表情を曇らせ視線を逸らしてしまった。
それは明らかに飛竜討伐が順調にいっていない証拠である。
この会話を聞いた他の皆はすぐさま興味ありげにアスカたちの机に集合。
「その様子だとまだみたいね」
「リコリス1がそれだけ手こずるって相当じゃない?」
「にゃ~他のミニイベントボスならエイシーズ討伐の報告もいくつか上がってたはずにゃ?」
「うちもようやく挑めるようなったばってん、うまういかんけんなぁ」
「私のところはまだ誰も挑めてないです。浸竜と撃竜で苦戦してますよ」
「あら、めんどくさいの筆頭ね。それで、アスカちゃんは何に手こずってるの? フレアでも躱せないのかしら」
「いえ、フレアでだいぶ戦闘は楽になりました……」
「なら、いったいどうして?」
「実は……」
そこから話す、エイシーズ飛竜とここまで繰り広げてきた空戦の詳細。
ピエリスとエルジアエのアップデートとフレアのテスト以後、飛竜には幾度も挑戦しているのだが、そのすべてで返討ちにされているのだ。
【ホーミングレイ】こそフレアで回避できるようになったが、それでも火力不足が否めず、翼を自由自在に操る飛竜に対し機動力でも負けている。
特に……。
「HP30%になってからが本当にきつくって……」
「あー、能力上昇かぁ」
「エキスパートの飛竜でもキてたものね、あいつ」
「見ます? 正直ちょっと八方ふさがりって感じなんです」
「どれどれ……」
「おっ、リコリス1の空戦やん!」
アスカは慣れた手つきでメニューを操作し、飛竜との空戦の様子を映した動画を机一杯で表示させた。
飛竜との戦闘では序盤から中盤にかけてはアスカが押している。
各種レーダーを装備したことで奇襲を仕掛けられることはかなり減り、空戦でも五分五分。
【ホーミングレイ】はフレアでほぼ確実に躱せるため、あとは単純なダメージを与えてHPを削る作業となる。
問題は終盤。
飛竜のHPが30%以下になり能力上昇状態になった時だ。
それまでの動きが一転。
速度、機動がワンランク上のものになり、噛みつきや爪、尻尾攻撃なども精度とキレを増している。
この状態になるとTierⅣトゥプクスアラでも速度、機動力で致命的に後れを取る事態となり、それまでの攻防から打って変わり防戦一方。
最終的には上空からの爪による強襲や、フレアが尽きた後の【ホーミングレイ】などの攻撃で敗れ去っている。
その様子を動画で見るアスカのフレンド達。
トップレベルの技量を持つアスカのさらに上を行く機動に絶句していた。
「うわぁ、思ってた以上にえげつないだわさぁ……」
「アスカさん、毎回これに挑んでるんですか?」
「なるほど、この機動なら苦戦するのも仕方ないわね」
「リコリス1が守りの戦いしかできてないっちゃん!」
「たしかに、これはちょっと考えないと駄目そう」
「正面からの力押しでどうこうできる能力差じゃないわね。明らかに世代が違うわ」
航空知識のないメラーナ、ホロ、フランらは顔を青ざめさせ、知識のあるロビン、キスカ、ヴァイパー2、そしてレインは腕を組んで考え込む。
「能力上昇状態になると防御力も上がるから、ダメージの入りが本当に悪くって……」
「ならもっとダメージの出せるライフルとか」
「試してはみたんだけど、それでどうこうなるレベルじゃないし取り回しが……」
「たしかに、取り回しの観点で見ればピエリスに勝るものは無いわね。グレネードもあるし」
「機動力はスラスターを増設したらいけるんじゃない?」
「それも試しましたけど、飛竜との差が多少縮まる程度で……」
「じゃあ……」
「それなら……」
「でも……」
エイシーズ飛竜に対し、アスカもここまでただやられているわけではなく、あれやこれやを試している。
火力が足りないならと対物ライフルを持ち出すも重量から精密射撃が出来ず、空気抵抗も増大してしまいあっさり敗北。
機動力が足りないならと補助ブースターやスラスターを増設してみたが、推力偏向を持たないブースターでは機動戦闘が難しく、スラスターを使った急機動を行うと場合によっては揚力や速度を著しく失ってしまうなど弊害も大きかった。
ならばと追加装甲を施すが案の定機動力が大幅に低下して話にならず。
正直、一人では万策尽き打つ手なしに近い。
しかし、ここに集まったのは歴戦のゲーマー達。
これだけ人数が居れば有効なアイディアが出てくるのもまた必然なのだろう。
「ん~、アスカ、今お金どれくらい持ってるにゃ? 有料ポイントも含めて」
「えっ、お金? それなら掃いて捨てるほどあるけど」
「にゃら、貫通力の高い弾を使ってみたらどうかにゃ?」
「貫通力の高い弾?」
『実弾系火器にのみ使用できる銃弾です。射程、弾速、貫通力、与ダメージなどの大幅な向上が見込めますが、1発あたりの単価が通常の数倍という高価な弾薬です』
「数倍!?」
「なるほど、金弾ね」
フランが思いついたのはアスカがピエリスに使用している弾薬。
アスカが今使っているのは通常弾薬であり、安価な分性能もそこそこと言う物。
これを同じく店売りではあるが通常弾の数倍はする高貫通弾薬、通称金弾に変えることでダメージの大幅な向上が見込める。
問題はサブマシンガンに近い連射速度を持つピエリスで金弾を使用すると弾代がもの凄い額になるという事だ。
しかし、これはアスカの懐具合からすればさして問題はない。
アスカのホームBOXにはすでに9桁に届くのではないかという額のジルが眠っているのだから。
「ねぇ、飛竜に奇襲って出来ないのかな?」
「奇襲? どうだろう……考えたことなかった」
「そう言えばエイシーズだとクエスト受注した時に居場所教えてくれるんでしたよね?」
「ええ。アルバが言っていたのだけど、エイシーズのボス達には徘徊ルートにパターンがあるんじゃないかって気にしてたのよ」
「徘徊ルートにパターン?」
「うん。空で待ち伏せ奇襲は難しいけど、行動パターンがあるなら飛竜もどこかで地上に降りてるんじゃないかしら」
「なるほど! やつん住処見つけて仕掛けるっちゃね!」
「待ち伏せ奇襲なら大口径ライフルも使えそうね」
「でも私飛行中に狙撃とかしたことないよ?」
「腕部強化とスキルで何とかなるわ。ヴァイパー1がやっているのだから、リコリス1にもできるわよ」
次に出て来たのはキスカの飛竜を奇襲できないかと言う問い。
アスカはここまで気が付かなかったが、どうやらエイシーズのミニイベントボスたちはそれぞれ明確な行動パターンが設定されているらしい。
そこでこの行動パターンを把握。
飛竜が地上に降り、動きが緩慢になっているところに襲い掛かる。
気を抜いている所を奇襲するという正々堂々からはかけ離れた作戦だが、すでに飛竜の方から何度も奇襲を受けている。
今さらきれいごとなど言っていられない。
「HP30%以下になったらどうする? 火力を上げても攻撃が当たらないんじゃどうしようもないよ?」
「なぁ、動画見てて思ったっちゃけど、リコリス1は部位破壊は狙っとらんとね?」
「部位破壊?」
「ほら、飛竜を地上に下ろす時は翼を攻撃して部位破壊しとったやん? でも動画だと全然破壊しとらんけん、気になったとよ」
ホロの問いに付い首を傾げてしまうアスカ。
そもそもエキスパート飛竜との戦闘で翼を執拗に狙ったのは飛行高度を下げて地上からの攻撃が届くようにするためだ。
飛竜と同じ空で戦闘が出来るのであれば、無理に部位破壊を狙わなくてもよいと考えていたのだが……。
「リコリス1、片翼だけ狙ったらどうかしら?」
「片翼だけ?」
何かふと思いついたらしく、ぽつりとつぶやいたヴァイパー2。
しかし、アスカはその意味が分からず、顔を傾げたのであった。
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