23 連戦全敗
アスカが難易度エイシーズの飛竜と初戦闘を行ってから数日。
暦は9月から10月へ進み『Blue Planet Online』の世界は辺り一面の雪景色、冬へと移り変わりっていた。
現実世界同様済んだ空気ながらも、九州北部特有の雲が多い空の中。
複雑な螺旋機動を描く大小二つの影があった。
「キシャアアァァァァ!」
「こいつ、今日こそ!」
小さい影はフライトアーマーTierⅣトゥプクスアラを身に着け、両手で持った汎用機関銃と主翼懸架の対空ミサイルで空戦を挑むアスカ。
大きい影はエイシーズという難易度設定により固定モーションと言う足かせから解放された徘徊型ミニイベントボス、飛竜だ。
他エグゾアーマーより一回り大型となるフライトアーマーのさらに数倍の大きさを持つ飛竜。
その体格差どおり、空戦は飛竜有利に進んでいた。
『注意。六時方向に飛竜。リーサルコーンです』
「こん……のおっ!」
常人であれば目を回すどころか、失神しそうなほどの高機動で複雑な回避機動を行うアスカ。
だが、エイシーズの飛竜はそんなアスカをあざ笑うかのようにぴったりと追従してくる。
「フェイント! ……駄目か! なら牽制射! ……怯みもしない!」
『警告。飛竜口内に魔力反応。パターン赤』
「火球弾!」
汎用機関銃であればさすがの飛竜も無傷とはいかず、被弾エフェクトと共にHPゲージが削れてゆく。
難易度エキスパートまでであれば被弾を嫌い回避するなり機動を変えるなりするのだが、エイシーズの飛竜はお構いなし。
HPはまだ9割残っており、汎用機関銃を多少食らったところで痛くはない。
むしろアスカに致命の一撃を入れられるこのポジションをキープした方が都合がよいと判断したのだろう。
その証拠に飛竜の口まわりからは赤い炎の様な陽炎が立ち上っており、眼前のアスカをしっかりと見据えている。
「くそう、回避機動! ダイブアンドズーム!」
『飛竜、炸裂火球弾を発射……回避しました。強襲攻撃、来ます』
「隙を生じぬ二段構え!」
アスカは飛竜の攻撃タイミングを見極め急降下。
バレルロールとシザースも合わせることで狙いを絞らせず、火球弾を躱す。
が、飛竜もそれを見越していたのか、アスカの後を追うように翼をたたんで急降下。
両足の爪による強襲攻撃を仕掛けてくる。
「シャアアァァァァ!」
「こなくそっ!」
上空から迫りくる飛竜の位置を確認しつつ急上昇。
両者の軌道が交錯するもアスカは紙一重で飛竜の凶爪を躱し、オーバーシュートさせる。
「お返しをしてあげるよ、アイビス!」
『対空ミサイル、ターゲットロック』
「リコリス1、フォックス2!」
攻撃を躱された飛竜は勢いを止めきれずそのまま降下、上昇しようと翼を広げる。
一瞬にして攻守を入れ替えたアスカは正面に飛竜を捉え、ミサイルを照準。
両翼に1つずつ懸架したミサイルを同時に打ち放つ。
バシュウ、というロケットモーターの音と共に噴射煙を上げ、飛竜へ迫る2つのミサイル。
性能不足故一つは回避機動を取った飛竜に躱されたが、もう一つが飛竜に命中し、HPを削る。
だが、与えたダメージはごくわずか。
致命傷にはほど遠い。
『ミサイル命中しました』
「せっかく当ててもこれっぽっちじゃ何発当てたらいいのか分からないよ!」
『飛竜口内に魔力反応。パターン白』
「ヤバい【ホーミングレイ】だ!」
ミサイルを被弾しながらも上昇した飛竜はアスカに接近はせず、一定距離を保ったまま大きく旋回。
それが対空攻撃としては凶悪的な威力を誇る魔法攻撃【ホーミングレイ】の準備だと悟った時には時すでに遅し。
対処のために距離を取ろうとするアスカへ向け、大量の高誘導性能を持つ光線が撃ち放たれた。
「こっ……この……! くぅぅっ!」
リアルであれば失神するであろう強烈なGがかかる回避機動で【ホーミングレイ】を躱すアスカ。
1本、2本、5本と躱すが、後続にはまだまだ大量の光線がアスカを墜とさんと襲い掛かってくる。
「アイビス、ミサイルは!?」
『リロード、完了しました』
「よし、撃てっ!」
無数の【ホーミングレイ】に襲われながら放った対空ミサイル。
飛竜をロックしていない為明後日の方向へ飛んで行くだけのミサイルだが【ホーミングレイ】の光線がなんとミサイルの方を追い始めたのだ。
これによりアスカを追う本数がいくらか減りはしたのだが、やはり数が多すぎた。
「これで……にょわああぁぁぁぁぁ!」
『右主翼被弾、エレボン脱落。エンジン被弾、出力低下。エンジン追撃被弾、大破、作動停止、炎上。左主翼連続被弾、折損。揚力低下、高度と速度を維持できません』
「あばばばばばばばばば!」
必死の回避機動むなしく【ホーミングレイ】の直撃を受けたアスカはトゥプクスアラのパーツを空中にばら撒きながら、真っ逆さまに墜落したのであった。
―――――――――――――――――――――――
「ぷはぁ、やられたぁ!」
墜落したアスカが気付いた時にはナインステイツ開拓村のポータル、いつもの復活地点だった。
相変わらず人が多いポータル付近だが、死に戻りするランナーも多く皆アスカの事には気づいていない様子だ。
「ん~厳しいね、これは。アイビス、これ何戦目だったっけ?」
『26戦26敗です』
「うわ、もうそんなになってたか。奇襲で即落ちしなくなっただけ前進……かなぁ」
難易度エイシーズを出して以降、アスカは時間があるときはエイシーズの飛竜討伐に繰り出していた。
が、結果は散々。
最初の数戦は索敵負けし、出合い頭に強襲。
まともな戦闘すらさせてもらえず撃墜されてしまった。
そこで強襲を避けるため索敵装備を装着。
これで一方的に強襲されることはなくなったが、今度は飛竜の知能が恐ろしく向上しており大苦戦。
ドッグファイトに持ち込むが、もともとの機動力はあちらに分があり、そこへ火力、防御力、HPなどステータス面などでも負けているのだ。
こちらは重武装すればするほどただでさえ負けている機動力がさらに落ちるというジリ貧状態であり、打開策が浮かばない。
どうしたものかと考え込むも、先ほどまでの激しい空戦の疲労もあり、近場のベンチへ腰かける。
すると……。
「あれ、アスカ。どうしたの、こんなところで」
「レイン? そっちこそどうしてナインステイツに?」
「あ、リコリス1だ。こんにちは!」
「今日は飛んでないんですか?」
アスカに声をかけてきたのはリアルフレンドであるレインとクラングリュプスの女性メンバー達だった。
リアルでは小柄な体格から人目を気にし、控えめな性格のレイン。
だが、ゲームの世界では長身アバターでプレイしている影響か、同性のクランメンバーであれば楽しく会話ができる程度には前向きになっていた。
「私はミニイベントの料理品評会に出てたの。みんなは付き添いだよ」
「だってレインの作るお菓子すっごく美味しいんだもん!」
「ゲームの中なら太らないし食べ放題!」
「しかも品評会なら他の出展されたお菓子まで食べられるんですよ?」
「な、なるほど……」
どうやら彼女たちはナインステイツで開かれていた料理品評会ミニイベントに参加していたようだ。
レインが料理を得意としているのはアスカも知るところ。
貴重な素材がふんだんに使えるゲームの世界であれば、その美味しさに一段と磨きがかかることは想像に難しくない。
話を聞く限り品評会でも好成績を収めたらしく、レインの顔にも笑顔が浮かんでいる。
そしてレイン特製のお菓子に品評会に出展された他のお菓子も食べれたと、クランメンバー達も幸せ顔だ。
「アスカせっかくだしちょっとお茶しない?」
「うん、私もちょっと休憩しようと思ってた所なんだ」
「私達も一緒しても良いですか!」
「リコリス1のお話、聞かせてください!」
「えっ、いいけど……そんなたいしたものじゃないよ?」
「リコリス1の話がたいしたことないなら世の中の話全てがたいしたことないです!」
「う、うん?」
さすがにこの場で談笑というのも悪いと、近くの喫茶店へと移動。
適当なテーブルに座りお茶を頼み、レインの作ったお菓子を食べる。
レインが品評会向けに作ったのはクッキーだ。
見た目こそ普通のクッキーだが、そこはレインが探してきた希少素材をふんだんに使用したもの。
通常の物とは一線を画す深い味わいと甘さがある。
「ん~おいしい! さすがレインの作るお菓子だね!」
「こっちだといろんな素材が使えるから、つい頑張り過ぎちゃった」
「ほんとに美味しいよね。こっちはオレンジで、こっちはレモン風味」
「このチョコレートも外せないよ! 甘すぎずビターな感じがもう最高!」
「レイン、このクッキークランの皆に売ろうよ、絶対大人気だよ!」
レインのもともとの性格もあり、リアルではお菓子は作っても誰かに食べてもらう事は少なかった。
それが今ではゲームの世界とは言えたくさんの友達に食べてもらえ、絶賛の嵐。
これにはレインも思わず頬を緩ませる。
「それで、アスカはなんでポータルに?」
「私はエイシーズの飛竜に挑んでたんだ」
「エイシーズって、あのエキスパートの上にあるって言う!?」
「たしかウチの飛行隊上位メンバー数名だけしか解放出来てないアレかぁ」
「私達も飛竜以外は討伐できてますけど、まだ飛竜を地上に下ろす方法が見つかってないんですよね……」
「エイシーズはリコリス1でも難しい……あの、今までどれくらい挑戦されたんですか?」
「…………敗」
「えっ?」
「26戦26敗……」
「うわぁ……」
「ひえぇ……」
この場にいる全員がトップクラングリュプスの所属メンバーなのだ。
アスカの言い放った26戦26敗という言葉の意味をすぐに察し、顔面蒼白。
完全にドン引きしていた。
「アスカがそれだけ苦戦するってただ事じゃないよね?」
「今の所八方ふさがりだよ。打つ手なし」
「リコリス1がそれって、誰も攻略できないんじゃ……」
「いくらエイシーズがエンドコンテンツだからって、ねぇ」
「あ、そうだレイン! ちょっとアドバイス貰えないかな!」
「えっ、私!?」
「うん、レインなら飛竜との戦闘から何かわかるかもしれないし! アイビス!」
『録画していた飛竜との戦闘を再生します』
正直な話、すでにアスカ一人ではお手上げ状態。
いつもであればロビンやダイクに相談するところだが、いま隣には分析、解析が得意なレインがいる。
彼女であれば何か気付いてくれるかもしれないと、アイビスに頼み録画してあった飛竜との戦闘を再生。
テーブルの真ん中で拡大表示させる。
「うそ、何この動き……」
「あっ、ええぇっ、この攻撃毎回モーションが違う!」
「これプログラムされた動きじゃないよ、生きている生物そのもの……」
「そうなの?」
「うん。実はかなり厄介でさ……」
ついでとばかりに一緒にいたクランメンバー達も食い入るようにアスカの戦闘動画をのぞき込む。
が、最初こそ興味津々だった表情も戦闘が始まるとすぐに険しい物へと変わり、凍り付いて行く。
彼女たちの認識でも敵モンスターには固定モーションがあり、予備動作や前兆、癖などの攻略ポイントが存在しているのが通常だ。
しかし、難易度エイシーズではこれらが撤廃。
生き物が不意打ちを仕掛けるように、危険を感じたら動作を急停止、急反転させるように高度な思考そのままに動き、飛び回る。
この思考のおかげでただでさえ厄介だった飛竜の動きがさらに凶悪なものになっており、フライトアーマーの性能不足も相まって手が付けられない。
イマイチピンときていないレインにその事を説明。
するとレインは「なるほど」と一言つぶやくと、再度画面へと視線を落とす。
「このところずっとこんな感じなんだけど、どう?」
「ねぇアスカ、これ明後日の方向へミサイル撃っているのは何故?」
「これはよく分からないんだけど【ホーミングレイ】がミサイルを追っていくから」
アスカがミサイルを【ホーミングレイ】が追う、という事象を見つけたのは偶然だった。
バグなのか、はたまた仕様なのかは分からないが【ホーミングレイ】の本数が減るならばと有効活用させてもらっている。
なにより飛竜との戦闘でもっとも厄介なのがこの【ホーミングレイ】なのだ。
もともとは多対一、HP減少状態で使用してくるはずのものだが、難易度エイシーズではHPの制限がなく放ってくる上に一対一。
1本2本であればアスカも躱せる。
多少本数が増えてもミサイルを追って行くため何とかなる。
しかし、飛竜の放つ【ホーミングレイ】の数はそれ以上であり耐久の低いフライトアーマーではとても耐えられない。
誘導性能が高い上に大量に放たれる光線に対し、回避不可、耐えるのも不可と、有効な手立てがないのだ。
「ふむふむ……」
そこまで聞いて何かしら考え込むレイン。
「ねぇアスカ。ミサイルの推進力って魔力使ってなかったっけ?」
「えっ?」
レインが何気なく言い放った一言に、全員が顔を見合わせたのであった。
用語解説
リーサルコーン
自機を頂点とした後方60度の円錐空間、時計で言えば5~7時方向。
敵機にこの範囲内に入られると致命的なダメージを負いやすい、きわめて危険なエリア。
フライトアーマーでは後方射撃も出来るためリアルほど絶望的ではないが、それでも危険なことに変わりない。
ダイブアンドズーム
急降下中に行うバレルロール。
オーバーシュート
前方にいた機体を追い越してしまう事。
航空戦において相手の背後が絶対的優位ポジションであるが、追い越してしまうと一瞬にして攻守が入れ替わるため非常に危険。
逆に、背後に付かれた時に相手をオーバーシュートさせればピンチが一転。敵機撃墜のチャンスとなる。
バレルロール
樽の内側をなぞるように飛行する螺旋機動。
シザーズ
左右に機体を振ってジグザグに飛行する回避機動。
フォックス2
リアルでは戦闘機が赤外線誘導式ミサイルを発射した際、味方に発射を告げる符丁。
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嬉しさのあまりキアサージから発艦してしまいそうです!




