21 挑戦
ミッドガルにあるクラングリュプス本拠地である洋館。
その一室に神妙な面持ちで佇むクランマスターファルク、アルバ他首脳陣の姿があった。
「やはり……ありましたか」
「エキスパートの上、隠し難易度か」
「まぁ、珍しいわけではないわね」
「いや、しかし……これはなぁ」
彼らの表情が冴えない理由はアスカが持ち帰った、否発見した新難易度エイシーズ。
先ほどの飛竜戦後アンロック報告が上がったこの難易度について、アスカはすぐさまアルディドとヴァイパー2に相談。
瞬間、飛竜戦勝利に沸いていた声が驚きに変わり、二人ともファルク達に報告。
クランメンバーに緊急呼集をかけ、洋館での臨時会議となったのである。
「難易度エキスパートで全ミニイベントボスの討伐……他のゲームなら問題ないが『Blue Planet Online』でそれはダメだろ。常識的に考えてよ」
「上位難易度は考えない訳ではありませんでしたが、発生条件は想定外でしたね」
「……うむ」
ここに集まったグリュプス上位勢は既にあと一種を残して全てのミニイベントボスを難易度エキスパートで討伐している。
その残った最後の一種というのが……。
「地上用エグゾアーマーでどうやって飛竜を討伐しろと?」
「ウチの飛行隊ですらとんでもなく苦戦したんだぞ? 飛べない俺達がどうにかできるわけないだろ!」
「これだから運営はエアプって言われるんだろうが」
そう、飛竜である。
他のミニイベントボスは走る、跳ぶ、隠れるなどの行動は行うが、基本全て『地上』の話である。
飛竜のように常時飛行しているミニイベントボスは他におらず、対処のしようがないのだ。
通常火器はおろか、対物、スナイパーなどのロングレンジライフルでも飛竜のいる高度まで届かず、ミサイルはその機動力の前に躱される。
現状で有効射程5000mの火器、高誘導性能を持つミサイルがない以上地上から有効打を与える手段はない。
ならば飛竜のいる高度までフライトアーマーで飛べばいいかというと、飛行技能、フライトアーマー開発状況などからそれも難しい。
いまだフライトアーマーは万人が扱えるエグゾアーマーではないのだ。
「これ絶対クレームものだろ……」
「気持ちは分かるが、クレームを入れたところで状況は変わらん」
「むしろあのトカゲを私達の土俵まで引きずり下ろす方法を考えましょう」
「そうですね。私達が空に上がる手段がない以上、飛竜を地面に下ろすほかありません」
「でも、どうやって? 僕たちの武器では飛竜のいる空まで届きませんよ」
「それに関しては皆考えるしかないな」
結論としてはやはり飛竜を地上へ下ろし、陸上戦へ持ち込むほかない。
だが問題はやはり高度3000~6000mを飛行する飛竜をどうやって地上に下ろすか。
クラングリュプスのトッププレイヤーたちがあれこれ案を出し合うが、そう簡単に名案は出てこない。
「仕方ありません。飛竜を降ろす方法は後々考えるとして、リコリス1」
「はい」
「難易度エイシーズがどういう物か教えてもらえますか?」
「あっ、実は私もまだよく知らなくて……アイビス、説明をお願いできる?」
『了解いたしました』
難易度エイシーズアンロック前であれば、アイビスら支援AIは説明はおろか存在さえ教えてくれない。
しかし、一度解放されてしまえば話は別。
まわりに人が居ようが、その人が難易度エイシーズを出しているかいないかも問題ない。
『難易度エイシーズは討伐系ミニイベントのエンドコンテンツです。クエスト受注、マップ徘徊は他難易度と同じですが、こちらはソロ討伐専用となります』
「ソロ討伐なの!?」
「なに!?」
「マジかよ!」
「多対一前提のミニイベントボス相手にタイマン!?」
いきなりのとんでも発言にざわつくグリュプスのメンバー達。
難易度エキスパートの上とあって、全員が中隊規模での団体戦を想定していたのだ。
ところが、アイビスによると難易度エイシーズはソロ専用。
エキスパート相手に大勢で挑んでなお大苦戦した記憶は新しく、考えるだけでも血の気が引いてくる
『ソロ討伐に合わせ、HP、攻撃力、防御力は再調整されていますが、使用してくる技などはエキスパートと同じです。またエイシーズでは思考AIがより高度なものになっています』
「あぁ、さすがにステータスは調整されているのか……」
「さ、さすがにエキスパートのバカ高いHPそのままってわけじゃないんだな」
「でも待って、思考AIが強化されているって言うのは?」
アイビスのつづく説明でほっと胸をなでおろすメンバー達。
さすがにソロで中隊戦用のステータスに挑むなどと言う無茶苦茶をやらされるわけではないと安堵する。
しかし、アイビスの言葉には無視できない単語が含まれていた。
「アイビス、思考AIが高度な物にってどいういう事?」
『ミニイベントボスには攻撃モーション、行動パターンなど固有アクションが設定されています。難易度エイシーズではこれらを撤廃。思考AIをより「生き物らしく」再設定し、思うままに行動します』
「つまり……?」
「……ヤバいな。前兆が無くなるという事かもしれん」
「前兆……まさか予備動作が無くなる!?」
『Blue Planet Online』に代表されるように、ゲームにおけるモンスターが行う攻撃にはモーションが存在しパターン化されている。
プレイヤーたちはこのパターン、癖を把握し攻撃、行動を予測。
適切に対処することで戦闘を優位に進めることが求められる。
ところが、難易度エイシーズではこれらのモーションパターンが撤廃。
思考AIを再調整し、まるでそこに『生きている』かのように立ち振る舞うという。
いわば、エキスパートまでがステータスで殴ってきたのに対し、エイシーズでは思考で殴ってくるのだ。
ゲーム玄人である彼らがこの意味するところを理解できない筈がなく、皆顔面蒼白。
まるで死刑宣告を受けたかのように俯いてしまっている。
そんな中。
「なるほど、支援AIに『エンドコンテンツ』と言わしめるだけの事はある」
「アルバ?」
「是非とも挑みたくなった。アスカ、エイシーズのミニイベントボスがどれほどの強さかぜひ試してくれ。飛竜を地面に引きずり下ろす方法はこちらで考える」
「な、なんかやる気だね?」
「なに、ちょっと本気でやり合いたくなっただけだ」
唯一アルバだけがニヤリと笑みを浮かべていたのだ。
アイビスの話を聞いても彼だけは気後れせず、むしろ強者との戦いに心躍らせている。
「そうですね……トップクランである我がグリュプスがこの程度で臆してなどいられません」
「ウチ以上に戦力があるクランはないからね。どうとでもなるはずだ」
「情報クランにも協力を頼みましょう。検証班ならこの手の問題解決は大好物のはずよ」
そんなアルバに感化され、他メンバー達も気を持ちなおしてゆく。
どんなに過酷な条件だとしてもやはりゲーマー。
未踏破難易度があるならばクリアせずにはいられない。
「なら、私はエイシーズに挑んできていいの?」
「えぇ。どのボスに挑むのかもお任せします。後程詳細を教えてください」
「好きに戦え、アスカ」
「うん、まかせて!」
このままクランメンバー達のエイシーズアンロック協力をと思っていたが、ファルク、アルバらは先にエイシーズと戦ってきてほしいとの事。
アスカもこれに否やはなく、二つ返事で了承。
飛竜を地上に下ろす作戦を皆に任せ、本拠地を後にした。
その後、ドロップアイテムを預けにダイクの店に寄った後ナインステイツの開拓村へ移動。
人の多い大通りからさらに人であふれるランナー協会支部へ。
あまりの人の多さから埋まりそうになりながらもなんとかクエスト受付の列へ並び、順番を待つ。
「いらっしゃいませ。クエスト受付カウンターです。クエストを受注なさいますか?」
「はい。ミニイベント、飛竜討伐を難易度エイシーズでお願いします」
「まぁ、エイシーズで? こちらはソロ限定となりますが、よろしいでしょうか?」
「問題ありません!」
「了解いたしました。飛竜討伐を難易度エイシーズで受注いたします」
「ありがとうございます!」
いつもと変わらぬクエストカウンターでの受付嬢とのやり取り。
初の難易度エイシーズ受注ゆえソロ討伐である事の確認をされたが、もちろん二つ返事で了承。
アスカが選んだのはもちろん飛竜。
他難易度とどの程度差があるかを確認するには、同じ土俵である空をメインにした戦闘が一番わかりやすい。
「飛竜は現在南東で目撃したとの報告が上がっています。エイシーズの飛竜はかなりの知性を持っていますので、どうかお気をつけて」
「はい、頑張ります!」
メニューの受注クエスト欄に『飛竜討伐:エイシーズ』があるのを確認するとすぐさま開拓村の外へと移動。
トゥプクスアラを身に着け颯爽と離陸、受付嬢の話していた南東へと進路を向ける。
が、そこでふと引っ掛かりを覚えた。
「あれ、そう言えば今まで目撃情報なんて貰ったことなかったような……?」
アスカが今までミニイベントボス討伐クエストを受注した際、目撃情報を伝えてもらったことがない。
故に、今まではこの広大なナインステイツのマップを複数人で捜索し、発見しなければならなかった。
『エイシーズはソロ専用の難易度です。ですが、ナインステイツのマップは一人で徘徊ボスを捜索するには広すぎるための措置です』
「なるほど。フライトアーマーならともかく、地上で捜索するのは時間がかかるものね」
アイビス曰く、受付嬢の目撃情報はソロ専用となるエイシーズの救済処置。
ナインステイツのマップを自由気ままに動き回るミニイベントボスをたった一人で捜索するのは無理に等しい。
そこでクエスト受注時に現在の居場所を受付嬢が教えてくれる仕様になっているのだ。
もし発見できなくても再度ランナー協会に戻れば総合案内で新しい目撃情報を貰えるため、戦闘以前に発見できないという事態だけは避けられる。
説明を聞きながらマップを表示させれば、目撃情報の位置周辺が色付けされており、より場所が分かりやすくなっていた。
これなら迷う事はない、とアスカも少しずれていた進路を修正。
目撃情報の場所へと一直線に向かってゆく。
『まもなく目撃情報のあった地点です』
「よし、エイシーズの飛竜がどの程度か分からないけど、少しくらいは情報を持ち帰らないとね!」
アスカが飛竜との戦闘に備え、装備と弾数を確認していた、その時だった。
「キシャアアアァァァ!!!」
「えっ? きゃああぁぁぁ!!!」
突如背後に強い衝撃を受け、HPがごっそりと削れる。
なにが起きたか分からず周囲を見れば、折れた主翼に外れたブースター、砕けた装甲などがまわりに散らばり落下してゆく。
「こ、攻撃されたの!?」
状況から攻撃を受けたと理解するが、状況は最悪。
フライトアーマーは完全に大破し、炎を吹き出し黒煙を上げている。
このような状況では推力、揚力ともに維持できず、アスカは落下を開始。
クルクルと回りながら遥か下の地表へと墜落してゆく。
せめてこんな攻撃をしてきたやつを確認しなければと、何とか姿勢制御し振り返り見据えた視線の先にあったのは……。
飛竜の凶悪な爪だった。
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「はっ!?」
目の前にものすごい勢いで爪が迫り、思わず目をつぶったアスカが目を開けた時には、周囲の景色は大空から街の中へと変わっていた。
なにが起きたのか分からず、挙動不審者のように周囲をキョロキョロと見渡しているうちにようやく落ち着き、ここが開拓村である事、自分が撃墜された事を理解した。
「アイビス、さっきのって……」
『飛竜の奇襲攻撃です。こちらが把握するより先に飛竜に発見されていたようです』
「奇襲攻撃って……」
これが難易度エキスパートの上、エイシーズである。
本来、ゲームにおける先制攻撃、奇襲攻撃というのはプレイヤーの特権だ。
ところが、エイシーズのボスたちは『敵を見つける』という思考を持ち『敵が自分に気付いていなければ奇襲、先制攻撃を仕掛ける』という初見殺しにも似た行動をとってくる。
飛竜の場合はブースターとエンジン音などからアスカの位置を把握。
アスカの上を取るように飛行、さらに雲の中に隠れ、こちらの索敵範囲外から接近。
真上まで来たところで翼をたたみ急降下。
猛禽類が小鳥を襲うが如く、強烈な爪でアスカを切り裂いたのだ。
「なるほど、これが難易度エイシーズって事か!」
『エイシーズのミニイベントボスに打ち勝つには思考、判断力など、スペックには表示されない部分で上回る必要があります』
「俄然燃えてきたよ! アルバ、エイシーズの敵はすっごく面白いよ!」
奇襲され一方的に撃墜されたのにもかかわらず、アスカは笑顔満点。
死亡によりロストしてしまったアイテムをBOXから補充すると、再度飛竜へ向け飛び立っていったのであった。
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うれしさのあまりボノム・リシャールから発艦してしまいそうです!




