17 大混乱
グリュプスのメンバー達と別れたアスカが訪れたのはダイクのショップ。
いつものようにドアベルを鳴らしながら店内に入店。
そのままカウンターにいるダイクまで歩み寄る。
「こんにちはダイクさん。殻竜珠持ってきました」
「おっ、さすが嬢ちゃん、はえぇな」
「ロビンさんは……居ないんですか?」
「おぉ。アイツもなにか素材を集めてくるっつって出てるぜ。珠はいつも通り俺が預かろう」
「お願いします」
先程の戦闘で入手した殻竜珠をインベントリから取り出し、ダイクに手渡すアスカ。
殻竜珠を受け取ったダイクは慣れた手つきでカウンター下の棚へと収納する。
「轟竜、破竜、撃竜、護竜、秀竜、浸竜で、これが殻竜……っと」
「かなり集まりましたね」
「おうよ。これで残るはあと一つだ」
「残り、と言うと……」
『フライトアーマーに対応したミニイベントボス飛竜です』
「むむむ……」
ミニイベントボスたちがそれぞれのエグゾアーマーに沿うような能力にされているのは周知の事実。
実際ここまで戦ってきたミニイベントボスは大きさ大小の違いはあれ皆恐竜をモチーフにした姿にエグゾアーマーとよく似た能力を持っていた。
火力に特化した轟竜、防御・突破力に優れた殻竜、中距離から範囲攻撃魔法を放ってくる破竜、火力こそないが隠蔽能力が高く見つけるだけでも苦労した浸竜など。
そんな中、アスカが唯一戦っていないのが意外にもフライトアーマーに対応したミニイベントボス飛竜だ。
「フライトアーマーだから空飛んでるんだよね……」
「そりゃあおめぇ『飛竜』だからな」
『飛竜の情報は既に出回っています。高高度を飛行する飛翔型モンスターです』
「だよねぇ……こまったなぁ」
「なんでぇ、嬢ちゃんが空の敵相手に気後れするなんざ珍しいじゃねぇか」
「私一人で戦うなら喜んで挑むんですけど、たぶん無理なので……」
ここまで7種のミニイベントボスと戦ってきたが、エキスパートで考えた場合どう考えてもソロで討伐できるような能力になっていないのだ。
攻撃力、技、挙動など。
どれをとっても厳しいが、それ以上にソロでは致命的となるのがHP。
フライトアーマーが装備できる火器では十分なダメージを与えるのは難しく、長持久戦になることは必至。
が、燃費の悪いフライトアーマーでは持久戦自体が不可能だ。
「ふむ……なら嬢ちゃんのクランメンバーに協力を依頼するしかねぇな」
「それしかないかぁ」
『アスカの所属するクラングリュプスはトップクランの一つです。野良小隊を募集するよりクランメンバーで中隊を編成した方が良いでしょう』
「こればっかりは仕方ないよね。うん、ちょっと頼んでくるよ」
ダイクとアイビスの助言を受け、グリュプス飛行隊の面々に協力を依頼することにしたアスカ。
今回は中隊に参加させてもらうのではなく、自分の都合で中隊を結成するため直接お願いするのが筋だろう。
ダイクにアイテム保管とロビンへの引き渡しを頼み、ショップを後にする。
行先はもちろんクラングリュプス本部だ。
道中でファルクに飛竜討伐クエストのために戦力を貸してほしい旨を伝え、了承を得るのも忘れない。
あとは本部にいる飛行隊メンバーの中で暇している人数名に手伝ってもらえばよい。
……はずだったのだが。
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「てめぇ、抜け駆けする気か!」
「おまえの飛行技術は俺より下だろうが! ふざけた事言うな!」
「僕との模擬戦に負けた事を忘れたんですか!」
「大げさに言わないで! 再戦して私が勝ち越してるじゃない!」
「いまだトゥプクスアラさえ開発できてない連中は話にならないんだ、引っ込んでろ!」
クラングリュプス本部の洋館。
その一室に蠱毒飛行隊とまで言われるグリュプス飛行師団の師団室がある。
が、その中は今、怒号飛び交う大混乱の中にあった。
「リコリス1とボス戦出来るこの好機、逃すわけないだろ!」
「強請るならまず強請るだけの腕を身に着けてこい!」
「貴方に言われたくありません、鏡を見てもう一度同じ言葉を吐いてください!」
「何だとこの野郎!」
「野郎じゃないですー女ですー!」
「ネカマが女ぶるな、気色悪い!」
男女関係なく、完全に頭に血が上った彼らは支離滅裂な罵詈雑言をお互いに言い放ちながら、中には取っ組み合いに発展している者もいる。
そんな中、隊室の入り口であるドア付近にこの惨状にアタフタするばかりのアスカが立っていた。
「あああ……いったいどうしてこんなことに……」
『開口一番中隊員募集をかけたのが悪手だったようです』
「だって声をかけただけでこんな事になるなんて予想できないじゃん!」
そう、この騒動の発端はアスカの何気ない一言だったのだ。
難易度エキスパートの飛竜を相手にするべく、クラングリュプスの本部を訪れたアスカは、隊室に入るや否や中にいた飛行隊員の面々に中隊への参加と助力を口にした。
しかし、それは常日頃からアスカを空神、天上の花、空を舞う花弁として信仰している彼らには魅力的すぎたのだ。
アスカが協力のお願いを言い終わる前に全員が挙手。
すぐさま中隊員の枠を巡っての騒動に発展してしまったというのが経緯となる。
「あ、あの、皆さん落ち着いてください!」
「すみません、ちょっと待っててください! いま最高のメンバーを抽出するので!」
「おまえが仕切るな!」
「今度という今度は枠を勝ち取るんだから!」
「今度は私、私なの!」
「いや、俺が!」
「僕が!」
「ふええ……」
アスカの静止も届かず、騒動はさらに大きくなってゆく。
完全に収拾がつかなくなりかけた、その時。
「何の騒ぎですか?」
「あっ、ファルク!」
「お前ら、騒がしいぞ。何やってんだ」
「アルディドも!」
騒動を聞きつけ、別の部屋にいたファルク、アルディドら幹部クラスが様子を見に来たのだ。
これにはさすがの飛行隊員たちも無視できず、すぐに姿勢を正しその場で直立する。
「やっと落ち着いたか」
「リコリス1、状況を教えてもらえますか?」
「じつは……」
落ち着いた隊員たちをよそに、アスカはファルク、アルディドに経緯を説明する。
そして事情を理解したところで両名が深いため息と共に天を仰いだのを攻められる者はいないだろう。
ファルクもアスカに戦力を貸す約束はしたが、まさか無作為に募集をかけるとは思っていなかったのだ。
「……なるほど、事情は理解しました。クランとしても飛竜討伐に対し否やはありません。アルディド」
「おう」
「後は任せます」
「了解した」
ファルクは事態の収拾をアルディドに一任し、その場を後にする。
現状飛行隊はアルディドが仕切っている形であり、人選は彼に任せるのが最善と判断したのだ。
「リコリス1、こういう時は最初から俺に声をかけてくれ。こう言っちゃなんだが、毎回こうなるのが目に見えてる」
「うん、分かった。ありがとうアルディド」
「気にするな。……さて」
申し訳なさそうなアスカに笑顔で答えるアルディド。
が、その後隊員に視線を向けた時には優しそうな笑顔は何処へやら。
聞き分けの悪い問題児を見るかのような厳しい目つきで隊員を一望した。
「まったく、気持ちは分からないでもないが、騒動を起こすんじゃねぇよ」
「いや、でも……」
「お、俺達だって……!」
「ああ、分かってる。だが落ち着けって。リコリス1を困らせたいわけじゃないだろう?」
アルディドに何かしら言い返したさそうな表情の隊員も多いが、隊長であり隊一の技術をもつ彼には誰も言い返せないでいた。
また、アルディドが言う事ももっともであり、隊員もアスカと一緒に飛んで遊びたいだけで困らせたいとはこれっぽっちも思っていないのだ。
「今回は時間がないから俺が選抜する。どのみち飛竜討伐も周回するんだから、あぶれた奴は次回を待て」
「くっ……分かりました」
「ごめんなさいリコリス1、困らせちゃったね……」
「いえ、私の方こそごめんなさい。皆さんにご迷惑を……」
「なんてことだ……これが女神か」
「神よ、我らを許したまえ……」
「私欲に溺れた私に罰を……」
「え、えっと……?」
「あぁ、ほっとけリコリス1」
アスカの一言で勝手に盛り上がり、騒動に発展してしまったにもかかわらず自らの不手際を謝罪するその姿に、地に伏せるもの、両の足を着き天を仰ぐもの、祈りを捧げるものが続出。
呆気にとられるアスカだが、アルディドはそんな隊員たちを無視してメニューを開き、画面を操作してゆく。
「ヴァイパー2は……よし、いるな。ヘイロー1と2は……駄目だ、ログインしていない」
「ヴァイパー2はここにいないけど大丈夫? 何か用事があるんじゃない?」
「リコリス1と飛竜を討伐する事よりも大事な用事など存在しない」
「ん~……えっ?」
「あとは……ヴァイパー8、ヘイロー5、6、11、12。レイピア1から4。付いてこい」
「よっしゃあ!」
「やった、やったぁ!」
「俺達の時代が来たぜ相棒!」
「ちくしょう、チャンスだったのに!」
「クソッ、僕にもっと技術があれば……」
グリュプスの飛行師団は総員108名。
蠱毒の空とまで言われたバトルロイヤルを生き抜き、先日の能力試験も終えた彼らは9つの中隊に分散配置され、中隊名に応じたコールサインを持っている。
その中でも第一大隊所属ヴァイパー、ヘイロー、レイピアの3中隊は成績上位者のみで構成されたグリュプス飛行隊のエース部隊だ。
なお他6中隊にも部隊名が存在するが『リコリス』の名を冠した部隊はない。
これはリコリス1であるアスカが直下の部隊を持っていない事、飛行技術そっちのけで配属希望者が殺到する事が目に見えている為である。
「ヴァイパー8、ヘイロー12、レイピア4は索敵装備。他は火力重視で装備を用意。リコリス1、30分後でもいいか?」
「うん、問題ないよ」
「じゃあそれで。各員装備を整え30分後ナインステイツのランナー協会前に集合。いいな?」
「了解!」
「こうしちゃいられない、支援AI、一番いい装備をリストアップしてくれ」
「資材部からMPポーション貰ってこないと!」
「とっておきの金弾、ここで使ってやるぜ!」
「見てろよ、次こそは……!」
「トゥプクスアラを用意できなかったわが身の落ち度か……」
討伐隊に抜擢され、歓喜に湧き、夢にまで見たリコリス1との共闘に魂を震わせる隊員たち。
全員がすぐさま準備を開始、足早に部屋を出ていくものも多い。
アスカは手伝いをお願いしに来ただけのに、なぜこんな大事になってしまったのかさっぱりわからず困惑するばかり。
結局深く考えても仕方がないと諦め、隊員たち同様飛竜討伐へ向け準備を始めるのであった。
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嬉しさのあまりバンカーヒルから発艦してしまいそうです!




