16 ロビンの計画
ロビンの頼みでミッドガルまで戻ってきたアスカ。
相変わらず賑やかな中央広場を後にし、ダイクの店まで移動する。
「おう、いらっしゃい。さっきぶりだな」
「お邪魔するわね、ダイク」
「お邪魔します」
ドアベルを鳴らしながら人気の少ない店内に入り、これもいつも通りカウンターで暇そうにしているダイクに話しかける。
そして、カウンターまで移動したところでロビンがアスカに向き返り、口を開いた。
「さて、アスカちゃん。装備更新の話をしましょう」
「装備ですか?」
「ええ。さっきのエキスパート轟竜と戦って分かったけど、やはりエルジアエとピエリスはこれ以上のクラスでは厳しいわ」
「それは……分かります」
先程の戦闘で使用した火器もTierで行けばⅣからⅤであったにもかかわらず、有効打にはなりえていなかった。
相手が大型サイズの陸上ボスという事もあるが、この先強化されてゆくであろう通常エネミーたちにも通用しなくなるのは明白。
「でも、私の武器はそう簡単にアップグレードできないんですよね?」
「そうね。ダイクも話していたけど、アスカちゃんの武器は特殊だから」
「じゃあ……」
「そこでミニイベントボスの素材を使うわ」
「……は?」
「ふふふ。さっき轟竜を討伐した時のドロップに珠と欠片があったでしょう?」
「たしかにありましたけど……まさか!」
「えぇ。それを素材に使うわ」
笑顔満点でロビンが話す、ピエリス、エルジアエの強化計画。
曰く、銃の強化に最も必要になるのは高いレベルのモンスターが持つ魔石なのだという。
魔力の圧縮率、変化効率、拡散率など細かい設定があるらしく、ロビンが詳しい説明をしてくれる。
だが、あいにくとアスカに工学系の知識がない為、話を聞いても頭上にクエスチョンマークが浮かぶばかり。
最終的には首を傾げて目を回してしまった。
「ロビン、嬢ちゃんにはこれ以上説明しても理解できねぇぞ」
「……残念だけどそのようね」
「変換損失が……圧縮率が……魔石が割れるぅ……はっ!」
呪文かお経の様な作用解説から解放され、ようやく意識を取り戻すアスカ。
同時にこれ以上の理解は無理と結論付けた。
「と、とりあえずミニイベントボスを倒してくればいいんですね?」
「えぇ、そうよ」
「分かりました。それで、どのミニイベントボスを倒してくればいいんですか?」
「それなのだけど……」
アスカの問いに歯切れが悪く、視線を泳がせるロビン。
その瞬間、アスカは直感で理解した。
――あ、これ絶対めんどくさい奴だ。
と。
「ふむ、なら俺から説明しよう」
「ダイクさんが?」
「おうよ。なに、難しい話じゃねぇ。要はどれが一番適してるか分かんねぇんだよ」
「どういう事ですか?」
今回設定されているミニイベントボスは轟竜を含め全8種。
当然それぞれが固有ドロップであり、特性も全く違う。
さらに、討伐系ミニイベントは今回が初開催。
ドロップアイテムの詳細データがなく、どのミニイベントボスがアスカの武器強化に適しているのか分からないのだ。
「なるほど……あ、でもわざわざミニイベントボスの素材を使わなくても強化できますよね?」
「それはもちろん。でも、入手のしやすさと強化後の性能を考えるとエキスパートのミニイベントボスを討伐した方が早いわ」
「そうなんですか?」
ロビンによると、ミニイベントボスの素材でなくとも常設されている討伐クエストから得られる素材でも強化は可能。
が、それはエキスパートミニイベントボス素材より質で劣り、強化しても中途半端になってしまう。
ただのエンジョイプレイならそれで問題ないが、アスカの様なトップランナーともなると話が変わる。
アスカの兵装を担うロビンにとっても、そう簡単に妥協できるものではない。
また、ミニイベント開催中はミニイベントボス討伐クエストが主になるだろう。
ランナー協会に設置される野良小隊募集欄はミニイベントボス討伐の募集がほとんどになり、クランの活動もボス討伐などに比重が置かれると予想される。
わざわざイベント期間外でも出来る常設クエストを受諾するメリットがほとんどないのだ。
「と、ここまで話したけど、最終的にはアスカちゃん次第よ」
「私ですか?」
「そりゃあそうさ。俺達としちゃあ最高の武器を用意してぇが、嬢ちゃんが間に合わせで良いっつうなら無理強いは出来ねぇ」
「むむ……」
ロビンとダイクに言われ、考え込むアスカ。
だが、答えは最初から決まっている。
「分かりました。ミニイベントボスの素材、集めてきます」
「さすが嬢ちゃん。あっさり決めたな」
「よろしくねアスカちゃん。私も手伝える時は手伝うわ」
「はい。その時はよろしくお願いします!」
アスカがここまでゲームで戦えてこれたのはダイクとロビン、二人がサポートし、武器を用意してくれたおかげだ。
もし二人のアドバイスがなければ、いまだ初期装備のアサルトライフル片手に、TierⅠのフライトアーマーで遊ぶだけだったかもしれない。
そんな恩人からのアドバイス。
断る理由などどこにもない。
武装強化に必要な全てのミニイベントボス素材だが、これは初回討伐報酬を使えばそう難しい事ではない。
とは言え、アスカ一人でエキスパート相手は難しい。
そこでファルクらクランメンバーに相談。
するとすでにミニイベントボス素材回収のチームが組まれているらしく、明日から討伐クエストを回していく予定なのだという。
アスカは討伐チームに参加できないか打診し、ファルクはこれを二つ返事で了承。
さっそく明日からの討伐チームに編成してくれる運びとなった。
「という訳で、明日から早速素材集めしてきます!」
「さすが最大手クラン。フットワークが軽いわね」
「集めた素材は俺のところに持ってきてくれ。ロビンと会うタイミングが無くても受け渡しができる」
「はい、お願いします!」
かくして、アスカの武器強化計画がスタートしたのであった。
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数日後……。
《ブラボーチーム、東から回り込め!》
《アルファリーダより各員、接近戦用意》
《リコリス1、ターゲットへけん制攻撃を頼む!》
「了解、支援射まであと10秒!」
『カウントダウン……5……4……3……2……1』
「撃ち方、はじめっ!」
「グオオオォォォォォ!!!」
ナインステイツの南、山が連なる一帯でアスカとクラングリュプスの地上部隊メンバーが中隊を組み、ミニイベントボス『殻竜』との戦闘を繰り広げていた。
アスカの装備は轟竜の時と同じく、カマンに火器を満載した攻撃ヘリ仕様。
地上からの支援要請を受け、ロケットランチャーと三銃身ガトリング、そして両手持ちの対物ライフルを連射する。
しかし……。
「うわ、ぜんぜん効いてない! アイツ硬すぎるよ!」
《殻竜の名は伊達じゃないって事だな》
《チャーリー4、頼む》
《了解。支援魔法、いきます【ディフェンスブレイク】!》
『殻竜』と名のつく通り、このミニイベントボスは防御性能に特化している。
姿かたちは恐竜トリケラトプスに酷似しているが、全身の皮膚がどんな攻撃も防ぎそうな外殻に覆われているため、とにかく攻撃が通らない。
特に、角とフリルのある正面はマジックフィールドを形成できるらしく、ダメージを通すのは困難を極めていた。
《正面から攻撃するな、弾の無駄だ》
《足を狙うんだ!》
《突進が来る、注意しろ!》
《くそっ、ブラボー4がひき殺された!》
グリュプスメンバーのみで挑むとあり、難易度は当然エキスパート。
これだけでも各能力が上昇している上、殻竜の必殺技である突進が非常に厄介だった。
前面にマジックフィールドを形成したまま巨体からは想像もできない速度で体当たりしてくるという単純にしてもっとも火力のある攻撃。
盾を持ったアサルトアーマーでも軽々と弾き飛ばし、中、軽量級なら最悪一撃死というとてつもない威力を持つ。
「殻竜、沈黙!」
《今がチャンスだ!》
《近接が張り付くまで撃ちまくれ!》
《ちくしょう、レイ装備は通りがさらに悪い!》
《【ブレストフレア】! ガッデム、魔法攻撃も全然だ!》
高威力の突進攻撃だが、発動後は一定時間硬直。
絶好の攻撃チャンスとなる。
この好機を逃すまいと一斉攻撃をかけるグリュプスのメンバー達。
防御力ダウンのデバフも入っている事もありしっかりと殻竜のHPを削って行くが、レイ火器と魔法攻撃の通りが悪い。
《コイツも魔法耐性か》
《ここまで戦ってきたミニイベントボス全部じゃないか?》
《こりゃもう確定でいいだろ。本部に連絡入れとけ》
そう、アスカ達グリュプスのメンバー達はここまでほぼ全種のミニイベントボスと戦闘を行ってきていた。
そして判明したのが『ミニイベントボスは魔法耐性が高い』と言う物。
レイライフル、レイサーベルに代表される魔法銃火器に、ソルジャー、マジックアーマーが繰り出す魔法攻撃全ての通りが悪く、効果がイマイチなのだ。
初日、フランが轟竜相手に魔法攻撃で大ダメージをたたき出していたが、あれは現状でもトップクラスの火力を持つ【ペネトレイションレイ】と【サンダーボルトブレイク】だったからだろう。
もっとも、精鋭たるグリュプスのメンバー達。
魔法攻撃の威力が低いと判明したところで、大した問題にはならない。
《殻竜、硬直復帰!》
《アルファチーム後退。チャーリーチーム、効力射を開始しろ》
《チャーリーチーム了解。リコリス1、頼みます》
「了解! ポイントマーク!」
殻竜が硬直から回復すると同時に近接攻撃の部隊が離れ、中遠距離を得意とした部隊が銃撃を行う。
グレネードランチャーなどの爆発系火器により発生した煙が充満してしまうが、空のアスカが上空からターゲットポイントとして指定することで輪郭が表示され、効果的にHPを削ってゆく。
ここまで繰り返してきた数々のミニイベントボス戦で構築された戦闘パターンであり、その効果は実証済み。
殻竜の突進と攻撃方向に注意しつつ、戦闘を優位に進めるアスカ達グリュプスのメンバー達。
それは殻竜の残りHPが3割を切り攻撃パターンが変化した後も変わらない。
《体に赤いラインが走り出したぞ》
《地ならし、来るぞ!》
《報告にあったやつだな。殻竜から距離を取れ!》
3割以下で殻竜に追加される攻撃は両の足を地面にたたきつけ地震を発生させる『地ならし』。
殻竜を中心とした円形一定範囲にダメージと強制転倒の効果を持ち、追撃として突進を繰り出してくるデスコンボ技だ。
対処法は後ろ二本足で立ち上がる予備動作のタイミングでジャンプし、スラスターで範囲外まで飛翔する事。
地面に脚さえついていなければダメージも転倒もしないのだ。
すでにこの事は先に殻竜と戦闘を行っていたクランメンバー他情報クランからもたらされており、混乱もなし。
《突進! 今度は躱せよ!》
「殻竜沈黙!」
《よし、一気に張り付け!》
《斉射、はじめ!》
その後も多少の損害は出しつつも順調にHPを削り、ついに殻竜の討伐に成功する。
「グルルルル……」
《殻竜の消滅を確認》
《状況終了。我々の勝利だ》
「皆さん、お疲れさまでした!」
<殻竜を倒しました>
<4890の経験値を入手しました>
<殻竜【難易度エキスパート】初回討伐報酬殻竜珠を入手しました>
<殻竜の鋼殻鱗を2つ入手しました>
<殻竜の鋭角を1つ入手しました>
<殻竜の殻盾を2つ入手しました>
<殻竜の魔力片を3つ入手しました>
<魔石・大を4つ入手しました>
ログが討伐成功を告げると同時に大量のドロップアイテム入手報告が上がる。
アスカのお目当てはもちろん初回討伐報酬の殻竜珠だ。
「よし、ゲット。初回だけだけど、確定でもらえるのは嬉しいね」
《リコリス1、お疲れ様。お目当ての物は入手できたか?》
「あ、はい。毎回ありがとうございます」
《気にしないで。私達の方が助かってるから》
《そうそう。空からの支援があるとやっぱり違うぜ》
《リコリス1のいるうちの中隊が一番被害少ないですからね》
「いえ、皆さんの腕があってこそですよ!」
互いに健闘を讃え合いながら、開拓村への帰路に就く。
ここも今まで同様空のアスカが周囲の索敵を行い無駄な戦闘を回避。
特に問題もなく帰り着き、いつものようにランナー協会でクエスト達成の報告と報酬を受け取理を完了する。
「今日の中隊ノルマはここまでだな。皆後は自由行動だ」
「よっしゃ、終わった終った!」
「ねぇ、ミッドガルの新しいお店に行こうよ、期間限定スイーツ出たんだって!」
「うわぁ、モンブランの奴だよね? リアルじゃ競争激しすぎて買えないし美味しそう!」
所属しているのが巨大クランなだけに、ノルマも存在しているのだ。
と言ってもそれほど厳しいものではなく、主にプレイヤースキルとクラン運営資金獲得のための物。
精鋭である中隊メンバーからすれば微々たるものであり、1つ2つクエストを消化するだけでノルマ達成。
あとは好きに行動してよい事になっている。
中隊の面々も自主練、素材集め、武器更新、消耗品作成など別行動。
そしてアスカはと言えば……。
「ねぇ、アスカも行かない? ミッドガルのスイーツ店」
「モンブラン、絶対美味しいよ!」
「ごめん、私もちょっと用事があるんだ」
「そっか、残念……」
「限定品だから、今度一緒に行こうね」
「うん、またね!」
中隊の女性メンバーからの誘いを断り向かったのは、当然ダイクのランナーショップだった。
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嬉しさのあまりレキシントンから発艦してしまいそうです!




