12 難易度エキスパート
全員が戦闘準備を終え、颯爽と駆け出したカルブ。
TierⅢになりより大型になっているにもかかわらず、いままで以上の速度でボスに向かい突撃を敢行する。
「でっけートカゲくらい、一撃で沈めてやるぜ!」
カルブの叫びに応じ、彼のエグゾアーマーに変化が現れる。
肩、背部、腰、そして脚部。
各部に増設された収納式追加スラスターが一斉にノズルをあらわにし、一斉にブーストを開始したのだ。
とてつもない爆音と噴煙をまき散らし、ミニイベントボスへ向け最高速度で吶喊するカルブ。
腰だめに構えた右手には彼の相棒であるパイルバンカーがアクティブ状態でセットされている。
「くらええぇぇぇ!」
数百メートルはあった間合いを一瞬にして詰める。
しかし、これだけ盛大に接近されれば、エキスパート設定のボスが気付かない訳がない。
視線の先にしっかりと突撃してくるカルブを見据え、太い脚を踏ん張ると、姿勢を落とし……。
「ゴアアアァァァァァァァァ!!!」
「うわっ!」
すさまじい咆哮をカルブに見舞ったのだ。
その声は間近に迫ったカルブはおろか、離れていたアスカ達にも届いていた。
「きゃあっ、すごい声!」
「カルブ! あれ、体が動かない!?」
「しまった、あの咆哮にはすくみ効果があるんだ!」
ミニイベントボスから距離を取り、離れていたアスカ達でこれなのだ。
近距離で咆哮を受けてしまったカルブは完全に動きが止まり、ダメージまで負ってしまっている。
そして、このチャンスを敵は逃さない。
身長6mという巨体からは想像もつかない身軽な動きで体をひねり、身長より長い尻尾を鞭のようにしならせると、無防備となったカルブへ向け薙ぎ払いの一撃を見舞ったのだ。
「あぁっ、カルブが吹っ飛ばされた! あの大馬鹿!」
「メラーナ、僕も出る! アスカお姉さん、援護をお願いします!」
「任せて!」
幸い装備していたエグゾアーマーがTierⅢだったこと、メラーナが前もって支援魔法をかけていたことなどから一撃死は免れたカルブ。
だが、数百メートル吹き飛ばされ、大ダメージを負った事でスタン状態になってしまっていた。
すくみから解放されたラゴは、カルブに追い打ちをかけようとするミニイベントボスの動きを止めるべく、スラスターを使い強襲を仕掛ける。
同時にアスカもターボシャフトを稼働させ離陸。
スラスターを使うラゴよりは遅いながらも距離を詰めつつピエリスとエルジアエの両銃を乱射する。
……ところが。
命中したピエリスの銃弾は盛大な火花を散らすばかりでダメージを与えられず、エルジアエの連射も鱗を赤く発熱させるだけにとどまり、1のダメージにもなっていない。
この光景に、アスカは見覚えがあった。
「これ……ダメージ通ってない、全部弾かれてる! アイビス!」
『ミニイベントボス轟竜。攻撃力に特化したボスですが、ピエリスとエルジアエでは火力不足です』
「やっべぇ!」
イベントを共に戦い抜き、ヴァイパーチームとの空戦でも大活躍した愛銃ではあるが、エルジアエはTierⅢ、ピエリスに至ってはTierⅡなのだ。
最高難易度エキスパート設定の轟竜相手には分が悪い。
そして、それはアスカだけの話ではない。
《はっ、せやぁっ! ……くっ、駄目だ!》
《ど、どうしよう、アイツ銃が効かないよ!》
近接戦闘を行うラゴ、後方からスナイパーライフルで射撃を行っているメラーナ両名の攻撃もほとんど効果がない。
エルジアエの単発ならダメージが入るが、轟竜の膨大なHPから言えばわずかな量。
倒しきれるとは思えない。
「あっ、これ駄目だ! メラーナ、ラゴ、撤退、てったーい!」
《わ、分かりました!》
《カルブを回収します。アスカお姉さん、牽制お願いします!》
「任せて!」
この時点でアスカは自分たちの装備では轟竜に太刀打ちできないと判断。
すぐさまメラーナ達に撤退指示を出す。
メラーナもラゴも状況が状況なだけにすぐさま了承。
いまだスタンから立ち直れていないカルブを救助すべく行動を開始する。
アスカはそんな二人へのフォローのため、再度轟竜へ攻撃。
ピエリス、エルジアエ連射、単発、そしてグレネードランチャー。
今アスカが出来る全ての攻撃で注意をこちらへ引き寄せる。
轟竜の方も離れて行く二人は気にはなるが、こちらへ攻撃を続けるアスカを無視することも出来ない。
ほぼノーダメージとは言え、姑息にも攻撃を仕掛けてくる者を放置することはできなかったのだ。
「グレネード! これも駄目か!」
『現在の兵装では、轟竜に対し有効な攻撃手段がありません』
「とりあえず囮になるよ、三人を逃がさないと!」
無駄とわかりながらも、時間を稼ぐため攻撃を続けるアスカ。
降り注ぐ銃撃を全て硬い鱗で防ぎ、盛大に火花を散らす轟竜もアスカを攻撃対象として認識。
先ほど同様、脚を踏ん張り腰を落とすと、アスカへ向け大きく口を開いた。
このアクションにアスカはまた咆哮が来るのかと身構える。
が、轟竜が開口した先に光が集まり出し、球体が発生したことですぐに別の攻撃だと直感。
すぐさま回避行動に移る。
『攻撃、来ます』
「まずい、緊急回避!」
危険を感じ緊急回避を行うと同時に、轟竜の口先で発生した球体が弾け、アスカへと襲い掛かる。
ほんの数秒前までアスカが居た空間を貫いたのは、光の弾丸ではなく一筋の光線。
細く、一瞬で空を貫いた轟竜のレーザービームだ。
それはイベントでアラクネが使っていた超高貫通魔法攻撃『ペネトレイションレイ』に酷似していた。
「分かる、分かるぞ! これ当たったら絶対ヤバい奴だ!」
『大気中の魔素を集約して放つ魔法攻撃『トモナカ』です。被弾するとフライトアーマーでは耐えきれません。注意してください』
「ここでやられるわけにはいかないものね!」
《アスカさん、カルブの回収、終わりました!》
《アスカお姉さんも撤退してください!》
「了解、全力で離脱するよ!」
そうこうしているうちにメラーナとラゴがカルブを回収。
重量のあるアサルトアーマーではあるが、余計なパーツを全て取り外せばストライカーとメディックアーマーの推力でも運搬は可能。
二人がカルブの両脇を抱える形で支え、スラスターを吹かしながら離脱してゆく。
アスカはそんな三人の離脱を目視で確認。
牽制射を行いつつ距離を取る。
この動きに、轟竜は追撃の動きを見せず、その場にとどまり離脱してゆくアスカを睨みつけるのみ。
アスカ達を脅威とは認識しておらず、無理に追う必要もないと判断したのだろう。
結局、アスカ達四人は轟竜と交戦したものの、ろくにダメージを与えることも出来ずに撤退したのであった。
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「もう、あれだけ注意したのに!」
「だってよ、あんな棒立ちしてたら突っ込むに決まってんじゃん!」
「初見のボス、しかもエキスパート設定にしちゃったんだからもっと慎重にやってよ! 危うく全滅するところだったじゃない!」
「で、でも……」
「でもじゃない!」
ホクトベイに造られた開拓村。
大通りにある喫茶店の一つに、轟竜から逃げ帰ったアスカ、メラーナ、ラゴ、カルブ四名の姿があった。
話の内容は当然先ほどの轟竜戦。
カルブが先走りエキスパート設定にしてしまった結果、アスカ達の武器ではダメージが通らず、攻撃も一撃死の危険が伴う強敵として姿を現した。
これだけならまだしも、無防備に立ち尽くす轟竜にカルブが耐えきれず突撃を行い、見事に玉砕。
小隊メンバー全員を危険にさらしてしまったのだ。
毎度のことながら、反省、改善の色が見えないカルブにメラーナはカンカン。
鬼の形相でカルブに食って掛かかる。
「まぁまぁメラーナ。初見だったんだし、仕方ないんじゃない?」
「結果として轟竜の攻撃パターンも知れたわけだし」
「アスカさんもラゴも甘すぎ! カルブにはしっかり紐を付けておかないと周りに迷惑ばっかりかけちゃうんだから!」
「いや、それは……!」
メラーナの言葉に反論しようとするが、少し前に掲示板で大炎上をかます失態を犯してしまっているだけに返す言葉が見つからない。
「とりあえず生きて戻ってこれたんだから良しとしようよ。それよりも……」
「これからどうするか、ですね」
「うん。少なくとも私達の武器じゃ轟竜を倒すのは無理だと思う」
「つったって、ダメージが通るようにする事なんてひとつじゃん?」
攻撃力が数値化され、Tierまで存在するゲームの世界。
火力不足に陥った場合に取る方法は至極簡単。
高性能な武器を調達すればよいのだ。
「カルブ、私達エグゾアーマー新調したばかりだよ?」
「でも倒せねーんじゃどうしようもねーじゃん?」
「……メラーナ、武器を買おう。どのみちこのままじゃどの敵を相手にしても苦しくなるよ」
「う~ん……仕方ないかぁ」
エグゾアーマーをTierⅢの物に更新したメラーナ達だが、武器までは購入していなかった。
イベントでは頼りになった武器たちだが、この辺りが限界なのだろう。
「私も買わないと駄目かなぁ……」
『エルジアエであればノービス、スタンダード共に通用すると思われます』
「ピエリスは?」
『ノービスでも厳しいでしょう』
元々ピエリスはサブマシンガンとアサルトライフルの中間にあたる銃。
連射力と貫通力の両方を備えてはいるが、同格のアサルトライフルよりは貫通力が低いのだ。
TierⅡであることも考えれば、ここまで使い続けられた事だけでも十二分だろう。
「となるとどっちも更新ないと駄目かぁ……気に入ってたんだけどな」
『武器は現在使用している物をアップグレードさせることも可能です。ショップで相談されてみてはいかがでしょう?』
「へぇ……じゃあ、とりあえずショップに行ってみないとだね」
アスカもメラーナ達同様、武器のアップグレードを行う事に決定。
これなら何とかなるかと思われたが、メラーナの支援AI、パッセルから待ったがかかった。
『エキスパート設定の轟竜相手では、武器を更新しても撃退は難しいと思われます』
「まだ駄目なの!?」
『エキスパートはレイドまではいかないものの、複数小隊でのチームプレイを念頭に調整されています。推奨Tierの火器、エグゾアーマーをそろえても1小隊では敗北する可能性があります』
「そ、そうなんだ……」
難易度設定自体、ビギナー、エンジョイ、ガチ勢らの住み分けの為に用意されていると言ってもいい。
そこにはミニイベントとは言え、幅広い層に心まで楽しんでもらおうという運営の努力が垣間見れる。
もっとも、ビギナー、エンジョイ、ガチなどプレイヤースタイルにかかわらず「難易度設定があるなら最高難易度をやらないと駄目だろう」と考えるのもまたゲーマーという生き物なのだが。
この問題を解決する方法は二つ。
一つは難易度をノービスかスタンダードに落とすこと。
もう一つは討伐に参加してくれるメンバーを集めること。
四人で話し合うも「最高難易度を攻略したい」というカルブ、ラゴと「ほどほどでいいんじゃない?」というメラーナ、アスカで意見が分かれ、とりあえず先に武器を何とかしようということに決着。
カフェを後にしたのであった。
たくさんのいいね、感想、評価、ブックマーク、誤字脱字報告本当にありがとうございます!
嬉しさのあまりホーネットから発艦してしまいそうです!
茜はる狼様にPVコミックを描いていただきました!
強敵相手にワクワクするアスカの表情をお楽しみください!
https://twitter.com/fio_alnado/status/1496327705599840256




