10 ミニイベント開始
観戦していたランナー達が驚愕したクラングリュプス空戦テストから数日。
クラン合同訓練も終えたアスカは、好きな時に飛び、好きな時に満開のリコリス畑を堪能し、好きな時にクエストを消化するというエンジョイプレイを満喫していた。
リアルフレンドであるレインもようやく飛ぶ事だけはできるようになり、あとは自主トレすると別行動をとることも多くなってきた。
そんなある日、ハルと共に日課の魔力草収穫を行っていたアスカのもとにメラーナ、ラゴ、カルブの仲良し三人組が訪ねてきたのだ。
収穫を切りの良いところまで進んでいたという事もあり、残作業をハルに一任。
足早に小屋へ入ると手慣れた手つきでハーブティを用意。
お気に入りのカップとお茶菓子でティータイムとなった。
「ナインステイツでミニイベント?」
「はい、よかったら一緒にプレイできないかなと思って!」
「ここのところねーちゃん忙しくて一緒にプレイできなかっただろ?」
「アスカお姉さんは最近のごたごたでナインステイツにはまだ行ってないんですよね?」
「うん。というかナインステイツに行けるようになってたことも知らなかったよ」
イベント後の大規模アップデートで追加された各深部エリア。
東西北はそれぞれのエリア深部だったが、海に面した南エリアで解放されたのは輸送船で移動するナインステイツエリアだ。
しかも解放されたのはイベントで使用されたホクトベイ、博多湾だけでなく福岡県全域だという。
「範囲が広すぎない? 福岡県だと通常マップより広いんじゃ……」
「あ、これにはカラクリがあるみたいで……」
『お答えいたします』
「さすがアイビス!」
アスカが疑問を呈せば始まる、なぜなにアイビス。
アイビスの説明によると、新エリア『ナインステイツ』は完全な未開の地になっているという。
先のイベントでホクトベイ攻略の理由が『新発見した島開拓のための橋頭保確保』となっていた事を踏襲。
広い福岡県ベースのマップだが、未開の地であるためNPCが住む村、街がなく、全て草原、森林、山など。
マップデータも既存の地形データを参照し、AIによるランダム生成で木々、岩などの配置が決められている。
故に、広大なエリアを持ちながらもそこまで制作に苦労していないのだという。
エリア拡張に際し出された運営コメントは『未開の地、ナインステイツ。この島をどう開拓してゆくかは、皆さん次第です』。
つまり、ナインステイツに関して運営は関与せず、ランナー達が好きに街づくりをしてください、という事。
「それは……人気が出そうだね」
「はい。特にイベントでの激しい戦闘のせいか、ホクトベイ周辺には強力な敵もいなくて、第二陣の皆もプレイできる環境なんです」
「俺達のクランメンバーもそっちばっか行ってるぜ」
「いまは大樹を中心に村が作られてて、NPC達も移住を始めてるんですよ」
何かを作る、というのはいつの世も人の心を魅了する。
混雑やいらぬいざこざを避けるためランナー協会が区画整理を行い、クラン、もしくはランナー個人が土地を購入する形を取っているが、購入した土地に何を立てるかは自由。
切り出してきた木材で住居を構えるもよし、商店にするもよし。
岩を切り出して石造りにするのも、レンガを作りレンガ造りにするのもすべてが自由だ。
住居を立てるのはランナーだけでなく、ランナー協会の職員やイベントで後方支援を行ってくれたエルフ、ドワーフたちも同様。
こうして開拓村となったホクトベイ周辺はヒト、モノ、カネが集中するある種のバブル状態になっている。
「ナインステイツについては分かったけど、ミニイベントって言うのは?」
『レイドとは違い個人、または少人数で行われるイベントです。開催されるイベント数が多いので、プレイスタイルに合ったイベントに参加できます』
「なるほど。で、メラーナ達が一緒にやろうって言ってくれてるのは……」
「もちろんボスを倒すミニイベントだぜ!」
アスカの問いに満面の笑みで答えるカルブ。
ここのところ内政的な事柄が多かっただけに、思う存分戦闘がしたくて仕方がないようだ。
「じゃあ、せっかくだしご一緒させてもらおうかな」
「わぁ、ありがとうございます!」
「やったぜ!」
「久しぶりにアスカお姉さんとプレイできますね!」
ここしばらく空を飛ぶ仲間達と飛んでばかりだったという事もあり、メラーナ達との地上連携戦も悪くない。
畑の作業を終えたハルもお茶会に加え、ハーブティを堪能した後、ボス戦の為の準備を始めたのだった。
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バゼル港からナインステイツへ向け移動する旅客船。
イベントの時の揚陸艦とは違い開閉式の艦首門も後部水上機射出機もない、人員を輸送するだけの船だ。
そんな旅客船のデッキに、海風に当たるアスカ達の姿があった。
「う~ん、やっぱり風が心地いいね!」
「毎回船で移動はめんどくさいですけど、たまには良いですよね!」
旅客船の行先はもちろんナインステイツ。
メラーナ達は既にホクトベイのポータルを登録しているが、アスカは未登録の為こうして船での初移動となる。
イベントの時は初期設定されている3つ地点を選択しての移動だったが、エリア拡張された今ではイベント時の最重要拠点だったホクトベイの大樹がある地点へ直接接岸する形になっている。
目の前に見えてきたホクトベイの海岸線。
砂浜に激戦が繰り広げられた形跡はない。
しかし、モンスター達の攻撃により大破浸水、着底した大型揚陸艦が数隻鎮座しており、ここが間違いなくイベント最終決戦の舞台であったことを物語っていた。
ホクトベイが内海という事もあり多少の風はあれども波は穏やか。
空も雲が所々に浮かぶ美しい秋空であり、ホクトベイにある大樹と共にアスカ達を歓迎してくれていた。
そんな風情豊かな船旅を楽しんでいると、船が減速。
いつの間にか設置されていた海岸から伸びる桟橋に近付くと、旅客船の動きも停止した。
《本船はホクトベイに到着いたしました。またのご利用を心よりお待ちしております》
「あっ、もう着いたんだ」
「こっからは桟橋だぜ、ねーちゃん」
「旅客船は海岸に近付きすぎると座礁するそうです」
「揚陸艦は大丈夫だったのに……」
イベント時の揚陸艦は大破着底以外では座礁の概念がなく、敵モンスターが陣取る海岸線に文字通り強襲上陸を仕掛けたが、この旅客船は座礁してしまうようだ。
結局アスカとメラーナ達は他の乗客同様桟橋からホクトベイに上陸。
すると、そこには驚くべき光景が広がっていた。
「すごいね、どこを見ても人、人、人だよ!」
「すげーだろ。ランナーにNPCにアームドビーストに盛りだくさんなんだぜ」
「エグゾアーマーを装備した人もいるんだね」
「あれは資材運搬用と工事用のトランポートアーマーです」
「開拓村も基本的にはエグゾアーマー装備禁止なんですけど、アームドビーストとトランポートアーマーは装備可能なんですよ」
「そうなの?」
「なんでも建設、建造にはエグゾアーマーの力が必要不可欠らしくって」
戦闘ばかりしていて忘れているが、エグゾアーマーも基本的にはパワードスーツなのだ。
人間の基本動作に対するパワーアシスト、インベントリに担げない程大量の資材を積み込み、運搬。
スキルなども合わせた建造、建築速度はリアルなどとは比べ物にならない。
むしろ、エグゾアーマー無しでの建造作業などただの拷問である。
「なるほどねぇ。あ、ポータルは何処にあるのかな?」
「ポータルはこの大樹です! アスカさんももう地点登録されてるんじゃないですか?」
「えっ、大樹が? 本当だ、ホクトベイがポータル登録されてる」
イベント時には大樹の根元にポータルが設置されていたが、オープンワールドとなっている今では大樹そのものがポータルの役目をはたしている。
また、大樹周辺は通常マップの村町と同じように目に見えないフィールドが発生。
町の拡張、発展具合に合わせてフィールドの範囲も拡大してゆく仕組みだ。
そんな会話をメラーナ達と行いつつ、開拓村を観光気分で歩くアスカ。
エリア拡張してからある程度時間がたっている為、大通りが整備、商店や飲食店も開業されており、ゲームを楽しむランナー達も大勢往来するとあって活気に満ちていた。
もっとも建物は木造がほとんどで地面も舗装路ではなく土。
開拓村はずれの方に3~4階建てのコンクリートビルが見えるが、話を聞くと有力クランの支部になっているそうだ。
そうして開拓村の大通りを進んでいると、ひと際大きな建物にたどり着いた。
出入りするランナーの多さとやる気に満ち満ちた顔から、ここがランナー協会のホクトベイ支部だと直感。
すでに何度も来たであろうメラーナ達に連れられ、そのまま協会の中へ。
この建物も他の建築物同様木製。
しかし、内部は石畳や土台に大きな岩を使用しており、見た目以上の頑丈さをうかがわせる。
ランナー協会内はメラーナ達同様ミニイベントボス討伐クエスト受注のためのランナー達でごった返しているが、こうなることを想定してか受付嬢もかなり増やして協会側も対応していた。
ミニイベントボス討伐クエストは今日が初日。
この混雑も仕方がない、とアスカ達もあきらめ顔でクエスト受注の列に並ぶ。
どれくらい待つのかなと気怠そうにするも意外と人の動きが早く、あっという間にアスカ達の番となった。
「いらっしゃいませ。こちらはクエスト受付カウンターです。どのクエストを受注いたしますか?」
「えっと、ミニイベントボスの討伐クエストをお願いします」
「承りました。それでは、受注する討伐クエストを選択してください」
「種類があるんですか?」
「はい。詳細説明が必要ですか?」
「お願いします」
受付嬢曰く、ミニイベントボスは正確に言うとフィールドボスになるという。
通常外をうろつくだけでは遭遇しないが、ミニイベントの期間中だけ張り出される討伐クエストを受注すると該当するフィールドボスがポップ。
ナインステイツのエリアを徘徊するようになる。
フィールドボスなのにクエスト方式なのはランナー達によるボスの奪い合いを防ぐため。
ランナー達はクエスト受注したボスしか認識することが出来ず、他ランナーのボス戦介入は救難信号受諾などのごく一部のケースに限られている。
受注できる討伐クエストは全部で8種類。
同時に全ての討伐クエストを受注することも可能だが、最悪の場合複数のフィールドボスを同時に相手する可能性があるので注意が必要との事。
「なるほど、しっかり対策は練られてるんですね」
「討伐難易度はノービス、スタンダード、エキスパートの三つから選択できます」
「ふむふむ……」
メラーナ達とは小隊を組むため誰かが認識できないという事態には陥らないだろう。
あとはどの難易度のフィールドボスを選択するかだが、モンスター名を見ただけではどんなモンスターなのかがさっぱりわからない。
さすがに勝手には決められないとメラーナ達の意見を聞こうとした、その時。
「これ! これのエキスパートお願いします!」
「あっ、カルブ! あんたまた!」
「受付しました」
「カルブ……やっちゃった」
「あぁ、もう!」
「いいじゃん! 事前情報じゃこいつが一番ヤバそうだって話題になってたんだぜ!」
振り返ろうとしたわずかな隙を突き、カルブがクエストを受注してしまったのだ。
訂正しようかとも思ったが、そもそもどれでもよかった事、詳細説明を聞いてしまったおかげで後ろのランナーを待たせてしまった事などもあり、結局変更することなくカルブの決めたミニイベントボスを討伐することになったのであった。
この話の一部を見て「おや?」となった方、つまりそう言うことです。
たくさんのいいね、感想、評価、ブックマーク、誤字脱字報告本当にありがとうございます!
嬉しさのあまりヨークタウンから発艦してしまいそうです!
茜はる狼様にPVコミックを描いていただきました!
強敵相手にワクワクするアスカの表情をお楽しみください!
https://twitter.com/fio_alnado/status/1496327705599840256




