9 Blue Planet Online 暗躍するプログラマー
本日3話更新。
読み飛ばしにご注意ください。
本話は3話目になります。
3/3
都内某所ゲーム会社スワロー本社。
記念すべきファーストイベント、クラン実装等を伴った大型アップデートと言う大仕事を終え『Blue Planet Online』開発・運営室はようやく一息つける状況になっていた。
ただし、万事全てが平穏と言う訳ではない。
「室長、先週の売り上げ、アクティブ率のデータまとめたので共有フォルダに入れておきます」
「もうまとめたのか。早いな、助かるよ。今日はもう遅い、君ももう帰りたまえ」
「ありがとうございます。実はこれから彼女とデートなんですよ」
仕事を手早く終えた理由を満面の笑顔で述べたスタッフは、彼同様帰り支度を始めている他メンバーに軽く挨拶を行い、足早に会社を後にする。
それは彼だけでなく、ここまでデスマーチを続けてきた猛者たちもようやく人並みの生活が出来ると定時で退社。
野村室長が上がって来たデータに目を通し終わったころには数名のスタッフを残すのみになっていた。
「お疲れさまです、室長。コーヒーどうぞ」
「気が利くじゃないか若松。ありがとう、いただくよ」
「室長、無理しすぎじゃないですか? 少し休んだらどうです?」
イベントが終了してからもイベントのクレーム処理、クラン実装に伴う上位ランナー勧誘合戦と室長を悩ませる案件は少なくない。
とある有力ランナーを中心としたクラン騒動はその最たるもの。
慎重な対応を強いられる案件も多く、若松に渡されたコーヒーを飲む野村室長の表情に疲労という形で強く表れている。
「なに、山場は超えたんだ。ここからはすこし落ち着くさ」
「では顔でも洗ってきてください。ひどい顔してますよ?」
「……なに?」
洋服こそしっかりアイロンがけされ、綺麗なネクタイをしている野村室長。
だからこそ目の下にクマが出来、誰が見てもやつれてしまっている表情が目立っているのだ。
自覚のなかった野村室長は慌てて顔を確認しようと鏡を探すが、あいにく男性である室長のデスクには鏡はない。
結局デスクの周辺をごそごそと探すも鏡が見つからず、諦めてコーヒーを飲みつつワークチェアにため息をつきながら寄りかかった。
「まぁ、そのうちよくなるだろう。ところで問い合わせに【デコイ】に関することが多いんだが、やはりアレか?」
「アレしかありませんよ室長。問い合わせは先日のクラン内模擬戦以降増加していますから」
「模擬戦のログを見たが、支援AIは『PVPでは【デコイ】を操作しない』という事項をしっかり守ったようだな」
「そのための支援AIですからね。しかし支援AIが【デコイ】を操作できる、という事は広まり出しているので止めようがないでしょう」
「一度許可を出してしまったからな。もはや止められんか」
溜息を吐きながら再度コーヒーを口に含む野村室長。
とあるランナーからの問い合わせにたまたま居合わせた古田が許可を『出してしまった』【支援AI】による【デコイ】システムジャック。
他スタッフが事態に気付いた時にはすでに手遅れであり、一度許可を出してしまった以上取り消しも不可能。
運営スタッフからは『【支援AI】か【デコイ】をナーフして対処すべきではないか?』という意見も出たが、これを行っているのがたった一人、それもフライトアーマーのみを使用するトップランナーという事が問題になった。
確かに【支援AI】による【デコイ】操作は非常に強力だが、それは『トップクラスのランナーが使用した時』である。
トップクラスにのみ焦点を当てたバランス調整を行った場合。
当事者には『使いにくい』程度で済むが、他大勢のランナー達にとっては『使い物にならない』レベルの調整になる可能性が極めて高い。
【支援AI】が操作する【デコイ】の動きが使用ランナーのミラーであり【デコイ】がもつ根本的な欠点『極めて低い耐久性』もそのままである以上、ナーフは慎重にと結論付けた。
「β時代から複数でシナジー効果を発揮するスキルはありましたからね」
「それに加えて今はスキルスロットがある。消費MPも考えたら環境を破壊する程ではないだろう」
「今はリコリス1が使っていたという事でムーブメントになっていますから、もう少ししたら落ち着くと思いますよ」
「まぁしばらくはこのまま様子見だな」
そうして野村室長が次に画面に映したのは数日後から始まる各種ミニイベント実施要項だ。
これはイベントMVP授賞式で発表した通り、戦闘のみならず創作物の品評会やレースなどランナー達に好きなジャンルで楽しんでもらうための項目。
品評会も武器、カスタムエグゾアーマーのみならず、フォトグラフ、料理や生け花、アームドビーストコンテストなど多ジャンルに及び、レースもレーシングカスタムエグゾアーマーやアームドビースト競争などこれもかなりの種類を設けている。
中でも注目すべきはやはり戦闘がメインのミニイベントだろう。
「若松、ミニイベント用ボスはどうだ?」
「AIやスタッフを使用しての最終調整も問題ありません。クエストで難易度設定も調整できるのでイケます」
「それぞれの配置場所は?」
「予定通りナインステイツを使います。ボスは全部で8種類。トランスポート以外のエグゾアーマーごとに対応したものを用意しています」
「……フライトアーマーもだよな?」
「……フライトアーマーもですね」
説明の中、わずかな沈黙の後若松に問い、若松も沈黙の後に答える。
「本当に大丈夫だろうな? フライトアーマー用のボス作ったの古田だろう?」
「まぁ、彼以外にいませんからね。見ました? グラフィックヤバいですよ」
「何度も見た。外注したらいくらかかるか分からんぞ、あの出来は」
戦闘メインのミニイベントは先の大型アップデート後実装された新マップ、ナインステイツを利用する。
これはナインステイツのマップが極めて広大であり、フィールドボス的な要素を持つミニイベントボスを動かすのにちょうどよかったからだ。
ナインステイツに配置されるボスも各チームが会心と豪語する素晴らしい出来であり、ファーストイベントの反省も踏まえ難易度調整も完璧にしてある。
その中でも異彩を放つのはやはりチートオブチートの異名を持つ古田が制作したフライトアーマー用ミニイベントボスだ。
空を飛ぶフライトアーマーよろしく飛行ボスであるその出来はすさまじく、移動モーション、攻撃パターン、思考AIなど全てが他のミニイベントボス達を一回り二回り上回っている。
もちろん、古田はこれをたった一人でやってのけた。
「テストチームでの勝率は?」
「数チームで当たれば悪くないです。もともとフライトアーマーはTierⅣからバリエーションが一気に増えるので」
「高難易度は?」
「それも大丈夫です。ドッグファイトが出来るようになっていれば3小隊合同で倒せます」
「……ソロではどうだ?」
「………………」
「おい。顔を背けるな」
野村室長のさらなる追求を沈黙と視線逸らしで逃げようとする若松。
その意味するところを察せない野村室長ではなく、再度ため息をついてワークチェアに体を預けた。
「戦闘データあるな? よこせ」
「えっ? あ、いや……でも」
「いいから」
「……分かりました」
さすがにこれは見過ごせないと若松から高難易度、エキスパートにおける戦闘データを受け取り、自身の目でもって確認する。
そこにあったものは……。
「……こいつAIだよな?」
「……AIです」
「……生きてるんじゃないか?」
「……いえ、紛れもなくただのデータです」
「これは……いや、しかし」
まるで生き物のように縦横無尽に空を飛び回り、12人のフライトアーマーに囲まれながらそれでも圧倒的火力を見せつけるエキスパート設定のミニイベントボスだった。
その動きは先のイベントで飛行エネミーとして存在したアキアカネ、ギンヤンマ、ネームドエネミーブービーをはるかに上回っている。
「これの調整は……聞くまでもないな。まだ古田は残っているのか?」
「残ってますよ。……自分のデスクで「宇宙大戦争マーチ」歌ってます」
「あいつは……」
イベント以後古田の機嫌は最高潮を維持し続けている。
彼が上機嫌の時だけ歌う鼻歌は既に開発、運営室の名物となっており、リコリス1、アスカからの【デコイ】に関する問い合わせを受けたあたりからレパートリーが増え、先日のクラングリュプス内模擬戦以降はアニメ、映画とジャンルを問わなくなっている。
そんな古田を見て目を覆う野村室長。
彼が上機嫌で調整したミニイベントボスなど考えるだけで恐ろしい。
室長から呼ばれ、歌っていたところを止められたにも拘わらず機嫌がよさそうな古田。
大多数が帰路に付き人が少なくなったオフィスを足早に室長のデスクまで寄って来た。
「なんでしょうか室長」
「古田、これどう調整した?」
「ノービス、スタンダードは推奨Tier帯フライトアーマーの能力を参考に。問題ありません」
「ではこのエキスパートは?」
「フライトアーマー使用者の中で上位のプレイヤースキルを参照。彼らが一個小隊で当たって倒せるレベルです」
「これが!?」
古田が表情一つ変えずあっけらかんとして答えた設定に、思わず叫んでしまう若松。
突然の大声に帰宅し掛けていたスタッフたちが何事かと視線を向けるも、若松は慌てて何事もないと手でジェスチャーを行い、帰宅を促す。
「単機でこれを倒す設定は?」
「ノービスやスタンダードなら問題ないでしょう。エキスパートはそもそも小隊戦前提で組んでいます」
「ふむ……」
古田の回答を受け、再度視線を戦闘データに移す野村室長。
彼の回答は別におかしいものではない。
エキスパートは小隊戦を主としているのは他のミニイベントボスたちも同様であり、HPや攻撃力等の各種ステータスの上昇、難易度ごとに増えるモーション、賢くなるAIなど基本的には同じなのだ。
そこに難易度ごとに固定となる初討伐報酬、個数が増え品質も良くなるランダムドロップ。
出来栄えから来る迫力に圧倒されるが、この戦闘データも最終的にはテストチームが勝利しているという事もあり、問題はないだろうと判断した。
「まぁ、3小隊……中隊で倒そうと思わなければ何とかなる、か」
「他のミニイベントボスもそうですが、ある程度周回前提ですからね。さすがにエキスパート単騎はないでしょう」
それもそうだな、と笑う野村室長と若松。
その横では古田が妖しすぎる笑みをこぼしていたが、二人は気付かなかったようだ。
「それと野村室長、これを」
「ん、なんだ?」
「【デコイ】の一件からちょっと思いついたことがありまして。軽く企画書を作ってみました」
それまでの不敵な笑みを浮かべたまま、どこからか取り出したタブレットを渡す古田。
受け取った野村室長は最初こそ疑問符を顔に浮かべながら目を通していたが、みるみるうちに真剣な表情へと変わってゆく。
「……古田、これ本気か?」
「えぇ。各関係機関に協力を取り付ければ可能でしょう」
「一体何の話なんですか?」
それまでの楽観的な雰囲気が一瞬で霧散したことに気が付いた若松。
額にうっすら汗まで浮かべる野村室長からタブレットを渡され、目を通す。
すると若松も野村室長同様真剣な表情に……否、どんどんと顔を青ざめさせて行く。
「古田君、もしかして最初からこれを?」
「いえ、偶然ですよ若松さん。【支援AI】による【デコイ】操作をもっと別の形で出来ないかと考えたら思いついたんです」
「確かにこれを応用すれば出来るが……可能なのか?」
「はい室長。どの技術もすでに各研究機関で実用段階に入ってます」
「いや古田君これ医療とか最先端技術でしょ? それをゲームに応用するの?」
「安全性の問題もある……おいそれとGOサインは出せんぞ」
自信たっぷり、導入出来て当たり前という口ぶりで話す古田だが、野村室長と若松両名はそう楽観できず冷や汗を流す。
彼の出したアイディアは確かにも素晴らしく、今までのゲームとは一線を画す画期的なものだった。
が、しかし。
それはVRゲーム機器が普及した現代であっても超が付くほどの先進技術。
絶対に事故が起きてはならない家庭用ゲーム機での導入は慎重にならざるを得ない。
だが同時に思い描いてしまうのは、この案を実装した『Blue Planet Online』の世界。
そこには今までの『Blue Planet Online』はおろか、世界に存在する全ての既存ゲームと比べ物にならない次元に達した革新的なゲームだ。
やりたいか、やりたくないか。と聞かれれば『やりたい』と答えてしまうのは、彼らがどこまで行ってもゲーム好きだからだろう。
「古田、これはまだ各関係会社と連絡は取っていないな?」
「はい。構想を企画書に起こしただけです」
「……分かった。これは次の役員会議で上げることにする」
「野村室長、本気ですか!?」
野村室長から出て来た前向きな回答に驚愕する若松。
だが、彼の表情は驚きならがらも嬉しさが見え隠れしている。
「もし通ったとしても時間がかかるぞこれは」
「その時は私も協力します」
「頼む。若松、今日のこれは当分の間三人だけ秘密だ」
「緘口令ですね、了解いたしました」
普段と何も変わらない一日。
いつもと同じ日常の中、大きなうねりとなる最初の風が吹き出したのだった。
なにやらフラグが立ちました。
なお、このシステムはファンタジー小説や他VRMMO小説ではよく見かけるものですが、本作ではかなりの先進技術となります。
実装されるとしても相当先になるので、予想しながらお待ちください。
3話更新、お楽しみいただけましたでしょうか?
明日より1日1話更新に戻ります。
更新時間は19:30ごろを予定しております。
たくさんのいいね、感想、評価、ブックマーク、誤字脱字報告本当にありがとうございます!
嬉しさのあまりエセックスから発艦してしまいそうです!
古田が制作したミニイベントボスとは一体……?
下記に記載されているPVコミックに答えがあるかもしれません。
https://twitter.com/fio_alnado/status/1496327705599840256




