2 空を夢見た少女はゲームの世界で空を飛ぶ?
本日二話目。一話目未読の方は是非そちらからお読みください。
明転が収まるとそこは部屋の中だった。
部屋の広さは一〇畳くらいだろうか。ちょっと大きめのワンルームの部屋で、今は入り口に立っている。
後ろにはドアがあり、そのほかは部屋の隅にベッド、壁に押し入れ、大きめの窓があるだけという至ってシンプルな部屋。
目の前に表示されたテロップには『HOME』と記されている。
「ここがこのゲームでの私の部屋か……ずいぶんと殺風景だね」
この部屋はプレイヤーの好きなようにカスタマイズできるため、初期状態は最低限のものしか置いていない。
押し入れは何でも入るアイテムボックス。ベッドはログアウトに使用する。
「ん、今はアーマーを装備してないんだ」
アスカは自分の姿を確認し、アーマーを装備していないことを確認。
服装もアバター制作時アバターが身に付けていたものそのままで、白の長袖アンダーウェアとロングタイツ。
その上から膝下まで丈のある上下一体の緑のシャツを着ていて、シャツの腰の位置にはベルト通しが付いている。
足は脛のあたりまである革のブーツだ。
「この服装……いろいろと大丈夫なのかな……」
これで三角帽子でもかぶろうものなら盾と剣を持った勇者のコスプレと言われても否定できない。
「で、この部屋からはどうやって出たらいいのかな?」
部屋と服装の確認を終え、この部屋への興味を失ったアスカは部屋から出る手段を探す。
当然背後にあるドアがその手段と想定されるので、振り返ってドアの前に立つ。
するとウインドウがポップアップし、『ミッドガル広場』という文字が表示された。
「ドアを開けるんじゃないんだ」
ドアなのにドアじゃないおかしさにちょっとクスッとしたアスカは、表示されたミッドガル広場をタップ。
すると再び世界が明転した。
目を開けると、そこは大きな広場だった。
表示されているテロップには『ミッドガル広場』と言う文字が書かれ、背後にはここから出てきたのだろうか、青い光を放つポータルが広場の真ん中に建っている。
「うわぁ、これがゲームの世界なんだ!」
広場には石畳が敷かれており、所々に植木や花が設置、隅の方では噴水が綺麗な虹を作っていた。
周辺には多くの人がいて、おしゃべりしたり屋台で物を売ったりなど賑わっている。
大半はアスカと同じアバター初期仕様の服だが、青や赤だったり色の差があるようだ。
初期服以外の人々はごく普通の一般の服装をしていて、凝視すると緑のアイコンが頭上に表示されている。
おそらくあれがNPCなのだろう。
広場の周りは三~五階建てのレンガ造りの建物が多種多様な形で建っている。
大半が三角屋根なのだが、中には丸い屋根や平面の屋根の建物もあり、風情漂う街並みをしていた。
アスカはこの欧州のような風景に見とれてしまう。
「翼、これは想像以上だよ。空も青々としてていい感じ。あの空を飛べるんだ……」
見上げた空はサファイアのように澄んだ青空をして、いくつものひつじ雲の白は空の青さを一層引き立てている。
今すぐにあの空に飛びあがりたくなったが、そこでアスカは自分が未だアーマーを身に付けていないことに気が付いた。
「あれ、街に来たら装備するんじゃないのかな? もしかして装備してない?」
そう思いメニュー画面から装備を確認するが、間違いなくフライトアーマーを装備している。
「思えば周りの人たちもアーマーを装備してないし……なんで?」
チュートリアルやヘルプを参照してみるが、どこにも『アーマーの身に付け方』という項目はない。
四苦八苦しているアスカの目の前にウインドウが表示される。
「え、なに? もしかしてアーマーの身に付け方?」
<最初の街、ミッドガルへようこそ。ここは皆様の始まりの地。ここから世界に歩き出すのも、住み着くのも、お店を始めるのもあなたの自由です。お金を稼ぐにはクエストを、物を作るには素材を、お店を始めるには店舗を。楽しみ方もあなた次第。まずはいくつかクエストを……>
「うるさい」
表示された文章の半分も読まずにウインドウを閉じる。彼女は今空を飛ぶこと以外に興味がない。
むろん、その後クエストアイコンに表示された『NEW』の文字も、いくつかのチュートリアルクエストも視界に入らない。
空を追い求める彼女にとって、そんなことはどうでもいいのだ。
そうこうしているうちに行き詰まり、たまたま近くを歩いていた同じ服を着ているランナーらしき人物に助けを求めた。
「あ、あの!」
「え、俺?」
「はい。アーマーの身に付け方ってどうすればいいのか、ご存知ですか?」
「アーマー? あれは街の外に出ると装着できるよ?」
「街の外! ありがとうございます! ……えっと、街の外ってどっちに行けば?」
「それなら目の前の大通りをまっすぐ行った東門から外に出られるよ」
「わぁ、ありがとうございます!」
ようやく答えを見つけたアスカは街の外に向かって一目散に走りだす。
走って数分の場所にあった東門も広場と同じく人が多かったが、そんなことは御構い無しで門へ向けて走り込み、そのまま街の外へと出る。
「街の外は平原になってるんだ。すっごい広い……」
東門の外は地平線まで見渡す限りの緑生い茂る平原だった。
所々に起伏もあるが、基本的には丘陵地帯だ。
門の外側付近はアーマーを装備したプレイヤーも多く、ごちゃごちゃしていたためその場から少し離れたところでメニューを確認。
そこには『EXO ARMOR装着』というアスカが待ちに待った文字が表示されていた。
「よし、きたあぁ!!!」
両手をあげそのままひっくり返りそうなほどに反り返ってうれしさを体で表現するアスカ。
後ろの方では大声で何事かと気になりアスカのほうを見るプレイヤー多数。
そんなことをアスカは気にも留めず、『EXO ARMOR装着』をタップ。
すると足元に魔法陣が現れ、体がわずかに浮き上がる。
何もないところにアーマーのシルエットが半透明で出現し、それは透過率を下げながら実体化してゆく。
まず膝から下の足にアーマーが装着され、続けて腰部、胸部、肩。二の腕部分はそのままで、肘から先にアーマーが装着された。
そして背中に飛行用のフライトユニットが現れ、実体化。
エグゾアーマー全体が実体化したところで足元の魔法陣は消滅し、フライトアーマーを装備したアスカが地面に降り立った。
「ふおおぉぉ……これがフライトアーマー……」
初期装備のアーマーのためそこまでこだわった造りにはなっていない。
全体的に丸みを帯びたシルエットで、関節の駆動部分は残しつつ、こぶしや肘、膝、腰、胸はしっかりと補強されているが、頭にはこれと言ったアーマーは装着されていなかった。
武装もおまけ程度のもので、腰にロングソード、右手にアサルトライフルを持っているだけ。
そんな特徴のないエグゾアーマーで異彩を放つのが、背中に体に対して四五度くらいの角度をつけて装備されたフライトアーマー最大の特徴、フライトユニット。
全長一m近くになるノーズコーン形状のレシプロエンジン二基が装備され、その先端はアスカの頭と同じ位置にまで達し、インテークの穴が開けられている。
エンジン後部には排気ダクトと、推進力を得る四枚羽のプロペラ。
両エンジンの左右には二mずつ伸びる矩形翼の主翼があり、二つのエンジンの間には小さいながらも垂直尾翼が取り付けられていた。
その見事なディテールからは開発陣のフライトユニットへの力の入れ具合が見て取れる。
「アーマー選択の時にも見たけど、これは……良い……」
自分の背中に付いたフライトユニットに見とれ、うっとりとするアスカ。
その妖艶ともとれる表情は何も知らない人が見たらかなりの不気味さすらも漂わせていただろう。
「ん~、背中でよく見えない……ってこれ、動くの!?」
アスカが背中のフライトユニット、初期状態で体に対し四五度の角度がアスカの意思に合わせて±二〇度ほど動く。
「これ、可変ってこと? 力入れ過ぎじゃない?」
これでも誉め言葉である。
このギミックにより飛行時に体を寝かした高速飛行姿勢、体をおこし空中に立つ攻撃姿勢、その中間である巡行姿勢を使い分けることが可能になり、アクションに幅を持たせている。
「うん、可変は分かった。あとはエンジンスタートだけど……これ髪の毛巻き込まないわよね?」
今のアスカの髪型は腰まであるロングのポニーテール。
現実世界ならインテークの吸気から吸われ、プロペラに髪が巻き込まれ大惨事になることは想像に難しくない。
しかし、これはゲームである。
その可能性はないはずだ。
何より髪の毛がユニットをすり抜けている。
手で触ればユニットにも髪にも触れられるのだが、髪の毛とユニットはお互いに干渉せず、ポニーテールはあたかもそこにフライトユニットが存在しないかのように垂れ下がる。
「当たってないし、大丈夫だよね……よし!」
覚悟を決めたアスカは息をのんで構える。
「可変の要領で……エンジンスタート!」
ガブン! ブルンブルルルルルルル……
「かかった! まわった! すごいすごい!」
イメージ通りにエンジンが始動し、アイドリング回転を維持して回り続ける。
「このまま回転をあげればいいんだよね」
ブオオオオオオオオオオ!
アスカの意思に合わせてレシプロエンジンがうなりをあげて回転数を増やす。
回転はエンジン直結でつながっているプロペラに伝わり、推力が上がる。
その勢いはその場にとどまろうとするアスカを倒してしまいそうなほど。
「こ、このまま走ればいいんだね」
イメージするのは何度も見た航空機の離陸。
アスカは背中を押される勢いそのままに走り出し、その速度を上げて行く。
次第に足が感じる自重の重さが減って行き、しっかりと揚力を得た主翼はアスカを重力の楔から解き放つ。
「う、浮いた、浮いた!」
すでに足に地面を踏んでいる感覚はなく、アスカは今間違いなく『飛んでいる』のだ。
「よ、よ~し、いくぞぅ……最大出力! 前進!」
イメージでエンジン出力を最大。フライトユニットを動かし、主翼、体共に地面と水平となる高速姿勢に変えて空気抵抗を減らし、一気に加速する。
「すごい! 速い! 風すごい!」
全身に加速の風を感じながら、それでもエンジン出力は落とさない。
「いくよ~、急上昇!」
今度は主翼のエレボンを操作し、ピッチアップ。
十分に加速し、最高速に達していたアスカの体は一気に空へと舞い上がり、重力を振り切って上昇してゆく。
地面はどんどん離れ霞がかってゆくが、それに反比例して空はその青さを増し、雲は手につかめそうなほど近くなる。
周りを見渡せば遠くに地上からは見えなかった山や森、雪山など、このゲームのフィールドを一望できた。
それらはとても美しく、これがゲームの世界だなんて思えないほど。
「……すごい、綺麗」
アスカはその美しさに心打たれていた。
いくら空が飛べるといっても所詮はゲーム、現実にはかなわないだろうと思っていたのだ。
だが、今眺めているこの風景は以前スカイダイビングで見た現実世界の風景に勝るとも劣らない。
そしてもう一つ。今の自分の高度と服の薄さだ。
現実ならここまで高く昇れば気温は下がり、気圧の関係で酸欠になってもおかしくない。
しかし、今アスカが身に付けているのはインナーとシャツの二枚。
ゴーグルもマスクもしていないにもかかわらず体感では寒さも息苦しさも感じない。それはゲームの世界だからこそだ。
「……ゲームの世界も悪くないね」
目の前に広がる、緑と青豊かなパノラマ大絶景を眺めながらアスカはぽつりとつぶやいた。
この世界は私を歓迎してくれている。
そう思えるほどに美しい風景に。
――が、その時。
バスン! バタバタバタバタ……。
急にエンジンが止まり、推力、揚力を失ったフライトユニットは高度を維持できず、アスカはそのまま落下を開始する。
「え、え、え? えええぇ!?」
今の今まで壮大な景色と夢にまで見た自由飛行を満喫していたアスカは、完全に不意を突かれた。
「なに、故障!? ゲームなのに!?」
パニックに陥りながらもなんとか立て直そうとする。
最初の時同様フライトユニットにリスタートを促すも、うんともすんとも言わず、エンジンは回転を取り戻さない。
「なんでなんでなんでぇ!?」
その時、原因が何一つ思い浮かばないアスカの正面にすべてを悟らせる文字が表示される。
<MP0>
「いやあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
アスカはなすすべなくきりもみしながら落下していった。
専門用語解説
あとがきを利用し、作中で出てきた航空用語を説明します。
ですが、言葉だけではどうしても限界があるのでもっと詳しく知りたい方は用語を直接グーグル先生に聞いてください。
動画付きで教えてくれます。
エレボン
航空機において、機体の左右を軸として上下に回転させる『エレベーター(昇降舵)』と機体の前後を軸として左右に回転(これをロールと言う)させる『エルロン(補助翼)』の機能を一体化させたもの。
主に無尾翼機(三角形の翼を持つデルタ翼など)の主翼後部に設定されている。
ピッチアップ
ピッチング。
航空機において、機体の左右を軸として上下に回転させる『エレベーター(昇降舵)』、ないしは『エレボン』の向きを変え、機体を上向きにし上昇すること。
感想、ブックマーク、評価などいただけますと作者が喜びのあまり羽田空港から飛び立ちます。