5 大丈夫、リコリス1の飛行教室だよ 前編
港町バゼル港沖合海上でクラングリュプスの空戦テストが行われてからしばらく。
ミッドガルから少し離れた平原にフライトアーマーを身に着けた大勢のランナーが集まっていた。
数はおおよそ数百。
装備しているエグゾアーマーはフライトアーマーTierⅠ乙式三型、ないしはTierⅡ翡翠。
思い思いに談笑しているが、皆ある一方へ視線を向けている。
視線の先にいるのはイベントが終わってからも話題の中心にいるエースオブエース、リコリス1ことアスカ。
その横にグリュプスのクランマスターファルクの他、各クランのクラマスや上位メンバーだ。
《では、時間となりましたのでこれより第一回クラン合同飛行訓練を行います》
アスカの前にすっと出て来た司会進行と思しきランナーが全体通信で集まったランナー達に号令をかけた。
そう、これは他クランからのアスカ勧誘を抑えるための作戦の一つ、クラングリュプス、リコリス1によるクラン合同による飛行訓練なのだ。
参加人数にこそ上限はあるが、参加者の所属クラン、戦績、プレイヤースキル、フライトアーマー使用歴、一陣、二陣などは全て不問。
参加者抽選さえ通ればだれでも参加できるものとなっている。
もっとも、これは開催運営する側の話。
《それでは、今飛行訓練の教官を務めていただきますリコリス1より一言、お願いいたします》
《あっ、はい……その、えっと……よ、よろしくおねがいします》
教官役のアスカ本人はこんな大勢に物を教えたことなどなく、数百人からの熱視線を浴び委縮しまくっていた。
「すげぇ、あれがリコリス1か!」
「生リコリス1、初めて見た!」
「わぁ、綺麗な緑髪、すっごく可愛い!」
アスカのたどたどしい挨拶ながらも、参加者たちは拍手喝采。
念願のアイドルに会えたかのように沸き立つ。
「さすがですねリコリス1。大盛況ですよ」
「うぅ……勘弁してよファルク、私こういうの苦手なんだって」
「そう気を落とすなリコリス1。沸き立つのも今だけさ」
「そうね。今日の終わりには参加者は半分以下になってるでしょ」
参加者たちの圧倒的な熱気に気圧されるアスカに声をかけてきたのはファルクにアルディド、ヴァイパー2だ。
ファルクは主催者、アルディドとヴァイパー2は教官となるアスカの補助として参加している。
「そ、それなんだけど……本当にやるの?」
「何の事でしょうか?」
「ほら、全員が離陸できるようになったら最初にやる事。あれ本気? 皆怒るんじゃない?」
「あぁ、その事ですか。問題ありませんよ。事前に聴取した結果『リコリス1と同じやり方でいい』と言質も取っています」
「フライトアーマーを使うなら遅かれ早かれ味わう事だって」
「そうね。ある意味最初にして最大の関門。これを克服できないようじゃまともに飛ぶことも出来ないわ」
「もう、どうなっても知らないからね!」
今回の飛行訓練内容に関しては事前に打ち合わせを行っている。
数百人と参加者が多いための段取りだったのだが、問題はその内容だ。
この人数一人一人に手取り足取り教えるのはどう考えても不可能。
加えてこの訓練の目的はイベントやPVPで航空戦力として計算できるランナーを増やす事にある。
中途半端に教導しても意味がない。
メンバーが協議し、参加者にも問い合わせた結果出てきた答えが『アスカが辿った同じ道を歩ませる事』。
その意味を知るアスカのフレンド達は肝を冷えさせ青ざめるばかりだが、知らない参加者たちは「訓練を終えれば俺もエースオブエースだ!」と気合十分。
「アスカ、ここでもじもじしててるのも勿体ないし、始めようよ」
「レイン、本当に参加していいの?」
「うん。いつまでもクランの皆に迷惑かけられないから!」
眩い碧眼を一層輝かせながらアスカに語り掛けるのはレイン。
彼女も飛行訓練を行うためこの合同訓練に参加している。
内容を知るアスカは必死になって止めたが、アスカに早く追いつきたいレインは参加を誇示。
ファルク達もレインの参加には多少困惑したが、レインの熱意に押され「そこまで言うのなら」と参加枠を用意してくれたのだ。
「レイン、前にも言ったけどこの訓練かなり過酷だから、いやになったらいつでも言ってね?」
「ごめんね。アスカの辿った道、決して舐めてるわけじゃないの。精一杯やるから、待っててね」
アスカの下を離れたレインは参加者たちが待機するエリアへ移動。
おろしたてのTierⅡ翡翠を身に着け、アスカを見る。
視線をもらったアスカは覚悟を決め、全体通信で訓練開始を告げた。
「では訓練を始めます! 一定間隔を空けてエンジンスタート、目標地点まで滑走してください!」
アスカの指示で補助を務めるランナー達が参加者を誘導。
順番に滑走を開始する。
合同訓練の最初の項目はやはり滑走。
レインの時と同じく離陸可能速度まで走り、揚力を得てわずかに離陸、そこから今度はエンジン出力を絞り着陸、目標地点まで走ると言う物だ。
TierⅡ翡翠装備者はTierⅠ乙式三型で最低限度は出来るようになっているようで問題なく滑走訓練を終える。
TierⅠ乙式三型装備者は第二陣のニュービー達も混じっているようで苦労している節が見えるが、自主トレはしてきているようで足元がおぼつかないながらもクリアしてゆく。
レインも滑走については既に問題ないレベルに達しており、難なく目標地点に到達……してしまった。
その後しばらくして手間取っていた最後の参加者が指定した地点に到達。
記念すべき最初の訓練は全員がクリアとなった。
「ふむ。これ位は皆さんもう出来るようですね。それではリコリス1、お願いします」
「はぁ……苦情が来ても知らないよ?」
「覚悟の上です。何があっても責任は我々が取りますから、リコリス1は皆さんをしっかりしごいてあげてください」
ニコニコしながらも闇を漂わせるファルクに押され、参加者たちの下へ駈け寄るアスカ。
「ここまで来たら仕方ないね。アイビス、行くよ」
『レディ』
「エグゾアーマー、装着!」
アスカが装備するのはイベントでアスカ専用機として認知されているフルカスタムフライトアーマー飛雲。
全員が憧れを持つ専用機の装着が目の前で行われたとあって参加者たちは大きく盛り上がる。
歓声に押され、たじろいでしまうがここで呆気に取られている暇はないと、全体通信で参加者たちへ声をかける。
「はい、皆さん静かに! これから第二訓練を開始します。私に続いて離陸、上空へと昇ってください。あ、増槽などは付けないように!」
歓喜に沸き立っていた参加者たちだが、アスカの声で静かになると同時に困惑と不安に包まれた。
何故なら、増槽禁止と言われたが、教官であるアスカの翡翠には膝のブレード型増槽に主翼下紡錘状増槽と完全な長時間飛行仕様だったからだ。
この相反する事項に、誰からか質問が飛ぶ。
「あの、リコリス1は増槽を付けているようですが……」
「私は皆さんの飛行を見ないといけないのでフル装備です。皆さんは身軽で操作性の良い状態で飛んでください」
参加者たちへ引き締めた表情でそう答えるアスカ。
……嘘である。
「わ、私達今まで高く昇ったことないんですけど、大丈夫ですか?」
「はい、問題ありません。その為の訓練です」
……嘘である。
「これもリコリス1が行った事なんですか?」
「はい。私がこのゲームを始めて一番最初にやった事です」
……これは事実である。
自信たっぷりに答えるアスカに、参加者達の顔から不安が消えて行く。
ザワザワと聞こえてくるのは「リコリス1もやった事なら!」「リコリス1が言ってるんだし、大丈夫だよな」など覚悟を決める言葉。
見ればレインも両拳を胸の前で握りしめ、覚悟完了という顔をしている。
ここまでくれば仕方ない、とアスカも覚悟を決め、参加者を背にする形にくるりと回りエンジンを始動させる。
「では、まず私が飛びます。皆さんは誘導員の指示に従ってついて来てください!」
そう力強く言い残し、エンジンをフルパワー。
一気に加速し、大空へと舞い上がる。
《みんな聞いたな! リコリス1に続け!》
《ある程度の間隔を空けてどんどん飛べ。おいて行かれるぞ!》
《行こう、空へ!》
参加者達もアスカに続いて次々と離陸してゆく。
さすがに数百人の離陸には時間がかかるが、ほどなくして全員が離陸。
滑走訓練とは違いスロットルを緩めることはなく全開のまま速度を稼ぎ、先にはるか上空へと昇っているアスカへ追いつこうと天高く上昇する。
《わ、わぁ……すごい綺麗……》
《俺、こんな高さまで上ったの初めてだよ》
《雲がこんなに近いなんて……》
《この世界ってこんなに綺麗だったんだ……》
高度を上げるにつれ空は青さを増し、雲は手に取れるほどに近くなる。
飛行訓練に勤しんでいた参加者達にこの高度まで上昇した者はほとんどいない。
故に、この360度の大パノラマに皆心打たれていた。
《わぁ……前に見たときはアスカに担がれてだったけど、自分で昇って見る風景はまた格別だね》
「ふふっ、どうレイン、良い景色でしょ?」
《うん、何度でも見に来たくなるよ!》
周りから次々と上がる感動の声。
フライトアーマーを使ってよかった、訓練最高、など皆どこまでも青い大空を心行くまで楽しんでいた。
そう、この瞬間までは。
《リ、リコリス1、そろそろMPがヤバイ、どうしたらいい?》
《お、俺もだ! もうあと1分も飛べない!》
《訓練ならここから地上に降りる方法も用意してあるんでしょう?》
参加者達がこの高度まで昇らなかった理由は単純明解。
地上へ帰れるだけのMPがなかったからだ。
彼らは自主トレの時もフライトアーマーが稼働し続けられる範囲内で行っており、MP切れを起こすその瞬間まで空にいる事などなかったのだ。
だが、これは航空戦力を育てるための合同訓練。
内容はアスカが行ってきたプレイを踏襲すると言う物。
それすなわち……。
「……では、これより第二訓練を始めます!」
《え!?》
《この状況で!?》
《こ、ここから何をしようって言うんだ? ……まさか!》
地上にいたとき以上に困惑する参加者達。
だが、アスカは動揺を隠せないでいる彼らにトドメとなる言葉を告げる。
「第二訓練は墜落です。皆さん、このままMP切れで墜落してください」
《なっ……ふざけ……うわああぁぁぁ!》
《噓でしょ!? 嘘といっ……きゃああぁぁぁぁ!》
《こんな……こんな訓練ってあるかああぁぁぁぁぁぁ!》
《支援AI助けてく……あああぁぁぁぁぁ!》
頼みの綱としていたリコリス1から死刑宣告を受け、次々と落下してゆく参加者達。
必死に抵抗し、もがいてはみるが、この高度ではもはやなすすべ無し。
ある者は木の葉のように。
ある者は真っ逆さまに。
そしてまたある者は縦スピンを起こし、次々に落下してゆく。
《アスカ!》
「レイン! ……ごめん、だからやめた方がいいって言ったの!」
《ふふふ、あはははっ》
「レ、レイン?」
《私の考えが甘かっ……きゃああぁぁぁぁ!!》
「レイーーーーーーン!」
こうして、合同訓練者数百名は増槽を満載したアスカたった一人を残し、全員がMP切れにより高高度から墜落したのであった。
VRゲームジャンル日間3位をいただきました!
たくさんのいいね、感想、評価、ブックマーク、誤字脱字報告本当にありがとうございます!
嬉しさのあまりレンジャーから発艦してしまいそうです!
更新再開を記念し、茜はる狼様にPVコミックを描いていただきました!
強敵相手にワクワクするアスカの表情をお楽しみください!
https://twitter.com/fio_alnado/status/1496327705599840256