4 デブリーフィング
アスカとヴァイパーチームの模擬戦が行われてからしばらく。
バゼル港近くの海上空ではグリュプスの飛行隊メンバーが空戦テストを行っていた。
《くそっ、張り付いて離れない!》
《まだまだ、そんな機動じゃ俺は引きはがせないぞ!》
百人以上いる飛行隊メンバーを二対二でテストしている為当然かなりの時間がかかる。
一番最初に行われたアスカとヴァイパーチームの時は人が溢れお祭り騒ぎとなっていたが、模擬戦が終わってしばらくたった今では多少人も少なくなっている。
それでも、まだ屋台が賑わう程度には人が残っており、皆屋台で購入したドリンクとジャンクフードを頬張りながら空戦テストという名の航空ショーを楽しんでいた。
そんな賑わいを見せるバゼル港の一角、カフェのテラス席に座るのは既に空戦を終えたアスカ達だ。
「【デコイ】を使った空戦トレーニング? そんな方法があったのか!」
「それでリコリス1がデコイを使ってきたのね。いきなりだから驚いたわ」
「それはお互い様だよ! ロングレンジレイライフルにエルジアエみたいな銃、ミサイルまで使って」
「う~ん、ちょっと話を聞いただけでもアスカよく勝てたね」
上空で飛び交うフライトアーマーの爆音と銃撃戦の音、周りで空戦を楽しむ観衆の喧噪など気にもせず。
先ほどの模擬戦に関するデブリーフィングにレインも交え熱を上げていた。
まずヴァイパーチームがアスカに問うたのは何故この短期間でそこまで腕を上げたのか?
あの【デコイ】は何処で用意したのか?
これに対しアスカも二人へロングレンジレイライフル、単連切り替え式レイライフル、ミサイルなど聞きたいことはたくさんある。
どう考えても長くなりそうだったので、丁度席が空いていたカフェで意見交換会と相成ったのだ。
レインは中々戻ってこないアスカを探していたところカフェにいるのを発見。
まだまだ時間もかかりそうだったので、そのまま相席させてもらっている。
「それで【デコイ】をどう使えばそんなことができるんだ?」
「簡単だよ? 【デコイ】を発動させて操作を【支援AI】にやってもらうの」
「そんなことが可能なの?」
「うん、運営に問い合わせて聞いたから大丈夫! でも、トレーニングやモンスター戦専用だって」
「う~ん、トレーニング用でも使用範囲の外なんじゃない、これ?」
最初はアルディドとヴァイパー2からアスカへの【デコイ】についてだ。
通常、MP消費の激しいフライトアーマーでは魔法の使用は少なく、魔導石スロットの解放がTierⅣからというのもあり、アスカによる魔法の使用は想定外だったのだ。
それが使用者の少ない【デコイ】であるならばなおの事。
そうしてアスカに問うた【デコイ】使用の理由と経緯。
が、その答えは予想をはるかに超えていた。
「運営がOK出したのか?」
「それならこの運用法はグリーンになるけど……」
「モンスター相手にも使えるなら皆使いそうだね」
アスカはトレーニングにしか使っていないが、モンスター相手でも十分に強い。
敵に対するけん制、視線誘導、身代わり、はては武器を持たせて後方から援護射撃など。
もちろん【デコイ】発動時大量に消費するMPを回復させる手段が必須だが。
「それで、二人の武器は? イベントの時と全然違ってるよ?」
「俺のもヴァイパー2のも大したことないぞ」
「ロングレンジレイライフルはイベント報酬、ミサイルは店売り品よ」
「えっ、そうなの!?」
聞けば、なんとロングレンジレイライフルはイベントで狙撃手ランバートが使用していた物だという。
アスカは目で流してしまい気付かなかったが、イベント報酬リストにはネームドエネミー達が使用していた兵装がいくつかラインナップされていたのだという。
ロングレンジレイライフルはそのうちの一つで、狙撃手ランバートが使用していたTierⅢのスナイパーレイライフル『エフゲニー』だ。
そんなものがあったなんて、と目をぱちくりさせるアスカに得意げな表情を見せながらエフゲニーを実体化させ、渡してくるアルディド。
スナイパーレイライフルエフゲニー。
胴回りは同格アサルトライフルよりも一回り細いが、銃身は長く、ストック部には大きな穴が開いている特徴的なシルエットをしている。
威力、精度とも申し分なく、軽量化が図られている為積載重量も負担にならないという傑作銃。
問題があるとすれば、銃身が長い為取り回しに難を持つ事と、1発あたりのMP消費が同格スナイパーレイライフルよりも大きい事。
そして踏ん張りの効かない空で使うと精度が大幅に低下する事だろう。
「アスカも交換しておけばよかったんじゃない?」
「う~ん、でも私にはエルジアエとピエリスがあるし……」
「今はまだ何とかなるが、もう少ししたら厳しくなるぞ?」
「その二つだとTierⅣあたりまでが限界じゃないかしら」
「武器の更新かぁ」
すでにポイントを使い切ってしまっている為エフゲニーを入手する手段はなく、あきらめるしかないだろう。
ヴァイパーチームの二人が話す武器の更新も、今はまだ検討すらしていない状況だ。
アスカには武器に関する知識はない為、これもエグゾアーマーショップのダイクと相談する必要がある。
「武器の更新は置いておいてさ、ミサイルなんだけど……店売りなの?」
「えぇ、そうよ。アップデートで追加されたTierⅤの火器になるわ」
「……お二人とも、そんなものを模擬戦に持ち込んだんですか?」
「相手はリコリス1だぞ? こっちも全力で当たらなきゃ失礼だろうが」
二対一の模擬戦だったうえに格上の武器を使うなどどういう事か、とレインが強い視線を向けるが、ヴァイパーチームの二人が気に留める節はない。
アスカもそれは同様で、有り体に言えば「使えるものを使っただけ」なのだ。
「それで、ミサイルは誰でも装備できるの?」
「えぇ、可能よ。まだ欠点も多いのだけどね」
「欠点?」
「あぁ。これはリアルで言うなら近距離ミサイルなんだ」
強力な武器には当然デメリットも存在するのが世の常。
ヴァイパーチームが使用したTierⅤミサイルはリアルにおける熱源追尾ミサイルに該当する。
リアルでのミサイルが感知、追尾するのはエンジンの排出熱だが、ゲームではエグゾアーマーのノズルから出る魔導熱。
レーダー誘導ではない為、放った後相手を捉えておく必要がない『撃ちっ放し能力』を備えるが、初期型の為追尾能力が低く、近接信管も非搭載なため命中率は高くない。
「あとこのミサイル、高いのよ」
「高いの?」
「あぁ。一発10万ジルだ」
「たっか!!!」
「それでいて命中率は悪いしダメージも大したことない使い捨てだから、マイナー武器の部類よ」
「HPの低いフライトアーマーや空の敵専用ですね……」
10万ジルというのはフルカスタムフライトアーマー飛雲を購入した時と同じ金額であり、TierⅣフライトアーマーと同等の値段だ。
基本的に相手へ向け撃ち放つミサイルは弾薬と同じ扱いであり、使用した後の回収、再使用は不可。
相手に回避行動を強要するというけん制には最適だが、値段に見合うかと言われれば否定せざるを得ない。
これが有効になるのはレインの言うようにHPが低い相手となる。
「ミサイルについては分かったよ。それでレイライフルは?」
「これはあなたの銃を参考にして作らせた試作品よ」
「エルジアエの?」
「あぁ。イベントでレイライフルのセミ・フルオートの使い分けは有効だったからな」
「市販されていないものだから、クランの開発部がエグゾアーマーショップに製造法を問い合わせて試作した物よ」
ヴァイパー2はそう話しながら、銃を実体化させアスカに差し出す。
試作品との事だが、その完成度は極めて高い。
外見はアサルトライフルに酷似し、機械部は金属と樹脂製、グリップ上部には単発と連射を切り替えるノブが付いている。
中・長距離での使用を考慮してか、ロングバレルを装備。
ここまではよく見る普通のアサルトライフルだが、アスカはふと違和感を覚えた。
レイライフルが放つ光弾はMPを使用しており、エグゾアーマーから供給するため弾倉を必要としない。
だが、このアサルトレイライフルには小さいながらも弾倉が付いていたのだ。
「ヴァイパー2、この弾倉は? レイライフルなら必要ないよね?」
「あら、さすがリコリス1。よく気付いたわね」
「それはな、うちの開発部が考えたMパックだよ」
「Mパック?」
曰く、この弾倉の中身は銃弾ではなくMP。
これを弾倉としてセットすることで本来エグゾアーマーから供給されていたMPをこちらから補充。
本体のMP消費をなくすことに成功したという。
「す、すごい!」
「開発部も自信満々だったわよ? 『俺達の名が残る武器を生み出した!』ってね」
「あ、でもマガジン式にしたことでレイライフルの利点が一つ失われてしまったのでは?」
「レイン、利点って?」
「そこに気が付くか」
本来レイライフルの最大の利点は弾薬となるMPをエグゾアーマーから供給することで弾切れを起こさない事だ。
しかし、このカスタムアサルトレイライフルではエグゾアーマーからの供給をカット。
弾倉のMパックからの供給としたことでMパックのエネルギー切れが発生してしまう。
エグゾアーマー供給でもMP切れは起こすが、数百に及ぶエグゾアーマーのMPをそう簡単に使い切ることはなく、増槽などを装備することで最大MP値を上昇させることも可能。
が、小さなMパックに内蔵されているMP量は少なく、乱射すればすぐにMP切れを起こしてしまう。
現在は消費MPと威力の調整、Mパックの効率化で試行錯誤している状態だという。
「完成したらグリュプス飛行隊における正式採用銃になるわ」
「飛行隊の?」
「地上でも使いたいという奴がいれば渡すけどな。基本的にはMP消費の激しいフライトアーマー用だ」
「確かに、地上で戦うエグゾアーマーならそこまでMP消費は気にならないですものね。」
アスカはゲームを始めてから今に至るまでまでエルジアエの消費が気になることはなかった。
が、それは度かなさる墜落でエコ飛行を体に覚え込ませ、MP特化となるスキルを満載、増槽をこれでもかと搭載したアスカだからこその話。
そこまでのプレイヤースキルもMP総量も持たない飛行隊メンバー達ではレイライフルのMP消費も無視できない。
この事を危惧したクラン上層部指示のもと考案、開発されたのがエグゾアーマーのMPを消費しないMパック方式のレイライフルだったのだ。
「皆いろいろ考えてるんだね」
「そりゃそうさ。最強クランを目指すために妥協はしない」
アスカへ向け得意げにドヤ顔を決めるアルディド。
思わずアスカは横に座っていたレインと顔を合わせ、苦笑いをしてしまう。
高みを目指すクランの中にいて、ゲームを楽しんでいるだけの私達は場違いではないのかと感じてしまうのも仕方のない話だろう。
その後は【デコイ】の運用法やフライトアーマーにおける長距離狙撃のスキル構成、ミサイルの性質、戦闘機動などで話に花を咲かせる。
時間も忘れお互いの意見交換を行っていると……。
「あら、最後の組が終わったみたいよ?」
「空戦見てた人達も帰っていきますね」
「あれ、もうそんな時間?」
「話し込みすぎたな。日が暮れ始めちまってる」
空戦テスト最後の組による戦闘が終了。
勝ったメンバーが勝ち誇るように上空旋回を行い、待機場へ向け飛んで行く。
テストの様子を航空ショーとして楽しんだランナー達もその場を後にし、屋台も店をたたんでいる。
「アスカ、今日はもう時間じゃない?」
「そうだね、そろそろログアウトしないと」
「了解。ファルク達には伝えておく」
「二人はまだログアウトしないの?」
「えぇ。この後も打ち合わせよ」
「空戦テストの結果を元に部隊編成しないといけないからな」
そう言ってヴァイパーチームの二人は会計を済ませると、ファルク達がいる街の中心部へ向け歩き出す。
すると、アルディドがふと何か思い出したかのように振り返ると、声を上げた。
「リコリス1、明日は以前話したアレの日だ。よろしく頼むぞ!」
「覚えてるよー、了解!」
アスカの返答を聞き、笑顔を浮かべて再度歩き出すアルディド。
その姿が町の人だかりの中へ消えてゆくと、アスカは表情を崩してテーブルに突っ伏した。
「アスカ、あの日って?」
「ん~、他クランの飛行隊候補への教導。何も考えてないよ~」
「あらら。アスカ、人に教えるの苦手だもんね」
「助けてレイえもんーーー!」
「私にはまだ無理かなぁ。頑張ってね、アスカ先生」
「ふえぇ~~~!」
夕日に照らされ茜色に染まる街中で、アスカの頼りない声が木霊していた。
たくさんのいいね、感想、評価、ブックマーク、誤字脱字報告、本当にありがとうございます。
この度なんとVRゲームジャンル日間4位をいただきました!
半年も休載していたにもかかわらず感謝の念にたえません。
嬉しさのあまりヨークタウンから発艦してしまいそうです。
今後ともどうか空を夢見た少女はゲームの世界で空を飛ぶをよろしくお願い致します!
更新再開を記念し、茜はる狼様にPVコミックを描いていただきました!
強敵相手にワクワクするアスカの表情をお楽しみください!
https://twitter.com/fio_alnado/status/1496327705599840256