3 エキシビションマッチ
ちょっと長めです。
皆さんはどちらに賭けましたか?
バゼル港から東に数キロ地点。
東側の模擬戦待機所から飛び立ったアスカは、一人秋空を飛んでいた。
『システムチェック、オールグリーン。いつでもいけます』
「オーケーアイビス」
模擬戦は離陸した時点から開始され、相手を捉え次第銃撃を開始できる。
アスカの武器は先のイベント時から変わらずエルジアエとピエリスの二丁の銃。
エグゾアーマーがTierⅣに至った今では若干の型落ち感もあるが、今の所は問題がないのでそのままだ。
フライトアーマーTierⅣトゥプクスアラも純正に翼内内蔵燃料タンクを増設した程度。
今日はブースターも装備していない。
アイビスとの訓練により空戦技術は大きく向上しているが、コールサイン持ちであるヴァイパーチームを相手にするにはやや厳しいと思える装備だが、アスカはさして気にしていない。
「せっかくの模擬戦だし、楽しまなくっちゃね!」
それもそのはず、これはお互いの腕を比べるだけの模擬戦であり、是が非でも勝たなければいけないという代物ではないのだ。
もしアスカが本気ならば主翼にガンポッドを装備、対空レーダーも増設し、補助ブースターもつけていた事だろう。
「正々堂々勝負だよ!」
アスカがそう気を吐き、見えないが確実に正面にいるであろうヴァイパーチームへ視線を向けたその瞬間。
『光り輝く何か』が高速でアスカに向かって接近して来たのだ。
「っ!!」
アスカはこれまでの戦闘からこれが瞬時にレイライフルによる攻撃だと直感。
頭が理解するよりも早く機体を動かし、間一髪でこれを回避する。
「あっぶない! 今の、レイライフル!?」
アスカが驚くのも無理はない。
攻撃をしてきたのは間違いなくヴァイパーチームであり、使用した武器はレイライフルだろう。
問題は射程。
相手の視認すら難しい距離での射撃などエルジアエの単発モードでも有効射程外であり、さらに精密射撃など出来るはずもない。
「アイビス!」
『ロングレンジスナイパーレイライフルと推定』
「重量過多じゃないの!?」
『トゥプクスアラのペイロードならば装備可能です』
「精密射撃は? 目視じゃこんな距離狙えないよ!?」
『スキル【精密射撃】か、類似する射撃精度補正スキルと思われます』
「……っ、二人は本気ってわけだね!」
『第二射、来ます』
「なんとぉー!」
エルジアエの軽快な射撃音とは違い、轟音を響かせ襲い掛かるヴァイパーチームのロングレンジスナイパーレイライフル。
しかし、アスカはこれを大振りの回避行動で躱す。
初見時こそ驚いたが、アスカにはロングレンジライフルと対峙し、躱し続けた実績がある。
そう、先のイベントで初日に対戦した狙撃手ランバートの超精密射撃だ。
いくらヴァイパーチームと言えども足場の定まらない空中での精密射撃には限界があるようで、ランバートほどの精密さはない。
アスカは三射、四射と続く射撃でその事を察し、大きく動いていた回避行動を最小限の物へと変更。
エンジンをふかし一気に射撃地点へと詰め寄る。
「よし、見えた!」
《ヴァイパー1へ、リコリス1接近》
《チッ、やはりこれだけで墜ちてはくれないか》
「初撃で墜とせなかったのが運のつき!」
ヴァイパーチームとの距離が詰まり、エルジアエの有効射程圏に入る。
対空レーダーを装備していない為アイコン表示はされないが、アスカは構わずエルジアエを構え、単発モードで射撃を開始する。
《ヴァイパー1、ブレイク。私がフォローするわ》
《ラジャー》
「ロングレンジライフルを持ってるのはヴァイパー1か!」
ロングレンジライフルは遠目でも分かるほどに銃身が長く、確認できたのは一丁、ヴァイパー1が装備しているようだ。
ヴァイパー1の機動はライフル用MPの関係で装備している増槽とライフル本体の重量の関係か、明らかに鈍い。
ならばとヴァイパー1を狙うも、ヴァイパー2が間に入るとこちらも武装を見直したらしくレイライフルで牽制射を行ってくるため照準を定め切ることが出来ない。
距離もまだエルジアエの連射モードに入ろうかという位置。
「それなら!」
アスカはヴァイパーチームへ向け射撃を行いながら急降下。
より速度を稼ぐため、水面スレスレまで高度を下げる。
ヴァイパーチームはアスカを追わず、高さの有利を生かすため上空からの射撃を続ける。
が、海面でシザーズによる回避機動を取るアスカには当たらない。
アスカも回避機動の合間を見て背面飛行に移ると、上空へ向け銃撃を放つ。
《海面数メートルで背面飛行、加速しながらシザーズだと?》
《リコリス1、また腕を上げたわね》
ヴァイパーチームは上空からの銃撃をつづけるもアスカを捉えるには至らず、海面にいくつもの水柱を上げる。
そして十分に速度を稼ぎ、ヴァイパーチームの直下まで来たところで急上昇。
動きの遅いヴァイパー1へ襲い掛かる。
「どうだっ!」
《リコリス1急速接近。ヴァイパー1、これ以上は無理よ》
《ラジャー。ロングレンジライフルはここまでだな》
アスカの強襲を察したヴァイパー1はロングレンジライフルを投げ捨てると同時に増槽をパージ。
トゥプクスアラ本来の動きを取り戻し、アスカの攻撃を回避する。
《ヴァイパー2、一人でやるな、二人でやる》
《了解》
「二人とも、勝負だよ!」
アスカは稼いだ速度を生かし、急上昇の強襲から大きくループ機動。
上昇で減少した速度再度稼ぐ。
対するヴァイパーチームは付かず離れずの距離からアスカを狙う。
アスカの狙いはヒットアンドアウェイによる一撃離脱戦、ヴァイパーチームの狙いは数の有利を生かしたドッグファイトだ。
互いにフェイントや回避機動、戦闘機動を生かしての壮絶な空戦。
地上のギャラリーは手に持ったフードを食べる事も忘れ、この美しい空戦に見とれていた。
互いに一進一退。
速度に勝るアスカがやや有利かと思われたが、ヴァイパーチームも黙っていない。
ヴァイパー2のレイライフルもエルジアエ同様単発、連射の切り替えが出来る物らしく、連射モードで射撃を行いながら少しづつ距離を詰め来る。
「……! 追いついてきた?」
『片方に狙いを付けている間にもう片方が増速しているようです』
「さすがヴァイパーチーム、数の利を生かしてくるね!」
イベントで戦ったブービー飛行隊のギンヤンマ達ならばドッグファイトに固執し、執拗にアスカの背後を狙ってきただろう。
だが、ヴァイパーチームはバディの腕を信用し、片方が標的にされている間にもう一人が増速。
これを何度か繰り返した結果、アスカと変わらないほどまでに速度を上昇させていた。
「これ以上のヒットアンドアウェイは無理だね、なら!」
アスカはそれまでの速度を生かす機動から相手の背後を取るドッグファイトの機動へと戦法を変える。
もちろん、速度を必要以上に落とさないよう細心の注意を払いながら。
そして、ヴァイパー1の背後に上手い事取り付くと、ピエリスとエルジアエによる銃撃を開始。
ヴァイパー1は必死で振り払おうとするが、アスカはぴったりと食いついて離れない。
《くそっ、駄目だ、ヴァイパー2、フォローを》
《了解。やむを得ないわね。……ターゲットロック。シーカーオープン、FOX2》
『ミサイル、急速接近』
「やっぱり来た!」
ヴァイパー1をフォローするため、アスカの背後に付いたヴァイパー2。
この距離であれば有効射程に入られる前にヴァイパー1を墜とせると踏んだのだが、ヴァイパー2はレイライフルやロングレンジライフル以上の切り札を持っていたようだ。
主翼下、通常であれば増槽を取り付けるハードポイントに装備されたミサイル。
Tierが上がったことで解放されたそれは、現実世界の熱源の代わりにエンジンノズルから噴出される魔導エネルギーを感知する近距離魔導感知ミサイルだ。
もっとも、主翼ハードポイントに懸架、増槽とは明らかに外見が違うためドッグファイトをしていたアスカにはバレバレだったのだが。
現実世界同様一定時間相手の背後を取り続けロックオンする必要があるため機動が特殊なものになり、攻撃を読み易い。
さらに低Tierで初出となる魔導ミサイルは誘導性能が甘く、近接信管も搭載していない為躱すのはそれほど難しくはない。
ヴァイパー2の狙いも、このミサイルでアスカを撃墜する事ではなく……。
「急速旋回、急降下! ダイブアンドズームで回避行動!」
『ミサイル、回避しました』
「余計な手間を!」
そう、アスカに回避行動を強制的に行わせるためだ。
これによりヴァイパー1の背後に付いていたアスカはミサイル被弾を避けるため、回避機動を余儀なくされる。
それは好位置につけていたヴァイパー1を逃がすことになり、ヴァイパー2に攻撃のチャンスを与えることに直結する。
《助かった、ヴァイパー2》
《できればこれは使いたくなかったのだけど》
《リコリス1とやり合うんだ、切り札はいくつあっても足りないさ》
ヴァイパーチームの狙いは、イベント時アスカが背後に付かれたギンヤンマ達を引きはがすため、地上のランナー達から対空ミサイルを撃ってもらった時と同じ、背後からの引きはがしだ。
こちらは急降下のダイブアンドズームにより速度はそれほど失ってはいないが、ミサイル回避をしている間にヴァイパーチームは体勢を立て直し、こちらを高高度から狙ってくる。
「仕切り直しだね、行くよアイビス!」
『いつでも』
再度海面スレスレで回避機動と増速を行いながらエルジアエでヴァイパーチームにけん制攻撃。
対するヴァイパーチームはアスカの攻撃を躱しつつ二手に分かれる。
こちらを挟み撃ちにしようという算段のだろう。
それを見たアスカも標的をヴァイパー1に絞る。
ロングレンジライフルと増槽を外したヴァイパー1の武器はアサルトライフルのみ。
ヴァイパー2が持つミサイルの方が脅威となるが、ここに付け入るスキがある。
切り札を持っているのは、彼らだけではないのだ。
《ヴァイパー1、リコリス1急速接近。真下よ》
《俺を狙うだと?》
《何か作戦があるのは間違いないわ。注意して》
《ラジャー》
急上昇してくるアスカへ向け牽制射を行いながら回避機動を取るヴァイパー1。
アスカもエルジアエを連射しながら強襲、ヴァイパー1の背後を取る。
が、それは誘い。
彼らはアスカにヴァイパー1の背後を取らせ、ヴァイパー2がアスカの背後を取るという連携プレイを取ってきたのだ。
背後をとられたヴァイパー1もアスカを有利ポジションに着かせまいと、回避機動を行いながら難易度の高い後方射撃を牽制として行い必死にブレイク。
アスカの後方に着いたヴァイパー2もレイアサルトライフルを連射。
だが、アスカはシザーズやバレルロールを駆使し、攻撃を躱しながらヴァイパー1に追従する。
《さすがリコリス1だ。食らいついたら離さないってわけだな。ヴァイパー2、頼む》
《了解》
さすがにこれ以上は危険と判断したのか、ヴァイパー2の動きが変わり、アスカの背後にぴったりとくっつくものになる。
《――ターゲットロック。シーカーオープン、FOX2》
「ここだ! 【デコイ】ブレイクマニューバ!」
《何ッ!?》
《リコリス1が増えた!?》
アイビスから対人戦で禁止されているのは『アイビス操作によるデコイ』であり、通常使用であれば問題はない。
さらにイベント以後、時間さえあればデコイアスカによる空戦訓練を行っていた為【デコイ】の魔導石レベルが上昇。
知能の極めて低いAIながら、単純な行動は行えるようにポイントを振っているのだ。
アイビスの助言も受けながら設定した動きの一つが「ブレイクマニューバ」。
内容は発動、出現した場所から回避機動を取りながら離れて行くという至極単純な物。
しかし、この激しいドッグファイトの最中、視覚、レーダー反応、機動、全てが術者と同じになる【デコイ】を一瞬で見分けることはほぼ不可能。
初見であるならばなおの事。
事実、アスカの前後に位置し、一挙手一投足に全神経を集中させていたヴァイパーチームでさえ突発的に出現した【デコイ】の見分けがつかず、茫然としていた。
そして、アスカはこの隙を逃さない。
【デコイ】は大きく旋回、シザーズを行いながら離脱し、アスカ自身は急上昇。
ヴァイパー2から放たれたミサイルは【デコイ】に誘引されるが、トゥプクスアラと同じ機動力を持つデコイアスカを捉えきれず、空の彼方へと消えて行く。
突如現れた【デコイ】に動揺したヴァイパーチーム。
追われていたヴァイパー1は旋回と急上昇で二手に分かれたアスカに相応出来ずその場から離れ、ヴァイパー2は戸惑いながらもミサイルが付いて行った【デコイ】の方に意識を向けてしまう。
一方、上空へ離脱したアスカは急上昇で落ちた速度を回復させるため降下を開始。
正面に見据えるのは、離脱してゆくデコイアスカを追撃しようとするヴァイパー2の無防備な背面。
急上昇で速度が落ちたアスカに対し、速度そのままのヴァイパー2はアスカをオーバーシュートしていたのだ。
ハイ・ヨーヨーと呼ばれる機動でまんまとヴァイパー2の頭上を捉えたアスカ。
してやったりという笑顔を浮かべながら、いまだデコイアスカを追いこちらに気付いていないヴァイパー2へ襲い掛かる。
「いただきっ!」
《なっ、上!?》
急降下により速度を一気に上昇させながらピエリスを片手で連射。
フライトユニット、主翼とエンジンに直撃させ機動力を削ぐと同時にエルジアエのレイサーベルを展開。
完全死角である直上から、急降下速度も加算した強烈な一撃をヴァイパー2にお見舞いする。
ピエリスの被弾でエンジンから火が上がっていたヴァイパー2にこれを躱す術はなく、フライトユニットを真っ二つに切り裂かれ爆発四散。
光の粒子となって消滅した。
「まず一人!」
《ヴァイパー2! あれは【デコイ】か、やられた!》
この時点でアスカが使用したのが【デコイ】だとヴァイパー1は確信。
そして、魔法ならばリキャストの為しばらく再使用できない、デコイ自体に攻撃能力はないというのもバレた。
が、分かったところでもはやどうしようもない。
「これで一対一!」
《くっ、なんて機動だよ……!》
トゥプクスアラの習熟度、空戦機動におけるプレイヤースキル、使用火器の威力。
全てでアスカが上回っており、数的有利を失ったヴァイパー1に有効な手立てはない。
ヘッドオンの撃ち合いからの始まったドッグファイトも、あっという間にアスカが背後を取り、ヴァイパー1は防戦一方に。
たまらず後方射撃からフェイントを入れ回避行動を取ろうとする、が。
「その動きはさっき見せてもらったよ! そこっ!」
《なっ……駄目だ、墜ちる!》
アスカはフェイントに引っ掛からず、単発のエルジアエをヴァイパー1の進路をふさぐ形で射撃。
進路上に攻撃を受けたヴァイパー1は反射的に機首上げによる回避を行うが、咄嗟だった為動きが単調になってしまう。
そこに待ってましたと言わんばかりに襲い掛かるピエリスの銃撃。
軽快な射撃音と共に襲い掛かる大量の銃弾の直撃を受け、トゥプクスアラのエンジンが火を噴き上げる。
推進力を失い、みるみるうちに高度と速度が落ちて行くヴァイパー1。
せめてもう一撃、と過ぎ去って行くであろうアスカへアサルトライフルを構えた彼が最後に見たのは……。
ピエリスに追加されたグレネードランチャーの照準をこちらに合わせる、アスカの姿だった。
用語解説
【ブレイク】
編隊の解散、もしくは急旋回などによる回避機動のこと。
【シザーズ】
左右に機体を振ってジグザグに飛行する回避機動。
【ヒットアンドアウェイ】
一撃離脱戦法。
速度に優位を持つ者が、速度差を利用し一撃を加えた後反撃を受ける前にその場を離脱する戦法。
第二次世界大戦当時、零戦に対し運動性で劣っていた米軍機が多用した戦法。これ以降、戦闘機では運動性より速度が優先されることが多くなった。
【ダイブアンドズーム】
急降下で行うバレルロール。
急降下するという関係上一定以上の高度が必要、かつ機体も強烈なGに耐えきれないといけないなど制約が多い。
【オーバーシュート】
前方にいた機体を追い越してしまう事。
航空戦において相手の背後が絶対的優位ポジションであるが、追い越してしまうと一瞬にして攻守が入れ替わるため非常に危険。
逆に、背後に付かれた時に相手をオーバーシュートさせればピンチが一転。敵機撃墜のチャンスとなる。
【ハイ・ヨーヨー】
急降下で速度を稼ぐロー・ヨーヨーの逆。
急上昇で一度速度を落とし、降下することで速度を回復させる戦闘機動。
相手より速度が勝っていた場合のオーバーシュート(追い越し)防止に使用される。
今回、アスカはこれを同速度だったヴァイパー2をオーバーシュートさせるために使用した。
【シーカー】
ミサイルが目標を認識、追従するためセンサー。
シーカーオープンと言うのは説明すると1話分使ってしまうので、目標を設定中という意味ととらえていただいて構いません。
【FOX2】
リアルでは戦闘機が赤外線誘導式ミサイルを発射した際、味方に発射を告げる符丁。
FOX1はセミアクティブ・レーダーホーミングミサイル。
FOX3はアクティブ・レーダーホーミングミサイル。
ゲーム内では魔導誘導式ミサイルの発射符丁になっています。
1話、2話ともにたくさんのいいね、感想、評価、ブックマーク、誤字脱字報告ありがとうございます!
嬉しさのあまりサラトガより発艦してしまいそうです!
更新再開を記念し、茜はる狼様にPVコミックを描いていただきました!
強敵相手にワクワクするアスカの表情をお楽しみください!
https://twitter.com/fio_alnado/status/1496327705599840256