30 私達の授賞式
「ファルク、来たよ~」
「おやアスカ、レインも。お早いですね」
「ご招待いただきありがとうございます」
「いえ、レインもこのクランの大事なメンバーですから、当然ですよ。開始までまだ時間がありますが、ゆっくりしていってください」
「うん、ありがとうファルク」
「ありがとうございます」
祝賀会の準備で忙しそうではあるが、あいさつ程度はと考え二人でファルクに声をかける。
レインとファルクの顔合わせ数日前に済ませており、忙しくしているファルクの手を煩わせてしまうのは良くないと、簡単な挨拶だけを行い、その場を後にした。
「アルバ、キスカ」
「む?」
「あら、二人ともいらっしゃい」
アスカとレインが次に向かったのは談笑しているアルバとキスカのところだった。
彼らはファルクとは違い準備の手伝いなどは行っていないようで、中庭の空いたスペースにいた為声をかけやすかったのだ。
「早いな、まだ時間があるだろう?」
「クランの本拠地って言うのがどういう物か気になっちゃって」
「ここまで立派な洋館とは思いませんでした」
「これね。すごいでしょう? 今まで私達が作ったクランの中でも最大規模の物になるから奮発したのよ」
二人の登場に表情を変えないアルバと、洋館の大きさに呆れ気味のキスカ。
キスカによると、当初から参加メンバーの数は多かったのだが、アスカの加入が発表され参加希望者が一気に増加。
初期設定の枠が一瞬で埋まり、増加枠を最大にまで利用しても満員となるだけの人数が集まったのだという。
クランの本拠地はオフィスの様なワンルームから一軒家など住宅の他、牧場、工場、店舗など数多あるが、この洋館はその中でも最大の収容人員数と景観を持つ品物だ。
当然、お値段も非常にお高い。
「周りで準備をしているメイドさんたちは?」
「これだけ広いお屋敷だもの。私達だけだと手が行き届かないから、ランナー協会で雇ったのよ」
「アスカの畑にいるコロポックルと同じと思えばいい」
「ハルと? あぁ、なるほど」
畑におけるサポートNPCであるハルだが、似たようなNPCがいろいろな職種で存在する。
この洋館で給仕を務めるメイド達を筆頭に、メカニック、牧場スタッフ、薬剤師、工員、農夫、店員などなど。
雇用方法も同じで、ランナー協会でジルか有料ポイントで期間を決めての雇用になる。
「でも、本当に綺麗なお庭だね。手入れがよく行き届いているし」
「今はいないが庭師も雇っている」
「……御庭番?」
「そんな物騒なものじゃないわよ。文字通り庭の手入れをしてくれるだけだから」
そうこうしていると次第に人が集まり出す。
ほとんどがアスカとは初対面となる人達であり、皆最初にクランマスターのファルクに挨拶をした後アスカ達のもとへ足を向け、挨拶をしてくれる。
重要メンバーについてはアルバやキスカから紹介を受けつつ、挨拶を交わしてゆくアスカとレイン。
さすがに1000人規模のクランとなるため、人事や経理、資材担当に加え、総務や装備の開発整備などの役職を持つメンバーも多い。
中でも資材職のメンバーは畑を持っているものも多く、そこでアスカが売った魔力草を増やしているとのことだ。
さすがに「その種私が売ったんですよ!」と名乗り出るわけにはいかないが、売った魔力草の種が順調に増えている事は素直にうれしく、頬が緩んでくる。
なお、アスカから魔力草の種を購入する際にほぼすっからかんになったファルク達の懐事情だが、他主要メンバーからの借り入れと増やした魔力草から調合した大量の品質B、CのMPポーションを販売することで洋館を購入するだけの金額まで回復させたのだ。
もっとも、そのお金も本拠地となるこの洋館とメイド達NPCの雇用により再び消し飛んでいるのだが。
その後も次々と挨拶に来るクランメンバー達に対応してゆくアスカとレイン。
すでに名前と顔など覚えきれず、周りの話に合わせ相槌を打つのがやっとの状況。
そんな中、一風変わった雰囲気を持つ一団が中庭へと現れた。
ゲーム特有のバラバラな種族アバターに統一感のない服装は変わらない。
しかし皆引き締まった表情をしており、明らかに凄みを放っていた。
隠そうともしないその覇気は周りのクランメンバーも感じているようで、今まで談笑でにぎわっていた雰囲気が一変。
物々しい物へと豹変した。
「みろよ。あれこの間の……」
「なるほど、あれを生き抜いたのもまぐれじゃないってわけだな」
「みんなすごい表情ね。こちらまで射殺されそうだわ」
ざわざわと異様な雰囲気に包まれる祝賀会場。
会場のいるほとんどは現れた一団が何者なのか理解しているようだが、アスカとレインはさっぱりわからず、事情を知っているであろうアルバとキスカへと身を寄せた。
「ねぇキスカ、あの人たちは?」
「ふふふ、貴女の僚機となる我がクラングリュプス飛行隊のメンバーよ」
「そ、それにしてはみなさん物凄い表情をしてませんか?」
アスカの問いにキスカが答えるも、レインは腑に落ちないようで首を傾げている。
アスカ、リコリス1の僚機となるメンバーなだけならば、あそこまで気を張り詰める理由にはならないはずだ。
彼らが放つ威圧感はまるで生還者。
そう、死が避けられない程に絶望的な状況から生還した英雄の様な顔つきだったのだ。
そしてレインが抱いた疑問には、不敵な笑みを浮かべながら彼らを見つめるアルバが答えてくれた。
「見ろアスカ。蠱毒の空と呼ばれた選抜試験を生き抜いた者たちだ。面構えが違う」
「えっ、こ、蠱毒!?」
「アルバさん、どういうことですか?」
「アスカと同じクランでフライトアーマーを使用したいという申し出がとにかく多くてな。選抜試験を行った」
「……は?」
「そ、それって……」
「200人規模の空戦バトルロイヤル。それを数十回行った」
「に、にひゃっ!」
「一回の試験での合格者は数名。あそこにいる奴らはその試験で戦い、生き残った猛者達だ」
「アルバ達何してるの!?」
「200人でのバトルロイヤル……それで蠱毒ですか」
アルバが話す選抜試験内容にドン引きするアスカ、レイン。
特に、アスカはまさか自分が原因でそんなとんでもない事が行われていたことなど露程にも思っていなかった為、どうしていいのか分からない。
どうしたものかと飛行隊の面々を見ていると、見知った顔が集団の前へと姿を現した。
金眼黒髪の男性アバターアルディドことヴァイパー1に、性別不明の全身鱗のリザードマンヴァイパー2、そしてそれぞれ赤と緑のシャツにデニムのオーバーオールという某ゲーム会社に喧嘩を売っているとしか思えない服装のヘイロー1とヘイロー2だ。
彼らは集団の前で周囲を見渡しアスカを見つけると、主催者であるファルクを放置してこちらへと歩み寄って来た。
「リコリス1、もう来てたんだな」
「久しぶりね、リコリス1」
「アルディドにヴァイパー2、ヘイローチームも!」
「イベントの時以来だな」
「兄さんも僕もいろいろと忙しかったから、ようやく落ち着いて話せるね」
イベント終了からここまでかなりの日数が経っており、お互いに話したい事は山ほどある。
だが、今回は先にやるべきことがある。
「みんな、紹介するね、私の友達でレインだよ」
「は、初めまして、レインです。あのよろしくお願いします」
まずはアルディド達にレインを紹介。
リアル友達であるとともにグリュプスのメンバーであることを告げる。
「リコリス1の? それは色々と大変だったんじゃないか?」
「ふぅん、貴女、良い服のセンスしてるわね」
「あれ、女性の方だったんですか?」
「ははは、ヴァイパー2は見た目じゃ分からないからな、しかたねぇよ」
「兄さんとレインさんが並ぶとそれっぽさが増すね」
「あ、あなた方は版権的に大問題なのではないでしょうか……?」
彼らもレインがグリュプス入りした理由には察しがついたらしく、その事を問い詰めたりはせず笑顔で歓迎してくれた。
ヴァイパー2の全身蜥蜴姿、ヘイローチームへのツッコミといったお約束を交わした後しばし談笑。
すると、満を持したかのようにアルディド達の後ろにいた飛行隊のうちの一人が声をかけてきた。
まるで憧れの俳優やアイドルを目の前にしたかのように直立不動となる男性ランナー。
緊張からか語気が僅かに強くなり、表情も強張っている。
「ご歓談中、失礼いたします! 貴女がリコリス1であらせられますでしょうか!?」
「えっ、あ、はい……そうですけど……」
目の前にいるのがアスカ、リコリス1であると確認すると、俯きプルプルと小刻みに震えだしたではないか。
それは彼だけでなく、彼の後ろにいた飛行隊の面々も同じ。
「あ、あの……」
「や……」
「……や?」
一体どうしたのかとアスカが声をかけようとした、その時。
「やったあああぁぁぁぁぁぁ!!!」
「やっと、やっと会えたああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「我らが空神様のご尊顔、ようやく、ようやく拝めたぞおおぉぉぉぉ!!!」
「戦い抜いた、勝ちぬいた、生き残ったのよ、私達はあぁぁぁぁぁ!!!」
「あああああああああああああ!!!」
「夢じゃない、夢じゃないんだよな! だれか俺を殴ってくれ!!!」
「ひゃっほおおぉぉぉぉぉ!!!」
「ええっ! い、いきなり何!?」
「リコリス1、握手を、ぜひ握手をお願いします!」
「私も!」
「あっ、ずるい! 僕も、僕もお願いします!」
「は、え、えええっ!?」
張りつめていた緊張の糸が切れたのか、大歓声を上げる飛行隊の面々。
その喜びっぷりはすさまじく、どこかの卒業式よろしく帽子や衣服を投げ飛ばさんとするほどの勢いだ。
「どうどう、おまえら落ち着け!」
「あんまりがっつくとリコリス1に嫌われるわよ?」
「はっ!?」
「ご、ごめんなさいリコリス1、つい……」
「もっ、申し訳ございませんでした!」
「あはは、うん、大丈夫だよ」
ヴァイパーチームに諭され、落ち着きを取り戻す飛行隊一同。
改めて一人一人と自己紹介を交わし、名前と共に握手を交わしてゆく。
その間にもメイド達による準備は着々と進み、アスカがようやく飛行隊を含めたクランメンバー全ての人員と挨拶を終えた頃にグラスが配られ、いつの間にか設置されていたスピーチ台の上にはクランマスターであるファルクが同じくグラスを持って立っていた。
「それでは、これよりクラングリュプスの結成祝賀会を行います」
主催となるファルクの声で、ざわついていた会場が静まり返る。
ファルクはそんな会場を一瞥した後、スピーチをつづけた。
「今お集まりいただいたみなさんは全員がクラングリュプスのメンバーです。私のクランにこれほどまでのメンバーに集まっていただいた事、感謝の念に堪えません」
そこからしばらくファルクの演説が続いた。
クラン結成に至った理由、メンバー集め、クランの運用と展望など内容は様々だ。
だが、すべてに通じていえるのは並々ならぬ意欲を持ってこのクランを結成したという事実だろう。
ファルクも生半可な覚悟でアスカを迎え入れた訳ではないのだ。
「諸事情から結成まで時間がかかり、他のクランよりも出遅れてはいますが、いまここにいる皆さんの力があればすぐに取り返せるでしょう。先のアップデートにより新エリアが解放され、PVPやボス討伐、品評会などのミニイベント、年末には第二回大型レイドイベントの話も聞こえてきています。ですが我々の力量をもってすれば上位に食い込むことなど容易です。我々のグリュプスというクラン名をBlue Planet Onlineの歴史に刻んでやりましょう!」
ファルクの力強い演説に、他のメンバー達も同調し歓声があがる。
もっとも、アスカはファルクや他大勢の迫力に押され「おぉ~」と感嘆に浸ることしかできなかったのだが。
「大丈夫よアスカ。あれは上位に食い込むためにクランに入った連中向けのリップサービスだから」
「そうなの?」
「まぁ、私やアルバも上位狙いなのは違いないけど、アスカはゲームの世界を存分に楽しんでね」
「うむ。先のイベントではアスカにかなり迷惑をかけたからな。アスカはこのクランで自由に動いてもらって構わない」
多少フォローを頼むこともあるとは思うが、と少し申し訳なさそうに話すアルバ。
アスカとしてもレインともどもクランに参加させてもらった手前、クランの手伝いをすることはやぶさかでもない。
「では、各員本日は結成祝賀会を心行くまで楽しんでください。――乾杯」
ファルクの音頭と高くあげられたグラスを切っ掛けに、クランメンバーからも盛大に乾杯の声が上がる。
そこから先はリアル世界ではそうそう楽しめないであろう最上の美観をもつ洋館の中庭で開かれる豪勢な立食パーティーへと早変わり。
美味しい飲み物と食べ物に舌鼓を打ち。
アルバやキスカ、他廃人とまで言われる上位ランナー達のゲーム歴と腕自慢を聞き。
それぞれのイベントでの活躍と絶望で泣き笑いし。
『蠱毒の空』とまで言われた飛行隊メンバー選抜試験の話で絶句し。
クランの台所事情の悲惨さに泣きが入った経理職を慰め。
すっかり気をよくしたアスカがフルカスタムエグゾアーマー飛雲を装備。
完成度の高さから開発職が悶絶するとともに飛行隊から羨望の眼差しを集め。
場の空気を読んだアルバが「これが俺達のイベントMVP授賞式だ」とエグゾアーマーを装備し、アスカを飛雲ごと肩車で担ぎ上げ会場となった中庭を一周。
誰からか歌と躍りが始まると、リコリス音頭となりクランメンバー総出で踊り歌い。
日が暮れてきたころには花火まで上がり。
全員が時間の許す限り、クラングリュプスの結成祝賀会を心行くまで楽しんだのであった。
第二部一章、本編はここまで。
二章はクランの仲間たちと楽しく大空を飛び回ります。
明日は閑話を更新予定。
お楽しみに!
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