19 ファッションチェンジ
本日一話目更新です。
一度ホームへ戻り仕舞ってあった魔力草と売却用のアイテムを回収したアスカは、ポータルの移動でミッドガルの街へ戻ってきた。
「フランはどこだろう?」
フレンドリストでログインは確認できるが、今どこにいるのかまでは表示されない。
このミッドガルの街はかなりの広さがあり、直接連絡したり前もって待ち合わせ場所を決めるなどしていないと相手を見つけることは難しい。
もっとも、昨日の別れ際フランは露店市場にいると言っていたので、そこに行けば居るのは間違いないのだが。
露天市場に向かって歩き始めるアスカ。
大通りにある店はどこも賑わっていて、活気があふれていた。
NPCの他ランナーも数多くいるようで、カフェで談笑したり武器を実体化させて見せあうなど、思い思いに楽しんでいるようだ。
露天市場が近付いてくると、その一角に人だかりが出来ているのが見えてきた。
「あれ、何の人だかりだろう?」
それは一つの露店に出来ているようで、二〇人ほどが集まり、露店で売られている何かを買い求めているようだ。
露店で何が売っているのかが気になり、その人だかりにふらふらと吸い寄せられるように近づいていくアスカだが、大勢のランナーが壁になって肝心の露店での売り物が見えない。
なんとか人だかりの隙間から覗き込もうと、ぴょんぴょんと跳ねてみたりしゃがんでみたり、横からのぞき込もうとしてみるがそれも人が多すぎる為意味がなかった。
「むぅ〜、見えない……」
「君、何してるんだい?」
不意に声を掛けられ、驚いたアスカが振り返るとそこに三人のランナーが立っていた。
先ほどのアスカの挙動不審な動きを見ていたのか、全員不思議そうな顔をしている。
「なんかすっごい人だかりが出来てたから、何が売ってるのか気になって」
「あぁ、なるほど。この人だかりだと売り物も見えないのね」
「ここはMPポーションを売ってるんだ。一人三個までの限定販売だけど、今は売ってくれるだけありがたいからな」
「なるほど」
つまり、これは露店でMPポーションを買い求める人たちの順番待ち、という事らしい。
何もMPポーションでこんなに並ばなくても、と思うアスカだったがそれは違う。
Blue Planet OnlineのNPCショップは必要最低限のものしか販売されておらず、一日の販売数に限りがある上に品質も一定。
それ以上を求めると必然的にランナーが開く個人商店に行きつくのだ。
これは回復アイテムに限った話ではなく、武器や装備、食材なども同様だ。唯一の例外が食事。
「それで、君もMPポーションを買うために並ぶのかな?」
「あ、いえ、私は結構ですので」
そう言いながらアスカは人だかりから離れる。
アスカもMPポーションは必要としているが、それはフランと話が付いている。
魔力草を下ろす代わりに格安での販売を。ならば、いまここで並ぶ必要はない。
ランナー達は「そうかい」とアスカの代わりに列に並ぶ。
一回の購入での制限があるなら仲間を増やして数を確保すればいい。
限定販売での人海戦術で計九個を確保できる彼らの顔はどこか勝ち誇っているものだった。
「はーい、押さないでくださーい! たくさんありますから、押さないでくださーい!」
「あれ、フランの声?」
人だかりから少し離れたところでどこからかフランの声が聞こえてきた。
しかし辺りを見渡してもその姿がなく、その声も活気あふれる露天市場の賑わいにかき乱されて途切れ途切れだ。
「一人三個まででおねがいしまーす! 品質は先着順でーす!」
「んん、人だかりの中から?」
騒がしいかなでも何とか耳を澄まし、声の聞こえる方向を確認する。
するとその声はMPポーションを買い求める人だかりの中心部から聞こえてきていた。
そこでアスカはようやく察した。
つまりこの人だかりは昨日採取した魔力草から作ったMPポーションを販売しているフランの露店に出来たものなのだ。
昨日の採取分をアスカはフランに全て売却している。
一人三個までという制限付きでもMPポーションを販売できるだけの在庫を持っているのは現状フランだけ。
「う〜ん、これは当分収まらないかなぁ……」
こうしている間にも情報が広まったのかMPポーションを買い求める人の数は増えてゆく。
このままこの場所で待っていてもフランに魔力草を納品できるのは当分先になってしまうだろう。
「ちょっと洋服でも見に行こうかな」
さすがにそこまでは待てないと、アスカは来た道を引き返す。
人だかりはMPポーションが完売すれば収まるだろうからそれまではどこかで時間をつぶそう。
そう考えたアスカの脳裏に最初に浮かんだのは洋服だ。
ミッドガル中心部のここにはもうアスカの様な初期の服を着ているランナーは皆無で、逆にアスカが見とれるくらいにバッチリコーディネートを決めている女性もいた。
それは女子高生であるアスカの心を強く引き付け、購買意欲を掻き立てる。
「そんなに高くないものなら、大丈夫だよね!」
アスカは先ほど魔力草をホームのアイテムBOXから取り出すとき、一緒にジルも出してきている。
持ち金は二〇〇〇〇とちょっとであり、これだけあれば何かしら洋服が買えるはずだ。
高望みさえしなければ、だが。
そうしてランナーが開く露天市場からNPCショップが連なる一角へ。
そこはファッション街とも言える場所で、舗装された道路から花壇、そして建物に至るまですべてがレンガ造り。
たくさんあるお店の正面は全てショーウィンドウになっていて、カジュアルからシックなど現実風味のものから、革を主体とした冒険者の服装など扱うものも様々。
散歩するだけでも十分楽しめる街並みを持っている。
最初はそうした建物やショーウィンドウに見とれていたアスカだったが、ここへ来た目的を思い出すと目についたレディースファッションショップへと入ってゆく。
ショップは他同様、外壁はレンガ造り。
だが、店内の壁はレンガではなく白で統一されており、天井からつるされた魔石と思われる石が淡い光を放っている。
店内を見渡せば、フロアの目につくところにサンプルコーディネートを決めるマネキンが複数立っているのだが、それらのマネキンは全員がパンツスタイルだった。
この店を選んだ理由はこのパンツスタイルの種類が豊富だったからだ。
アスカのプレイスタイルはフライトアーマーを使用した飛行。
だが、空を飛ぶときにスカートを穿いていては下から現役女子高生のパンティが丸見えになってしまう。
それをゲームだからと気にしないという考え方はさすがに出来ず、パンツスタイルを選んだのだ。
元からアウトドア派で活発なアスカは普段からパンツスタイルが多く、スカートを穿くときはタイツやスパッツなどを併用。
最初は現実世界と同じスカートにタイツで良いかとも思ったが、ゲームの世界でいろいろできるなら、とちょっと冒険してみたくなったアスカが向かったのは、ショートパンツが置いてあるコーナー。
「うわ、結構短いよこれ!」
棚に陳列されていたデニムのショートパンツを手に取り、目の前に掲げてみたアスカの感想はそれだった。
現実世界なら足のラインが気になって穿けそうにないショートパンツだが、ゲーム開始時に自分好みに作成したこのアバターなら似合うはずだ。
アスカの中で「イケる!」「いや、無理! 短すぎ!」「でもでもこれゲームだし!」と言う一人脳内大会議が開催されている中、笑顔で近付いてくる人影があった。
「なにか、お探しですか?」
「えっ?」
それはこのショップの女性店員。
店のアイテムをすべて把握しているNPCショップ店員は、若干頬を赤くし、にやけながらデニムのショートパンツを見ているアスカを見ると「ご試着なさいますか?」と戸惑うアスカを試着室へと促した。
若干強引ではあったが、アスカも「試着くらいなら」と案内されるがままに試着室の中へと入り、カーテンを閉める。
「そういえばどうやって着替えるのかな?」
『衣服は現実世界と同じように着替えることが出来ます。また、メニュー画面、アバターからの切り替えも可能です』
なるほど、とアスカはメニュー画面のアバターで今身に付けている白のタイツパンツから持っていたショートパンツに変更する。
すると変更した瞬間に白のタイツパンツが消え、生足が露わになった。そして肝心のショートパンツはと言えば……。
「……見えない」
アスカが今上に着ているのは股下辺りまで長さのあるロングシャツだ。
結果、丈の短いショートパンツはそのほとんどがシャツの裾の下に隠れていた。
ワンピースを着ているようにも見える格好だが、ショートパンツの姿が見たいアスカは着ているシャツをむんずと掴みそのまま脱ぎ捨てる。
「これで良し。うわ〜、やっぱり短い」
上半身はタイツ、下半身はショートパンツのみとなったアスカは試着室の鏡の前でいろいろとポーズをとってみる。
「うん、良い! これ、良い!」
上半身は質素で無地な白タイツだが、下に穿いたショートパンツの感触を確かめるにはむしろ上が無地な方が分かりやすかった。
青いデニムのショートパンツと生足、そして腰まで伸びた綺麗な緑髪ポニーの相性は抜群で、アスカは自分がモデルにでもなったかのような錯覚に陥る。
「具合はいかがですか?」
声の主はアスカを試着室に案内したショップ店員。
はしゃぐアスカの声を聞きつけたのか、その声もどこか楽しげなものだった。
「すごく良いです。あの、このパンツに合うトップスってありますか?」
「見繕ってお持ちいたしますね。少々お待ちください。あとこちらを。お客様でしたらこちらもよくお似合いになると思いますので」
そう言ってショップ店員は試着室のカーテンの下からデニム素材のパンツを差し込んだ。
同じショートパンツなのでは? と顔をかしげるアスカだったが、手に持ち、目の前にかざしたところで顔がみるみる真っ赤になっていった。
「な、なにこれ! こんなに短いのを穿けと!?」
渡されたのはもともと丈の短いショートパンツよりさらに丈の短いホットパンツと呼ばれるパンツ。
普段のテンションだったら絶対に穿かなかったであろうそのパンツだが、自分がモデルであるかのようなテンションになっていたアスカはメニューから着せ替え出来ることも忘れ、現実世界のようにショートパンツを脱ぐと渡されたホットパンツを穿いた。
「きゃー、これすごい! パンティ見えちゃうよこれ!」
ホットパンツの裾は股下と同じ高さ。
先ほどのショートパンツよりもさらに短いそれはアスカの生足を艶やかに見せつける。
「お待たせしました。いくつかお持ちしましたので、ご試着ください」
自分のホットパンツ生足姿に見とれていたアスカだったが、トップスをいくつか持ってきてくれたショップ店員の声で現実に帰ってきた。
お礼を言いつつ店員から試着品を受け取ると、上のタイツシャツを脱ぎ捨てさっそく試着を始める。
店員が持ってきたのは、今身に付けているパンツに合いそうな肩だしのオフショルダーやへそ出しトップスだ。
へそ出しはさすがに露出度が高すぎ、試着して鏡の前で数秒にらめっこした後、「これは無理!」と言って脱いでしまった。
カーディガンやガウンを着れば行けそうだが、それらは空を飛ぶ時に邪魔になりそうだったので諦める。
ワンピースなどもあったが、これもパンツが全部隠れてしまったので却下。
最終的にアスカが選んだのは、襟つきノースリーブブラウス。
ベースは白でボタンのある前立て部分にのみフリルが付いていて、襟部分は紺。
アクセントとして襟には細い紺色のリボンが結ばれている。
「う〜ん……よし、これで行こう!」
「お決まりですか?」
トップスも決め、コーディネートが決まったアスカは鏡の前でいろんな角度からポーズを決める。
そして、その出来栄えが十分満足行くものであることを確認したところで、待ってましたと言わんばかりのショップ店員の声が聞こえてきた。
「はい。これをお願いします。今脱ぐのでちょっと待っててください」
「よろしければ、そのまま着て行かれますか?」
「え、良いんですか?」
服を一度着替えてレジに行こうとしたアスカだが、ショップ店員の言葉でその手を止める。
メニュー画面からすぐに着替えられるのは楽でいいが、このままでいいならそれに越したことはない。
アスカは脱ぎ散らかした初期服をインベントリに仕舞うと、試着した服をたたんでカーテンを開ける。
そこにはショップ店員が立っていて、アスカのコーディネートを見ると「よくお似合いです」と笑って答えてくれた。
アスカはちょっと気恥ずかしくなってしまったが、「ありがとうございます」と笑って流し、靴を履こうと前かがみになる。
そこでぴたりと動きが止まった。
どうせなら靴も買ってしまおうと思い立ったのだ。
「あの、靴とかはありますか?」
「はい、ございますよ」
試着品をショップ店員に渡すと、そのまま靴コーナーに案内される。
ヒールやサンダルなどもあるが、あちこち歩き回るにはそれらは不向きだ。
結局、アスカが選んだのはがっちりとし、歩きやすそうな黒の軍靴。
これもその場で履いて購入させてもらうことに。
レジに向かうと購入アイテムの表示が現れ、合計金額が記載されている部分に購入のアイコンが付いている。
金額を確認したアスカはそのまま購入アイコンをタップ。
同時に所持金から購入金額が引かれ、売買が成立する。
「ありがとうございました。またのおこしをお待ちしております」
服装を一新したアスカは気分も晴れやかにショップを後にするのだった。
緑髪ポニーに肩出しシャツ、ホットパンツ。
動きやすい活発な娘をイメージしたらポケ○ンのトウ○みたいになった。
どうしてこうなった?