29 クラン本拠地
大規模アップデートが行われ、レインを含めた第二陣が参入し、蠱毒の空と呼ばれたクラングリュプス選抜試験が行われてから早数日。
暦が九月中頃となり、『Blue Planet Online』の世界も現実同様草木が赤みを増してゆく中。
天高くひつじ雲が織りなす秋空に、複雑な螺旋機動を描く二つの影があった。
「くっ、早い!」
そのうち一つはフライトアーマーTierⅣトゥプクスアラを見事に使いこなすアスカだ。
「見失った!? アイビス、アイツはどこ!?」
『…………』
「アイビス!? っそうだった、アイビスは……きゃあっ!」
アスカを多方面からサポートする支援AIアイビス。
そんな彼女にサポートを頼むが、返事がない。
代わりにとばかりに降り注ぐは大量の銃弾。
射撃音と曳光弾の大きさから口径の大きなものではないと推測されるが、装甲の薄いフライトアーマーではこれですら致命傷となる。
「上かぁっ!」
銃撃された方向には当然射撃主がいる。
アスカは顔面に弾丸が降り注ぐ恐怖も厭わず180度ロール。
背面飛行へ移ると同時に両の手で持っていた愛銃、エルジアエを構え上空からの射撃主へ向け反撃を行った。
チュチュチュチュンという軽快な連射音が響き、上空からの敵対者へ向け放たれる光弾。
それは上からの銃弾と交差しながらアスカの敵へと襲い掛かる。
だが、敵対者はアスカの放った光弾が到達するよりも早く射撃を終了。
回避行動をとると、あちらこちらで浮かんでいるひつじ雲の中の一つへ身を隠す。
「にゃろう、なんて奴……」
今はレーダー類を装備していないため敵がアイコン表示されない。
有視界での空戦を余儀なくされているアスカは、逃げた敵対者を再度捉えるべく逃げ込んだ雲へと加速しながら近づいて行く。
それが失敗だった。
「ッ!?」
敵対者が逃げ込んだ雲へ入ろうとした瞬間、雲の中から光の塊が襲い掛かって来たのだ。
アスカはエルジアエを盾代わりに防御。
その甲斐あってか光の玉、弾丸はエルジアエに命中する。
しかし、防いだと思った弾丸がエルジアエにヒットしたことで爆発が発生。
それがグレネードランチャーの弾だったと悟った時にはすでに時遅し。
至近距離での爆発から来る衝撃でメインウェポンのエルジアエは弾け飛び、はるか下の大地へと落下。
フライトアーマーは無視できないダメージを負ってしまう。
体勢を立て直そうとするアスカを次に襲ったのは上部からの衝撃。
それは銃撃や近接戦闘武器の物よりも比較にならず、重量感を持ったものだった。
そう、まるで体当たりをされたかのような……。
状況を理解するよりも早く落下を始めるアスカとフライトアーマー。
いくらダメージを負ったとは言え、飛行不可になるような深刻なダメージは負っていない。
あわてて衝撃が襲ってきた背後を見る。
そこには……。
「……っ!」
『……貴女の、負けです』
アスカと同じTierⅣトゥプクスアラに身を包み、アスカを足場にピエリスの銃口と追加されたグレネードランチャーをこちらに向ける一人のランナーの姿。
モデルと見紛う美しいスレンダーボディを全身タイツのようなスーツで包み、エグゾアーマーを無視しながらなびかせるのは腰を超えるほどに長い緑髪を頭の後ろで結ったポニーテール。
無表情の光のない瞳でPDWのサイト越しにこちらを見つめているのは、アイビスが操るデコイアスカだ。
「まってアイビス! 話せばわかる、わかるから!」
『問答無用』
「あぎゃあああぁぁぁぁぁ!!!」
アスカの咄嗟の説得もむなしく、躊躇なくピエリスの引き金を引くデコイアスカ。
タタタタタタタタという軽快な発射音とは裏腹に、アスカのトゥプクスアラからはガガガガガという悲痛な被弾音が響き渡り、砕けた破片が周囲へ飛び散って行く。
先ほどのグレネードで損傷していたフライトアーマーに至近距離からの銃撃は致命傷。
エンジンからは火が上がるとともに、主翼は破損から揚力を維持できなくなり、落下速度が上がってゆく。
対するデコイアスカは銃撃を続けつつもアスカからの背面からは離れ、飛行を開始。
そして、トドメとなるグレネードの一撃をアスカに見舞ったのだ。
ただでさえ装甲の薄いフライトアーマー。
そこに至近距離のグレネードと銃撃に加えてダメ押しとなるグレネードの直撃。
フライトアーマーどころかソルジャーアーマークラスでも耐えられない攻撃を受けトゥプクスアラは見事に爆発四散。
HPバーは一瞬にして瞬間ゼロになり、ひつじ雲漂う秋の晴天の中、アスカは光の粒子となって消滅。
デコイアスカもアスカの消滅を見届けたかのように光の粒子となって秋空の中へ溶けていったのであった。
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「もう、またやられた!」
『お疲れさまでした、アスカ』
上空数千メートルで死亡したアスカはミッドガルのポータルで復帰。
悔しそうに眉を寄せながら天を仰いでいた。
「勝敗今どんな感じだっけ?」
『128戦。アスカの56勝72敗です』
「むぅ……アイビス相手に勝てないとは」
『私の飛行能力、戦闘能力はアスカのプレイヤースキルを元にしています。アスカが上手くなればなるほどこちらの戦闘能力も上昇します』
「でも、明確に負け越してるよ?」
『私はAIですので、プレイヤースキルを同じにしても射撃精度や先読み等の部分で有利が出ているようです』
「なるほど、アイビスの読みを上回る機動を取らなきゃいけないって事だね」
元々デコイによる戦闘飛行訓練はシステムの穴を巧みに突いた裏技に当たる。
その為、どの程度の戦闘能力にするかはデコイを操作するAI、アイビスが全て調整しているのだ。
やられることを前提としている通常のモンスター達とは違い、デコイアスカはその概念にとらわれない。
もしアイビスが全力を出した場合、射撃精度、機動、HPマネジメントなど全てにおいてアスカに勝ち目はなく、全戦全敗間違いなし。
アイビスもその事を理解している為、アスカの動きをコピー、ミラーマッチとなるように調整している。
もっとも、ミラーマッチである以上アスカの技量が上がれば当然ミラー、デコイアスカの動きもよくなるため、アスカ自身に技量が上がったという認識はないのだが。
「よし、じゃあもう一戦しようよアイビス!」
『アスカ、そろそろレインとの待ち合わせ時間ですが?』
「あれ、もうそんな時間?」
元々今日もレインと一緒の予定があったのだが、彼女のログインが遅れるという連絡を受けていたため、空いた時間を利用してアイビスとの戦闘訓練を行っていたのだ。
アイビスに伝えられ、メニューから現在時間を確認すると、確かにレインから聞いていた時間に差し迫っていた。
なら、このまま待とうかなとアスカが考えた時。
近くの空間が光り出し、中からレインが姿を現した。
「レイン! 丁度良かった!」
「あれ、アスカ? 待ち合わせ時間にはまだあったと思うんだけど……」
「ちょっと飛行訓練してたら墜落しちゃって」
「なるほど、また無茶してたんだね」
レインはここまでアスカ指導の下、ある程度の飛行は出来るようになってきている。
だからこそ、PVにもあるアスカの機動がどれだけすさまじいか、それだけの飛行技術を持ちながらも墜落する程の訓練が如何なる物なのかが手に取るように分かるのだ。
「無茶って言うほどじゃない……はず?」
「なんで疑問形?」
「たぶん私以外これやってる人いないから」
「えっ、それ一体どんな方法なの」
アスカはレインにデコイを使ったトレーニング方法は伝えていない。
これ自体がグレーゾーンでありあまり人に広めない方が良い事、レインに教えるのはまだ早いだろうという事の二点からだ。
しかし、その事を知らないレインはアスカが自分にも言えないようなとんでもない方法で訓練をしているのだろうと読み、明らかに引いていた。
「そのうち教えてあげるよ、レイン」
「やめてよアスカ、そんな方法私にできるわけないって」
他愛のない談笑を交わした後、さて、とレインが切り出した。
「じゃあちょっと早いけど、もう行く?」
「そうだね、ここにいてもしょうがないし、行こうか。我らがクラン、グリュプスの本拠地へ!」
そう、レインとの予定というのが何を隠そう、クラングリュプスの本拠地で行われる結成祝賀会である。
これはメンバーがかなりの大人数になった事と、先の選抜試験合格者と他メンバーとの顔合わせも兼ねての事。
グリュプスのメンバーであるアスカとレインはメールで本拠地の場所を伝えてもらっている。
ここまで一度も行った事のない区画だったが、そこは頼れる支援AIにナビゲートを頼み、迷うことなく人通りの多い道を進んでゆく。
そして、しばらく歩きたどり着いたのが……。
「カーラ、ここ?」
『はい。メールに記載されている場所はここで間違いありません』
「ほえぇ……なんというか、おっきいねぇ……」
まるでランナー協会かと見まごうほどに大きな建物だった。
かなりの面積を持っているであろう敷地をレンガ式の塀で囲い、正面と思われる門の奥には異彩を放つ洋風の建物が鎮座していた。
三階建て、白い壁にライトブルーの屋根、左右に長くシンメトリーで作られた洋館は、まるで欧州大使館か貴族の屋敷にも見える。
「と、とりあえず入ろうか」
「さすがに門前払いされるって事はない……よね?」
さすがにこんな豪華な建物だとは思っていなかっただけに、腰が引けているアスカとレイン。
誰かに声をかけて確認したいが、あいにくと門番などがおらず、意を決して門を開ける。
すると鍵がかかっていなかったのか、大した力を籠めることなく門が開いたではないか。
こんな豪邸なのに不用心な、とあきれるがアイビスによるとこの門がクランメンバー識別を行っているらしく、メンバー以外が門に触れてもピクリともしないそうだ。
レインと二人アイビスの説明に納得しながら敷地内へ。
邸宅まので歩道はレンガ造りであり、庭には綺麗に手入れされた芝が、奥には落葉樹が黄色の絨毯を敷き詰めていた。
まるで観光施設となった重要文化財の様な佇まいの西洋館に、アスカとレインの二人は落ち着きなくキョロキョロと辺りを見回すばかり。
手の行き届いた庭と美しい洋館の作りに見とれているうちに玄関へとたどり着き、そのまま大きな扉を開ける。
「おぉ~……」
「うわぁ、すごいね。まさに洋館って感じがする」
玄関はホールになっており、正面には階段が鎮座していた。
その階段も多少上がったところが踊り場となっており、そこから左右に階段が伸びるという、洋館によくある『両階段』だ。
「おかえりなさいませ、アスカ様、レイン様」
「えっ?」
「メイドさん?」
完全に現実離れした内装に呆気に取られていると、どこからかメイド服を着た女性が現れ、声をかけてきた。
彼女の頭上にはNPCを示す緑色のアイコンがあることから、彼女は見た目通りこの洋館の家事を担うメイドなのだろう。
彼女が二人に「おかえりなさいませ」と言ったのは、単純にアスカとレインがグリュプスのメンバーだから。
アスカ達がここに来るのは初めてだが、ここがクラングリュプスの本拠地である以上、彼女たちにとってもここがホームとなるのだ
「祝賀会までにはお時間に余裕がございますが、部屋でお待ちになられますか?」
「部屋? う~ん……」
「祝賀会ってどこでやるんですか?」
「中庭の予定でございます」
「中庭があるんだ……」
「アスカ、中庭に行ってみようよ」
指定の時間にはいささか早かったため、メイドから部屋で待つかと促された。
待合室のようなものでもあるのかと気になるが、それ以上に祝賀会が行われるという中庭の方が気になるのだ。
玄関付近だけでもあれだけ美しい庭なのだ。
中庭ともなればどれほどの物なのか、気にならないという方が無理と言う物。
二人は中庭の会場で待つことをメイドに告げ、案内をお願いする。
メイドも笑顔で二人の頼みを了承し、中庭まで案内してくれた。
正面の階段を上らず、横にあるドアへ進むと、これまた絨毯の敷かれた廊下を進む。
廊下は中庭へと続く回廊に繋がっており、そこから玄関以上に手入れされた美しい中庭が一望できた。
そして、中庭ではメイドたちが慌ただしく祝賀会の準備をしており、クランメンバーなのであろうたくさんのプレイヤーアイコンをもつランナー達が皆楽しそうに談笑している。
その中に、アルバやキスカと言ったクランの主要メンバーの面々の他、中心にはクランマスターであるファルクの姿があったのだった
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嬉しさのあまり瑞穂から発艦してしまいそうです!