25 レインの選択
レインが飛行訓練を始めてからさらに数時間。
途中休憩を挟み、アスカにお手本を見せてもらいながら何度も挑戦。
ようやく形になってきていた。
『滑走速度、離陸可能域』
「足も軽くなってきたし、これで……」
度重なる失敗を生かし、十分に速度を得てからエレボン操作。
アスカのお手本同様、体をわずかに浮かし水平飛行。
そのまましばらく地上スレスレを飛行すると、エンジン出力を下げると同時にフライトユニットに角度を付け、着陸滑走する。
「よし、成功だ」
《お見事レイン、完璧だよ!》
「まだこれで初歩の『しょ』の字程度でしょう? そんなに大騒ぎしなくてもいいよ」
アスカが行っていたようにフライトユニットのエンジンを止めず、タキシングでアスカの元まで駈け寄るレイン。
遠巻きのギャラリーが先ほどより明らかに増えているが、気にしない事に決めている。
「もう何度か練習すればこれは大丈夫だと思う」
「さすが、呑み込みが早いね!」
「いやいや、アスカには負けるってば」
エンジンを止め、エグゾアーマーを解除するレイン。
数時間をかけても飛行はおろか離着陸すらままならないとあって、精神的疲労を隠せないでいた。
「じゃあ、今日はここまでにする?」
「うん。ちょっと疲れちゃったし、ミッドガルの街も散策してみたいな」
「了解。隅々まで案内するよ!」
フライトアーマーの繊細な操作は慣れなければかなり気を使う精密作業だ。
今日が初ログイン、かつ飛行に関する知識も乏しいレインがここまで来れただけでも上出来だろう。
練習はここまでとし、ギャラリーの少ない方からミッドガルの街へ移動。
そこからは女子高生らしいショップ巡りだ。
再度洋服を見て回ったり、エグゾアーマーとは関係ないアクセサリーや小物アンティークなどを見て回り、アスカおすすめのカフェで小休止。
紅茶とお茶菓子を注文すると、通りに面したオープンテラスの席に腰掛けた。
「あー楽しかった! どうレイン、ゲームの世界も楽しいでしょ?」
「うん、思った以上だよアスカ」
リアル世界ではなかなか見なくなってしまったレインの満面の笑みを見て、つられて笑ってしまうアスカ。
その後も長身アバターによる視界の高さ、なのに誰も気にしない、ずっと夢だったワンピースに、大冒険となったランナースーツなど、ゲームならではの体験談に時間を忘れて話し込むレインとアスカ。
フライトアーマーに関しては少し落ち込む様子も見せたが「むしろやりがいがあるよね」「アスカほどは無理でも、自分で飛べるようにならなきゃ」と意欲は十分に高い。
そうしてしばらくオープンテラスでゆっくりしていると、通りの向こうから見知った人物が近づいてきた。
「やっほー、アスカー! ここにいたかぁ」
「フランにアルバ! アルディドも!」
「……うむ」
「ようリコリス1。話題になってたぜ」
「話題?」
姿を見せたのはアスカのフレンド、フランにアルバ、そして先のイベントで共に空を飛んだアルディドだった。
「アスカ、せっかくだから相席いいかにゃ?」
「うん、いいよ。レイン、この人たちは私のフレンドでフラン、アルバ、アルディドだよ」
「あっ、えっと、は、初めまして。アスカの友人でレインと申します……」
「にゃはは~これは美人なお姉ちゃんだねぃ。私はフラン、よろしくぅ!」
「アルバだ」
「俺はアルディド。リコリス1、アスカにはこの間のイベントで世話になったんだ」
アスカが仲介となり、レイン、アルバ、フラン、アルディドの顔合わせを行う。
ゲームと言えども初対面の相手に少し緊張してしまうレインだったが、アスカのフォローとフランの陽気な言動からすぐさま意気投合することが出来たようだ。
フラン達は注文を取りに来た店員に了承を得て、アスカ達が使っているテーブルに空いていたテーブルをくっつけてスペースと座席を確保。
そのまま腰かけた。
「でさアルディド、さっき言ってた話題って言うのは?」
「あぁ、掲示板でちょっと賑わってたんだ。『リコリス1が誰かに飛行訓練を行ってる』ってな」
「それだけで話題になるの?」
「あれだけギャラリーいたからね……」
「にゃはは、有名税だわさ」
呆れ返るアスカだが、レイン他四名はどこか納得した表情だ。
もっとも、遠巻きに見たり掲示板で話題になる程度でアスカに直接話しかけてくる者がいなかっただけマシではあるのだが。
「ところでそっちの……レインと言ったな」
「あ、はい」
「加入するクランは決まっているのか?」
「いえ、そう言うのは全然」
「そうか……ならばうちに来るか?」
「えっ?」
「アルバ、いいの?」
「うむ。前もってファルクには了承を得ている。フランは違うクランだが、アルディドも入るし、何よりアスカがいる」
「アルディドも入るの?」
「ああ。俺だけじゃなくてヴァイパー2やヘイローチームも参加する」
クランの話を持ち出され、目をパチクリさせるレイン。
クランシステム実装に関してはアップデートの情報が記載されたパッチノートで知っていたが、初心者の自分が関わってくるのはまだまだ先の事だと思っていた。
アスカは「レインが一緒のクランに来てくれると嬉しい!」「うわぁ、ヴァイパー2やヘイローチームも同じクランなんだね!」とはしゃぐばかりだが、レインは即答せず、何故自分にオファーが来るか考え込んでいた。
俯き加減に考え込んでいると視線を感じ、ふとアルバとフランに目をやると、アルバはおろかフランまで先ほどまでの飄々とした表情から一変、真剣なまなざしをレインへと向けていた。
まるで『頼むから断らないでくれ』と視線で訴えているかのように。
そしてレインは両者から向けられた視線の意味を理解した。
同時に緊張した表情から「ふぅ」と息を吐き、強張っていた肩をすっと下ろす。
「なるほど、トラブル防止という事ですね」
「む?」
「ありゃ、分かるのかにゃ?」
「はい。クラン加入に関するトラブルはアスカからも聞いていますので」
「ほう……」
「これは……また察しの良い娘だねぃ」
「レイン、どういう事?」
「ううん、アスカは気にしなくていいよ」
「んん?」
首を傾げるアスカだが、他の四人は視線を合わせ頷きあっている。
そう、アルバ達がレインをクランに誘うのはアスカの時同様、無駄な勧誘トラブルを防ぐためだ。
アスカは既にファルクが作るクランに加入することが確定しているが、レインはまだ未定。
すでにアスカがレインに飛行訓練を施している事は掲示板などを介して知れ渡ってしまっている。
そこへレインがアスカのリアル友達だという事実まで伝わってしまえば、アスカではなくレインをクランに加入させ、彼女を使ってアスカを引き抜くというよからぬ事を企む輩が出ないとも限らない。
それを未然に防止する為、アルバはレインをクランに誘ったのだ。
もっとも、彼女がこれほどあっさり事情を理解してくれるというのは想定外だったのだが。
「では、お言葉に甘えて参加させていただいてもよろしいでしょうか?」
「問題ない。よろしく頼む」
「やった! レインも一緒のクランだ!」
「アスカもいいか? クラン勧誘を送るから、承認してくれ」
「了解だよ、アルバ!」
アルバがメニュー画面を操作し、アスカとレインへ向けクラン勧誘を送信。
すると二人のメニュー画面に勧誘通知を告げるアイコンが出現。
画面操作を操作し、勧誘を受けたクラン画面へ。
<ランナーアルバよりクラングリュプスへの招待が届きました。クランに加入しますか?>
<YES> <NO>
出て来たテロップを見つめ、視線を周りの仲間達へ。
全員が無言のままアスカに視線を寄せ、小さく頷く。
アスカもそれに応じ、無言のまま頷き<YES>をタップした。
「ようこそ我らがクランへ、アスカ、レイン。歓迎するぞ」
「うん、よろしくねアルバ」
「右も左もわからない初心者ですが、よろしくお願いいたします」
「にゃあ~、結局二人ともとられたにゃ~~~」
「なんだ? フランも二人を狙ってたのか?」
「交渉決裂したら声かけるつもりだったのさぁ。まぁ、ファルク達のクランならウチらとしても問題ないけどねぃ」
少し緊張した場を和ませようと、フランが軽口を叩く。
フランのここまでの動きを見れば「アスカを取られた」という気持ちがないのは明白。
たまらずアルディドが張りつめた息を吐きつつツッコミを入れた。
「アルバ、クランに加入したのならファルクにあいさつした方が良い?」
「いや、まだしなくていい。こちらもちょっと立て込んでてな。クランメンバーとの顔合わせも後日行う予定だ」
「立て込んでるの?」
「うむ。アスカとレインは気にしなくていい。準備が出来たらこちらから連絡を入れる」
「分かった」
「期待しててくれよリコリス1。すげぇ飛行隊が出来上がるからよ」
「飛行隊!?」
アルディドが言い放った『飛行隊』という言葉に目を輝かせて反応するアスカ。
アスカが僚機と共に飛んだのはイベント期間中だけであり、その時は皆で空を楽しむ余裕などなかったのだ。
出来る事ならまた皆で集まって、今度こそ戦闘を抜きにフリーフライトを楽しみたいと思っていただけにアルディドの言葉に胸躍らせたのだ。
「どのくらいの人数になるの?」
「そりゃあもうかなりの数だ。皆リコリス1に会うのを楽しみにしてる」
「うわぁ、うわあぁぁ!」
これまで全く居なかった空を求める仲間がたくさんいると聞いて笑顔をこぼすアスカ。
その後、レインにこのゲームを楽しむ上での注意事項やオススメスポット、アルバたちとのフレンド交換を行い、時間の許す限り談笑。
現実世界が19時に差し掛かろうとしたところでアスカとレインはプレイを終了。
そのままアルバ達に見送られミッドガルのポータルからログアウトしていった。
「ふぅ、とりあえずこれで落ち着くな」
「馬鹿な連中が動き出す前に手を打てて幸いだったな」
「いやぁ、レインの察しの良さに助けられたねぃ」
二人を見送り、再度肩の力を抜く三人。
アスカは姿もそうだが、フライトアーマーを使用しているためどうしても目立つ。
それも、愛用しているのがフルカスタムアーマーであるため余計にだ。
そんな彼女が街はずれで初心者に飛行訓練を行っていると聞けば、見に行き、あわよくば参加したいと考えてしまう者が出てしまうのもまた仕方のない話。
その上、レインがアスカのリアル友達であり、クラン未加入であれば、不埒な考えを実行に移す不届きものが出ないとも限らない。
掲示板の書き込みなどからその危険性を感じたファルクらクラン上層部は、アルバに詳細確認と状況次第ではレインをクランに参加してもらうよう指示を出していたのだ。
フランとアルディドはアルバがその指示を受けた時たまたまそばにいただけである。
「と言うかグリュプスによく空き枠があったねぃ。加入希望殺到してるって聞いたよぉ?」
「こう言う事態に備えて少しだけ空き枠を確保していたそうだ。皆アスカにはゲームを楽しんでもらいたい一心さ」
「あの笑顔を見せられちゃあな。それに、これくらいじゃ空を飛べるようになった恩はかえしきれねぇよ」
ファルクが創設したクラングリュプスにアスカ、リコリス1が加入するという話は二陣勢を含めほぼ全てのランナー達が知っている。
PVでも人気のリコリス1がいるクランでゲームをプレイしたいと考えるランナーは多く、第一陣はおろか二陣勢からも加入希望が殺到しているのだ。
リコリス1と同じクランに入りたい者、間違いなくトップクランになるであろうグリュプスに加入して美味しい思いをしたい者、リコリス1にフライトアーマーの教導を求める者など、その思惑は様々。
そんな込み入った事情を、アルバ達はアスカに一切話していない。
理由はいろいろあるが、一番大きいのはエンジョイ勢である彼女にガチ勢の思想や私利私欲のごたごたに巻き込まず、楽しくプレイしてほしいから。
彼女がイベントで見せた、何よりも味方の命を大事にするプレイスタイルはゲーム玄人となったアルバ、アルディド達からしたらとうに忘れ去ってしまった感覚だ。
リアルで死んだりしないのになぜ気にするのか。
自爆特攻でのデスルーラの方が移動が速い。
上を目指すためには効率のみを追求すればいい。
などなど。
ゲームで上位を目指せばおのずと思想は冷めて行き、効率のみを追求した合理主義の権化と化したかのようなプレイスタイルになって行く。
空を飛ぶたびに楽しそうにしているアスカに、そんな風にはなってほしくないと言う共通認識の元、彼らは一丸となってアスカを守るのだ。
「で、アルバ、どうするんだ?」
「何がだ?」
「飛行隊の選抜。希望者5000人超えてるって聞いたぜ?」
「ごっ!? いやぁ、それはまたすごい人数だねぃ……」
当初の懸念通り、アスカの動向を窺っていたフライトアーマースレの住人などがアスカのクラン入りを皮切りに一斉に加入希望を出したのだ。
中にはアルディドらヴァイパー、ヘイローチームも含まれるが、加入確定しているのはそのヴァイパー、ヘイローチームの4名だけ。
それ以外の希望者は能力を見極め、加入の可否を決めなければならない。
「5000人もどうやって能力試験するんだ?」
「それについては考えがあるそうだ」
「えっ、そうなのかぃ?」
「うむ。俺も話に聞いただけだがな。公平かつ公正な選抜試験だ」
「……どうやるんだよ」
「簡単だ。生き残ればいい」
「は?」
「ほえ?」
疑問符を浮かべるアルディドとフラン。
その二人を見つめるアルバの顔は、不気味なほどに良い笑顔。
この数日後。
『Blue Planet Online』史上最大の選抜試験が行われたのであった。
明日は選抜試験のお話です。
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嬉しさのあまり葛城から発艦してしまいそうです!