24 アスカの飛行教室(易)Ⅱ
レインの飛行訓練を始めてから数時間。
フライトアーマーの使用はレインにとってもだいぶ難しい物であったらしく、初期訓練である滑走ですら何度も失敗していた。
ラダーとエレボンの操作間違いによる転倒、滑走中に脚をもつれさせての転倒、離陸速度を間違えて踏み切り、揚力不足から失速転倒。
元々装甲などないも同然のフライトアーマーのため、転倒の度に街に戻り回復し再度チャレンジ。
中には転倒の形が悪く死亡するケースもあった。
それでも、少しずつフライトアーマーの操作になれ、滑走も様になっていった。
「よしっ、今度はいい感じ……カーラ、どう?」
『滑走速度、離陸可能域に到達』
「でも、まだアスカが言ってた『足が浮く感じ』がないから……もうちょっと!」
草原を滑走しながら、カーラに問うレイン。
感覚派のアスカと違い、彼女は理論派。
離陸可能速度を確認し、そこへアスカの助言を織り交ぜ滑走を繰り返す。
カーラが告げた離陸可能速度からさらに増速。
すると大地を踏み込む足から伝わる感触が軽くなって行く。
「なるほど、こういう事か」
『主翼、揚力発生。いつでも上昇できます』
「よし、上がるよ」
《あっ、駄目!》
「アスカ?」
速度も揚力も十分得たと、上昇するために慎重にエレボンを『最大角度で』効かせたレイン。
基本的に離陸するときの上昇は少しずつ行わなくてはならない。
何故なら……。
「きゃああぁぁぁ!?」
《離陸する時エレボンを急操作したら失速しちゃ……遅かったぁ……》
十分速度を得たと言っても、それはあくまで『離陸するため』の速度だ。
飛行している時の速度からすればまだまだ遅い部類であり、特に出力の低いフライトアーマーTierⅠの乙式三型ではエレボンの急操作について行けない。
結果、エレボンの急操作により一瞬にして真上を向くも、出力不足から速度が一気に減少。
迎え角が大きくなりすぎたため翼表面で発生していた揚力が剥離。
飛行不可となったレインは真っ逆さまに墜落してしまった。
そう、今回は速度の分上昇したため『転倒』ではなく『墜落』。
頭から地面に叩きつけられたレインは一瞬にしてHPを全損。
光の粒子となって消滅してしまったのだった。
――数分後。
「あ、おかえりレイン」
「……ただいまアスカ」
ミッドガルのポータルで復活したレインが再度アスカの元まで戻ってきた。
「うーん、攻略サイトでは読んでたんだけど、やっぱりかなり難しいエグゾアーマーなんだね……」
「だ、大丈夫レイン?」
何度も滑走訓練を繰り返し、トライアンドエラーでここまできたレインだが、さすがに焦燥を隠し切れなくなっていた。
「あのさ、今日はもうここまでにして他のエグゾアーマーで遊んでみる?」
「えっ?」
「ほら、楽しくない事ばかりしててもつまらないでしょ? レインが他のエグゾアーマー身に付けて、私が空から援護するから……」
アスカとしてもレインと共に飛びたいというのが本音だ。
しかし、なにもそれを強要する気はなく、楽しく一緒にプレイできるのが一番。
飛行も初プレイすぐの今でなくとも良いのだ。
少しずつ練習し、上手くなり、いつか共に飛べたらそれで良い。
そう思って伝えたのだが……。
「ふーん、そう言うことね。エグゾアーマー装着」
「えっ、レイン!?」
「おーけーアスカ。俄然やる気が出て来たわ」
アスカのおどおどした表情と態度から彼女の考えを読み取ったようで、すぐさまフライトアーマーを装着するレイン。
多少意地になっている面もあるが、アスカと共に飛びたいというのはレインにとっても最優先事項。
なにより、アスカに言われふと想像したシーンが我慢できそうになかったのだ。
アスカの言う通り、地上用のエグゾアーマーを装着し、彼女と共にゲームをプレイ。
大空を楽しそうに、自由自在に飛ぶアスカに対し、レインは地上からただそれを見つめるだけ。
考えただけでも羨ましくて仕方がない。
元々控えめな性格ではあるものの、見知った相手なら多少は我も通すのだ。
慌てるアスカを他所に、滑走を開始する。
「カーラ、離陸するときの角度はどのくらいが良いの?」
『ピッチ角おおよそ10度から15度が良いと思われます』
「また微妙な……アスカはあの空戦の最中こんな繊細で緻密なコントロールしてたの?」
フライトアーマーが他のエグゾアーマーよりも難度が高い理由もここにある。
飛行に関するサポート、アシストがない現状、飛行にかかわる緻密な制御は全てランナー自らが行わなければならない。
しかし、これがまた難しいのだ。
レインが苦戦するようにエレボンとラダーの角度操作、エンジンの出力制御に始まり、飛行が始まれば高度、残MP、速度。
ロール角、ピッチ角などの各種角度に主翼の向きと揚力の維持具合、フライトユニットと体の位置関係。
戦闘が始まれば敵の位置と自分の位置、そして残弾管理。
一つ一つで見れば難解な訳ではないが、飛行中はこれらすべてを同時に一括処理しなければならないのだ。
『速度、離陸可能域』
「足の踏み応えも軽いね、これなら……どう?」
先ほどの反省を踏まえ、今度は僅かにエレボンを操作。
カーラのアドバイスに上昇角度を10度から15度に。
《いいよレイン、その調子! 水平飛行に戻して!》
「むぅっ、簡単に行ってくれちゃって……よっ、とっ……ほっ」
初心者にとって、飛び出し上昇した後水平飛行に戻すのもまた中々に難しい。
レインは飛び上がった体を水平に戻そうとエレボンを操作。
しかし、操作した角度が深すぎピッチ角がマイナスになってしまう。
慌てて再度エレボンを操作、ピッチ角を戻すも、やはり戻し過ぎプラス10度ほどに。
何度か行ったり来たりを繰り返し、数度の微操作の末水平であるピッチ角0度で安定させる。
「水平にできたよアスカー」
《了解! そのままエンジンの出力を少しずつ絞って着陸して! もう時間がヤバイ!》
「え、時間?」
『注意。MPが少なくなっています。残り飛行可能時間55秒』
「はあぁ?」
レインも初ログイン時のボーナスポイントでMP回復と増加のスキル、そして先ほどのダイクの店で増槽を購入している。
しかし、動力結晶は初期状態な為飛行可能時間は5分あるかないかと言ったところなのだ。
元々長めの滑走、そして不安定な上下飛行を繰り返す間もエンジンを作動させ続けていたためレインのMPはみるみるうちに減少。
ついには危険域に達してしまった。
「わ、わ、どうやって着陸すればいいの?」
『体を地面に対し垂直、エンジン出力を絞りつつフライトユニットの角度を10度ほどに設定。左右のエレボンを下げフラップとして使用し、着陸してください』
「そ、そんないっぺんにはちょっと……」
《レイン、速度が速いし高度も高いよ!》
「あわわわわ……」
航空機の操縦において最も難しいとされているのが着陸だ。
速度を上げ上昇すればよい離陸と違い、着陸は速度を下げつつゆっくりと地面に脚を降ろすという『制御された失速』を行う必要がある。
高度が高いまま速度を落とし過ぎれば揚力を維持できず墜落。
速度が速いまま着陸すればオーバーランや転倒の危険性が上がってしまう。
《レイン、パラグライダーの着陸のイメージが近いよ!》
「わ、私パラグライダーなんてしたことないから分からないよー……きゃあっ」
半分パニックになってしまったレインに綺麗な着陸を求めるのはさすがに酷と言う物。
結局高めの高度から速度を落としすぎ失速、両足から叩きつけられるように地面に落下。
フライトアーマーの脚部は着陸時の衝撃を和らげる緩衝機構が付いているが、レインの落下の衝撃は緩衝装置が持つ許容範囲を大きく超えてしまっていた。
結果、吸収できなかった衝撃がレインを襲い、バランスを崩し転倒。
大きな土煙を巻き上げた。
「レイン、レイン! 大丈夫!?」
「うぅ~、もうちょっとだったのにぃ」
幸い緩衝装置のある足から墜落したことでHPは全損せず、フライトユニットにも大きな損傷はなかった。
代わりに限界以上の衝撃を受けた脚部は大破。
パーツが飛び散り、歪み、ひびが入り、動作不良を表す火花がパチパチと飛んでいた。
「ねぇ、アスカはこれで飛べるようになるまでどのくらいかかったの?」
「私? ん~、離陸は一発だったよ?」
「えっ、こんなに難しいのに?」
「私はそんなに難しく感じなかったから」
「どうして……ってそうか、蒼空だものね……」
最初の滑走、離陸、着陸で大苦戦するレインだが、アスカは初飛行時ここまで苦戦することはなかった。
それはアスカの今までの境遇が大きく関係していたからだ。
元々アスカの空好きは両親から受け継いだもの。
そんな両親がアスカの幼少期から空にかかわる遊びを体験させていない訳がない。
体験型のタンデムパラグライダーとタンデムハンググライダーに始まり、空港などに設置されたフライトシミュレーターなどなど。
幼い蒼空に施された航空機に関する見る、聞く、感じる、動かすと言った英才教育は、フライトアーマー使用において極めて有効だったのだ。
当然これらを体験するにはかなりのお金が必要になる。
いくつかはレイン、奈々も一緒に体験したことはあるが、アスカほど空に熱心でなかったこと、家庭の事情などもあり回数はそこまで多くない。
レインは不思議そうに顔を傾げるアスカからその事を悟ったらしく、諦め顔でポツリとつぶやいた。
「ねぇ、アスカちょっとやって見せてもらってもいい?」
「私に?」
「うん。説明だけだと分かりにくくって。せっかく目の前に先生が居るんだから、直接見せてもらいたいんだけど、どうかな?」
「お安い御用だよ! 任せて!」
頼られたのが嬉しかったのか、アスカは満面の笑顔を浮かべてスタート地点へ走って移動。
レインは歩行不可となってしまったエグゾアーマーを解除し、見通しの良い場所からアスカを見守る。
「あれ……なんか人が増えてる?」
その時ふと気づいたのがいつの間にか増えているギャラリー達だ。
ミッドガルに近い事もあり通りがかりかなとも思ったが、皆足を止め遠巻きにこちらを見つめている。
「なんで私達なんか? ……あぁ、アスカ目当てだね」
ギャラリー達の視線が自分ではなくアスカへと向かっている事で、目的がアスカなのだと理解した。
先のイベント最大の貢献者、使用者の少ないフライトアーマーの中でトップの飛行能力、そして目立つ緑髪ポニー。
アスカもすっかり有名人だねとクスクスと笑っていると、アスカから通信が入った。
《レイン、こっちは準備できたよー!》
「あ、うん、了解。いつでもいいよ」
《よし! リコリス1、行きます!》
アスカの声と同時に、大きくなるエンジン音。
そして、エンジン音が最大にまで大きくなると、アスカが滑走を開始した。
周囲に生えた草と腰まで長いポニーテールを靡かせながら駆け抜けるアスカ。
それはレインから見ても一切の無駄がない綺麗なフォームでの滑走だった。
体はやや前傾。
しかし、フライトユニットは体に対し角度を付け、地上と水平かやや上を向いている。
「なるほど、ああやって翼に風をあててるんだ」
アスカが身に付けているのはフルカスタムアーマー飛雲。
乙式三型とはそもそものパワーが違うので一概には言えないが、明らかにレインよりも高い速度で大地を滑走。
レインが浮き上がったポイントよりもはるか手前で離陸すると、主翼の角度を完全に地面と水平にしそのまま地上スレスレを飛行してゆく。
そして次第にエンジン出力を下げつつ、再度主翼に角度を付けながら高度を下げて行く。
足が地面についたらしく、アスカが再度地面を走り始める。
速度はさらに落ちてゆくが、エンジンは止めず、転ばない程度の速度でそのまま地面を走り続けるアスカ。
まるで航空機がタキシングするかのように地面を走り、ラダー操作で大きく回りながらレインの元まで駈け寄った。
「こんな感じなんだけど、どうかな?」
「だいたいわかったよ。ありがとうアスカ」
「また見たかったら何時でも言って」
「その時はお願い。今のイメージが焼き付いてるうちに練習してくるね」
「頑張ってねレイン!」
アスカはレインの元までたどり着いたところでエンジンを停止し、エグゾアーマーを解除。
入れ替わるようにレインは一度街に入ってHPを回復させた後、滑走の開始位置まで走り、滑走離陸訓練を再開したのだった。
たくさんの感想、評価、ブックマーク、誤字脱字報告本当にありがとうございます!
嬉しさのあまり天城から発艦してしまいそうです!