23 アスカの飛行教室(易)Ⅰ
ダイクの店でランナースーツの購入を終えたアスカとレイン。
最後にレインへホームのアイテムBOXに所持金と初期アイテムを入れておくように指示し、満を持してミッドガルの外へ出る。
相変わらず人が多いミッドガルの門をくぐり、少し離れた平地へ移動。
滑走に十分な距離があることを確認すると、レインへクルリと向き返った。
「よし、じゃあ飛ぶ練習を始めようか!」
「はい、よろしくお願いします。アスカ先生」
「うむ! ふふっ、私が先生って言うのもなんか可笑しいね。じゃあまずエグゾアーマーを装着しようか」
「叫べばいいんだよね、エグゾアーマー、装着!」
初のエグゾアーマー装着に目を輝かせながら叫ぶレイン。
その言葉に応じ、足元に魔法陣が出現し、彼女の体が浮き上がる。
今まではそこからエグゾアーマーのシルエットが表示されていたが、アップデートを経たエグゾアーマー装着シークエンスは変化があったらしくレインの体全体が光り出す。
かなり強めの光が出たが、その光はすぐに治まる。
すると現れたのは先ほどまでレインが着ていたワンピースではなく、ダイクの店で買ったランナースーツだ。
レインが選んだのはアスカと程同じデザインの全身タイツ型。
しかし、ベースの色は白ではなく青。
それも空をイメージする物ではなく、紫がかった青紫のランナースーツだ。
いきなり現れたランナースーツにレインが驚いている間にもエグゾアーマーの装着シークエンスは継続。
ここからは今までと同様、エグゾアーマーの各部位がシルエット表示され、実体化してゆく。
全てのエグゾアーマーパーツが実体化すると、レインがフライトアーマーTierⅠ乙式三型を装備した姿で大地へと降り立った。
「おぉ~、すごいねこれ!」
「うん、問題ないね!」
「ふむふむ……造形はなかなか……あ、翼はこうやって動かすんだね。うわ、ユニットの角度まで変わるんだ」
初のエグゾアーマー装着に興味津々のレイン。
主翼のエレボンを動かし、垂直尾翼のラダーを動かし、フライトアーマー低Tierの特徴、角度変更可能なフライトユニットを動かし、いろいろと確認を行っている。
「よし、じゃあ私もエグゾアーマー装着を……」
『申し訳ありませんアスカ、装着は少々お待ちください』
「あれ、どうしたのアイビス?」
レインのしぐさに、自分が初めてエグゾアーマーを装着した時の事を思い出し、さぁ自分もエグゾアーマーを装着しようとした時。
アイビスから待ったがかかったのだ。
『エグゾアーマー装着前に説明しておきたいことがあります』
「説明しておきたい事?」
『はい。アップデートによる仕様変更でスキルスロットが実装されています』
「あぁ、あったねそう言えば」
アップデートの内容はアイビス他アルバやフランからも聞いている。
しかし、それはあくまで聞いただけであり、アップデート項目の詳細まで読んだわけではない。
「どういうものなんだっけ?」
『スキルスロットは文字通りエグゾアーマー毎に有効化するスキルに上限を持たせる設定になります』
「ふむふむ?」
アイビスの説明によれば、スキルスロットはエグゾアーマー毎にセットできるスキルを10個までに制限するシステム。
これまでは入手したスキルが全て有効化される仕組みだったため、上位勢の中には手に入る全てのスキルを積みまくるといった手法も散見されていた。
『Blue Planet Online』のスキルは補正数値こそ大きくないが、一部のスキルを除きほとんどが店売りで入手可能。
β時代はそこまでではなかったが、正規版になるにあたりとにかくスキルを掻き集めるという手法が広まるのも当然だと言えるだろう。
しかし、それではエグゾアーマーで戦うというよりも満載したスキルで戦うというゲームの根幹に関わる大問題に発展しかねない。
そこで今回実装されたのがスキルスロットシステムだ。
所持している戦闘系スキルから10個を上限に選択してセット、エグゾアーマー装着時に有効化するもの。
これによりエグゾアーマーの種別とスキルの組み方で個性が出る、PVPではランナー同士のスキル読み合い、駆け引きが発生するなどを狙った実装だ。
すでにスキルを買い漁ったランナー達は泣くしかないが、その分様々なエグゾアーマーとスキルの組み合わせが前もって試せるという事でもある。
ただし、生産系スキルはこれに該当せず、エグゾアーマーを装備した状態でも問題なくスキルが使用可能となっている。
これはエグゾアーマー装着中にも薬の調合、アームドビーストの世話など、戦闘以外での使用場面が多すぎる事、逆に戦闘では勝敗に大きく影響しない事が理由。
そしてアスカにとって問題となるのがスキル【支援AI】であるアイビスだ。
『【支援AI】は分類上戦闘スキルとして設定されています。スキルセットに入れなくてもONにしていれば会話、解説は可能ですが、設定変更やナビゲートが行えません』
「制限がかかっちゃうんだね」
『はい』
アイビス達【支援AI】のサポートはレーダーの情報を元にランナーへ状況報告、他ランナーとの通信確立、使用火器の助言など多岐に渡る。
スキルスロットに【支援AI】をセットしなかった場合、口頭での説明や問答は可能だが、AIによる各種設定操作、状況報告が不可能になるとの事。
「それなら、アイビスは必ずスキルスロットに入れておかないとだね!」
『了解いたしました。スキルスロットの設定はアスカが行いますか?』
「ううん、アイビスに任せるよ!」
『お任せください』
今アスカが持っているスキルはそれほど多くない。
【MP増加・大】【MP自動回復】【フライトアーマー開発経験値増加】【採取Ⅴ】【栽培Ⅳ】【調合Ⅳ】【強運】【支援AI】【飛翔Ⅴ】【墜落耐性Ⅲ】【自動水薬】の計11個。
イベントを経て以前よりスキルレベルは上がっている物が多く、特に飛行時間が関係すると思われる【飛翔】は一気にレベルがⅤにまで上昇している。
このスキルのうち【採取Ⅴ】【栽培Ⅳ】【調合Ⅳ】は生産系スキルのためスロットに関係ない。
よってそれ以外、【MP増加・大】【MP自動回復】【フライトアーマー開発経験値増加】【強運】【支援AI】【飛翔Ⅴ】【墜落耐性Ⅲ】【自動水薬】の8個がアスカの戦闘用スキルとなる。
『スキルスロット、設定完了しました』
「よし、じゃあ行くよ! エグゾアーマー、装着!」
アイビスから設定が終了したことを告げられ、エグゾアーマーの装着を開始。
足元に魔法陣が現れ、アスカの体が僅かに浮き上がる
同時にレインの時同様体が光に包まれ、服装が普段着からランナーへと着せ替えられ、エグゾアーマーの装着シークエンスが開始。
体の各部位にエグゾアーマーのシルエットが出現し、順次実体化。
再度大地に脚を付けた時にはフルカスタムアーマー飛雲を装備したアスカが立っていた。
「さっきも見せてもらったけど、本当に奇麗なフライトアーマーだね」
「さ、さぁ、飛行訓練を始めるよ!」
レインに褒められ、若干照れてしまったアスカだが、それを隠そうとレインの飛行訓練を開始する。
「それで、何から始めたらいいの?」
「えっ、えっと……どうしよう?」
「うん、なんかわかってた」
基本、アスカは感覚派だ。
知らない事、分らない事に対し、考えるよりも早く体を動かし対応する。
逆に言えば理論立てて考えることが苦手な為、出来ない人に順序だてて説明し、教えることが苦手。
レインはアスカとの長い付き合いからたぶんこうなるだろうという予測はあったのだろう。
顎に手を当て考え込むアスカを笑いながら見つめていた。
『最初は滑走による訓練が良いかと思われます』
「滑走?」
『はい。滑走によるフライトアーマーの加速とエレボン、ラダーの反応性を知ってもらうのがよろしいかと』
「なるほど……確かにそうだね。レイン!」
「何、アスカ?」
「まずは滑走から始めようか!」
「滑走?」
滑走と聞いて、首を傾げるレイン。
飛ぶ訓練のはずなのに、何故滑走なのか疑問に感じたが、アスカとアイビス、そして自身の支援AIカーラから説明を受け、なるほど、と納得した。
「PVで見た限りだと簡単そうに飛んでたんだけど、やっぱり掲示板とかにあるように難しいんだね」
「うん。慣れがかなり必要なんだ」
「オッケーアスカ。じゃあ、エンジンを……どう掛けたらいいの?」
「翼を動かす感じでやれば掛かるよ」
「よし、動け……わぁ、動いた動いたよ」
自分で初めての物を動かす時は感動するもの。
レインもその例にもれず、自ら始動させ回転を始めたエンジンに感激しっぱなしだ。
「それで、ここからどうしたらいいの?」
「フライトユニットを体と垂直、地面と平行の攻撃姿勢ポジションにして、回転を上げて押されるまま走ればいいよ。止まりたいときは回転を抑える感じで」
「分かった、やってみるね」
エンジン始動で興奮気味のレインはアスカの指示そのまま、回転数を上げる。
レインの意に応え、エンジンからの排気音が激しくなると同時にプロペラの回転数が上がり、レインの体を強く押し出す。
レインは後ろからの力に促されるように一歩、また一歩と足を踏み出し、速度を上げて行く。
最初は歩くように、すぐに早足となり、駆け足に。
「いいよー、その調子ー!」
駆けて行くレインに向け、その場から動かず檄を飛ばすアスカ。
レインはなおも速度を上げ、プロペラが生み出した風に平原の草をなびかせながら加速してゆく。
誰の目から見ても、アスカから見ても順調そのもの。
――だったのだが。
「あっ、転んだ!?」
勢いよく走っていたレインだったが、何を思ったのかエレボンを操作してしまったのだ。
通常、フライトアーマーが地上滑走時方向転換に使用するのはラダー。
リアル世界の航空機も方向転換の際にはラダー、もしくは前輪による操舵となる。
これは地上においては機体の前後を軸としたロールではなく、上下を軸としたヨーが基本だからであり、地上、しかも滑走時に体が側転する形になるロールを行うエレボンを操作してしまえば、転倒するのも当然だ。
「レイン、大丈夫!? あぁもう走りにくい! エグゾアーマー解除!」
土埃を巻き上げ盛大に転倒したレイン。
幸いHP全損には至っていないが、ゲージが三分の一になるほどの大ダメージを負いその場から動かなくなってしまった。
アスカも慌てて駆け出すが、飛雲のエンジンは作動させていないため動きがとにかく遅い。
もはやエグゾアーマー無しで走った方が速いと、エグゾアーマーを解除。
普段着に戻して走り寄る。
「レイン、レイン! 大丈夫!?」
「あ、アスカぁ……」
「あちゃー、その主翼じゃもう飛べそうにないね。いちどミッドガルに戻ろっか」
「うぅ……皆が言ってる難しいって意味、今はっきりと分かったよ」
速度に乗った状態からの転倒、衝撃で地面をえぐった軌跡を転々と残し、うつ伏せに倒れ込むレイン。
HPこそ全損していないが、彼女のフライトアーマーは主翼が折れ、垂直尾翼とプロペラが曲がり、各部から動作不良を表す火花がパチパチと飛んでいた。
飛行するために精密な構造と動作を必要とするフライトアーマーでは、フライトユニットに一定以上の損傷を受けると飛行自体が不可能となる。
レインの損傷具合は素人目に見ても飛行不可レベル。
アスカはうつ伏せのまま項垂れるレインを起こし、エグゾアーマーを解除させると、HP回復のためミッドガルの街へと二人で戻っていったのであった。
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嬉しさのあまり雲龍から発艦してしまいそうです!