22 ランナースーツ
「こんにちはー!」
「アスカ、ここで良いの?」
アスカがレインを引っ張って連れてきたダイクのエグゾアーマーショップ。
いつもは閑散としている店内だが、ここにも第二陣の波は来ているようで十名ほどランナーの姿があった。
本当にここでランナースーツが買えるのかと不思議がるレインを他所に、アスカはカウンターにいるダイクへと一直線に歩いてゆく。
「おう嬢ちゃん、いらっしゃい」
「こんにちはダイクさん! 今日は賑わってますね」
「今日『は』は余計だ。今日『も』だろうが」
「えっ……う~ん?」
「おいおい、そこは悩むところじゃねぇだろうがよ」
アスカがこの店を訪れる時はいつも客が居たためしが無い為、ダイクの言葉には首を傾げるしかない。
もちろん、これはダイクの冗談であるが、アスカがその冗談を真に受けてしまったため苦笑いを浮かべている。
「こ、こんにちは……」
「お? 誰だいこの別嬪さんは。嬢ちゃんの知り合いか?」
「うん、私の友達でレインって言うの。レイン、この人はダイクさん。私のエグゾアーマーを作ってくれた人なんだ」
「レインです。よろしくお願いします……」
「おう、俺はこのショップの店長ダイクだ。嬢ちゃんの知り合いって事はウチのお得意様って事だな」
「えっ? えっと、その……」
「レイン、大丈夫だよ。ダイクさんはかなりいかつい顔してるけど、気さくないい人だから!」
「嬢ちゃん、いかついは余計だぜ」
「え、それ鏡見て言ってみてよ!?」
ダイクの身長はレインと同じく身長2m近くあり、色黒、顎髭、スキンヘッド、筋肉質という、ガテン系のイメージをそのまま体現した外見をしている。
この強面に腰が引けてしまうランナーも多いのだが、ゲーム内のNPCなだけあって実際には気さくで陽気な性格なのだ。
ダイクの外見から少し腰が引けていたレインだったが、アスカの際どい発言にも笑顔で答えている事から悪い人ではないのだと理解し、打ち解けていった。
「それで嬢ちゃん、今日は何の用だ?」
「あ、そうだった。ダイクさん、ランナースーツっておいてませんか?」
「ランナースーツ? あぁ、あるぞ。そんなに品ぞろえは良くないが、良いか?」
「はい。とりあえず間に合わせでも大丈夫です」
「分かった、適当に見繕おう。そっちの別嬪さんもか?」
「はい、よろしくお願いします」
「了解だ。だがまぁ、まずは種類を決めねぇとな」
「ベース?」
ランナースーツに種類があるの?
と首を傾げるアスカとレイン。
アスカはもとより、レインもランナースーツが実装された、と言う文言を読んだだけで詳細までは読んでいなかったのだ。
首を傾げる二人を他所に、カウンターから後ろのバックヤードへと消えて行くダイク。
しばらくするといくつかのスーツを持って戻って来た。
「一応ウチも種類だきゃあ揃えたんだ。代わりにカラーバリエーションが少ないがな」
「えっ、ちょっと待ってダイクさん。これ全部ランナースーツなんですか!?」
「おうよ。自由に選んでくれ」
「これは迷っちゃうね、アスカ……」
ダイクが持ってきたのは全身タイツの様なスーツから、膝上丈の競泳水着型、ハイレグ型のようなものの他、肌の露出がすさまじいビキニ型、それとは真逆となる宇宙服のような多少ダボついた物など様々だ。
「アイビス、これ本当にどれを選んでも性能とか変わらないの?」
『はい。ランナースーツによる戦闘能力への影響は皆無です』
「さすがにハイレグやビキニは無理だよぅ、アスカァ……」
「うん、私もさすがにそれは無理……」
ビキニタイプも胸元を強調するようなものからスポーツブラの様に胸全体を覆うものまであるとの事だが、さすがにいきなりお腹丸出しのスタイルは選べない。
レインと二人で相談した結果、最初という事もありここは無難に全身タイツ型に決定。
その後、ダイクが全身タイツ型のランナースーツのバリエーションをバックヤードから出してくれた。
アスカとレインはそこからよさそうなものを複数チョイス。
いつの間にか増設されていた店内の試着室へ。
ランナースーツは構造上着替えるという事を想定していないため、メニュー操作により一瞬着替えとなる。
まずは試してみないと、とアスカが最初に身に付けたのは大好きなリコリスの花の色、赤いランナースーツだ。
「うん、なかなかいいね……ってこれ、体のラインがはっきりわかっちゃうね」
鏡の前でポーズを取るアスカ。
全身タイツ型のランナースーツという事もあり、皺ひとつなく体にぴったりと密着。
ボディラインを余すところなく主張させていた。
「あ、あと赤はちょっと派手過ぎたね~あはは……」
好きな色ではある事に間違いないのだが、強調色である赤は体にぴったりと張り付く全身タイツ型のランナースーツではボディラインの主張がより強くなってしまっていた。
腕、脚、お腹、そして胸。
わずかな凹凸でも影を作ってしまうため、ある意味ビキニよりも恥ずかしい。
「うん、ここはちょっと落ち着こう」
そうしてアスカが選んだのは、白のランナースーツ。
しかし、これは全身白一色ではなく赤や緑がアクセントとして散りばめられているタイプだ。
「うん、これがいいね!」
赤の時同様、体のラインははっきりしているが、白色のため主張が強すぎずこれなら着ていても恥ずかしくない。
エグゾアーマー装着も問題ないとの事なので、服装を普段着に戻し、試着室を出る。
タイミングよくレインも試着を終えたところだったので、ダイクのいるカウンターまで戻り、そのまま二着分を購入した。
「まいどあり。いやぁ、嬢ちゃんの羽振りの良さには感心するぜ」
「ふふっ、溜めといても仕方ないし、こういうのは景気よく使っちゃわないとね」
ランナースーツの値段自体はそこまで高くないが、レインの分まで買うアスカの羽振りの良さにダイクもついつい笑みをこぼす。
その後、ダイクからレインの使用するエグゾアーマーや武器についてどうするのかと問われたが、レインがまだログイン初日な事、まずはフライトアーマーの飛行訓練から始めるという事で一旦保留。
メニューを操作、ガレージから各エグゾアーマーにランナースーツを設定。
これでダイクのショップでやらなければいけない事はすべて終えたと店を後にしようとしたとき、新たに入店する一団がいた。
そして、その一団の何名かに見覚えのある顔を見つけたのだ。
同時に、あちらもアスカの事に気が付いたらしく、笑顔を浮かべ小走りに近付いてきた。
「アスカさん!」
「メラーナ! 奇遇だね!」
「ねーちゃんこそ! 何か買いに来たのか?」
「こんにちは、アスカお姉さん」
「カルブにラゴも! うん、こんにちは」
それは先のイベントでもたびたび共闘したアスカのフレンド、メラーナにカルブ、ラゴの幼馴染三人組だった。
「あっ、アスカさん服変えたんですね! すっごいにあってます、可愛い!」
「メラーナも! カーディガンよく似合ってるよ! 後ろの二人は……変わってないね」
「俺のは元々長袖だし、別に寒くねーし」
「僕も秋ならまだこのままで良いかと思ってます」
幼馴染三人組だが、そこは紅一点のメラーナ。
秋物コーデには目がなかったようで、一枚羽織る形でカーディガンを着ている。
対照的なのが他男子二人。
カルブは相変わらずの迷彩レンジャー服、ラゴも夏の時期同様道着のままだ。
「ねぇアスカ、その子たちはアスカのフレンド?」
「あ、うん。メラーナにカルブにラゴ。三人とも、こっちは私のリアル友達でレイン。よろしくしてあげてね」
「はい! レインさん、私はメラーナです。よろしくお願いします」
「ラゴです。アスカお姉さんにはいつもお世話になってます」
「でけーねーちゃんだなー。俺はカルブ! よろしくな!」
「でかい……ふふっ、私はレインです。よろしくしてね」
アスカと知り合いらしい三人に、レインも近づいて声をかける。
アスカの紹介を受けお互いに自己紹介。
カルブが2mの身長を持つレインを見上げ、つい「デカイ」と口走ってしまうが、リアルではとは違う方向性での「デカイ」についつい笑みをこぼしてしまう。
そして……。
「ねぇ三人とも、その人は?」
「緑髪ポニーで短パンって、もしかして……?」
「おう、この人が俺らのフレンドでアスカねーちゃん。何を隠そうあのリコリス1だぜ!」
「マ、マジ!?」
「ほ、ほほほ、本物……」
「すげぇ……」
「カルブ、この人たちは?」
「俺達の学校の友達」
「みんな始めたばかりなんで、武器を買いに来たんです」
よく見れば、カルブ達と一緒に入店した10名くらいのランナーは皆初期服、二陣勢だ。
そんなカルブの友人たちは、アスカの事を知るとそれまでの砕けた雰囲気が一変。
皆緊張を顔に浮かべ、中には一歩二歩後ずさりしてしまう人まで。
「え~と……?」
「皆アスカがリコリス1だと知って緊張しちゃったみたいだね」
「なんで?」
「アスカさんはイベントで大活躍して、PVでも主役級の扱いですから。皆急に現れた超有名プレーヤーを前にして腰が引けちゃったみたいです」
「えぇ~……」
いまだアスカに自覚はないが、やはりイベントでの活躍とイベントの動画を使用し運営が作ったPVの効果は目を見張るものがあるようだ。
まるでプロのスポーツ選手か超有名人がいきなり目の前に現れたのかのように挙動不審に陥るカルブのフレンド達。
どうしたものかとみているとそのうちの一人が意を決したかのようにアスカの前まで歩み出てきた。
若干嫌な予感がする中、どうしたのかと構えていると……。
「あ、あの、アスカさん! 僕たちのc」
「言わせねぇぞ!」
「チッ!!」
「馬鹿!!!」
「ゴフウッ!!」
前へ出て来た男性ランナーが何か言おうとした瞬間、カルブ、ラゴ、メラーナの一撃が彼に突き刺さった。
カルブは顔面に右ストレート、ラゴは首へ水平チョップ、メラーナは腹部へのボディーブロー。
リアル世界ならかなり危険な一撃だが、ゲーム故にけがの危険性はなく、攻撃をもらった男性ランナーはノックバックによりそのまま倒れ込んだ。
「この野郎、ねーちゃんへの勧誘は駄目だっつただろうが!」
「……なにやってんのさ、僕たちの恩人相手に」
「馬鹿、阿保! あんた次にそれ言おうとしたら私達脱退するからね!?」
「ぐっ……ガクッ」
この突然の事態にアスカもレインも理解が追い付かない。
カルブのフレンド達もいきなりの蛮行に目を白黒させるばかりだ。
「ねーちゃんにそれ言ったら炎上するってただろうが! お前炎上したらどうなるか知ってっか!? 徹底的にたたかれてなじられて罵倒されて生きた心地しないんだぞ!」
「カルブ……」
「カルブが言うと重みが違うね……」
倒れ込んだ男性ランナーの首元を掴み、揺さぶりながら叫ぶカルブ。
そう、彼が行おうとしたのはクラン勧誘だ。
しかし、それはカルブやメラーナ達から絶対に行わないよう強く言い聞かされていた事だった。
メラーナ達はアスカとフレンドであるため、一緒にゲームをプレイしていれば必ずアスカと接触するタイミングが出てきてしまう。
自分たちが作るクランのメンバーにアスカ、リコリス1とのパイプがあるならば、それを利用して勧誘、招致したい。
誰でも思いつく、悪魔のささやきじみた誘惑故、先の騒動を知っているメラーナ達はクランメンバー達にアスカに対する勧誘は行わないように徹底させていた。
だが、それでもこの彼は誘惑に負けてしまったようだ。
ダメもとでもいいから聞いてみる。
通常であればそこまで問われることはない行動だが、アスカに対しては話が別。
アスカは既に加入するクランを決めてる上、勧誘によるトラブルも発生している。
運営からも過度な勧誘行為は行わないよう通達が出ているだけに、これらを無視して勧誘を行うと大炎上につながる恐れがある。
これは以前掲示板で炎上騒ぎを起こしたカルブにとって他人ごとではなく、誰よりも激しく勧誘を行ったランナーへ詰め寄っていた。
「ご、ごめんカルブ、悪かったって……!」
「ごめんで済めば警察は要らねぇんだよ! お前、俺達が念押しして言った事も守れねぇのかよ!」
「カルブ、もうその辺で……」
「すみませんアスカさん、後はこっちで片付けますので……」
「あ、うん。なんか、ごめんね?」
「アスカお姉さんは気にしないでください。僕たちの問題ですから」
「そういう事だぜねーちゃん。またな!」
ふらふらと立ち上がった男性ランナーをヘッドロックで押さえつけ、店内へと消えて行くカルブ達。
ラゴとメラーナもアスカへ一礼し後を追う。
残されたアスカとレインはお互いに顔を見合わせ、苦笑いを浮かべながら再度歩き出したのだった。
明日はいよいよレインの飛行訓練開始です。
なお赤いランナースーツはいろいろと問題があるため却下されました。
スーツがツイッターの固定ツイートにあるスーツになります。
茜はる狼氏による素晴らしい秋服とランナスーツのデザインはこちらから。
https://mobile.twitter.com/fio_alnado/status/1414064463934750724
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嬉しさのあまり海鷹から発艦してしまそうです!