21 秋物コーディネート
「うわぁ、人がいっぱいだねアスカ」
「この前来た時にはこんなに人いなかったんだけど……うん、これは私も想定外」
ラクト村からミッドガルに移動し、やってきたのは町一番のファッション街。
レンガ造りの綺麗な街並みを誇るこの一角には、ほぼ全ての店にショーウィンドウが設置されており、初期服のランナーはおろか古参のランナー達も入り交じり物凄い人数になっていた。
「う~ん、新規の人達は分かるんだけど、他のランナーの人達は何だろう?」
「あ、もしかしてアレじゃない?」
「知っているの、レイン?」
「えっと、アップデート情報にあった『ランナースーツ』目当てじゃないかなって?」
「ランナースーツ? ……アイビス!」
『説明いたします』
ゲームのアップデート情報は当然公開、公表されているが、アスカは読んでいないため詳細を知らない。
アスカの問いに応じるのはもちろんアイビスであり、彼女が『ランナースーツ』に関する事項を説明してくれた。
曰く、ランナースーツとはエグゾアーマー装備時の服装として身に付けるパイロットスーツだと言う。
エグゾアーマーを装備していない時の私服とは別扱いであり、エグゾアーマー装備時に服に変わって身に纏うことになる。
ランナースーツはエグゾアーマーごとに設定でき、エグゾアーマー装着シークエンスの時に自動で着替えることができるとの事。
当然ランナースーツによる戦闘能力の変動はない。
あくまで見た目、デザインの話らしく、今まで通り私服からのエグゾアーマー装着も可能だそうだ。
「戦闘能力とかに特に変更無いなら……なんで実装したの?」
『β時代から「せっかくのメカ物なのだからパイロットスーツが欲しい」という要望がかなりの数上がっていました。今回の実装はそれに応えた形です』
「なるほど」
よくよく見ればいくつかのショップのウィンドウのマネキンは洋服ではなくSFチックなスーツを着込んでいる。
そのスーツも宇宙飛行士の様なものからタイツ型、レオタード型、ノースリーブ型では下は膝上までの競泳水着型など多種多様。
統一感はまったくもって皆無であるが、逆に言えばそれだけバリエーションが豊富だと言える。
「アスカはランナースーツに興味ないの?」
「う~ん、あまりないかなぁ。私は飛べればそれでいいし」
「ふふふっ、やっぱりアスカはアスカだね。あ、そう言えばアスカの服、下がホットパンツになってるのって……」
「これ? ほらスカートだと飛んだら見えちゃうじゃない。だから……」
「ランナースーツを設定すればスカート穿けるんじゃない?」
「……あっ!」
アスカがホットパンツを選んだ理由は簡単で、飛んでいる時に下からパンティが見えてしまわないようにするため。
しかし、ある意味それは着れる服に制限がかかってしまうという事になる。
だが、ランナースーツを設定すれば話は別。
エグゾアーマー装着と同時にランナースーツに衣装替えするため、飛行でパンティが見えてしまうということもないのだ。
「なるほど、そういう風にも取れるんだ」
『実際、フリルなどの服によっては激しく動くと視界を遮り戦闘に支障が出るというクレームも入っていました。ランナースーツはそう言った障害を取り除き、街中では自由な服を着てもらうための対策でもあります』
「ねぇ、アスカ。スカートが穿けるなら私着たい服があるんだけど」
「うん、レインの着たい服を選んでいいよ」
「やった! じゃあ、あそこのお店!」
ランナースーツに夢中になっているランナー達を横目に、レインはアスカの手を引っ張ってとあるショップの前まで移動した。
そのお店のショーウィンドウに展示されていたのは、上下一体型でスカートになっている洋服。
そう、ワンピースの専門店だ。
「ここ?」
「うん、せっかく長身になったから、ワンピースを着てみたいんだ」
フライトアーマーで空を飛ぶ場合、ワンピースのようなロングスカートは風に煽られて下が丸見えどころか、捲りかえって視界を塞いでしまう恐れもある。
その為、レインもアスカの様なパンツスタイルにしようと思っていたのだが、タイミングよくランナースーツが実装されたというのはまさに僥倖。
『長身にワンピース』これはレインがアスカにすら隠し、心に温めてきた理想のファッション。
それが可能であるならば、何を迷うことがあろうか。
元気一杯、勢いよく店内に入ったレインは早速店内を物色。
いくつかの気にいったワンピースを見繕うと、店員に自分の身長に合う物があるか確認。
リアルであれば身長2mに合う洋服のストックはそうあるものではない。
だが、ここはリアルではなくゲームの世界。
店員はレインに少し待つよう促すと、すぐさまバックヤードからレインの身長に合うサイズを持ってきてくれた。
「わぁ、すごい、ちゃんとあるんですね」
「はい、当店は品数の多さが自慢ですので」
「これ、試着しても良いですか?」
「もちろんです。店内奥の試着室をご利用ください」
「ありがとうございます。アスカ、ちょっと行ってくるね」
「うん、いってらっしゃい。私も店内を物色してるよ」
自分の長年の夢がかなうと、レインは満面の笑顔で試着室へと入って行く。
リアルではなかなか着れない洋服にチャレンジするワクワクはアスカも知るところ。
心行くまで選んでもらおうとレインを急かすことなく店内を見て回る。
「うん、ワンピースのお店だからパンツ系はあまりないね」
レインが切望したワンピースの種類はかなりの数が用意されているが、反面パンツの種類はほとんどない。
わずかにラインナップされている物も四分丈から九分丈の物であり、ワンピースのインナー用と思われる。
『アスカもワンピースを着てみますか?』
「う~ん、私はこれに慣れちゃったし、私服の時もパンツスタイルの方が動きやすいからこれでいいよ」
「それでしたら、ニーハイソックスはいかがでしょうか?」
「えっ?」
アイビスの問いに答えたつもりが、帰って来たのは思いがけない方向からだった。
急に声をかけられ驚きながら振り返れば、数種類のニーハイソックスとカーディガンを持ったショップ店員が立っていた。
「その服装ですと秋には少々寒いかと思われますので、こちらはいかがかと思いまして」
「ふむふむ……」
アスカの今の服装はゲーム開始初期に買った襟付きノースリーブブラウスに一分どころか零分丈のホットパンツだ。
アスカらしいアクティブスタイルだが、ゲーム内が秋と考えると確かにいささか薄着と言わざるを得ない。
もちろん、ここはゲーム世界であるためアスカが薄着による寒さを感じることはない。
だが、せっかく四季があるのだ。
時季に合わせたファッションコーディネートを楽しむのも悪くない。
「せっかくなので試させてもらってもいいですか?」
「もちろんです。あちらの試着室をお使いください」
ショップ店員からお勧め品を受け取り、そのまま試着室へ。
と言っても今回は洋服を変えるのではなく、肌が露出している部分を隠す程度の重ね着だ。
「いくつか種類はあるけど……いろいろ試してみるか」
ショップ店員から渡されたニーハイソックスはオーソドックスな白と黒の他、赤やベージュ、黄色などのカラーバリエーションがあり、上もカーディガンやニットと種類、色共に豊富。
いろいろと目移りしてしまうが、とりあえず順番に試着してゆく。
すると……。
「あれ、これは……」
次の試着の為にアスカが手に取ったのは生地が厚手を使った秋用のトップス。
大きな特徴として前開きタイプだが、肩から胸上までがすっぽりと開いたオフショルダータイプであり、胸部分は襟にも似た返し、袖は七分丈だが袖口にかけて広がっているラッパ袖。
それだけなら渡された他のニットなどと同じだが、このトップスには他とは違うところがあった。
「これ、今着てるのと同じデザインだ!」
この秋物トップス、デザインが今アスカが着ている物と同じくベースが白、胸上の返しと袖口部分が紺、背の腰部分にも同じく紺のリボンが付いていたのだ。
物は試しにと着てみても、同じデザインのためノースリーブブラウスのと相性、バランスもバツグン。
腰のリボンは長さがあり、ゲームの世界ゆえか重力を無視して横に広がっている。
何度も鏡の前でポーズを取り、いろいろな視点から確認。
その度に頷き、笑顔になって行く。
「うん、トップスはこれで決まり! ニーソは……黒にしよう!」
トップスが白と紺であるため、脚は黒のニーハイソックスに。
黒のニーハイソックスで足を、長袖オフショルダーで腕部と腹部を保護しつつ、襟付きブラウスの襟と紺のリボンと肩出しスタイルを維持したファッションコーデである。
「どうアイビス、おかしなところはない?」
『問題ありません。とてもよくお似合いです』
「ふふっ、お世辞でも嬉しいよ。店員さーん、これください!」
「お買い上げありがとうございます。このまま着て行かれますか?」
「はい、このままでお願いします!」
購入を決めたアスカはすぐさまメニュー操作。
目の前に表示された購買テロップの購入アイコンをタップし、確定させた。
「うん、夏の薄着アクティブファッションもよかったけど、これはこれでありだね!」
上機嫌に鏡の前でポーズを取るアスカ。
余談だが、この秋物ファッション。
コーディネートで肌の露出は減ったのだが、ノースリーブブラウスとオフショルダーで露出したままの肩。
ニーハイソックスに零丈ホットパンツという組み合わせによりわずかに残った地肌部分が俗にいう『絶対領域』となっていたのだ。
アスカの細身の美脚、ニーハイ、ホットパンツという黄金配合による『絶対領域』に肩出しスタイル。
これが一部のランナーに対し致命傷の直撃弾となるのだが、それはまた別の話である。
自分の秋服を決めてからしばらく。
レインを待つ間店内を物色。
ゲーム内でもリアルでもあまり着ることのないワンピースに目を通していると……。
「アスカ、お待たせ」
「レイン、もういい……の……」
「ど、どうかな? どっか変じゃないかな?」
「うわぁ、うわああぁ! レイン可愛い! すごくよく似合ってるよ!」
「え、えへへ……」
レインが試着を終え、戻ってきた。
服は当然、初期服から彼女の好むワンピースへと変わっている。
レインが選んだのは上下で色が違うコンビカラーワンピースであり、トップス部分は薄い青紫、下のスカート部分が紺で丈はひざ下までの物だった。
ワンピース自体も秋物との事だがそれでは薄着と感じたらしく、赤いカーディガンを羽織っている。
自身が求め続けた姿になれたとあってご機嫌のレイン。
最後に初期のものになっていた靴を購入。
アスカも今までは軍靴を履いていたが、エグゾアーマー装着時はランナースーツになるという事もありヒールブーツを改めて購入。
レインもワンピースに合う靴を選び、アスカに買ってもらう。
「ありがとうアスカ、必ず返すからね」
「いいって、気にしないで!」
笑顔のショップの店員に見送られながら店を出るアスカとレイン。
全額を出してもらった事に申し訳なさそうにするレインだが、アスカは気にも留めていない。
「よし、じゃあ次はランナースーツだね! 洋服屋さんで買えるのかな?」
『ランナースーツは洋服店の他、ランナスーツ専門店、エグゾアーマーショップでも購入可能です』
「エグゾアーマーショップでも良いんだ」
『はい。ですが、専門店に比べると品ぞろえは落ちると思われます』
「ふむふむ、なるほどねぇ……」
アイビスから説明を受けながら、視線をファッション街に戻す。
そこは先ほどと変わらず大勢のランナー達でにぎわっており、よくよく見ればランナースーツを展示しているショップに多く人が集まっているのが見て取れた。
先ほどレインが言った通り、ランナーたちの目当てはランナースーツなのだろう。
しかし、これではアスカ達も込み合うランナースーツ専門店へあの人だかりの中を割り行っていかなければならない。
「う~ん……」
「どうしたの、アスカ?」
腕を組み、何やら考え込むアスカ。
いったいどうしたのかとレインが覗き込んだ、その時。
「よし、決めた!」
「えっ?」
「レイン、こっち!」
「ちょっとアスカ、そっちにお店はないよ?」
アスカは意を決したように、レインの手を取り歩き出したのだ。
しかし、その方向はファッション街とは真逆。
先ほど来た道を戻る形であり、その先にはランナースーツ専門店はおろか、洋服店もない。
いったいどこへ行くのかと困惑するレインに、アスカは振り返って笑顔で答える。
「行きつけのお店があるの!」
元気よくそう言い放つと、新品のヒールブーツの履き心地を確かめるかのようにレインを引きながら駆けていったのであった。
そう、ダイクのエグゾアーマーショップへ向けて。
この秋服がツイッターのコミックに載っているものになります。
秋服アスカ、カワユス。
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嬉しさのあまり神鷹から発艦してしまいそうです!