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20 リコリス畑の中心で可愛いを叫ぶ


 ミッドガルからラクト村へと飛び立ったアスカ達。

 高度は約500m。

 遠く地平線や水平線まではっきり見える360°の大パノラマに、お姫様抱っこで抱えられているレインは歓声を上げていた。


「うわぁ、綺麗! これがゲームの世界なんだ……」

「ふふっ、すごいでしょ! 私も初めて来たときは感動したんだ」

「分かるよアスカ! ゲームの世界の空がこんなに奇麗だなんて思わなかったもん」

「それに生身って言うのもすごいよね! リアルだと厚着しないと寒くてかなわないし」

「うん、うん! アスカが夏休み私をほっぽって熱中するのも分かるよ~」

「そ、それは謝ったじゃない! もう、蒸し返さないでよレイン!」

「あはははは、ごめんごめん」


 アスカはエグゾアーマー装備ではあるが、ノースリーブブラウスにホットパンツ。

 レインも初期のノースリーブジャケットにパンツという軽装。

 リアルでこの高度ならばある程度重ね着をしなければ肌寒く感じてしまうが、ゲーム故そう言ったことは一切ない。


 レインもゲームの世界でアスカと一緒に飛びたいというだけあってこの高度に怖がる素振りは一切見せず、目の前に広がる広大な秋空を心ゆくまで堪能。

 目的地のラクト村が見え始め高度を下げると「もう終わりなの?」と不満そうな表情をするレイン。

 さすがのアスカもこれには苦笑いするしかなく「すぐに飛び方教えてあげるから」とレインを説得。


 ラクト村近くの平原へ丁寧に着陸した。


『ナイスランディンク、アスカ』

「へへっ、ありがと、アイビス」

「あぁ……終わっちゃった」

「そう悲しまないでよレイン。またすぐに飛べるから」

「むぅ、ずるいよアスカ。こんなに楽しい事してたなんて」


 面白い事を隠していたと言わんばかりに不貞腐れるレインをなだめラクト村へと入る。


 ラクト村の大通りもミッドガル同様、かなりの新規ランナー達で溢れ賑わっていた。

 NPCが出す露店で買い食いを楽しむ者、服や雑貨店などに入って行く者などなど。

 これだけ人が多く賑わっているとアスカに気が付く者は少なく、気付いた者も人ごみに流されそのまま仲間達との談笑に戻って行く。


 そんな中、アスカはレインを引きつれ通りを抜け中央広場へ。

 そこでレインにラクト村のポータルを登録させ第一目的終了。


 広場近くのお店でスイーツを購入した後、アスカの薬草畑へと移動する。


 畑のあるエリアは広大であり、未だ畑所有者も少なく進めば進むほど人影が少なくなってゆく。

 不安になったのかレインがこっちで合っているのかと聞いてくるも、アスカはこれに「大丈夫、もうすぐすごいものが見れるよ!」と笑顔で対応。

 

 あまりに晴れ晴れとした笑顔に思わず首を傾げるレイン。

 そのままもう少し歩いた後に見えてきた光景に、クスリと笑い納得した。


 それもそのはず。

 見えてきたのはラクト村の外れ、山肌の傾斜に作られた畑のうちの一つに植えられた大量の赤い花。

 アスカの親友であるレインには、その赤い花が何なのか遠目に見ただけで理解できた。


 秋らしい温かい陽気と心地よい秋風でゆらゆらと揺れるのは、1000には届こうかという大量のリコリス。

 そう、アスカが大好きな彼岸花だったのだ。


「なるほど、アスカがすごく自信たっぷりだったのはこのせいだったんだ」

「ふふふ、どうだ! ゲームの世界にあるリコリスの球根全部掻き集めて作った私自慢のリコリス畑だよ!」

「白や黄色も混じってるけど、あれもリコリスでしょう?」

「うん、園芸用のリコリスだから、いろんなのがあるんだよ!」 


 リコリス畑の大部分は赤いリコリス・ラジアータだが、所々に黄色のオーレア、白色のエルジアエにアルビフロラ、ピンク色のスクアミゲラにさつま美人など、多種多様なリコリスが色鮮やかに花を咲かせていた。


 その美しさは大部分が緑である他の畑の中と山肌の斜面という景観の良さも相まって一層目立っており、リアルならば一大景観地となっていてもおかしくないほどだ。


 そのままレインをアスカの畑まで案内。

 フレンド登録を行い、畑への入場許可を出すとともに永続にセットする。


「よし、これでレインも入れるよ」

「それじゃあ……おじゃましまーす」


 畑に設けられた柵の内側はプライベートエリアとあって、恐る恐るになるも、無事畑へと入るレイン。

 すると、畑の中から小さな小人が現れ、トコトコとこちらへ向け小走りで近付いてきた。


「マスター、おかえりなさいなの。お客さんなの?」

「うん。私の友達、レインだよ。よろしくしてね」

「はいなの! レインさん、僕はコロポックルのハルなの。よろしくお願いします、なの!」

「…………」

「レイン?」

「か……」

「……か?」

「可愛い!!!」

「なの!?」

「そうだった、レインは大の可愛いもの好きだった……」


 ハルを見るや否や、頬を紅潮させ目を輝かせたレイン。

 ハルの自己紹介が終わるといてもたってもいられなくなったのか、抱きついてしまった。


 ハルは突然の事で呆気にとられ、アスカはあきらめ顔でこめかみを抑える。

 そう、彼女はアスカが空が大好きなのと同じように、小さくて可愛い物が大好きなのだ。


 彼女の自室はたくさんのぬいぐるみが置かれ、小さいころに買ってもらった動物のミニチュア人形とドールハウスが大事にセッティングされている。

 アスカが遊びに行くたびにぬいぐるみとドールハウスの位置、セットが変わっており、汚れやほこりひとつついていない事からも相当大事にしている事がうかがえる。


 そんな彼女の前に現れたのが身長1mほどの歩く人形と言ってもおかしくないコロポックル、ハル。

 アスカですら可愛いと思えるこの小人に、レインが心をときめかさないわけがなかった。


「あ、あの、放してください、なのー!」

「やーん、もうちょっと、もうちょっとだけ……」

「レ、レイン、さすがにそのあたりで……」


 ゲームの世界では高身長となっているレインがその半分ほどの身長しかないハルに抱きつく光景は事案そのもの。

 さすがに不味いのでは? と止めに入るアスカだが、レインは止まらない。


『レイン、ハルが嫌がっています。これ以上行いますとペナルティを科される恐れがあります。離れてください』

「えっ、ご、ごめん。ペナルティは困っちゃうよ……」

「あはは……ハル、大丈夫?」

「ちょっとびっくりしたけど、大丈夫なの」


 そんな暴走気味のレインを止めたのは、彼女が持つ支援AIカーラ。

 ランナーがNPCに対して行う行動にも好感度やマナー判定と言ったものが当然存在している。

 暴言や恐喝、ハラスメント行為、悪質なマナー違反などで大きく減少し、アカウント削除には至らないが長期のレッドネーム処置が取られるなど、プレイに大きく支障をきたす場合が多い。


 レインの抱きつき行為もこれに該当。

 嫌がるNPCに対し延々と続けてしまうと警告などのペナルティを受けてしまうとあって、カーラに注意されたレインもすぐにハルから離れたのだ。


「ごめんね。ハルちゃんがあまりにも可愛かったから、つい……」

「もう、ほどほどにしてねレイン」

「うん、ハルちゃんもごめんね」

「もう気にしてないから平気なの!」

「やだ、この子すごくいい子……」

「レイン、ステイ! ステイステイ!!」


 明らかに怪しい雰囲気を醸し出しているレインをどうにか抑え、畑小屋の傍に設置した机と椅子へ。

 買ってきたスイーツを出すとともに、小屋の中からハーブティーを持ってくる。


「よし、じゃあおやつタイムだよ」

「ねぇアスカ。このスイーツってもしかして……」

「おっ、さすがレイン、御明察! かの超有名店のスイーツだよ」

「えぇっ、予約して数か月待ちって言う、伝説の?」

「ゲームの世界ならお手の物。さぁ、食べよう! ハルの分もあるよ!」

「わーい! マスター、ありがとうなの!」


 そうして、アスカとレイン、ハルによるティータイムが開始された。

 始めたばかりのレインにとってアスカがこの数か月で行ってきたプレイ内容は驚くものばかりで、話題には事欠かない。


 初飛行直後の墜落に始まり、アイビスとの出会い、滑空の発見、仲間との出会い、想定外のボス戦、品質Aの魔力草の発見。

 武器とエグゾアーマーの製作依頼、更なる仲間達との邂逅。

 イベント告知とイベント準備、フルカスタムフライトアーマー飛雲、オペレーションスキップショット。

 上陸戦と玉砕。

 連日に及ぶネームドエネミーとの激戦に飛行隊結成、満を持しての第二次上陸作戦。

 そして、宿敵との決戦。


 常にイベントの中心にいたアスカからの話に、レインは心を躍らせていた。

 時に驚き、時に怒り、時に焦り。

 アスカの話に一喜一憂しながら、ここまでの出来事をわが身の様に聞いてくれたのだ。


「すごいねアスカ、大冒険じゃない」

「うん、いろいろ凄かったんだよ!」

「そんなエースオブエースに飛び方を教えてもらえるなんて、他の人が知ったら羨ましがられちゃうね」

「んーどうだろ? それはないと思うけど」

「そんなことあるよ。アスカ、自分のしたことに自覚ないでしょ?」

「ん~……? わかんないや」

「ふふっ、アスカらしいね」

「え~?」

 

 何気ない二人の会話。

 それはリアルの世界と何一つ変わる事のない二人の仲の良さを表していた。

 リアルでは日奈が蒼空を見上げながら話しているのだが、こちらでは逆。

 長身のレインをアスカが見上げながらの談笑だ。


「スイーツもお茶もアスカの物語も堪能したし、次はどうするの?」

「せっかくだから服を買いに行こうよ! いろんな服が着れるんだし、初期の物はもったいないしさ」

「なるほど、さすがアスカ、目の付け所がアスカだね!」

「どーだ、もっと褒めたまえ!」


 買ってきたスイーツとハーブティ、話題の種が無くなったところでレインが切り出すと、アスカも待ってましたと言わんばかりに答えた。

 アスカが次に思い立ったのが洋服だ。


 プレイ開始初期の頃、アスカは服装にこだわりは一切なかった。

 しかし、今ではランナー達が思い思いの服を着ており、目を引く物や見とれてしまう物、逆に思わず目をそらしてしまう物など様々。

 初期服も悪いわけではないが、皆一様に着ているためあまり目立たず、レインの長身モデル体型アバターの良さが生かせない。


 せっかく一緒に遊ぶのだし、彼女にもゲームの世界を思う存分楽しんでほしい。


「服はどこで買うの? 私、お金そんなにないんだけど……」

「洋服屋さんはラクト村にもあるけど、ミッドガルの方が数が多いからそっちで。お金は私が出すよ」

「えっ、それは悪いよぅ」

「いいのいいの。ここ最近無駄にお金ばっかり溜まって使い道がないんだ」

「そうなの? アスカ、ゲーム内で何か悪いことしてるんじゃ……」

「す、するわけないよ!」


 レインの所持金は初期の持ち合わせ分で僅か数千ジル。

 これでは洋服も満足に買えないが、そこは先のイベントでアシストポイントMVPのアスカ。

 受賞分に加え、イベント中にMPポーションを高額で売った利益分、魔力草の種の売却、記憶に新しい勧誘騒ぎの謝礼などの特別収入によりアスカの全財産は全ランナートップ。


 少し前にTierⅣフライトアーマーを大人買いするという無茶を行ったが、それでも貯蓄額から言ったらわずかなもの。

 そんなアスカにとって、レインの洋服代は文字通り『些細な出費』にしかならないのだ。


「よし、じゃあ行くよレイン。ハル、後はお願いね」

「任せてなの! マスターにレインさん、いってらっしゃいなの~」

「やだ……、手を振るハルちゃん可愛すぎ」

「ほらほらいくよってば!」


 小屋に設置したポータルから移動しようと席を立ち、ハルに外出の旨を伝える。

 ハルはいつものように手を振ってアスカ達を見送るのだが、その愛くるしさにたまらずレインの足が止まってしまう。


 アイヌ民族の服を身に纏った小人の可愛さという名の破壊力はすさまじく、レインの心は完全に奪われてしまった。


 こうなったらやや強引にでも動かさなければテコでも動かないと理解したアスカは、長身のレインを強引に引っ張って移動。

 設置してある簡易ポータルからミッドガルへと移動したのであった。


たくさんの感想、評価、ブックマーク、誤字脱字報告本当にありがとうございます!

嬉しさのあまり冲鷹から発艦してしまいそうです!

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― 新着の感想 ―
[一言] 誤字報告? ・「なるほど、さすがアスカ、目に付け所がアスカだね!」 →目の付け所?
[一言] え? お巡りさん呼ぶ? (笑) こう言うほのぼの日常回も良いですね~
[一言] レインが育てるものも無いのに畑購入からのコロポックル雇用の未来が見えた気がした 育てるものがないなら花でも植えるかな?
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