18 日の出フライト
本日二話目更新です。
午前中の家事を終え、早めの昼食も終えたアスカはナイトフライトを楽しむべく、ゲーム内がまだ夜のうちに再ログインしていた。
「ん~! 夜風が気持ちいいねぇ!」
念のため採取してきた魔力草はホームの押し入れに仕舞い込み、万が一の備えも万全。
いつものように離陸してから速度を稼いだ後MPの限界まで上昇し、着陸分を残してから滑空飛行に移る。
戦闘時は機動飛行を行うためエンジン推力を使うが、空中散歩とも言えるこの滑空にエンジン推力は不要。
アスカは空を舞う風をその翼に受けながら、星が輝く夜空の中をただ一人飛行して行く。
そうしてしばらく飛行していると、東の空がうっすら明るくなってくる。
ゲーム内時間は夜の時間を過ぎ、朝の時間に移っていたのだ。
「わ、わ! 日の出だ! アイビス、見て見て! すっごい綺麗!」
ミッドガル上空を旋回飛行していたアスカから見て東にはガイルド山岳の険しい山々が連なっている。
朝焼けの曙色はその山肌を縫うように広がっていて、そこから顔を出す太陽は見ている者すべてを取り込んでしまいそうなほどに輝いている。
アスカは以前、両親が務める航空会社の初日の出フライトに参加したことがあった。
その時のコースは富士山の向こう側に初日の出を拝む定番の物で、それはまた美しい日の出だったことを昨日のことのように覚えている。
だが、今眼前に広がるゲームの世界の日の出はそれに勝るとも劣らないほどの美しさだったのだ。
「ねぇアイビス。VRMMOってどのゲームもこんなに奇麗なのかな?」
『他のゲームもグラフィックには力を注ぎますが、このBlue Planet Onlineはその上を行くグラフィックの美しさを持っていると自負しております』
実際、Blue Planet Onlineの開発陣営はプレイヤーを飽きさせない要素の一つとしてフィールドグラフィックにかなりの力を注いでいた。
VRゲームがあふれる昨今、VRで世界旅行や宇宙体験なども多く、それらを体験してきたプレイヤー達の目は相当に肥えている。
玄人たる彼らを引き込んで離さない為、どこまで行っても飽きることのない世界観をと注力したのである。
ナイトフライトからの日の出フライトを心行くまで満喫したアスカは、一度ミッドガルの街へ入り、MPを回復させた。
ここでフランのログインを確認するため、フレンドリストを開くが、彼女の名前はログオフを示す灰色であり、まだログインしている様子はない。
そこでアスカはもう一度魔力草を採取しようと街を出た後、先ほどと同じように限界まで上昇、滑空飛行へ。
しかし、今度は旋回飛行ではなく、山岳のふもとラクト村へである。
そのルートは昨日フランと徒歩で移動した経路であり、それなりに時間もかかったのだが空を滑るように滑空するアスカの速度は地上のそれとは比べ物にならないほどに速く、大して時間もかからないうちに村へと到着した。
もちろんポータルから移動すれば一瞬なのだが、アスカは一瞬の移動より空の散歩を楽しむ為、飛行による移動を選んだのだ。
たどり着いたラクト村は午前中に来た時とは違い、多くの人の姿があった。
皆ログインしたばかりなのか、活気に満ちた顔をしている。
「そろそろ私も服とか買ってみようかな?」
アスカとすれ違うランナー達。その中で昨日ちらほら見えていた初期服のランナーの数はさらに減っており、村のあちこちで談笑している者達は皆、思い思いの服を着ていたのだ。
冒険者のような整った服装の者、作業員のようなツナギを身に付けている者、フリルが付いたゴシック・アンド・ロリータの服装の者などなど。
対してアスカといえば今も初期の白のインナー、タイツに緑のシャツ。
悪目立ちしているという訳ではないが、好きな服を着ている周りを見ていると羨ましく思えてくる。
「魔力草売ったらお金も手に入るし、探してみよう」
今までは空を飛ぶことしか考えていなかったが、魔力草という資金源を得た今、懐には余裕が出来るはずだ。
なら多少自分の好きな服を買ってみるのも悪くない。
その後、ゲーム内の朝食代わりに昨日フランに教えてもらったお店でフルーツサンドを購入。
昨日とはまた違う、甘めの果実を多く使用したフルーツサンド。
若干甘すぎるとも感じたが、そこはやはり紅茶と合わせることで程よい甘さとなり、口の中に程よい後味を残す。
アスカは普段は食べられないようなフルーツサンドに舌鼓を打ちながら休憩を終えると、村の山岳側出口から山岳へと向かっていく。
山岳側出口には魔力草目当てなのか、ワイヤーやロープなどを広げて荷物チェックをしているランナーの姿が多い。
ごく少数ながらフライトアーマーを身に付けているランナーの姿もあった。
「みんながフライトアーマー使うようになったら売値下がっちゃうかな?」
実際にはこの場でフライトアーマーを身に付けているランナーのほとんどが付け焼刃であり、ぶっつけで魔力草採取に赴いているだけなのだが、アスカがその事に気付くことはない。
「今のうちに稼がないとね!」
他のランナーもフライトアーマーを使って魔力草を集め始める。
その事実に若干の焦りを覚えたアスカは今のうちに稼ぐべく、登録したポイントへ向け飛行を開始。
山岳の合間を縫うように離陸していくのだった。
その場に残されたランナー達はアスカの離陸を見た後「フライトアーマーってあんなにきれいに離陸できたっけ?」と首をかしげていたが、これもアスカが知ることはなかった。
『アスカ、アーマライトの残弾がありません。戦闘時は注意してください』
「弾薬、まだ買ってなかったものね。戦闘は出来る限り避ける方向で行くよ」
アイビスが告げる、アサルトライフル・アーマライトの残弾不足。昨日のオークキングとの戦闘から弾薬の補充はしておらず、グレネードはすでに弾切れ。
残っているのはアーマライトに装填されている僅か数十発分しかない。
腰に下げたロングソードもあるが、こちらは小回りの利かないフライトアーマーではメインで扱えない。
現状、アスカが出来るのは逃げの一手のみだ。
しかし、そこは速度だけならどのアーマーやモンスターよりも秀でているフライトアーマー。
難しい話ではない。
断崖に囲まれた山岳なら、空に逃げてしまえばこちらの勝ち。
アイビスとそんなやり取りをしているうちに、ナビアイコンの指し示す通りに飛行したアスカは目的のポイントに着陸した。
午前中軒並み回収した採取ポイントはゲーム内で一日が経過したことで復活し、すべてのポイントで採取可能を表す光を放っている。
「今日も大量!」
その光景に気をよくしたアスカは採取ポイントへ駈け寄り、しゃがみこんで採取を開始。
空っぽのインベントリに魔力草を仕舞ってゆく。
時間は朝から昼時間に変わったところ。
ずっと日が当たるこの場所ではまだ日差しの強くないこの時間帯であってもポカポカと暖かくなってくる。
そんな心地よい暖かさを全身に浴びながらアスカは採取を続けていった。
そうして、全体八割ほどを採取し終わったとき、アスカは背後に気配を感じた。
アルバが昨日残していったアンカーハンガーを使って登って来たのかも? そう考えたが、それは違うとすぐに分かった。
何故ならアルバが残したアンカーハンガーはアスカの正面にあり、その背後にはオークキングが出てきた茂みしかないからだ。
……そう。背後にはあのオークキングが湧いて出てきた茂み。
なら背後の気配は敵である可能性が極めて高い。
アスカは魔力草の採取を中止、腰に下げていたアーマライトとロングソードを手に取ると振り向きざまに構える。
アスカの背後にあった茂み。
そこに立っていたのはやはりモンスターだった。
鉄の鎧兜を着こみ、その合間から見えるのは猪の様な剛毛と下顎から生えた立派な牙、手にはハルバード。
昨日戦った強敵、オークキングを彷彿とさせるその風貌にアスカはたじろいだが、よく見ればその姿はオークキングより二回りほど小さく、手に持つハルバードは槍、斧頭、突起部のすべてが金属製。
鎧も立派ではあるがオークキングほどの威圧感は感じない。
その体力ゲージとともに示された名称はオーク。
そう、これがこのゲームにおけるオークの姿なのだ。
「オークか……キングじゃないなら、私一人でも倒せるかな?」
幸い、茂みから出てきたオークは一匹。ならばまだ戦いようはあるかなと戦闘態勢を取る。
「グオオオォォォ!」
アスカに戦意ありとみなしたオークは、それに答えるように雄叫びをあげると手に持っていたハルバードを中腰に構えた。
腰を低く落としたその体勢はオークキングで見知った突進への予備動作だ。
アスカは予備動作の溜めで動きを止めているオークへ銃弾を浴びせかける。
『タタタ』というテンポの良い射撃音が響くが、弾丸はオークが着込んだ鎧に阻まれ火花になって散って行く。
射撃に効果がないと顔をしかめるアスカへ向け、お返しと言わんばかりにオークが突進を開始する。
しかしフライトアーマーを装備しているアスカに速度で勝てるはずがなく、アスカは余裕をもってこれを回避。
躱されたオークは崖下へ落下しないよう急制動をかけ停止し、反動で動きが止まったところへロングソードを両手持ちにしたアスカが飛行の勢いそのまま横薙ぎに切り払う。
「駄目! これも効かない!」
力いっぱい振りぬいた一撃だったが、ロングソードはキィン! という甲高い音を立てただけでオークの鎧を貫くには至らなかった。
体力が削れなかったわけではないが、それは一割にも満たないわずかな量。
かわりに両手に残ったのは、現実世界で岩を鉄パイプで殴りつけたような痺れ。
それはゲームに不慣れなアスカでもわかるくらいの攻撃力不足の証明だ。
『注意。飛行可能時間残り五一秒。このままでは勝ち目がありません。撤退を』
「魔力草全部採取しきれてないのに……仕方ないか」
残り飛行可能時間は少なく、アスカの持つ武器ではオークに対して有効打を与えられない。
アイビスの進言もあり、渋々ながら撤退を決断した。
オークに勝つことは難しいが、逃げるとなれば話は別。
ハルバードの一撃を上昇で躱すとそのまま高台を離れ、ラクト村へ向かい飛行する。
背後から「逃げるな!」と言っているのであろうオークの雄叫びが聞こえるがアスカはその声に応じる事はなくその場を後にした。
オークから逃走し、ラクト村へ帰り着いたアスカ。
だがその顔は眉間にしわを寄せ、口をとんがらせており、明らかに不貞腐れていた。
「むぅ、オーク硬すぎるよ。あんなのどうしようもないじゃない」
『今の装備からすると、オークのほうが格上です。攻撃が通らないのも仕方ありません』
納得いかないアスカだったが、そもそもオークはTierⅢアサルトと同等クラスの性能で調整されている。
初期装備のロングソードやアーマライトでは歯が立たないのも仕方ないのである。
初期装備でどこまでも遊べるほど、運営も優しくはない。
「強い武器を持てばいいんだよね。待ってなさいよ、オーク。いずれ復讐してやる」
資金源である魔力草の採取を邪魔されたアスカは、オークに向け強い敵意を向ける。
もっとも、あの付近にスポーンしただけのオークからしてみれば理不尽なことこの上ない話だが。
「そのためにもまずは魔力草だね。数を確認しないと」
気持ちを切り替えて、インベントリ画面から、採取した魔力草の数を確認する。
採取の途中からオークとの戦闘になったため、その数を把握していないのだ。
インベントリに入っていた魔力草は品質DからFの三四個。午前中五〇個近く採取したことを考えれば少なめに感じるが、それでも十分な量だろう。
魔力草の数を確認すると、次にフレンドリストを開く。
魔力草の卸先、フランのログインを確認するためだ。
フレンドリスト、採取に来る前灰色のログアウトを示していたフランの文字は、今はログインを示す白い文字で表示されている。
それを見たアスカはホームに仕舞っている分を回収するため、村の中央にあるポータルへ向け歩き出すのだった。
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